異世界迷宮ちゃんは入り組み惑っている 作:yubeshiski
帝都とクーラタルでははっきりと時差がある、とミチオは言った。
ミチオ君のチートスキルである〈ワープ〉は、文句なしにエグい。
一方、その陰に隠れていまいち存在感が薄い〈フィールドウォーク〉だが、これだって十分すごいスキルだ。制限事項はあるものの、長距離を一瞬で移動できる。現代の地球でも実現できていない夢のような機能だ。
ミチオ君は当初、帝都からクーラタルへ移動するのに、エルフ冒険者♀のフィールドウォーク屋さんを使っていた。銀貨1枚だ。
そして、帝都とクーラタルでははっきりと時差があるとも言っている。
仮にその時差が1時間だとすると、惑星1周の24分の1、経度にして15度移動したことになる。地球上で経度が15度くらい離れている都市の例を出すと、ベルリンとロンドン、東京と上海などが挙げられる。
この異世界の惑星が地球と同じ大きさという前提ではあるが、一般的な冒険者であれば、この距離を呪文一発で転移できちゃうのだ。熊谷から都内なんて一瞬だ。絶対欲しい。
どこでもドアすぎるフィールドウォークだが、制限はある。
〈フィールドウォークの制限事項〉
・冒険者にならないと取得できない。
・樹や壁やタペストリーや
・遮蔽セメントの壁には、出入り口を開くことができない。
・MP量が許す限りの距離までしか移動できない。
・パーティを組んだヒトしか通り抜けることができない。
・持ち込む物には重量の制限がある。
最後の重量制限だが、フィールドウォーク屋さんがミチオ君のリュックを見て、「そのリュックサックくらいなら大丈夫でしょう」と言っていた。*1
もっと大きかったり重かったりしたら、フィールドウォークへの持ち込みはNGです、ということだ。
大きい物、重い物まで際限なくフィールドウォークで運べてしまうことになると、あまりにチートすぎる。輸送業が成り立たなくなってしまう。
実際のところ、持ち込みできないわけではないが、大きさ重さに比例して消費するMP量が格段に増えるため、現実的ではないのだ。
MP消費が多くなれば銀貨1枚では割に合わなくなってしまうし、そもそもMP量が足りなくなってフィールドウォークを維持できなくなる。
そのため、フィールドウォークで移動するときの手荷物はリュック程度に収める、というのがこの異世界迷宮世界のマナーなのだ。
* * *
〈学者〉のヤクブは、リギ裏手の切り立った台地から、迷宮ちゃんの生えている渓谷を見下ろしていた。
〝峡谷〟と〝渓谷〟は似て非なる言葉だ。
崖のように切り立っているところまでは同じだが、峡谷は谷底が狭くてほとんど川だけのものを指す。谷底に川のみならず土地が広く存在しているのが、渓谷だ。
そんな渓谷の中央を川が流れ、その周囲がなだらかな丘陵の草原になっている。
川沿いのところどころに道の跡が見える。その脇に民家がちらほらと建っていた。廃屋になっているようだ。
大きめの石造りの建物も見えた。敷地に石畳も敷かれているようで、有力者の屋敷か集会所だったのかもしれない。
草原にぽつぽつとミノやスローラビットが徘徊しているのも見えた。
「あれは、税金逃れの隠れ村だったのだろうな。
おそらくリギが出現し、ミノが村に現れるようになってしまい、住民は離村したのではないか」
騎士団長ロレンツォが背後から声をかけた。
騎士団雇いの冒険者のフィールドウォークで、領主や
「あそこに大きな樹が見えるであろう?
ええと、葉にとげがあって、冬も緑のままで、赤い実を付ける……」
「〝ヒイラギ〟じゃな。
ふむ、確かに大きうて目を引くわい。
あれほど見事なヒイラギの大樹など、そうそうお目にかかれるものではあるまい。
ほうほう、その足元に見えるのが新しき迷宮じゃな。
さしずめ〝ヒイラギ村の迷宮〟とでも呼ぶべきかのう」
ヤクブは、自分の立つ台地から廃村まで目でなぞった。
斜面ではあるが、村から台地の上まで歩いて登ってこれるような小道はあるようだった。
「高低差こそあれど、リギからあの迷宮のあたりまでは、思うたよりも近いものよ。
山歩きに慣れた者なら、歩いてもさほど時は取られまい。
あの渓谷を流れる川は……ふむ、ブラウゼ湖へと通じておるのかもしれんのう」
「それでヤクブ殿、金策というのは?」
いっこうにもうけ話に進まない学者にいらだち、若い士官が口をはさむ。
すまんすまん、と言いながらも全く悪びれずに、ヤクブはリギに向かって歩き始めた。
要領を得ないものの、ついていく一行。
「リッくんは、〝セドレバ〟という木をご存じかな?」
領主となったリッカルドをいまだに幼子のように呼ぶのは、この〈学者〉だけだ。
誰も彼もが急に自分を子供扱いしてくれなくなった今、リッカルドはそう呼ばれることを内心好ましく思っていた。
「はい。レグニツァよりもっと北方に自生している、珍しくて価値のある黒い木ですね」
セドレバの黒くて目の詰まった木肌は、磨けば磨くほど光を吸い込み、そしてわずかに返す。その
重厚でありながら、どこか気品を帯びたたたずまいで、高級木材として珍重されている。
にっこりと微笑みを返しながら、ヤクブは続けた。
「『価格調査の記録』……わしが趣味で続けておる小さな研究でな、
レグニツァの特定の商家や飲食店の価格を、定期的に〈ドキュメント〉に書き留めて、変化を記録しておるのじゃ」
ヤクブは〈ドキュメント操作〉で『価格調査の記録』を開くと、〝セドレバ〟を含んだ商品で絞り込んだ。
「高級家具店なのじゃが、1年ほど前からセドレバの木を使うた調度品や彫り物が、数こそ多くはないが並ぶようになっておってな。
珍しいと思うておったんじゃが、半年ほど前から品は減るばかりで、今ではほとんど姿を見せぬ始末よ」
店主に尋ねてみたところ、定期的に木材を卸していた冒険者がいたが、ここ半年ほど見ていないと言っていた、ということを付け加えた。
「次は『宿泊台帳』じゃな。
旅亭ギルドの宿屋ではの、必ず台帳へ宿泊者の名を書き入れる決まりでな。
わしも折々に訪れては、〈ドキュメント〉に写し取っておるのじゃ」
〈ドキュメント〉の『宿泊台帳』を開き、特定の冒険者で絞り込み、日時ソートした。
「宿泊台帳をひもといてみると、1年ほど前から連泊を続けておった冒険者のパーティが、半年前を境にぱたりと宿泊を絶やしておることがわかってのう。
おそらくは迷宮で命を落としたのであろうな」
「彼らが迷宮を変えたということはないのですか?」
質問を受け、ヤクブは再びにっこりと若い領主にほほえむ。
話をただ聞くだけではなく、きちんと内容をかみ砕いたうえで、疑問に感じたことをそのままにしない。
若すぎるというだけで見くびられがちだが、この聡い若者は間違いなく良い素地を持っている。手を差し伸べたいと思わせるだけのものを持っている、とヤクブは感じていた。
「何日分かの宿代は前もって支払っておったし、部屋には荷がいくつか残されていたと記されておるな」
「なるほど、宿に帰らなかったのは想定外だったということですね。迷宮で亡くなったと考えるのが合理的ですね」
うなずき、ヤクブは話を続けた。
「続いてはの、『迷宮出入り調査書』からじゃ」
定期的に探索者ギルドと冒険者ギルドにヒアリングをして、最近レグニツァを根城にしているパーティと、通っている迷宮や階層を記録したものです、と側近が若い領主に教える。
『迷宮出入り調査書』をその冒険者で絞って、日時ソートする。
「先ほど名の挙がった冒険者と同じ記録が、半年前を境にぷつりと途絶えておってな。
通っておった迷宮や階層まで細かう記されておる。
ギルドの職員にあけすけに語るような気の良い連中だったのじゃろうな。
通っておった迷宮はリギ、階層は45と見えるわい」
騎士団長が、リギに入ってくれていたのだな、とつぶやいた。
ヤクブはふと立ち止まった。視線の先に杉の倒木がある。
「さて、命を落としたであろう彼らが、どこからセドレバを手に入れておったのか……
わしの見立てではの、リギへ通う道すがら、偶然にもセドレバが自生しておる場所を見つけたのではあるまいかと思うておる」
倒木に近づく学者。
完全に横になっているが、この杉は自然に倒れたのではない。
途中で折れているわけでもなく、根こそぎ倒れたにしては根が見当たらない。ヒトの手によって伐採されたことは明らかだった。
杉の倒木の根元のほう、切り口の側に回るヤクブ。
「セドレバと申せば黒き木肌が常であるが……ふむ、なるほどよ。
樹皮は茶色くして、まるで並の杉と見まごうばかりではないか。
自然とは、時にこうして姿を巧みに隠すものよのう」
切り口から見える木肌は、漆黒だった。
「彼らは、偶然このあたりでセドレバが自生しておるのを見つけたのであろうな。
狼人族の者もパーティにおったし、北方の出であったのかもしれん。
樹木の見分けにも長けておったのやもしれぬな」
リッカルドが麾下に指示を出し、手近な杉の何本かの樹皮を剥がさせたところ、セドレバは3本も見つかった。広い台地をくまなく探せば何本見つかるか、想像がつかなかった。
「リギへ通い、帰りがけにフィールドウォークで持てるだけの木材を伐り出して、高級家具店へと持ち込んでおったのであろう。
ただまあ、腕ほどの大きさの彫刻や、文入れのような小ぶりの調度品でも、5千ナールから3万ナールほどにしかならん。決して安いわけではないが、高いといっても知れたものよ。その原材料たる木材の売り値であれば、なおさらよの。フィールドウォークでは大きく重い材は運べぬゆえ、抱えられる程度の太さが関の山よ。
迷宮に挑むかたわらの、小遣い稼ぎ……そういうところであろうな」
特産品としては悪くないが、大きな儲けとは言い難い。
小ぶりな木材、であれば。
騎士団長ロレンツォは、学者の言わんとしていることを理解し、確認のため問いかけた。
「帝都に、ノルドハウンという大商会があったかな」
ヤクブは、騎士団長にいたずら気ににんまりと微笑み返した。
若い領主には思い当たることはなかったが、
じっと騎士団長を見る。
ロレンツォは、ノルドハウン商会のこととその先について考えを巡らせていた。
ノルドハウンは北方に本拠地がある商会で、帝都の店には〝セドレバを使った客間がある〟との評判だったはずだ。
なんでも、海路や陸路を駆使して北方からわざわざ大きな木材のまま取り寄せて、梁や柱や調度品にしたとか。商会の力を見せつける目的なのだろう。今や、セドレバを建材とすることは、貴族や大商人の羨望の的だとか。
つまり、伐り出した丸太や材木のまま帝都に運ぶことができれば、価値はもっと上がる。10倍どころではないだろう。
この台地からブラウゼ湖まで運ぶには山地の起伏が激しい。牛馬を使っても丸太のまま運ぶのは困難だ。採算に合わない。
だから、普通ならフィールドウォークで持てるぶんしか運べない、はずだ。
しかし、ヤクブは先ほどなんと言っていたか。
リギの台地からヒイラギ村までは、高低差があるだけで近い。
ヒイラギ村を流れる川は、ブラウゼ湖に通じている。
確かにそう言っていた。
縄や滑車などを使って、崖の上から伐り出した丸太を渓谷に降ろすことは難しくない。
そして渓谷には川が流れている。川を使えば丸太を下流に送ることはたやすい。
下流はおそらくブラウゼ湖だ。ブラウゼ湖まで運べてしまえば、舟による水運でレグニツァに持ち込むことは簡単だ。
レグニツァからは湖と川を使い南へ下っていけば、帝都の近くまで運ぶことができる。
つまり、この林のセドレバは、小ぶりな木材ではなく、大きな建材のまま売ることができる。
金は、多少の無茶を押し通す武器だ。
騎士団長は、この強力な武器をどう振るうかを考えて始めていた。