異世界迷宮ちゃんは入り組み惑っている 作:yubeshiski
垂れたイヌミミのエステル男爵はセントバーナードみたいだ、とミチオは思った。
狼人族にも犬種はある。*1
ご存じロクサーヌは狼人族で、ゴールデンレトリバーみたいな垂れ耳だ。かわいい。
同じく帝国解放会のエステル男爵も狼人族で垂れ耳だ。エステルの見た目はセントバーナードを想起させるとミチオ君は語っている。かわいい、かもしれない。
しかし、全ての狼人族が垂れ耳というわけではない。
〈獣戦士〉Lv99でおなじみサボー・バラダムは狼人族だが、シェパードやシベリアンハスキーを思わせる立ち耳だ。*2
同じくバラダム家のドリル髪女子も立ち耳だった。
狼人族の中にも、様々な犬種がいるのだ。
さて、ここで謝罪をしよう。
以前、「エマーロ族はクジラ人である」とお伝えしたはずだが、これは正確ではない。
正確には、「帝国のエマーロ族のほとんどはクジラ人である」が正しい。
エマーロの中にも人種があり、クジラ人が圧倒的に多いという意味だ。
つまり、数は少ないがクジラ人以外も存在する、ということだ。
では他にはどんな人種がいるのかというと………イルカ人だ。
なんだよ、結局ミチオ君の推測で合ってるんじゃん。
深く陳謝します。*3
では、そんなイルカ人の〈旅亭〉はどんな特徴を持つのか。
〈イルカ人・旅亭〉
・スキル:
インテリジェンスカード操作、カルク、
並列思考、
・効果:
知力中上昇、体力小上昇、器用小上昇
クジラ人と異なるのはスキルだ。
〈遠話〉ではなく〈エコーロケーション〉に置き換わっている。*4
海を泳ぐイルカは〝エコーロケーション〟と呼ばれている可聴領域外の超高周波を発する。
この超高周波は、イルカ同士でコミュニケーションを取ったり、音の反響から自分の周囲の獲物の位置を知覚するのに使われているそうだ。
コミュニケーションに使われるという用途では〈遠話〉と同じだが、注目すべきは周波数だ。
クジラ人の〈遠話〉は超低周波で10〜20ヘルツ。
イルカ人の〈エコーロケーション〉は超高周波で3万ヘルツ~15万ヘルツ。
ヒトの耳では聞き取れない点は同じだが、低と高で正反対である。
つまり、クジラ人の〈遠話〉とイルカ人の〈エコーロケーション〉では、お互いの発話を聴き取ることができず、コミュニケーションが取れないのだ。
地域的な傾向として、帝国内ではエマーロ族の人種は基本的にクジラ人しか分布していない。
では、帝国にわずかにいるイルカ人のエマーロの出自はどこからかというと、隔世遺伝だ。
かつて遠い国からやってきたイルカ人と交配したクジラ人の子孫に、先祖のイルカ人の血がごく稀に顕現することがあるのだ。
帝国ではエマーロ族は慣習的にほぼ〈旅亭〉のジョブに就く。
ほとんどの仲間が当たり前に〈遠話〉で会話するクジラ人の中で、ひとり〈遠話〉が聴き取れないイルカ人は、孤独な境遇ではあるだろう。
* * *
おばちゃん〈旅亭〉のハンナは【ブラウゼ湖】の船着き場の宿屋での用事を終えて、川沿いの桟道を上がって帰路についていた。
もうすぐ峡谷を抜けて街の入り口に差し掛かるので、何かついでの用事がないか、【ヒイラギ亭】の〈旅亭〉に〈遠話〉で尋ねた。
『ハ~ン~ナ~
今~、まちの~入り口~
なにか~かってく~?』
その問いかけに、受付してた子がすごい勢いで食いついてきた。
『き~い~て~!
さっき~、め~きゅ~りょて~さん~と~
おはなし~しちゃったんです~!
すごく~やさしくて~
あくしゅ~してもらった~!』
その話題に、【ヒイラギ亭】で働いている他の〈旅亭〉も乗っかってくる。
『それマ~?』
『マ~!』
『うらやまし~!』
周波数が低く、細かい変化を刻むのが難しい〈遠話〉での会話は、言葉が短縮されがちだ。
【迷宮旅亭】といえば……、ウルシュラちゃんだ!
ハンナは懐かしさがこみ上げてきて、嬉しくなった。
10年以上前ではあるが、帝都の旅亭ギルドでハンナが世話役のひとりだったとき、ウルシュラが見習いとして修業していた。
よく面倒を見ていて、まるで姪っ子のようにかわいがっていたのだ。
『今~どこ~?』
『ヒイラギむらの~め~きゅ~』
ウルシュラは【ヒイラギ村の迷宮】に向かったらしい。
受付女子の回答を聞いて、足早になるハンナ。
峡谷を抜けて少し登ったら、迷宮はすぐそこだ。
久々にかわいいウルシュラに会えると思ったら、足取りは急に軽くなった。
* * *
受付の〈旅亭〉に根掘り葉掘り【迷宮旅亭】のことを尋ねられ、代わりに【ヒイラギ村の迷宮】について根掘り葉掘り聞き返した野良パーティの女性3人。
受付さんは小休憩が終わり、なごり惜しそうに宿の奥に戻っていった。
「宿は押さえたけど、男どもが来ないと荷物ないから部屋にも入れんね。
どうする? 近いらしいし、先に迷宮でも見に行く?」
猫人族♀の〈僧侶〉ヘレナが提案すると、【迷宮旅亭】の名に恥じず、エマーロ♀〈旅亭〉のウルシュラが即応する。
「迷宮! はい、迷宮見たいです、とても!
あ、でも、殿方と行き違いになっちゃいますかね。
じゃあ、ニナはこのまま番をしてもらえますか?」
「うす」
ウルシュラの奴隷で、猫人族♀の〈海女〉であるニナは、ギルド内の広間の一角にある食堂のテーブルでそのまま待機する。
ヘレナとウルシュラは、冒険者ギルド兼旅亭ギルドの宿である【ヒイラギ亭】の外に出た。
ふたりは、目の前に広がる景色に息を飲んだ。
折り重なる、山、山、山。
紅葉の始まった黄色や赤の山々の斜面がまず目に飛び込んできた。
遠くに薄く見える山脈には、常緑樹の緑と岩山の青、それらを覆う白の冠雪をかぶっている。
上空の青は薄く、流れた雲がどこか寂し気に見える。
涼やかで軽い湿度の空気が、ここが高地であることを明瞭に伝えていた。
目的の迷宮は大きなヒイラギの樹の足元にあると聞いていたが、その大樹はすぐに分かった。
足は自然とそちらに向いた。
秋の初めではあるが、日差しは強い。
しかし、日陰に入ればカラッとした冷涼なそよ風のおかげで、汗はすぐに乾いてしまう。
長らく活動していた南方は暑い上にじっとりとしており、全く違う土地に来たのだと実感した。
最近作られた村と聞いていたが、想像を遥かに超えて店が建ち、迷宮稼業のヒトであふれていた。面食らうほどの活気だ。
長丁場になったときは【領都レグニツァ】で追加で買い出ししようと考えていたが、日常の物はここで揃いそうだ。
隣のウルシュラに目を向けると、彼女の全身から〝嬉しい〟があふれていた。
ヘレナは、だよね、と思った。
ずっと迷宮を討伐したいと願っていた。ようやく手が懸かるところに来たのだ。
迷宮を討つための、真新しい環境に身を置いたことを実感し、胸が高鳴った。
大きなヒイラギの樹の周りは広場になっていた。
ベンチやテーブルなどもいくつか置かれており屋台なども出ている。食べたばかりなのに、串焼きの香ばしい匂いが食欲をそそる。
いくつかのパーティが休憩したり、交流したり、小腹を満たしたりしていた。混雑しているほどではないが、にぎやかだ。
そして大樹の下、迷宮の入り口が鎮座していた。【ヒイラギ村の迷宮】だ。
ウルシュラとヘレナは顔を見合わせた。
あふれてしまう喜び、興奮。
どちらともなく、ハイタッチを交わす。
あれ、なんでハイタッチなんかしたんだろうと顔を見合わせて、なんだか可笑しくなって、笑い合った。
一方、早足で【ヒイラギ村の迷宮】まで辿り着いたハンナはウルシュラを探していたが、広場の外れに竜人族のように背の大きな女性の後ろ姿を見つけた。
間違いない、ウルシュラちゃんだ!
ハンナは大きな声で呼びかけた。
『ウル~シュラ~ちゃ~ん! ひさしぶり~!』
しかし、ウルシュラと連れの女性は気付かない。
あっ、そうだ、〈遠話〉じゃダメだった。
「ウルシュラちゃーん! ウルシュラちゃんでしょー? 久しぶりー!」
笑い合っていたウルシュラの大きな身体が、反射的に硬直する。
急に血の気が引いた。
声の主は身体が覚えていた。ハンナさんだ。
心臓の鼓動が早鐘のように速い。
正面にいる頭ひとつ小さいヘレナが心配そうな顔をして見ていることに、ようやく気がついた。
覚悟を決めて、なるべくさりげなく、なるべくにこやかに振り返った。
「あっ、あっ、ハンナさん、ですよね? お久しぶりです!」
ヘレナは、おや?と思った。
ウルシュラが緊張しいであることはよく知っているが、今の反応はちょっと違う気がする。
ひとまず、朗らかに挨拶はしておいて、構えておこうと考えた。
ウルシュラに親し気に話しかけたおばちゃんエマーロは、すぐにヘレナにも声を掛けて快活に挨拶をしてくれた。悪い人じゃないように思える。
「さっき、宿の受付の子と話したんでしょ?
その子が【迷宮旅亭】さんと握手してもらっちゃったって、キャーキャー言ってて!
ウルシュラちゃん来てるんだって、うれしくなって年甲斐もなく走ってきちゃったわよー!」
「あ、はい、でもついさっきのことで………あ。
あー、そっか、〈遠話〉で伝わってたんですね………あはは」
ハンナと名乗る女性エマーロは、ウルシュラに会えたことをとても喜んでいるように見えるし、気の回る接しやすい人だと感じたが、ウルシュラの反応がどうにも気になる。
話に出遅れたりキョドったりするのはいつもだが、妙に繕っているように見える。
ハンナもウルシュラの反応が乗り気でないのを感じたのか、【ヒイラギ亭】で働いてるからまた声かけてね、と明るく切り上げて去っていった。
外見上はにこやかに見送っていたウルシュラだったが、ハンナさんが十分に離れると大きく息を吐いた。ふくよかな体がなんだかひと回り小さく見えた。
「なん? ハンナさん、苦手?」
「あっ、いえ、苦手っていうか、ハンナさんはすごくいいヒトなんですけど、こっちが勝手に構えちゃうっていうか………」
「それ、苦手ってことじゃん」
「あっ、はい………、そう…ですよね」
ヘレナは脇の空いてるベンチに座るようにうながした。
なんとなく、流さないでちゃんと聞いたほうが良いような気がしたのだ。
ウルシュラは、つっかえながらも、自身の〈旅亭〉見習いのときのことを話し始めた。
ついでに、迷宮ちゃんもこのふたりの話に耳をそばだてていた。
自分の身の周りがにぎやかなのはうれしくて、よく聞き耳を立てているが、出入り口の近くであるこの広場の周辺だと、何語かわからない言葉でしゃべっている人たちの声は小さかったり聞こえなかったする。
しかし、このふたりのように日本語でしゃべっているヒトの話は、注目すると小声であってもはっきり聴き取ることができるから不思議だ。*5
迷宮ちゃんは、この背が大きくてふくよかな〈旅亭〉のことが、なんだか気になっていた。