異世界迷宮ちゃんは入り組み惑っている   作:yubeshiski

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<街と迷宮、エマーロ、ギルド神殿>
話すように歌う


 

 エマーロ族の者は定住を嫌う、とベイルの旅亭は教えた。

 

 

 原作ではエマーロ族に関する記述があまり見られない。

 語られている7つの種族の内、エマーロだけミチオ君のパーティメンバーではないからだ。人種差別いくない。

 

 エマーロ族について言及されている特徴と言えば、こんなところだ。

 

 

・眠りが少ない、というか半分ずつ眠る(〝半球睡眠〟という)

 

・ほとんどのエマーロ族が種族固有ジョブの旅亭になって、旅亭ギルドに属する。

 

・定住を嫌う。定期的な転勤を望む者が多い。

 

 

 そして、エマーロ族の種族固有ジョブである〈旅亭〉についても、やはりほとんど触れられておらず、これくらいしか描かれていない。

 

 

・インテリジェンスカード操作のスキルを持つ

 

・カルクのスキルを持つ

 

・多くの街に旅亭ギルドが運営する宿があるっぽい

 

 

 この2つのスキルだけでは奴隷商人と同じスキル構成にすぎず、むしろ奴隷関連のインテリジェンスカード操作ができない分、劣ってしまうことになる。

 種族固有ジョブなのにそんなことはあるだろうか、いやない(反語)。

 

 先に、ひとつ誤解を解いておく。

 

 ミチオ君は半球睡眠のことを聞いて、エマーロ族からイルカを連想した。そのため、多くの方はエマーロをイルカ人だと解釈したのではなかろうか。

 

 しかし、実はエマーロはイルカ人ではないのだ。

 

 半球睡眠はイルカだけの特性ではない。

 イルカ、クジラ、オットセイ、マナティなどの〝海洋哺乳類〟と、渡り鳥やニワトリなど〝鳥類〟に広く見られる特徴だ。

 イルカでないとすると、この中の何なのか。

 

 答えを先に出すと、エマーロはクジラ人なのだ。

 

 イルカとクジラは大きな分類では同じ箱に入っており、更なる分類では次の2類に分けられる。

 

 

・ハクジラ類:シロイルカ、イッカク、バンドウイルカ、シャチ、マッコウクジラなど

 

・ヒゲクジラ類:シロナガスクジラ、ザトウクジラなど

 

 

 ハクジラ類は、まあ、イルカだと思ってくれていい。

 

 知性は高く、知的好奇心が旺盛であることはよく知られている。

 イルカは人の耳にも聞き取れる発声もするが、可聴領域外の超高周波を発する。イルカ同士でコミュニケーションを取ったり、音の反響から自分の周囲の獲物の位置を知覚するのに使われているそうだ。〝エコーロケーション〟と呼ばれている。

 そして、イルカは沿岸の特定の湾や海域といった、比較的狭い範囲に定住する種が多い。

 

 ヒゲクジラ類が、いわゆるクジラだ。

 

 知性は高いが、イルカのような知的好奇心というより、膨大な海洋地形の記憶や理解などに生かされる。

 〝クジラの歌〟と呼ばれる規則性のある発声で遠距離コミュニケーションを行うが、こちらは低周波だ。10〜30Hz程度の低周波で、海中はもちろん、空気中でも減衰が少なく、数十km先まで歌が届くことがあるという。人間の可聴域の下限は20Hz程度なので、歌のほとんどは聴き取れない。

 そして、クジラは基本的に定住せず、広大な海域を季節で長距離移動して回遊する種が多い。

 定住を嫌うエマーロ族が、クジラを祖とすることは道理だ。

 

 さて、クジラ人たるエマーロ族の、種族固有ジョブである〈旅亭〉の詳細はこうだ。

 

 

 〈旅亭のジョブ取得条件〉

  ・村人Lv5

  ・同時に2人の客への接客を完璧にこなす

 

 〈旅亭〉

  ・スキル:

    インテリジェンスカード操作、カルク、

    ()()()()()()

  ・効果:

    知力中上昇、体力小上昇、器用小上昇

 

 

 半球睡眠で慣れている右脳と左脳の切り分けを強化して、同時に独立した別々の思考を働かせることができる〈並列思考〉。

 

 遠くまで届く超低周波で会話することで、離れた場所にいる旅亭同士のコミュニケーションを可能にする〈遠話〉。

 

 いずれも種族固有ジョブのスキルにふさわしく、他の種族では獲得できないユニークな能力だと言える。

 

 

* * *

 

 

 迷宮ちゃんが名付けられる、少し前の話。

 

 領都レグニツァの騎士団では、朝礼の後、騎士たちが修練場で小一時間ほど武芸の鍛錬を行うルーチンになっている。

 その間、役職者は会議室に集まり、情報共有と意思決定のミーティングを行う。そうして騎士団全体の足並みを揃えるのが常となっていた。

 

 その会議の場で民事室の室長から、新たな迷宮発見の報告が上がった。

 彼女は騎士ではない。エマーロのおばちゃん旅亭で、ハンナという。

 

 騎士団は騎士だけで成り立つ組織ではない。なにせ、領内の立法、行政、司法の全てを扱っているのが騎士団だ。三権分立ってなんですか?

 

 警察や自衛隊のように、盗賊やならず者への取り締まりをするような、荒事を収める治安維持には騎士が向いている。大得意だ。

 しかし、迷宮に入るというタスクだけ見ても騎士では足りず、要員として冒険者や探索者、魔法使いや僧侶が欠かせない。

 

 迷宮に入るのみならず、騎士団の業務の本筋は領地経営だ。

 立案は領主たちブレーンだとしても、手足となって経済政策や農業政策や土木工事などを、取り仕切ったり実働するのは騎士団だ。

 ギルドや大商人、地域の有力者の力を借りることも多く、通達や調整などを通りやすくするため、日々顔をつなぐ必要もある。

 納税対応はもちろん、領民の事務手続きや苦情対応もおろそかにはできない。

 城砦の機能維持も楽ではなく、物資の調達や炊事や掃除、馬の世話など、日々のタスクは多い。

 実に針小棒大な幅広い活動を行っているのだ。

 そのため、騎士以外にも多くの者を雇い入れたり外注したりして騎士団は成り立っている。

 

 特に〈旅亭〉は重宝していた。

 

 〈インテリジェンスカード操作〉ができるため、本人確認や盗賊除外ができる。

 〈カルク〉で帳簿の計算はお手の物だし、〈並列思考〉のおかげで繁忙時でも業務をスムーズにさばける。

 緊急時には〈遠話〉を使って街中の旅亭と連絡を取ることができる。

 睡眠が不要なので夜番など長時間の勤務も可能だ。この世界に労働基準法はない。

 定期的に転勤の申し出があることに留意する必要があるものの、窓口業務や事務方、そして通信手段として必ず確保しておくべき人材だった。

 

 窓口業務に当たっていたハンナが迷宮発見の第一報を受けたのは、前日のことだった。

 

 迷宮の発見が遅れて育ちすぎてしまうと討伐が難しくなるため、未発見の迷宮を騎士団に知らせると、それなりの報酬をもらえることになっている。

 レグニツァでは報酬額が良いので、野良の魔物の出現状況などから迷宮を探し当てることを副業にしている者もおり、今回の通報はまさにそうした者からだった。

 ハンナはすぐに騎士団雇いの冒険者を同行させ、迷宮の存在を確認していた。

 

 ハンナが会議の場で共有した内容は、間違いなく未発見の迷宮であること、リギの迷宮の近隣であること、リギの迷宮の台地から急斜面を下った谷あいにあること、大きなヒイラギの木が目印になるような廃村の中に生えていること、1階層がミノかスローラビットと予想されること、などなど。

 リギの近隣だと伝えたときに、騎士団長の眉間に深い(しわ)が寄ったのをハンナは見逃さなかった。

 

 ハンナの報告がひとしきり終わり、騎士団長が対応について話を進めようとした折、火急を知らせる早鐘が遠くから聞こえてきた。

 レグニツァを囲む城門のいずれかに魔物の襲撃があったのかもしれない。北門の方角のようだ。

 過剰に緊張した面持ちになった若い領主から同席者の視線を逸らすべく、ハンナは大声を出した。

 

「あれま! すぐに確認しますんで、ちょっとお待ちくださいねえ!」

 

 レグニツァでは、三方の城門にもエマーロ族の旅亭が常駐している。

 〈遠話〉を使って彼らとコミュニケーションを取り、トラブルの具体的な内容をヒアリングする、と宣言したのだった。

 

 バルコニーに出て、ハンナは大きく息を吸い、大きな声量で〈遠話〉を発した。*1

 

ど~う~し~た~の~?

 

 周波数が低いということは、波形が大きくなる。大きいと時間分解能が粗くなるため、細かい変化を刻むのが難しい。

 そのため、通常の話し言葉のような細かい符号化には不向きで、長い持続音やゆっくりした変調でしゃべる必要があるのだ。昭和歌謡は歌えるが、歌詞詰め詰めの令和ソングは難しい。

 人間の可聴域を下回る超低周波なので、エマーロの〈旅亭〉以外には聴き取れない。感度に優れた者は、地響きに似た音圧を感じてはいるようだった。

 

 すぐに返答の遠話があった。

 

S~O~S~

 き~た~も~ん~で~、

 ド~ラ~イ~ブ~ド~ラ~ゴ~ン~、で~た~

 

 ハンナは急いで通訳した。

 

「あらやだ、北門でドライブドラゴンが暴れてるんだってさ! 応援呼んでるわよ!」

 

 それを聞き、騎士団長はすぐさま応戦する部隊と対応案を提案する。

 弱点属性のないドライブドラゴンはそもそも手ごわいが、宙に浮かぶ特性のため迷宮外では攻撃を当てること自体が難しい。魔道士と魔法使いを主力に当て、騎士を護衛とすべき、と述べた。

 若い領主は了承し、拝命した部隊長は早足で会議室を飛び出す。他の部隊長も街中に屋内避難を呼びかけるため、慌ただしく会議は散会した。

 

 その後、城門や一部の建物に損害はあったが、人的な被害はなくドライブドラゴンは撃退された。

 

 

* * *

 

 

 このように、騎士団雇いの〈旅亭〉は、魔物の襲撃などの緊急時に、早鐘とともに〈遠話〉で街中の〈旅亭〉に詳細を知らせる役割を担っている。

 

 他にも防災無線のように〈遠話〉で、今日は春の46日だとか、明日は5のつく日なので市が立つとか、輸送船が船着き場に着いたとか、西側の街で雨が降り出したのでもうすぐ雨になるとか、迷子を保護したとか、雨天なので祭りが中止になるとか、郊外で殺人があったとか、そんな日常のお知らせを行っていたりもする。

 

 旅亭ギルドが運営する宿はもちろん、大きな商家でも〈旅亭〉が雇われていたりするが、そうしたニュースを〈遠話〉で受信して、情報をキャッチアップできることはメリットだ。

 

 商家で〈旅亭〉を抱えている場合はたいてい複数人いるので、少し離れている場所でも〈遠話〉で意思疎通ができるのは何気に便利だ。売り場にいる〈旅亭〉がその場にいながら、倉庫にいる〈旅亭〉に在庫の問い合わせをしたり、帳場の〈旅亭〉に割引の決済を打診したりできる。内線みたいなものだ。

 

 旅亭ギルドの宿では、〈インテリジェンスカード操作〉で確認した客について〈遠話〉で騎士団に人物照会をしたり、時にはSOSの発信を行うこともある。SOSを受けた騎士団が迅速に駆けつけてくれるという点でも、旅亭ギルドの宿はセキュリティが高く安心感があるのだった。まあ、ALSOKですよ。

 

 

 〈旅亭〉は、迷宮では活躍の場がないぶん、街の日常を支える種族固有ジョブなのである。

 

 

*1
〈遠話〉はパッシブスキルなので詠唱は不要です。

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