異世界迷宮ちゃんは入り組み惑っている 作:yubeshiski
迷宮内で魔物に倒された者は、速やかに消化吸収される、とセリーは言った。
これは、盗賊を返り討ちにしたミチオ君をさておいて、ロクサーヌとセリーが倒された盗賊の左手首をきびきびと斬り落としたときの言葉だ。なかなかの状況である。
死んだ盗賊は、ほっておくと装備品を残してすぐに迷宮に吸収されてしまう。
盗賊には懸賞金が掛けられていることがある。
懸賞金と交換できるインテリジェンスカードは、死んでから30分ほど経たないと左手首から出現しない。
だから、吸い込まれるより先に左手首を斬り落として、確保しておく。
合理的で、えげつない。
なぜ死んだヒトは、迷宮に吸収されるのだろうか。
迷宮の周囲に魔物を出して人里を襲わせるのも、ヒトにとって価値のあるドロップを魔物が落とすのも、迷宮にヒトという餌を誘い込むための迷宮の方策なのだと言われている。誘い込んだあとは魔物を使って仕留め、消化吸収して、迷宮の栄養にしているのだ、とも。
もちろん、それは推測であって、嘘か誠かわからない。
迷宮本人に確認できればいいのだけど。
* * *
ヒイラギ村の再建を主導することになるアルル商会の手練れたちは、現地に足繫く通って、わずかな期間でだいぶ先を見据えた再建計画をこしらえた。
まず、レグニツァ騎士団から求められている要件を整理した。
ヒイラギ村に探索者たちの拠点を構える。
拠点からリギの台地に登り、リギの迷宮に至る道を整える。
リギの迷宮の先、峠を下ったところにあるリギ手前の迷宮に至る道を整える。
川沿いを下る道を整える。一部断崖になっているので、
ブラウゼ湖に出たところから、ブラウゼ湖の迷宮に至る道を整える。
その先にあるニジマスの滝の迷宮に至る道を整える。
そして、最も肝要な黒い木肌のセドレバを木材のまま運び出す動線を整理する。
ヒイラギ村に伐採拠点を構える。
拠点からリギの台地に登る。
リギの台地の林から黒い木肌のセドレバを伐り出す。
滑車を使いセドレバを拠点に降ろす。
拠点から川を使ってブラウゼ湖の集積所に運ぶ。
どちらも、ヒイラギ村に拠点を作ることと、リギの台地からブラウゼ湖に至る道を整備することは共通している。
ここに重点を置くことには疑いようがなかった。
そして、足繫く通ったことで気づいたこともある。
アルル商会の本店がある帝都は、温暖で便利な都会だ。しかし、人口が多くて緑が少なく、建物だらけの雑多な休まらない場所でもある。
帝都の住人である彼らからすると、冠に雪が残る風光明媚な山々に囲まれた、高原らしい湿り気のない軽やかな涼風がそよぐヒイラギ村は、非常に価値のある景勝地に思えた。
迷宮はいずれ討伐される。
セドレバもいずれ尽きる。
しかし、この美しい景色は終わることがない。
迷宮やセドレバが存在する間だけの一過性の拠点ではなく、富裕層向けの避暑地としての価値を見出すのに、さほど時間はかからなかった。
ヒイラギ村が息の長い街となることを目指す。
迷宮で魔物と向き合うだけが戦いではない。アルル商会は、街を経営するという果敢な戦いに臨むことを決断し、権利を勝ち取るに至った。
そんな折にレグニツァ騎士団から〈学者〉のヤクブの紹介を受けたのは幸いだった。
ヤクブは〝都市計画〟という研究をライフワークとしており、彼の助言は再建計画を具体化する際に有用だった。
「街は生きているのじゃ。
街の規模や住人の暮らし方に応じて、形を変えられるように柔軟性を持っておくべきじゃ」
アルル商会とヤクブは
村の主要な道には片側だけ建物を建てる。反対側はいずれ道を拡張するために残しておく。
川の上流から取水する上水道と、川の下流に逃がす下水道は、拡張できるように余白を確保する。
上水道と下水道は拡張工事や事故で塞がることも視野に入れて、2~3系統の冗長構成にする。
余白が多めの区画設定は、スクラップ・アンド・ビルドも行いやすい。
芯はあっても、初案に固執せず、つど柔軟に考えるということを肝に銘じた。
ヒイラギ村は、隔離された立地だ。
いずれブラウゼ湖から徒歩で上がってくる動線が整えば話は変わるが、現段階ではフィールドウォークで運べる物以外は持ち寄ることができない。
つまり、建材の大部分は現地で調達する必要があり、牛馬も導入できないため人力で開拓することが求められる。*1
芝を刈り、土をならして道を固めるとともに、近場の山あいの林から木材を伐り出し、周囲の岩山から石を切り出すことが、初動として求められることだった。
商会は、領都レグニツァの土木建築の組合に依頼して、木こりや石切工、大工、石工、鍛冶職人*2、木工職人を大量に雇った。
セドレバの権利の単独落札はレグニツァの商人ギルドの重鎮からはいい顔をされていないが、他の組合は割のいい大規模案件を回してもらっているので、総じてアルル商会の評判は上がっている。
冒険者のフィールドウォークでピストン輸送して、職人をどんどん村に送り届ける。
村に点在していた廃屋は、そのまま彼らが寝泊まりする寮として流用した。屋根に穴が空いていたり、床板が腐っていたりもしたが、彼らは職人だ。ほっておいても自分たちで都合の良いように修繕するだろう。
木こりはほとんどが〈戦士〉だ。
〈バトルアックス〉〈バルディッシュ〉〈ハルバード〉*3といった斧系の装備品を使って木を伐る。装備品だから耐久性が高く、ここぞというときには〈ラッシュ〉が使えるので、作業がはかどる。
石切工も同様だ。
岩に楔を打ち、そこに向けて〈ウォーハンマー〉や〈モール〉*4といった槌系の装備品を振り下ろして石を切り出す。ここでもやはり〈ラッシュ〉は利便性が高い。
こういった装備品の別の利点として、冒険者のアイテムボックスに入れて運べて、かさばらないところが挙げられる。
同じ理由で、建材や部材として使えるドロップアイテムも重宝していた。
〈コーラルゼラチン〉〈皮〉〈ブランチ〉〈板〉〈銅〉〈鉄〉〈岩〉あたりだ。
帝都で入手したものをアイテムボックスに入れてしまえば、運搬コストはわずかだ。現地調達を考えずに済むので、スピード感を必要とするこの現場に向いていた。
木工職人は、現地で木こりが伐った木を使って土木作業の道具をこしらえ、壊れたら修繕する。
土を掘るスコップ、土砂を運ぶ手押し車、土地を突き固める
建物の内装を手掛ける段階になれば、〈板〉を使って戸や窓や家具をこしらえる仕事にシフトする予定だ。
鍛冶職人たちはまず、簡易的な屋根を建て、その下にかまどを作る。
そこで活躍するのが〈岩〉だ。
〈岩〉は、細かく砕いて砂にしてから水に溶けば、〈遮蔽セメント〉となる。*6
〈岩〉をかまど型に積み上げたあと、隙間を埋めるように遮蔽セメントを塗り込む。自然乾燥すれば、耐熱性能の高い炉のできあがりだ。
〈ブランチ〉に火を点け、〈銅〉や〈鉄〉を
金さえ出せば建材が手に入る帝都と違い、多くは現地調達するしかないヒイラギ村では、大店のアルル商会からしても物事がすんなりとは通らなかった。
例えば、木材だ。
アルル商会は、当初近隣で伐り出した木から柱や板を製材し、建物を建てるのに使えばよいと考えていた。
しかし、地元の職人たちは、それではだめだと言う。
乾燥させていない生木で作った柱や板は、乾いていく過程で反りや歪みが生じて、建物に隙間ができたり傾いたりしてしまうのだと。
アルル商会の面々は困った。商会の重鎮たちは自分たちだけで、ああでもない、こうでもないと議論をしていたが、よい解決策は浮かばなかった。
そんなときに、地元の職人たちの所に足を運んで、率直に何かいい案はないかと聞いて回ったのが、アルル商会の
木こりの親方から、丸太のまま建物を組む丸太小屋なら生木であっても歪みは少なく抑えられる、と聞き出すことができた。わざと丸太にあらかじめ割りを入れておく〝
地元の職人たちの知識や経験は有用で、彼らの意見を拾い上げることがプロジェクト成功の要だと早くに気づけたことは幸運だった。
職人たちがちゃんと休める宿舎を建てた。
伐採所と岩切場へ向かう道を整え、作業員が無理なく行き来できるようになった。
村の主要な道とリギへの道を固め、水車小屋と
ヒイラギ村は、少しずつ〝街〟の形を帯びてきたのだった。
そんな再建のさなか、迷宮ちゃんの中で初めてヒトが死に、吸い込まれて消えた。
相手は、毎日通って迷宮で命を懸けている騎士団ではなく、大工のひとりだった。
* * *
ヒイラギ村は山岳地帯なので、夜は冷え込む。
その猫人族♂はベテラン大工だが、寒いのが苦手だ。屋根や壁の補修が万全ではない廃屋での寝泊まりは、彼にはこたえる。
彼はそれなりの〈戦士〉でもあったので、とてもいいことを思いついた。
「おお、すぐそこに迷宮があるっけな」
ヒイラギ村の迷宮の1階層に入り、スローラビットを数匹倒しながら、ちょっと進んだところの小部屋にたどり着いた。
迷宮の中は、いつもほどほどの気温と湿度で薄暗い。寝るにはちょうどいい按配だ。すっかり気に入り、彼の
迷宮ちゃんは、まさか住み着かれると思っていなかったので大変に驚いたが、気に入ってもらえてとても嬉しかった。
ある夜、酒盛りのつまみがなくなってしまったので、彼は「ウサギの肉、獲ってくるわ」とふらりと出て行った。彼ほどの戦士であれば、1階層のボスのラピッドラビット1匹程度であれば何てことはない、はずだった。
油断もあるだろう。深酒をしていたせいもあるだろう。
ラピッドラビットの初撃をまともに受け、そのあとは混乱や焦りからすばしっこい兎に反撃を当てられず、ひたすらに攻撃を受け続けた。
攻撃を受けると、当たり前だが痛みはある。
しかしこの異世界の
では、HPがゼロになるとどうなるか。
死ぬわけではない。しかし、ゼロになった者に攻撃が当たると、普通に傷を負うようになる。肌や肉は裂かれ、血を噴き、骨は折れる。
ラピッドラビットの爪が、牙が、叡智の守りを失った彼をえぐっていく。血を失い、身体が損傷していくと、動きは緩慢になる。そうなると、死を迎えるまでは早かった。
そして息を引き取ったあとは、さほど時を置かず、迷宮に吸い込まれるように血の跡も残さず消えた。
あとには装備品の〈鋼鉄の剣〉だけが、素知らぬ顔をして残っていた。
これが、迷宮ちゃんの中で初めて死んだヒトの
迷宮ちゃんは痛いことが苦手なので、気に入っていたヒトが傷つき血を流すのを見て少し動揺していたが、意外なことに、迷宮に吸い込まれたあとでは「ああ、よかった」と心底思った。
『迷宮はヒトを消化吸収して、栄養にしている』と言われている。
大意では正しいが、事実は少しだけ異なる。
まず、魔物がヒトを倒した場合、その経験値は魔物を生み出した〈異界〉が得ることになる。当然、経験値が貯まっていくと、いずれはレベルアップにつながり、強くなる。
迷宮の中でヒトが倒されると迷宮が育つ、という意味では間違っていない。
しかし、迷宮ちゃんの体感では〝死んだヒトを吸い込むこと〟は〝食べて栄養にすること〟とは異なると思えた。食欲が起こり、おいしく食べて、腹に貯まって消化吸収し、自身の栄養に変える、という肌感覚ではなかった。
迷宮ちゃんが感じたことを端的に表現すると「しまうことができて安心」という感想だった。
死んだヒトが吸い込まれたあと、身体の中に貯めこむ専用の場所があり、そこに落ち着けるような身体感覚があった。
例えば、本棚のあるべきところに本をしまう、ような。
〝あるべきところにヒトをしまうこと〟
〈異界〉という生き物の役目はこれなんだ、と腑に落ちたのだった。
そういえば、以前に似たような心地があったことを思い出した。
* * *
迷宮ちゃんは、経理の専門学校に通っているときもホームセンターのアルバイトを続けていた。
午前だけでカリキュラムが終わる日は、午後から夕方までのシフトに入る。上がりの時間になりタイムカードを押して裏口を出ると、秋の夕暮れは早く、薄闇だった。
心もとない蛍光灯が照らす従業員用の駐輪場に向かうと、迷宮ちゃんの自転車の足元に何かがいた。
それは、にゃあ、と鳴いた。
猫だ。
迷宮ちゃんは身体が固まってしまった。
怖い出来事に直面したときに、逃げ出すのではなくフリーズしてしまうのが迷宮ちゃんなのだ。
迷宮ちゃんは、小さいころから犬や猫に好かれなかった。
おどおどする振る舞いや、体が小さかったことなどもあるだろう。
犬には怪しまれて吠えられたり、あなどられて飛びつかれ押し倒されたりしたことがあるので、犬はひたすら怖かった。
猫には、相手にされずに無視されて素通りされるのが常だった。
ただ、小学生のときに同級生が野良猫に引っ掛かれた傷が化膿し、しばらく右腕がぱんぱんに腫れていたのを見ていたので、猫も怖いと思っていた。
猫は、すっと立ち上がると、よどみなく迷宮ちゃんに向かって歩いてきた。
近づいてくる猫を、凍ったまま立ちすくむことしかできない迷宮ちゃん。
迷宮ちゃんの心持ちなど気にも留めない猫は足元までやってくると、ごきげんな様子で喉を鳴らし、愛されていることを疑わない自信に満ちた振る舞いで迷宮ちゃんのすねに額を押し当て、こすり始めた。
直前まで恐怖を感じていた迷宮ちゃんだったが、ふわふわした生き物の強引な体温を肌に感じて、急に「あ、それわかる」と思った。
安心な生き物に、額とかほほとかをこすりつけたい。
体温を感じたい。
甘えたい。
わかる。
今、わかった。
そういう気持ち、わたしにも、確かにある。
娘に対しても興味が薄い父親の元で育てられた迷宮ちゃんは、物理的な触れ合いの経験が壊滅的になかった。
だから全く気づかずに今まで生きてきたけど、安心して触れ合いたいという欲求があることに、初めて気づかされたのだった。
そうか、わたしも額をこすりつけたいんだ、わたしも甘えたいんだな、と腑に落ちた。
尚、その猫が迷宮ちゃんに甘えてきたのは、それきりだった。
かわいさに撃ち抜かれて、その猫を飼うことをいっとき本気で検討した迷宮ちゃんには、盛大な肩すかしだった。
猫らしいし、迷宮ちゃんらしいし。
* * *
迷宮ちゃんは、身体感覚として気づきがあって心の底から納得した、という共通点で、猫のすねこすりを思い出したのだった。
触れ合って甘えたい感覚と、殺したヒトをしまっておきたい感覚には、広くて深すぎる溝があるとは思うけど。
そういえば、あの猫は白黒のブチ模様だった。
わたしが殺してからだの中にしまったヒトも、猫人族で尻尾は白黒のブチだ。
おんなじだな、と迷宮ちゃんは思った。
おんなじか?
謎の共通点を見出して、イミフに納得してしまった迷宮ちゃんなのだった。