異世界迷宮ちゃんは入り組み惑っている 作:yubeshiski
ギルド神殿というのは、まことによくできた装置じゃ、とハルツ公は言った。
これは、兇賊のハインツたちのインテリジェンスカードをミチオ君が引き渡しに行ったときに、ハルツ公爵が語った言葉だ。
ギルド神殿に懸賞金を入れておくと、お尋ね者のインテリジェンスカードと引き換えに、どこの騎士団の神殿でも懸賞金を取り出すことができる。ギルド神殿の機能の有用さを、ハルツ公は褒めたたえたのだ。
ミチオ君がギルド神殿を目の当たりしたのはこのときが初めてだったが、ギルド神殿はこの異世界迷宮の世界の至るところで登場する。
懸賞金を受け取るとき。
死者のインテリジェンスカードの内容を確認するとき。
ドロップアイテムを売り買いするとき。
スキル結晶の鑑定をするとき。
ジョブを転職するとき。
固定という祝福を受けるとき。
装備に融合して限定を行うとき。
そして、迷宮を討伐したとき。
ギルド神殿は、領地の運営を円滑に回すための実用品だが、そもそも迷宮を討伐すると得られるトロフィーなのだ。
そして、形状についてはふたつ、言及されている。
まずは、白い箱状。
ハルツ公の
そして、丸い球体。*1
迷宮の最終ボスが討伐されるときに残すアイテムがギルド神殿で、ドロップした直後は丸いボール状をしている。
装備に融合して〈限定〉および〈限定解除〉を行うときも、この球体を使う。
後者の丸い球体の形状が、ギルド神殿の本質だ。
実は、この状態でも相当量の魔力さえ注げば、〈ジョブ設定〉や〈固定〉を行うことができる。 ジョブ設定や固定ということは、つまりは〈キャラクター再設定〉ということだ。このことについては、のちに触れる。
では、白い箱状のほうは何なのか。
簡単に言うと、異世界迷宮の世界の
なんだ、〝
異世界迷宮の世界は、創造主の叡智に満ちている。
魔物を倒せばドロップが手に入る。
条件を満たせばジョブを得る。
ルールを犯せば盗賊に落ちる。
いずれも日本ではあり得ない、摩訶不思議な規律が、叡智だ。
盗賊の懸賞金の話で言えば、懸賞金は特定のギルド神殿の中に格納されているのではない。ギルド神殿を介してつながっている、叡智の領域である〝懸賞金置き場〟に置かれているのだ。
そしてインテリジェンスカードを手掛かりにして、特定の盗賊に掛けられた懸賞金を取り出すことができる。
通信回線を介してネットワーク接続し、クラウドに保存され、マイナンバーカードで認証して引き出す、といえば分かりやすいか。
また、ギルド神殿に魔結晶で魔力を注ぐ必要がある、というのはよく知られている。
これは神殿機能の維持に魔力を使うという意味だが、もうひとつ前段がある。
球体と箱状の違いに関係しているのだが、実は球状のギルド神殿はほとんど魔力を帯びていない。魔力の枯渇状態だ。
魔結晶をあてがうことで魔力の補充ができるのだが、球体のギルド神殿が一定量の魔力を得ると、叡智に接続できるようになる。
そして叡智に接続すると、叡智の権能を使用しやすい形態に変形する。それが白い箱状の正体だ。
〈ギルド神殿の設置〉
・迷宮の最奥ボスを討伐すると、丸い球状のギルド神殿をドロップする。
・国内や領地内にギルド神殿を追加で設置する場合は、事前に〝親ギルド神殿〟を操作して、球状の神殿を〝子ギルド神殿〟として登録する。
・球状の子神殿に魔力を充填すると、親神殿の管理者が子神殿の〈境界接合〉を使用できるようになる。
・〈境界接合〉を使用すると、空間に固定され、親ギルド神殿との接続が疎通する。
・さらに親ギルド神殿の最上位にある〝国礎の神殿〟が接続している〝叡智〟にアクセスできるようになる。
・叡智の権能を使用しやすい形態である、白い箱状に変形する。
・白い箱状の側面にはスイッチが4つある。それぞれ「ローカルリソース」、「ワールドリソース」、「システム」、「国礎」の操作と連動している。
・スイッチはトグルになっており、どれかひとつしかオンにならない。
・スイッチを押した権限ユーザーには選択肢が頭に浮かび、選択による操作が可能。
・スイッチを押していない権限ユーザーでも、神殿に触れていればその選択画面は頭に浮かぶ。操作は不可。
・親神殿の管理者が子神殿の全権管理者を指定し、〈宣誓〉を経て受領されると、子の全権管理者が就いているジョブのギルド神殿となる。初回のみ。
箱状のギルド神殿は、創造主の叡智にアクセスして権能を借用するためのインターフェースであり、そもそも箱状に変形すること自体がまさに叡智のなせる
* * *
ヒイラギ村の冒険者ギルドとなる予定の石造りの建物、その1階中央の窓のない大きな部屋に、一団はいた。中ほどに据え付けられた、石材を組んだ重厚な台が目を引く。
騎士団長ロレンツォは、
騎士団長は、若き伯爵リッカルドに「先ほど紐づけしたギルド神殿です」と伝えた。
リッカルドは緊張していた。
歳若いからと侮られないためにも、常々自信満々に振る舞うようにと、騎士団長から口酸っぱく忠告を受けていた。
しかし、なにぶんこの若き領主は、ギルド神殿の設置が初めてなのだ。
騎士団の中であれば、多少のことは許される。
しかし、この場には騎士団の家臣のみならず、冒険者ギルドの面々もおり、アルル商会の者もいる。この一度の機会の振る舞いで自分のことを値踏みするだろう。堂々と、そつなくこなさなければならない。
「うむ」とうなずき、リッカルドはギルド神殿に手を伸ばした。
そんな若い領主に対する、騎士団長以外の周囲の者の評価はというと――
「(あどけなさが残るのに、がんばっててえらい⋯⋯!)」
「(声変わり前の高い声なのに『うむ』とか、かわいい⋯⋯!)」
「(ちょっと袖が長くて余っているところとか、推せる!)」
「(かわいい。弟にしたい)」
「(かわいい。孫にしたい)」
「(このかわいさ、ビジネスになるな⋯⋯!)」
――大丈夫、甘々だ。
丸いギルド神殿はつややかな真球で、明らかに価値があるものだと一目でわかる。
これは、先ほどレグニツァ城砦にいるうちに騎士団ギルド神殿を操作して、〝子ギルド神殿〟として登録したギルド神殿だ。「下位ノード登録」という操作で子ギルド神殿を登録できるのは、全権管理者であるリッカルドだけだ。
元々、騎士団のギルド神殿の全権管理者は「レグニツァ領主」として設定されていた。先代が亡くなったおりに〝継承〟が働き、成人の第1子であるリッカルドが継承権第1位だったため、自動的にレグニツァ領主となったのだった。
丸いギルド神殿に触れると、頭の中に情報が浮かんだ。
マークがふたつ。騎士団長から聞いていた通りだ。
ひとつめの〝アンテナ〟と呼ばれるマークは、この近隣に他のギルド神殿が設置されていると、本数が多く立つものらしい。逆に近くにギルド神殿がないと本数が減っていく。
さっきレグニツァ城砦で紐づけした直後に見たときは、アンテナは4本だった。そして今は3本だ。
領都レグニツァは領地の中でも最も北東に位置する街で、ここヒイラギ村はその更に北東だ。周囲に他の街はない。3本というのは、最も近いレグニツァ騎士団のギルド神殿からそれだけ離れている、ということなのだろう。設置したときに、アンテナの数が少ないほど、魔力の減りが多くなるらしい。
そして、〝魔力残量〟と呼ばれるマークのほうは、0%と表示されている。
魔結晶を使って魔力を注ぐと、数字が増えるという。
100%になると、ギルド神殿を〝据え付け〟できる、とも。
歳若き領主は不安を悟られぬよう、頭の中で次の手順をひとつひとつ確認しながら、指示を出した。
「魔結晶を持て」
臣下の冒険者がうやうやしく白魔結晶を差し出す。
魔結晶は騎士団でも回収するが、ほとんどは探索者ギルドから買い入れる。ひとつ100万ナールと聞く。庶民である家人の人頭税は3万ナールだ。
34人ぶんの血税を注いでいることをお忘れなきよう、という騎士団長の言葉がリフレインする。
丸いギルド神殿に白魔結晶をあてがった。
魔力残量のマークが変わって見えた。魔力を充填しているらしい。
ほどなく白魔結晶は、黄色から緑、青、紫と暗くなっていき、黒魔結晶となり果てた。
魔力残量は100%に変わっていた。
すると、頭の中で新たにダイアログが浮かんだ。
〈境界接合〉を使用しますか?
はい いいえ
騎士団長に目を向けると、うなずき返してきた。手順通りということだ。
のどが渇く。
なるべく声が通るように、大きく息を吸い、腹に力を入れて声を出した。
「それでは、これよりギルド神殿の据え付けを執り行う」
おおっ、というざわめき。
なかなか見る機会のない出来事をこれから目の当たりにするという、興奮を帯びた一同の目。
ひと呼吸おいて、リッカルドは「はい」を選択した。
次の瞬間、目を開けていられないほどのまばゆい光が、ギルド神殿からあふれた。
鍛冶師の合成に立ち会ったことがある者であれば、それに似た光だと気づいたかもしれない。
いくばくもなく光は立ち消え、丸かったギルド神殿は、箱状のそれに形を変えていた。
ギルド神殿の据え付けは、成功したのだった。
リッカルドは、ふうっ、と息を吐いた。
緊張していたせいで息を止めてしまっていたことに、ようやく気がついた。
さっきまで丸かったものが、はっきりと形が変わり、箱になっている。本当に摩訶不思議な装置だ。
人心地ついたと共に、徐々に湧き上がる興奮を感じていた。
箱の側面に手を当て、押してみる。ぴくりとも動かない。動く気配がない。
据え付けられたギルド神殿はこの場所から動くことはない、ということを改めて確認できた。たとえ、台座を壊したとしても、ギルド神殿はその場所に浮かび続けているという。
迷宮の出入り口の下を掘っても迷宮は宙に浮いたまま固定されているというが、迷宮からドロップしたギルド神殿なので、迷宮の出入り口と同じくその場所から動くことはないのも納得だ。
これなら、警備を厚くせずとも、盗賊たちに貴重なギルド神殿を盗まれることはない。すごい。不思議。有能。
〈境界門〉の〈境界接合〉では、虚空にある異界本体から経路を伸ばし、その出入り口を異世界迷宮の世界の特定の場所に〝空間固定〟するという機能を持っていた。
ギルド神殿の〈境界接合〉でも同様だ。既に座標が固定されている親ギルド神殿に経路を伸ばし、自身である子ギルド神殿を空間固定した、ということだ。
境界接合を維持するだけの魔力が足りているうちは箱状の体裁を保ち、この場所から動かすことができない。
ふと、ギルド神殿の横に立っている騎士団長と目が合った。
いけない、僕は今どんな顔をしていた?
興奮している自分を自覚したリッカルドは、胸を張って目をつぶり、3つ数えた。
若くても経験を備えたレグニツァ伯爵を演じ切らねばならない。
「続けて、ギルド神殿の全権管理者およびジョブの登録を執り行う」
ギルド神殿の据え付けが終わった時点では、何のジョブのギルド神殿なのかは未決定の状態だ。
据え付けられたギルド神殿を扱うためには、まず全権管理者を設定する必要があるのだが、この全権管理者のジョブがそのままギルド神殿のジョブとなる。
リッカルドは箱状のギルド神殿を見下ろした。
真っ白というよりは乳白色の立方体は、温かみのあるランタンの明かりに照らされると人肌のように見える。
改めてそっと触れてみる。石よりも温かく、指に吸いつくしっとりした滑らかさがあり、硬いはずなのに柔らかい触れ心地だ。まるで、生き物の骨格に触れているような感覚がある。
そして、手前の側面にはスイッチが4つ並んでいる。見慣れた騎士団のギルド神殿と同じだ。
いちばん左のスイッチを押し込む。〝ローカルリソース〟と頭に浮かんだ。
続けて、左から2番めのスイッチを押す。〝ワールドリソース〟と頭に浮かぶ。トグルスイッチになっているので左のスイッチは元に戻った。
更に右隣のスイッチでは、〝システム〟と浮かんだ。
しかし、いちばん右は押し込むことができない。これもレグニツァ騎士団のギルド神殿と同じだ。これは〝国礎〟のスイッチで、いちばんの親ギルド神殿、帝国国礎のギルド神殿だけで使用できると教わった。
改めて、右からふたつめのスイッチを押し、〝システム〟のメニューを眺めた。
〈システム〉
ジョブ: 設定なし
ラベル: ヒイラギ村・冒険者ギルド神殿
上位ノード: レグニツァ・騎士団ギルド神殿
下位ノード一覧/登録: 設定なし
ユーザ一覧/登録: 設定なし
魔力解放
魔力残量は50%に減っていた。据え付けの際に大きく魔力が減るそうなので、聞いていたとおりだ。
〝ラベル〟は紐づけした際に騎士団ギルドで登録したとおりになっている。
〝上位ノード〟には、紐づけした親ギルド神殿がここに表示されるとのことだった。間違いないようだ。
〝ジョブ〟は「設定なし」となっている。冒険者ギルドの神殿になったあとは、ここが「冒険者」となるはずだ。
ここのギルド長には、長らく騎士団に勤めてくれた壮年の冒険者である猫人族♂のパスカルを既に任命してある。この場にいるパスカルをこのギルド神殿の全権管理者に登録すれば、自分だけにしかできない仕事は終わりだ。
頭の中で再度手順を思い出し、漏れがないか考える。
大丈夫……だと思う。
脇に立つ騎士団長もギルド神殿に手を当てた。
彼も親ギルド神殿の副管理者として登録されているので、手を当てれば同じダイアログが頭に浮かんでいるはずだ。
騎士団長と視線を合わせる。問題ないようだ。
〝ユーザー登録/権限設定〟と念じて〝新規登録〟を選ぶ。
続けて権限に〝全権管理者〟を選択すると、〈ラッシュ〉のときと同じようなターゲット指定が表示された。
リッカルドは半年ほど前まで戦士だったことを思い出し、少し懐かしくなった。この半年は目が回るような日々だった。
パスカルをターゲットとして確定する。
初期全権管理者を設定すると、神殿も同じジョブになります。設定しますか?
はい いいえ
「はい」を選択した。
おお、と直後に
ギルド神殿では〈宣誓〉という操作も選択できるが、〈ユーザー登録〉や〈ジョブ設定〉の操作直後にも〈宣誓〉が自動的に機能するようになっている。
パスカルの頭の中には、全権管理者の宣誓文が表示されていた。
私は、ここに厳粛に宣誓する。
一 私は本宣誓に反する行為を決して行わず、もしこれに違反した場合には、私に付与された一切の権限が剥奪され、盗賊の身分へ降格されることを甘受する。
二 私は盗賊の身分へ降格されたときは、当然に一切の権限を失うことを認める。
三 私は賊職に対し、ユーザー登録しないことを誓う。
四 私は賊職に対し、いかなるジョブ設定も行わないことを誓う。
五 私は、人頭税納税、アイテム買取、アイテム売却金納入の事務に際し、預かった金銭を横領しないことを誓う。
六 私は、アイテム買取、アイテム払出、アイテム売却金納入の事務に際し、預かったアイテムを横領しないことを誓う。
:
この宣誓文を全て声に出して読み上げることで〈宣誓〉が成立し、全権管理者となることができるのだ。
壮年のパスカルとしても、探索者や冒険者にジョブを変えるときに宣誓をすることはあったが、ギルド管理者としての宣誓は見るのも初めてだ。
若き領主が気を張っているのだ。パスカル自身が水を差さないよう、正しくゆっくりと読み上げていく。
パスカルが全ての宣誓文を読み上げ終えたのを確認し、リッカルドは改めてダイアログに意識を向ける。
〈システム〉
ジョブ: 冒険者
ラベル: ヒイラギ村・冒険者ギルド神殿
上位ノード: レグニツァ・騎士団ギルド神殿
下位ノード一覧/登録: 設定なし
ユーザ一覧/登録: パスカル(全権管理者)
魔力解放
パスカルが全権管理者となっていることが確認できた。そして、冒険者のギルド神殿となっている。成功だ。やった。うれしい。
「つつがなく、冒険者ギルドと相成った!」
「(難しい言葉をがんばって使おうとしているの、えらい……!)」
「(すごい満面の笑み……! 冷静に振る舞おうとしてても、嬉しさ出ちゃうところ、推せる……!)」
「(かわいい。弟にしたい)」
「(かわいい。孫にしたい)」
「(このかわいさ、ビジネスにするしか……!)」
拍手が起こり、祝福の声が湧き上がる。
何事もなく初めてのギルド設置を終えることができ、リッカルドは心底安堵していた。
騎士団長ロレンツォが「では、このあとは私が代わりましょう」と領主を
まだ、副管理者やモデレーターなどのユーザー登録も行う必要があるのだ。
* * *
アルル商会のネモが用意した椅子に座り、レクチャーの様子を遠巻きに見守りながら、リッカルドは考えていた。
設置されたギルド神殿だが、アンテナ3本であれば、1年で減る魔力量はだいたい50%ほどだという。
白魔結晶の半分で充填できる量、つまりは50万ナールだ。庶民である家人の17人ぶんの人頭税だ。設置して終わりではなく、そのあともそれなりの維持費が掛かることは留意しなければならない。
黒い木肌のセドレバの稼ぎで金庫は潤っているが、領地を経営するには先々まで考えなければならないことがたくさんあることに思い至り、遠い目になった。
そういえば、国礎のギルド神殿について、騎士団長から聞いていたことを思い出した。
噂ですが、という前置きではあったが、国礎のギルド神殿を設置するときには、11個のギルド神殿を束ねる必要があるらしい。そして、帝国国礎のギルド神殿は国土の広さを保つためにさらに束ね続け、99のギルド神殿を束ねているとも。
そのギルド神殿が1年で使う魔力量は、費用は、人頭税は、どれほどになるのか。
それらの責を背負ってまで帝国を堅持する皇帝という立場は、どれほど重いのか計り知れない、と思った。