異世界迷宮ちゃんは入り組み惑っている 作:yubeshiski
迷宮は50階層の大きさになると入り口を出して人を誘うようになる、とロクサーヌは語った。
ゴスラー隊がハルバーの迷宮を討伐したとき、最上階は50階層だった。「若い迷宮」とゴスラーは評していた。
イェツェラの迷宮でミチオ君のときは、51階層。なんとか50階層で済みそうな迷宮だったのに、あてが外れてもう1階層あった、という話だった。
逆に、49階層で済みました、という言葉は出てきたことがない。
この迷宮は未熟児だったので31階層が最上階でした、などいうラッキーは起こらないらしい。
迷宮は例外なく、50階層まで育たないと地表に入り口を開けない。
そこには純然たる摂理があるのだろう。
* * *
〈魔物湧き〉でも魔力が消費されて〈階層紡ぎ〉に回す魔力が減った分、階層を積み上げる速度がはっきりと遅くなった。31階層が完成するのに1年近く、32階層にも同じくらい時間が掛かるようになった。
あれから11年。
名前:設定なし
性別:♀
年齢:14歳
種族:異界
種族特性:ダンジョンウォーク有効
階層:45階層(45階層)
ジョブ1:迷宮 Lv45
スキル:階層紡ぎ
効果:精神小上昇、MP微上昇
ジョブ2:魔物溜まり Lv9
スキル:魔物湧き、転出
効果:体力中上昇、MP小上昇、知力微上昇
ジョブ3:設定なし
装備:
14歳となり45階層を超えたころ、ようやく迷宮ちゃんにも欲求が湧いてきた。
これだけ神秘的でかっこいいものをわたしは作ったんだ。これだけいっぱいの種類で強そうな魔物を揃えたんだ。すごいねと言われたい。
誰もいなくてすばらしいと心から感じていた迷宮ちゃんだが、今は誰かに見てほしい気持ちが強くなっていた。
誰かに見てほしい。褒めてほしい。
* * *
そして更に3年。
17歳になってしばらくして、とうとう50階層を作り上げた。
誰かー! わたしを隅々まで見てくれー!
もうね、露出狂の変態の発言である。
17年の孤独はさすがに人を変える。この威容を誰にも見せることができないのが本当に口惜しい。なんとか誰かに見てもらいたいと切望していた。
露出狂さんが何気に自分自身を〈鑑定〉したところ、ジョブに変化があったことに気づいた。
名前:設定なし
性別:♀
年齢:17歳
種族:異界
種族特性:ダンジョンウォーク有効
階層:50階層(50階層)
スキル:
効果:体力中上昇、精神小上昇、器用微上昇、階層微増
ジョブ2:迷宮 Lv50
スキル:階層紡ぎ
効果:精神小上昇、MP微上昇
ジョブ3:魔物溜まり Lv14
スキル:魔物湧き、転出
効果:体力中上昇、MP小上昇、知力微上昇
装備:
迷宮Lv50になった折に、中級ジョブである〈境界門〉というジョブを新たに得ていた。
中級ジョブとは、つまり探索者Lv50で冒険者を得られる、あれだ。
更に、それが
迷宮ちゃんは、〈境界門〉と〈境界接合〉というワードを見て、一気に興奮した。
遂に来た。
どこかわからないけど、どこかに繋がる手段。
人を惑わす迷路をこしらえ、人を迎え撃つ魔物を抱えているのだ。人を招き入れる方法が何かあるはずなんだ、とずっと考えていた。
ためらいなく「境界接合」と頭の中で唱えてみた。迷宮ちゃんは〈詠唱省略〉を付けているので、スキル名を念じるだけで詠唱完了となる。
急にめまいを感じ、猛烈に嫌な感じが襲ってきた。
〈境界接合〉の消費MPが大きく、精神は腹もこすらんばかりの低空飛行になったのだ。不安で動悸が大きくなる。気持ちが沈んだ、というか最悪の気分だ。
過去の色んなやらかしや、嫌だったこと、つらかったことが、しっちゃかめっちゃかに頭をよぎる。もちろん、自死に至ったあのときのことも。ダメだ、この蓋は開けちゃいけないやつだ。
迷宮ちゃんは落ち込んだとき、不安なとき、妄想の世界に逃げ込む。
誰かに叱られているときも、夏休みの宿題提出日の前日なのに間に合わないときも、すっと想像の世界に入り込む。彼女の世界は無限大だ。自由に楽しく飛んでいける。
現実の問題は棚上げしたままだが、そうすると心のもやもやは次第にどこかへ霧散していく。
それでもたまに、目を背けていた現実のつらいことが、ふっと浮かんで押し寄せてくることがある。
バスタブにつかっているとき、自転車でいつもの高架下の短いトンネルを通り抜けるとき、自宅のトイレで座ったまま目の前の壁紙の模様をぼんやり見ているとき、日暮れが早くなり薄暗いまま自分の部屋で座椅子に背をもたれかけているとき。
目を背けさせてくれない、どうしようもない悔しさや悲しさが立ちはだかる。
彼女はそういうときの対処法を編み出していた。
誰もいない家の中で悲しい曲を聞き、曲に感情移入して心をゆだねる。
そのまま、最大限のどん底の気持ちになって、号泣する。
みっともないくらいに嗚咽する。
幼い頃に「大きな古時計」で大泣きしたのが始まりだった。
泣き止んだころには、つらかった気持ちはころっとなくなっていた。
中学生以降の定番は、中島みゆきさんだ。
ラジオも聞いていたが、パーソナリティとしての中島さん自身は底抜けに明るく楽しい人だった。しかし、楽曲は絶望的に救われない暗いものが多かった。その歪さに底知れない物を感じて、魅力的に映った。
迷宮ちゃんが〝どん底したい〟ときによく選んでいたのは『ファイト!』だ。
聴いて号泣する。大号泣だ。今だったら警察が呼ばれる事案レベルだ。
さんざん泣きわめくと、嘘みたいにつらさが吹き飛ぶ。なんでも無かったかのようにすっきりしている。彼女なりのストレス発散法だった。
原因に向き合っていないので、もちろん根本的な解決にはなっていない。
しかし、今回は『ファイト!』に頼らずとも上を向くことができた。
〈境界接合〉で起こった出来事があまりにも超常的だったからだ。
50階層の上に黒い揺らぎの塊が現れ、ゆっくりと確実に下の階層に向かって伸びていき、各階層の小部屋が重なって軸になっている所を貫いていく。この黒い揺らぎを通じて、それぞれの小部屋を自由に移動できるようになった*2のだと感じた。
そして、1階層の向こう。軸を貫いた黒い揺らぎのいちばん端っこ。
外の世界に繋がっているという確信があった。
穏やかで怠惰なベッドの中で寝転がっているときに、毛布から背中が出てしまったような、冷やりとした違和感。
しかし、確かに別世界と繋がったという微熱。
暖かい布団の中から出ていきたくない気持ち。
でも外は楽しい気配に満ちている。
少しの恐怖心と、止められない好奇心。
MPが自然回復していくにつれ、それはどんどん大きくなる。
迷宮は、50階層の大きさになると入り口を出して人を誘うようになるという。
誰かわたしを見てほしい、褒めてほしいと、迷宮ちゃんは外の世界へと踏み出した。
ここからは週1回の更新を目指します。
全30話ほどの予定ですので、お付き合いいただけると嬉しいです。