異世界迷宮ちゃんは入り組み惑っている   作:yubeshiski

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その熱情は迷宮を穿つ

 

 暗殺者であるミリアは、硬直のエストックでボスすら石化させた。

 

 

 ダブルスペル以降のミチオ君の火力は、かなり強い。なので、彼のパーティの殲滅速度は他のパーティの比にならないほど速いはずだ。

 にも関わらず、ミリアによる石化フィニッシュの描写が目立つ。〈状態異常耐性ダウン〉なしであっても、だ。暗殺者+石化添加で、石化発生確率が高いことの証左だ。

 戦闘にもっと時間のかかる一般人パーティにいたら、有能さがいっそう際立ったことだろう。

 

 ただ、一般人における石化武器のニーズはあまり高くない。石化すれば魔物は永続的に無力化できるにも関わらず、睡眠や毒や麻痺のほうが人気がある。

 

 なぜか。

 

 石化したあとの魔物の処分が大変だからだ。

 

 石化すると魔物の物理防御力は大きく向上する。

 ハットバットが石化して空中から地面に落ちても、羽の部分が砕けたりはしないのだ。

 

 ミチオ君は防御力無視のデュランダルを持っているし、魔法もふんだんに使える。石化した魔物のHPをゼロにする手段には困っていない。

 

 しかし、一般的なパーティでは事情が異なる。

 防御力無視の武器など持っている者はいないし、魔法使いがいてもMPは節約したい。

 結局全員で囲んで殴り続けるしかないのだが、HPは1ずつしか減らない。めっちゃ時間かかるし疲れる。そうなると、石化できた魔物は倒すのをあきらめて、捨て置くのが実情だ。ドロップ的にうまみがない。

 

 そんな風潮なので、一般の探索者たちの間では石化は縁遠い。

 そしてそれは、武器だけの話ではない。

 被弾する側としての石化も、また縁遠いのだ。

 

 ミチオ君はイェツェラの迷宮の51階層を抜けて迷宮討伐せしめたが、そこまで至ってもセリたんのブリーフィングで「この魔物の攻撃を受けると石化するから気をつけてください」という発言はまだない。

 45階層から55階層で出現する魔物は迷宮ごとにシャッフルなので、偶然かち合ってない可能性はあるが、少なくとも44階層までに石化攻撃を持つ魔物はいないのだ。

 熟練の探索者にならないと、石化を目の当たりにすることはないということだ。

 

 だから、身近ではない石化の対するポピュラーなイメージはこんなかんじだ。

 

 ・よく分からない

 ・なんかヤベーらしい

 ・超怖い

 

 そのため、45階層以上に到達するころ、石化を治す〈柔化丸〉は絶対買う。

 なぜなら怖いから。

 

 〈柔化丸〉は安いので買うことに抵抗感はない。100ナールだ。一番安い傷薬である〈滋養丸〉や、一番安い疲労回復薬である〈強壮丸〉が60ナールなので、たいして変わらない。100ナールで安心が得られるなら、選択の余地はない。

 

 ついでにいうと、〈柔化丸〉の材料となる〈ソフトシェル〉は、23階層から33階層に出現するボスのトータルタートルが落とすのだが*1、〈柔化丸〉の定価から推察すると、〈ソフトシェル〉の買取価格は雀の涙だろう。割に合わない。

 

 石化攻撃を被弾したとき、魔物は一瞬でかちこちになる。

 しかし、ヒトが被弾したときは少々異なり、数十秒かけて徐々に石化していく。そのため、〈柔化丸〉の使い方は2通りある。

 

 1つめは、普通に飲む。他の丸薬と変わらない。

 石化攻撃を受けてもまだ動けるうちは、急いで飲み下せばいい。

 

 2つめだが、完全に石化してしまったときだ。

 もちろん飲み下すことなどできないので、別の方法を取ることになる。

 具体的には、丸薬を水に浸して溶き、その水溶液を被石化者に塗りたくるのである。

 戦闘中などの緊急時には対応できないし、時間があってもなかなか面倒くさい。

 

 もし石化を受けたと感じたら、すぐさま〈柔化丸〉を飲むべきなのだ。

 

 

* * *

 

 

 残り2匹のネペンテスが火の粉に包まれ、煙となって消えた。

 やせぎすのエルフ神官♂は、前に突き出したステッキを大仰に振り戻し、アルバの裾をひるがえした。

 

「はっはっは!

 我が〈大火(たいか)のミスリルステッキ〉にかかれば、ネペンテスごとき、敵ではなかったな!」

 

「ヘレナさん、〈手当て〉を!」

 

 エルフ神官♂の尊大な発言を置き去りにして、ふくよかで大柄なエマーロ旅亭♀が慌てて指示を飛ばす。

 

「はいよ!

 心(やす)まば平癒(へいゆ)()、心(なご)まば治癒の(かて)(きさげ)を集め(あやまち)癒せ、手当てッ!*2

 

 ……ゲルさん、1回で足りた?」

 

「……へい、助かりやした。まっこと恩に着やす」

 

 最前線で体を張った筋肉質のエルフ森林保護官♂に〈手当て〉を終え、勝気そうな美人の猫人族僧侶♀は、ふうっと息を吐いた。

 そして、エルフ神官♂をぎろりとにらむ。

 

 このパーティには約束事がいくつかある。

 詠唱共鳴を避けるために、詠唱を行う前に「詠唱!」と宣言することも、そのひとつだ。

 そして、最も重要なもののひとつとして、戦闘中に誰かが「手当て」と言ったら〈手当て〉を最優先する、と決まっている。他のスキルを詠唱中だったら、詠唱共鳴を避けるために中止しなくてはいけない。

 エルフ森林保護官♂が「手当て」と要求したにも関わらず、エルフ神官♂は〈火輪剣(かりんけん)〉の詠唱を続けた。ルールを守らなかったのだ。

 

 ひとこと言ってやろうとしたが、リーダーのエマーロ旅亭♀が何か言おうとしていたので、様子を見ることにした。

 

「コンラートさん……」

 

「おぅふ!?

 な、なんだね!?」

 

 エマーロ旅亭♀がエルフ神官♂の前に立ちはだかる。この旅亭♀は、気弱ではあるが身長が高くて体が大きい。竜人族と間違われることもしばしばだ。

 頭ひとつぶん大きな女性に急に目の前に立たれてエルフ神官♂は正直びびっていたが、びびっていることを悟られたくないと虚勢を張った。

 

「げ、ゲルハルトさんは『手当て』って言ってました……」

 

「ん、んん?

 ……ふ、ふふん、〈手当て〉するより早く魔物を壊滅させるとは、我ながら恐ろしい魔力よ……ククク」

 

「あ、あの……。

 ここは48階層なので、万が一の事故を避けるためにも、〈手当て〉は最優先にしてください……」

 

「あたしも〈手当て〉遅れるの、困るっすー」

 

 反省の色が見られないエルフ神官♂に釘を刺したいが、語尾の力が弱まっていくエマーロ旅亭♀。魔物のドロップを拾っていた猫人族海女♀も遠くからフォローを飛ばした。

 海女♀は前衛だ。最前線で魔物と相対する者の意見としては至極当然だろう。

 綺麗な顔をした人間族の探索者(男)も同じく前衛だ。ドロップを拾いながら「僕もですね」とにこやかに同調した。

 

「んんん、しかし、しかしだよ、君たち。

 〈火輪剣〉で全部なぎ倒して、事なきを得たのも、また事実ではないかね?

 〈手当て〉を優先して戦闘が長引くより、短く終わらせたほうが、ほら、その、合理的!

 そう、合理的な選択だと思うが、いかがかね諸君?」

 

 でたー。なぜか(かたく)なになるやつ。

 フツーにごめんって引き下がればいいだけなのに、むかつく。

 猫僧侶♀は追撃することにした。

 

「ほーう?

 つまり、誰かが『治療を優先してほしい』って言っても、優先しなくてもいいってルールに変えよう、ってことだな?」

 

「ん?

 う、うむ」

 

「そっか、そっか。

 あんた、ちょい前に、『柔化剤ィ! 柔化剤くださいッ!』って言ってたけど、あたしとウルシュラはさ、そんとき残り1体を追い詰めてたわけ。

 けど、わざわざあんたんとこに戻って柔化剤あげたわけ。泣いてたから。

 あれも優先しなくてよかった、ってことだよな?」

 

「ななな、泣いてなんかいないッ!

 むしろ柔化剤を使われて、迷惑だッ!」

 

 おん?と猫僧侶♀のにらみが強くなった。

 

「いやその、柔化剤なんて言ってないというか、まあ言ったが、言ったかもしれんが……」

 

 この階層に上がる直前のボスはスカラップシェルだった。

 直立する大きな二枚貝の魔物で、高速で突進するスキル攻撃を持つ。そして、攻撃を受けると石化の状態異常にかかることもある。*3

 そのボス戦でエルフ神官♂は突進を受けてしまい、徐々に体が石化していくという恐怖を味わっていたのだ。

 これを持ち出せばさすがに引き下がるだろう、と猫僧侶♀は考えていたのだったが、それでも頑ななエルフ神官♂に辟易した。

 

 おっ、エマーロ旅亭♀も乗っかって追撃するようだ。やっておしまい!

 

「お、お、お、なるほど……。

 石化を途中で止めるのではなく、次は完全に石になるまで、余すことなくその過程を体感したいということですね……。

 ―――わかります!」

 

 ん? 流れ変わったな?

 

「毒でもそうでしたけど、自分で体感しないと理解しきれないことって、ほんっとうにありますよね。

 頭の血流が激しくなって思考が乱れて、心臓の脈が大きく跳ねて胸の痛みで動作が阻害される感覚とか、ああ、私、毒を受けているって、すっごく……嬉しかったです。

 体験できてよかった、これを知らない人生と知ってる人生では大違いだ、って思いました!」

 

「……えーっと???」

 

「あっ、睡眠!

 みなさんはビープシープで睡眠を体験しているじゃないですか?

 私、してないんですよ、体験できてないのですよ!

 エマーロだからですかね? ビープシープのスキルでも半分が眠くなるだけで、もう半分は普通に覚醒しているのですよ。そのため、眠い半分もつられてすぐに覚醒してしまって……ほんっとうにうらやましい!

 

 みなさん、瞬時に眠りについて身体が弛緩しその場に崩れ落ちたのを、私だけがうらやましく見てたのですよ。

 そのあと大きな音がしても大きな振動があっても覚醒しないのに、攻撃を受けると即座に覚醒するという……なんですか、あれ? なんなんですか?

 

 私も皆さんのように、弛緩して崩れ落ちて攻撃されて飛び起きたい……」

 

「……ふむ、そうであるか……」

 

「それにつけても、石化! 石化ですよ!

 低階層では観測されない、きわめて特異な事例なのですよ。

 駆け出しなんか、そんなに気軽に石化させてやるものか、ということなのですよ。ベテランにならないとさせてもらえないのですよ、石化。

 45階層を越え、スカラップシェルと出会うことができて、初めてようやく手が届く狭き門なのです。石化は、選ばれし者だけが手にすることができる栄誉なのですよ。

 手が届く今だからこそ知りたいですね。石化、したいです。

 ああ、石化とは、どのような体験を伴うのか……」

 

 早口でしゃべり倒すエマーロ旅亭♀は、困惑と恐れが見て取れるエルフ神官♂および周囲を、引き続き置いてきぼりにする。

 

「コンラートさんがさわりだけでも味わえたのは僥倖ですが、とことん石化したらどうなるのか……。

 麻痺のときは手足の運動機能は停止しても、視覚と聴覚は活動していて、意識も保たれますよね。ですが、石化はどうなんでしょうか。

 外見上は停止していますが、知覚や意識は果たして沈むのか残るのか、あるいは別の位相へ移行するのか……いひっ。実に楽しみですね、うふふぅ……。

 

 ―――コンラートさん!」

 

「えあっ?! はいっ!」

 

「わかりました!

 行けるところまで石化したいという願い、しかと受け取りました。

 次にコンラートさんが石化しても、不肖ウルシュラが責任もって石になるまで見届けます。

 ご安心ください!」

 

 安心、とは。

 

 迷宮や魔物に関する知識や経験に対しては異常な執着を見せるエマーロ旅亭♀の深すぎる熱情に、エルフ神官♂が「すいませんでした」と意見を取り下げたのは、言うまでもない。

 

 

* * *

 

 

 このパーティが特殊な成長戦略をとるのは、ただ単に日々の食いぶちを迷宮で稼ぐためではない。強い目的意識があるからだ。

 迷宮の討伐を成し遂げる。

 メンバーそれぞれの思惑は異なるが、討伐という目的は一致していた。

 

 パーティはこの調子で経験を積み、このキフヌヘイムの迷宮の50階層を攻略を目指す。目指すのみならず、周回をするつもりだ。キフヌヘイムは78階層以上あるので討伐することはできないが、50階層相当の実力を身に付けることができる。

 力が付いたそのときに改めて、ちょうどよい条件の迷宮を探索者ギルドで探そうと計画していた。

 

 

・条件1:1年以内に見つかったばかりで、50階層が最奥だと思われること。

 

・条件2:50階層近辺の魔物が、水生と植物で固まっていること。

 

 

 そんなふうにして、半年後に見つかるちょうどよい迷宮が、〈ヒイラギ村の迷宮〉だった。

 この一風変わったパーティは、〈ヒイラギ村の迷宮〉を討伐することとなる。

 

 

 そしてその〈ヒイラギ村の迷宮〉こそが、この物語の主人公だった。

 

 

*1
Web原作に準拠しています

*2
手当ての詠唱は、えぁりんさんの『異世界迷宮の追従を』からお借りしています。

*3
スカラップシェルの特徴は、三星織苑さんの『異世界迷宮へ行ったなら』から丸コピしました。

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