異世界迷宮ちゃんは入り組み惑っている   作:yubeshiski

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穏やかな暗がり

 

 俺はこの世界にとって迷惑だ、生きていく価値さえない、とミチオは悲観した。

 

 

 これは、〈等量交換〉を使った直後のミチオ君の言葉だ。MPが減ったり枯渇したりすると、気分がどんよりと落ち込んでしまう例の現象にさいなまされて、口をついた。

 〈等量交換〉は、対象者のHPと使用者のMPおよびHPを等しい量だけ削るスキルだ、とミチオ君は考察していた。〈等量交換〉で爆散した盗賊Lv3のHPは、ミチオ君のMPだけでは削り切れず、MPはゼロになり、残りはHPで支払ったというわけだ。

 

 彼は決して自信家ではないが、MP枯渇で自分を卑下する様子は意外だった。彼が重篤なほど慎重に振る舞うのは、自己肯定感の危うさに起因しているのかもしれない。

 後にミチオ君は、MPは気力とか精神力なのではないかと推察している。

 

 そしてMP枯渇で落ち込むのはヒトだけではない。〈迷宮〉もまた同様だった。

 

 

* * *

 

 

 3年が経った頃、30階層が出来上がった。

 喜んだ直後、急激な疲労感と不安感が迷宮ちゃんを襲う。

 謎の大幅な〝MP減少〟が原因だった。

 

 自己肯定感がだだ下がりする中、迷宮ちゃんは過去の出来事を思い出していた。忘れてた出来事だ。

 

 距離感の取り方が未熟な小学生の時は、いじられつつも何となくクラスの輪の中にいたが、周囲を伺い空気を読み背伸びをし出す中学生になると、クラスメイトは迷宮ちゃんから距離を取り出した。

 自分から話しかけるスキルがLv1のクソザコ迷宮ちゃんはひとりで居ることが多くなった。

 中学になると〝頭がいいキャラ〟ではなくなったのも理由のひとつだ。

 

 小学生の時は、授業中も教師の話をよそに空想の世界に浸ったり、授業に関係ない地図帳や資料集を開いて想像を膨らませていた。それでもテストでは問題なかった。家で何度も読んでいた図鑑や歴史マンガなどで知識が先行投資されていたからだ。

 そのため、学校チョロいという舐めプ癖がついてしまい、予習や復習をするという癖が身に付かなかった。

 

 そのツケを支払うことになったのが中学だ。

 

 中学のレベルになるとさすがにマンガ知識では足りないのだが、授業中もぼんやりしていて予習復習の習慣がなく、現実問題から逃避しがちという迷宮ちゃんは、徐々に落ちこぼれてきた。

 かつては満点だったテストが中学に入ると満点など全く取れなくなり、段々と平均点に近づいてくる。そうは言っても焦りが生まれた。

 テスト週間が近づいて試験勉強をやらなきゃいけないことはわかっているのに、なぜか机や本棚の整理を始めてしまう。ちょっとだけ、と開いた本を読みふけってしまい、結局ほとんど勉強しないでテストを迎える。テストの結果は当然かんばしいものではなかった。

 

 あるテスト前日、数式を覚えられないことに焦って、ペンケースの内側にこっそり書き留めた。カンニングだ。少し前に、クラスの男子が休み時間にカンニングの方法を楽しそうに談笑していたのを思い出したのだ。

 しかし、要領の悪い迷宮ちゃんは、試験中にペンケースを何度もぱかぱかしている様子を教師に見とがめられてしまった。しかも、よりによって近接パワー型の直情系教師だったので、大きな声で迷宮ちゃんのカンニングを怒鳴り散らした。静かなテスト中なのが災いして隣のクラスまで響き渡る迷宮ちゃんの悪事。

 迷宮ちゃんには「カンニングをするような小ずるいやつ」「カンニングしないといけないような頭の悪い子」というレッテルが貼られてしまった。まあ、おおむね事実だけど。

 

 思い出した。

 思い出してしまった。

 恥ずかしさで身悶えする。

 

 毎日ちょっとずつ勉強すればいいだけだったのに、なんであんなことしちゃったんだ。わたしはばかだ。叫びたい。もう一度やり直したい。

 

 しばらくあとにようやく心を持ち直してきた迷宮ちゃん。MPが回復してきたのだ。

 気持ちはまだ沈みがちだったが、しかし、迷宮の中で起こっていた異変に目を奪われていた。

 

 全ての階層で、魔物が湧き始めていた。

 

 初めての出来事に迷宮ちゃんは驚き、()()()()()()、と思った。

 すると、突然頭の中に魔物の名前やLvが浮かんだ。思いがけず〈鑑定〉を使ったのだった。

 謎の情報が頭に浮かんだことに対して、さらに驚く迷宮ちゃん。

 

 なんとなく仕組みを理解してからは、しばらくはあちこちの魔物に〈鑑定〉を使い、その種類やLvや組み合わせ、迷宮の中を徘徊する様子を興味深く見守っていたが、ふと、魔物の目から見た光景も、自分自身の視覚のように感じていると気づいた。

 

 魔物が迷宮の通路を歩くとき、その歩みに合わせた景色を、わたしは確かに見ている。

 30ある階層も、魔物も、全て自分自身だと感じている。

 

 そんなわたしは、()()()()()()()()()()

 

 迷宮ちゃんはようやく自身に〈鑑定〉を使い、その結果が頭の中に浮かんだ。

 

 

  名前:設定なし

  性別:♀

  年齢:3歳

  種族:異界

   種族特性:ダンジョンウォーク有効

  階層:30階層(30階層)

  ジョブ1:迷宮 Lv30

   スキル:階層紡ぎ

   効果:精神小上昇、MP微上昇

  ジョブ2()()()()() Lv1

   スキル:()()()()、転出

   効果:体力中上昇、MP小上昇、知力微上昇

  ジョブ3:設定なし

  装備:損壊(そんかい)奇魂(くしみたま)(装備破壊付与、クリティカル発生)

 

 

 迷宮ちゃんは〈迷宮〉がLv30となり、派生ジョブである〈魔物溜まり〉を取得していたのだ。

 派生ジョブとは、つまり探索者がLv30になると、武器商人と防具商人と料理人を得られる、あれだ。

 その〈魔物溜まり〉が、〈サードジョブ〉の恩恵で、取得のみならずジョブに自動でセットされていた。

 そして、そのパッシブスキルである〈魔物湧き〉によって30階層分の魔物の発生が一気に始まったことで、一時的にMPが減少していたのだった。

 

 ああ、わたしは〈迷宮〉なんだ。

 〈魔物湧き〉……だから魔物が出現するんだ。

 えーと。

 なるほど。

 

 驚くほどすんなり、迷宮ちゃんは柔軟に受け入れた。そして自身が〈迷宮〉であることを自覚した。

 

 迷宮かー。

 魔物を抱えた迷宮かー。

 何を守るための魔物なのかな。

 誰と戦うための魔物なのかな。

 勇者とか?

 

 改めて周囲を見渡す。

 

 自分である階層の周りはしんとした、地面すらない重力すら感じない、うすら寒くて静かなぬくぬくとした所だ。

 勇者が気軽に歩いてやって来る場所とは考えにくい。そうそう誰かがやってくるような感じじゃない。

 

 『ナルニア国物語』だと、ここには誰も来れないだろうな。

 『はてしない物語』のアトレーユならフッフール*1に乗って飛んでこれるかもしれない。

 

 ふふっと笑みがこぼれた。

 ほんとうに久しぶりに、大好きな物語の世界を思い出した。

 

 ゆっくりと息を吸い、自然と大きく息を吐く。

 

 〈迷宮〉に肺があるのか、そもそもこの虚空に酸素があるのか大いに疑問だが、彼女は人間だったときにならって深呼吸した。

 

 ここには他に誰もいないんだ、とはっきりと認知した。

 誰にも邪魔されず、誰にも傷つけられず、気を遣う必要もなく、手足を、身体を伸ばして、怠惰に生を享受する。

 

 そういえば、いつぶりだろう。

 誰の目も気にせず、誰にも責められず、自分自身も責めない、ゆったりとした心地よい時間。

 

 〈迷宮〉ってすばらしい。

 

 

*1
ご存じない方は真珠貝色のドラゴンを思い浮かべてください。

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