異世界迷宮ちゃんは入り組み惑っている 作:yubeshiski
1階層の魔物が地上に現れるのは人里近くの迷宮だ、とセリーは言った。
魔物は迷宮の中だけではなく、迷宮近くの地上にも湧く。
ソマーラ村の近隣にいたスローラビットやグミスライム、ロクサーヌパイセンが幼少時に狩っていたニートアントやレムゴーレムなどがそれに当たる。パイセン、マジ、パねえっす。
1階層の魔物の場合は、あまりうろうろせず、率先してヒトを襲うことはない。人里近いので、周りにヒトが多くいるから、というのがその理由だ。
ヒトが少ないところの迷宮では12階層の魔物が出るようになり、さらに奥地にある迷宮では23階層の魔物が地上に現れるとか。こちらは、長い距離を移動し、積極的に人を襲う。
魔物を地上に出す理由だが、ただ入り口を開けただけだと放置されるので、魔物を出して周囲のヒトに迷惑をかけることによって、討伐目的で迷宮に入ることを誘因する、と考えられている。さらには、誘因したヒトを消化吸収して、養分にするのが最終目的だ、とも。
しかし、50階層になるまでは、ヒトを食べずとも育つのが迷宮だ。
栄養補給以外にも、ヒトをいざなう理由があるのではないだろうか。
* * *
迷宮たちのパーティに入れてもらえた迷宮ちゃん。
何て声を掛けてくれるのかな? こっちから挨拶した方がいいのかな?
……と、どきどきわくわくしながら丸一日待っていた。
だがしかし、そのまま何も話しかけられず、また迷宮ちゃんから話しかけることも物理的にできなかった。パーティを組んだのに、なんだか肩透かしだ。
しかし、久しぶりの外の世界。
待っている間でも、ぼんやりと目に映る景色のひとつひとつが新鮮だった。
夕暮れを眺め、夜空の星を望み、やがて朝日の気配に空が白んでくるのを見ていた。世界はなんて美しいんだろう。
にしても。
名前:設定なし
性別:♀
年齢:17歳
種族:異界
種族特性:ダンジョンウォーク有効
階層:54階層(50階層)
ジョブ1:境界門 Lv1
スキル:境界接合、パーティ編成
効果:精神中上昇、MP小上昇、知力微上昇、階層微増
ジョブ2:迷宮 Lv50
スキル:階層紡ぎ
効果:精神小上昇、MP微上昇
ジョブ3:魔物溜まり Lv14
スキル:魔物湧き、転出
効果:体力中上昇、MP小上昇、知力微上昇
装備:
(装備破壊付与、クリティカル発生)
パーティメンバー:
リギの迷宮 境界門 Lv24
リギ手前の迷宮 境界門 Lv1
ブラウゼ湖の迷宮 境界門 Lv8
ニジマスの滝の迷宮 境界門 Lv2
自分を鑑定すると、名前とおぼしき欄には〈
パーティの他の4人には名前がついていた。うらやましいと思った。
迷宮ちゃんは、小学生のときのあだ名が「コマちゃん」だった。遠足で大きな神社に行ったときに、鳥居の脇の狛犬とそっくりだったのが由来だ。
彼女は目鼻立ちが濃いめな男顔で、背が低い。小太りで、手足は短く、指は太い。ピアニカでドからシに鍵盤を運指するのが難しい。ぶっちゃけチビでブスで小デブだった。
〝コマちゃん〟は、そんな彼女を見下したあだ名だったが、彼女自身は気にしていなかった。いじめに近いいじりであっても、「かわいがられている」と感じてしまうような鈍感さだった。
名前があるのは、いいなあと思った。
迷宮ちゃんは知るよしもなかったが、崖の上にある近いほうの迷宮が〝リギの迷宮〟だ。
周辺に1階層のミノを出現させていたが、中には崖を滑り落ちてしまう個体もいた。
落ちた先は、岩壁や屹立した山並みに四方を囲まれた谷間の草原地で、滝から流れ込む豊富な水量の川は渓谷を削りながら外界に流れ出ていく。
滑落したミノたちは崖を登ることができない。自発的に川にも入らないし、魔物なので草も食まず、自然と消えまでかなりの時間が掛かる。
そうして、何十年と溜まってしまった結果が、ここにいるミノなのだった。*1
そんなミノたちの目の前に突然現れたのが、迷宮ちゃんが〈境界接合〉で創出した黒い迷宮出入口だった。迷宮ちゃんの生えた場所は、渓谷の底の草原地にそびえている1本の大きなヒイラギの樹の下なのだ。
〈異界〉は自らが産み出した魔物の視野を共有知覚できる。リギの迷宮はミノの視覚を通して、〈パーティ編成〉を唱えたのだった。
迷宮ちゃんは、ミノをまじまじと見た。
このミノはきっと、リギさんとか、パーティの誰かのところの子なんだと思う。
ということは、迷宮の中の魔物をこんな風に外に出すことができるんだろうか。
〈魔物溜まり〉に〈転出〉というスキルがあったことを思い出した。
かつて使ってみたことがあったが、気が落ち込んだだけで何も起こらなかったので、そのまま放置していたのだ。
「転出」と強く念じると「対象を選んでください」と浮かんだ。
迷宮の中で徘徊している魔物ではなく、層を選択するようだった。「1階層」を選択した。
ふっと急に気が落ち込んだ。〈転出〉はそれなりのMPを消費するのだ。
MPが減ると鬱になるのはミチオ君だけではなく、迷宮ちゃんも同じだった。気分が下向きになると、かつて心の中で蓋をした恥ずかしいことや悲しかったことがするすると滑り出てくる。
高校2年のある休み時間、同じクラスの男子のところに隣のクラスの男子が教科書を借りに来ていた。去年まで一緒のクラスだった男子だ。
だけど声を掛けられた側は、既に別の友達に貸していたか何かで、教科書を貸すことができなかったようだ。断られた男子はきょろきょろと周りを探し、迷宮ちゃんと目が合った。
あっ、知り合いがいるじゃん、ラッキー!と喜んだ笑顔だった。
しかし、彼は声を掛けようとしたその刹那、歯切れの悪い顔を浮かべた。ほんの一瞬だったけど。
「……えーっと、ねえねえ、世界史の教科書、持ってたら貸してくんないかな?」
彼は明るく続けたが、迷宮ちゃんにはわかった。
声を掛けようとしたのに、わたしの名前が思い浮かばず、ばつが悪かったのだ。
彼はクラスの中心人物で全員の名前を憶えているような人だったのに、わたしの名前は出てこなかった。
そのときは対して気にならなかったのに、今になって恥ずかしさで叫びたくなるのだった。
名前が、ほしいなあ。
しばらくしてMPが回復するにつれ、気持ちも持ち直してきた。
そして、外の世界にもうひとつ視野が増えたことに気づいた。1階層の魔物であるスローラビットを外界に転出することに成功したのだった。
迷宮ちゃんはうれしくなった。
さて、スローラビットの目を通して改めて出入口の周りを確認した。
崖に囲まれた谷間ではあるが、かなり広さがある起伏のある草原の丘に、いくつか木造や石造りの廃屋が見てとれた。ここは廃村なのかもしれない。
もう少し周囲を知りたい。スローラビットになんとか意思疎通できないか念じてみたりしたが、無駄だった。スローラビットは言うことを聞かず、勝手にうろうろするばかりだ。
丸1日経った頃には疲労はなくなっていたので、2匹めのスローラビットを〈転出〉してみたが、同様だった。
まあ、迷宮の中でも魔物と意思疎通が取れたことはなかった。無理だということだろう。
数を打てば、もっとあちこちに行く子もいるだろうと、気持ちの落ち込みと戦いつつ、来る日も来る日もスローラビットを送り出したのだった。
<補足>
書籍版の3巻にて、ミチオ君が独白で「まだ五十階層の大きさに達していない、入り口が作られていない幼い迷宮がソマーラ村の裏手の森のどこかにあり、その迷宮が一階層のスローラビットを出現させているらしい」ということを語っています。
本作の〈境界接合〉や〈転出〉の仕様だと齟齬があるんじゃないか、とお思いの方がいるかもしれません。(50階層にならないと外の世界につながれないなら、50階層前に魔物を外に出せるのはおかしい、とか、50階層以前に転出を使って魔物を外に出せたとすると、その光景が見えなければおかしい、とか)
一応本作では、上記の独白、おそらくミチオ君がロクサーヌから聞いた現地の常識だと思いますが、そちらが実は迷信であった、と解釈しています。
森には入り口がないかもしれませんが、実はもう少し離れたところに50階層超えの迷宮があって、その辺りからスローラビットが流れてきていた、というのが事実なんじゃないかな。
3巻のその記述を見逃したまま本作の設定を作り込んだとか、だいぶ書き上げたあとに3巻のその記述に気づいたとか、今さら直すとなると全体的に直す必要があって心が折れそうになったとか、そんなことは決してないので、この件の深堀りはご容赦ください。
いいね? 絶対だよ?