異世界迷宮ちゃんは入り組み惑っている 作:yubeshiski
ベイルの
ソマーラの村のビッカーに連れられてアランの商館にミチオ君が連れられてきたとき、雑談の中でアランはそう語っていた。
ベイルの街の西側の森に入ってすぐのところ、徒歩で行ける範疇にベイルの迷宮が出現したが、たった2日でニュースは広がり、迷宮に入る者たちが一気に集って、景気が上がったそうだ。
ベイルの街が、探索者人口の多い帝都やクーラタルに近いということもあるだろうが、手つかずの迷宮が存在することは、ヒトを集める誘因になる。
そして、もうひとつ誘因となる条件がある。
それは、街から迷宮に〝徒歩で通える〟ということだ。
多くのパーティには冒険者がいない。
そのため、最寄りの街の木賃宿などに拠点を置き、徒歩で迷宮に通う必要があるのだ。迷宮で存分に力を発揮するためには、迷宮への通勤で疲れている場合ではない。熊谷の話はしたっけ?
街の近くに迷宮が出現するとヒトが集まる、というのは自明なのだ。
* * *
レグニツァの若い領主リッカルドの一団は、冒険者である従者のフィールドウォークを通り、ヒイラギ村の迷宮の前に現れた。
さっそく、威勢のいい男たちの声が聞こえる。
掘り返された土の匂い。
地面をならす地響き。
かんなをかけた木の香ばしい匂い。
釘を打つ金槌の音。
あちらこちらで、
遠目に、リギの迷宮のほうに登る山道が、だいぶ広げられて整えられて道らしくなってきているのも見えた。
廃村は正式に〝ヒイラギ村〟と名付けられ、再建が始まっていた。
活気に満ちている、とリッカルドは胸が躍った。
彼はもともと15歳の少年らしからず思慮深い性質であったが、若くしてレグニツァ伯爵となってからは、いっそう慎重に振る舞うように注意していた。しかし、今日これからここで執り行われることを考えると、興奮を隠しきれずにいた。目を輝かせてきょろきょろと周囲をうかがってしまう。共連れの側近たちも、
街として再建される様子に感心しながら、リッカルドは思い出していた。
あの漆黒の木たるセドレバの発見のあと、どのようにヒイラギ村再建に至ったかを。
騎士団長ロレンツォが〝ふた振りの大剣を得た竜騎士*1〟のように剛腕をぶんぶんと振るった結果だった。
* * *
現地調査の結果、セドレバの本数は予想を大きく上回り、一過性ではなく将来的にも領地の財布を安定的に潤すことが予想できた。
それぞれの樹に、騎士団の所有物であるという焼き印を押し、あとからかすめ取られることを防ぐ。
騎士団長ロレンツォは、多くの庶民による迷宮攻略を推し進めるいちばんの手は、冒険者ギルドで依頼を出すことではない、と自身の案を即座に撤回し、付け加えた。
いちばんの手は、
徒歩で通える所に迷宮があるということは、探索者たちにとってその街を拠点にする十分な理由となる。変哲のないただの街でも、徒歩で通える迷宮が1つ出現しただけでその街が急ににぎわい、活気づくのだ。
通える迷宮が5つもある街であれば、どれほどの誘因になることか。
もちろん、生えた迷宮を街のそばに動かすことはできない。
迷宮は、生えた場所に空間固定されている。足元の地面を掘っても何も出てこず、迷宮が宙に浮いたままであることは既知の事実だ。
だから騎士団長は、
街をイチから作れるだけの金を
リッカルドは、想像だにしていなかったことが実現し、ただ感嘆していた。
* * *
「領主様ー、ようこそお越しくださいましたー!」
すらっとした猫人族♂が急ぎ迎えに来た。ヒイラギ村の再建を主導するアルル商会の現場責任者、ネモだ。
「ではこちら、説明しながらご案内いたします。
おーい、領主様のご一行だ、ちょっと通してくれ!」
「見てのとおり、大工や
突貫なので質はあれですけど、彼ら自身が使いやすいように都度手を入れてますので、徐々に良くなってきてるようです。
工事が減ってきたら、これは探索者や林業従事者向けの木賃宿にシフトします」
「で、こちらはですね、酒場も率先して建ててしまいました、ははは。
稼いだ金をパーッと使う場所が必要なのは、大工も探索者も同じですね、はい。
間をおかず娼館や賭場も作ると伝えたところ、みんなやる気満々ですよ、分かりやすいですね」
軽妙に案内するネモに先導されながら、舗装途中の小道を緩やかに登っていく。
右手には簡素ではあるが建物がいくつも出来上がっていた。
道もいずれ拡張するために余白を取っていることや、水量が減る秋に護岸工事をするため川沿いの建築は避けていることなどの説明がなされる。「計画的でしょう? とは言っても、学者のヤクブ様の助言に従っただけなんですけどね」とネモはおどけた。
柔軟さとしたたかさ。場当たり的ではなく未来を見据えた知性を、ネモからは感じられた。
ロレンツォは、この商会に街づくりを任せることができたのは
金を工面したといったが、正確には黒い木肌のセドレバは金ではない。今の状態ではただの大きな樹にすぎない。
単なる樹の状態のセドレバに価値を見いだし、価値を高めるための施策を取り、投資家に融資を促して、現金という実弾を調達する必要がある。
現代でいうところのベンチャーキャピタルの伴走が必要だ。
価値を創出する、金と
* * *
現地調査のあと、騎士団長は一計を案じ、セドレバを独占的に伐採する権利を競りに出すことにした。
入札の条件として、相応の金銭もだが、迷宮討伐の拠点としてヒイラギ村跡地に不足ない街をつくる、ということを挙げた。
ここに街をつくることは無駄ではなく、伐採、加工、輸送の拠点にもできる。その点ではWin-Winだ。
本来であれば、足元であるレグニツァの商人ギルドにまず出品内容を提示するのが筋だが、ロレンツォは内密にひとつの商家の者を呼び、先んじて提示した。それがアルル商会だった。
アルル商会は、立地的にドライブドラゴンの襲撃で損害をよく被っていた商家で、レグニツァではまだ新参者だ。しかし、実は帝都に本店がある大店でもある。
帝都におけるセドレバの価値をよく分かっているし、独占できる旨味も心得ているはずだ。将来的な利益の大きさを算定できる分、投資に掛ける金額も潤沢になるのは明白だった。
レグニツァの商人ギルドの長や重鎮は、若い領主ではなく古馴染みの領主の叔父ボニファシオのほうを後押ししている。遠巻きにボニファシオの力を削ぐという狙いもあった。
先んじて提示したのは3日だ。しかしアルル商会としては、3日あれば本店とすり合わせて作戦を練る時間は十分だった。
ここぞとばかりに切れ者をよこし、大胆な提案と豪胆な金額の提示をしてくれた。おそらく、利害が一致する帝都の他の大商会からも融資を引き出しているはずだ。
そうして、セドレバの権利はめでたくアルル商会が落札したのだった。
いささかやりすぎた投資なのではないかというレグニツァの同業者からの批判にも、魔物の被害を受ける回数が多かったのでリギ討伐に協力することを
街に建てる商店や工事の人手の調達などは、レグニツァ商人ギルドや大工組合などに割増料金で回したようだ。儲けを分配して敵を増やさない調整力も長けていると思えた。
* * *
「では、こちらです。この元集会所は石造りだったので、やはり状態が良かったですね。手直しは少しで済みました。ご指示どおり、1階は冒険者ギルド、2階と3階は旅亭ギルド運営の高級宿屋として進めてます。
あとは内装と調度品だけ手を入れれば、すぐにでもお使いいただけます、はい」
入ってすぐのエントランスは吹き抜けになっており、正面が受付カウンター、右の壁沿いに2階へと続く階段が設置されていた。
短い期間でよくこしらえたものだとリッカルドは感心した。
ネモは1階の冒険者ギルド側、カウンターやバックヤードを案内しつつ、ひとつ確認した。
「村に設置するギルドはやはり、冒険者ギルドと探索者ギルド、聖職ギルドの3つなのですね?」
問われた若い領主は、騎士団長と目を合わせた。
当初、アルル商会から打診された設置希望のギルドは4つ。冒険者ギルド、探索者ギルド、聖職ギルド、そして
しかし、設置すると回答したのは先述の3つだった。
つまりネモは、騎士団ギルドを設置しないのはなぜですか、と尋ねているのだ。
ネモの商会の者たちは、迷宮が討伐されたあとも、まずは林業、そしていずれは高級避暑地にするという大胆で長期的な案を提示していた。リッカルドからすると何もない田舎だが、帝都に住む者から見ると、ヒトや建物であふれておらず、夏の暑さがほどよい風光明媚な場所に映るらしい。
いずれはヒイラギ村をラグジュアリーな観光地に格上げしたい商会としては、安全性を担保する騎士団ギルドの設置が望ましいはずだ。
レグニツァ騎士団で所持しているギルド神殿の数が足りないのではない。
だから、設置するギルドを3つに絞ったのは思惑がある。
この場には、騎士団の者だけではなく、冒険者ギルドの者も居合わせている。
どう答えたものか思案しているリッカルドに代わり、ロレンツォが口を開いた。
「この冒険者ギルドに数名の騎士を常駐させ、旅亭ギルドの宿屋にも騎士が寝泊まりする部屋を確保するつもりだ。常に
ネモは騎士団長の回答になるほどとうなずき、続けて発言した。
「我々は、冒険者を数人雇うことを考えています。
雇った者を使い、レグニツァからヒイラギ村へフィールドウォークする行きの便は格安で運び、帰りも迷宮に入った者は格安にするつもりです。
探索者の方々に、ヒイラギ村を気軽にお試ししやすいようにするということですね、はい。
それでですね、往路ではインテリジェンスカードの確認をしたほうがよいでしょうか?」
鋭い男だ。
ロレンツォはネモを好ましく評価した。
迷宮の弱体化には多くの庶民による迷宮探索も有効だが、もうひとつ有効なものがある。
盗賊だ。
盗賊は迷宮の中に長い時間滞在し、獲物である探索者を待ち構える。時には魔物すら狩る。
ヒトが迷宮に入るだけで迷宮の活動が低減することはよく知られている。
盗賊は、迷宮を弱体化させるのに大いに力になっていると騎士団長は考えていた。
しかし、クローズドな街へのフィールドウォーク利用にインテリジェンスカード提示が必要で、その街には騎士団まであるとなると、盗賊の足は遠のく。
盗賊の足が遠のけば、リギの討伐が遅れることもあり得る。
ネモは暗に、盗賊を許容しますか?と聞いているのだ。
「いや、確認は不要でよかろう。
……いずれ大きな街となるようなら、騎士団ギルドの設置も必要になるであろうな」
「はい、大きく致しますので、なにとぞ」
ネモは涼しげな顔でにっこりと微笑みを返した。
貴族が公に盗賊を許容するなどと答えることはできない。
ではこちらです、と案内されたのは、建物中央の窓のない大きな部屋だった。
中ほどに、ぴかぴかに磨かれた石材を組んだ重厚な台がある。
リッカルドはまじまじと台を検分し、これは良さそうだと、やや興奮して騎士団長を見た。
うなずいて肯定するロレンツォが口を開いた。
「それでは閣下、冒険者ギルドの〝神殿〟の設置を始めましょうぞ」
いつも『迷宮ちゃん』をお読みいただき、ありがとうございます。
ここまで週イチ更新を続けることができましたが、しばらく不定期更新になるかもしれません。必ず完結まで書き切りますので、気長にお待ちいただけるとありがたいです。