異世界迷宮ちゃんは入り組み惑っている   作:yubeshiski

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2026/6/25 迷宮ちゃんの鬱な過去を置き換えしました。


乱れ咲く白い木蓮、満願成就の歓喜にも似て

 

 タリカウの迷宮の近くにある島の迷宮を、アキシマの迷宮、とミチオは名付けた。*1

 

 

 ミチオ君からすると、通っている迷宮に名前がないのは不便なのでテキトーに名付けただけだったが、パーティメンバーは、主人がこの迷宮を攻略するために自身の印を刻んだと受け取っていた。

 この異世界では、迷宮に名前をつけることは「あれは俺の獲物だ」という意思表示に他ならないということだ。

 

 畜産業者では、食用として飼育している牛や豚に名前はつけないという。愛着がわいて屠殺できなくなるからだ。

 しかし、迷宮に名前をつけると愛着がわいて討伐できなくなる、なんてことはなさそうだから不思議なものだ。

 

 名付けられた側はどうだろう。

 

 家畜は固有名で呼ばれることで、〝群れの中の1頭〟ではなく〝1つの個体〟という意識が芽生える、とかありそうだ。

 おのれを名付けてくれて、おのれの名前を呼んでくれる者に対して、特別な感情を持つことは想像に(かた)くない。

 

 それは、名付けられた迷宮にしても、きっと同じなのだろう。

 いずれ、その者によって討伐されるのだとしても。

 

 

* * *

 

 

 夏の盛りを越え、秋の気配が漂う。

 

 日本と比べて、この辺りの夏は日照時間が長かった。夜10時くらいになってもまだ空には明るさが残っており、それだけでも異世界なんだなと迷宮ちゃんは感じていた。

 

 この世界に月がないことも、日本とは違うんだと再認識したことのひとつだ。何日経っても雲がなくても、月は現れず、夜は等しく暗く、星空が鮮やかだった。

 そして、秋の訪れは早い。うだる夏はだらだらと続かず、あっという間に風に冷気を感じて、山は黄金色に色づいていく。

 

 こんなにゆっくりと季節の移ろいを感じたことがなかった。

 

 半年もすると、迷宮ちゃんの周囲の草原はスローラビットとミノでいっぱいになった。

 

 さすがに地形もだいたい把握できた。

 崖に囲まれており、滝から流れ込む川の下流が唯一の出口だ。かつては下流の脇に小径(こみち)があった形跡があるが、土砂崩れがあったらしく道は寸断されていた。そのため、崖を登れず、水にも入れないミノもスローラビットも、この楽園から出ることはできなかった。

 ちょっとした村があったようで、丘のあちこちに手を入れれば使えそうな木造平屋の廃屋がいくつもたたずんでいた。集会所なのか教会なのか、大きめの石造りの廃墟なんかもあった。人がいなくなってずいぶん経っているように見えた。 

 

 そういえば、自分を〈鑑定〉したときの階層の表記が気になった。

 

 

  名前:設定なし

  性別:♀

  年齢:17歳

  種族:異界

   種族特性:ダンジョンウォーク有効

  階層:54階層(50階層)

  ジョブ1:境界門 Lv2

   スキル:境界接合、パーティ編成

   効果:精神中上昇、MP小上昇、知力微上昇、階層微増

  ジョブ2:迷宮 Lv50

   スキル:階層紡ぎ

   効果:精神小上昇、MP微上昇

  ジョブ3:魔物溜まり Lv15

   スキル:魔物湧き、転出

   効果:体力中上昇、MP小上昇、知力微上昇

  装備:損壊(そんかい)奇魂(くしみたま)

     (装備破壊付与、クリティカル発生)

  パーティメンバー:

   リギの迷宮 境界門 Lv24

   リギ手前の迷宮 境界門 Lv1

   ブラウゼ湖の迷宮 境界門 Lv8

   ニジマスの滝の迷宮 境界門 Lv2

 

 

 実際には50階層しかないので、この54階層のほうはなんなんだろうか。

 たびたび考えたが、答えは出なかった。

 

 

 廃屋があるということは、この世界には誰か人間がいるのだろう。何とか呼んできたい。そしてわたしを見つけてほしい。名付けてほしい。名前を呼んでほしい。

 せっかくパーティを組んだのに、リギさんも他の迷宮さんも何も話しかけてくれないのだ。自分で何とかしないと。

 

 スローラビットではなく他の魔物は出せないだろうか。〈転出〉で選択できる階層を変えれば、他の階層の魔物を送ることができるかもしれない。

 試してみたが、2階層は選択できず、3階層もダメだった。しかし、ぐるりと一周して12階層なら選択できることを発見した。

 

 12階層の魔物はグラスビーだ。嬉々として〈転出〉を試みる。

 しかし、ぐわんと視界がぶれた。

 めまいと、急激な不安感。

 12階層の魔物の〈転出〉は、1階層よりMP消費が大きいのだ。

 

 また、心の底に沈めていた箱の蓋が開いた。

 

 

 迷宮ちゃんが高校を卒業して経理の専門学校に通い出すとき、今度こそ友達を作ってクラスのグループの輪に入りたい、と謎に気負っていた。

 

 まずは一発目の自己紹介が大事だと思い詰めて、入学の1週間くらい前から自己紹介の文章を練り上げていた。

 快活女子なパターン、文学系知的なパターン、不思議ちゃんパターンと、複数ケースを考え、自室で朗読の練習をしてみる。

 これはけっこういけるのでは……、と手ごたえ十分で臨んだ入学初日。

 

 残念ながら、専門学校では自己紹介の時間はなかった。

 

 カリキュラムと施設の利用方法の説明があり、終わり。休み時間で話をしているのは既に知り合いだったグループのみで、2限目からはすぐ授業だった。

 この専門学校の受講生は、高校卒業直後なのは半数ほどで、すでに働いている人や主婦などの大人が残りの半数だ。分け隔てなくみんな友達になろう、という集団生活の教育の場ではないのだ。

 

 考えていたプランがうまくいかなくなると途端にテンパってしまう迷宮ちゃんは、初手の肩透かしを挽回する手を見いだせず、またもやぼっちの2年間だった。

 必然的にほとんど名前を呼ばれることもなく。

 まあ、友達がいなくても問題ない、という空気感自体はとても気楽だったのだけど。

 

 後日、不思議ちゃんパターンの文章が机から出てきて、顔から火が出るほど恥ずかしかった。

 『僕は太宰治の生まれ変わりです』

 自己紹介の時間がなくて良かった。

 

 

 時間が経つにつれMPが回復していき、平気になってくる。あぶないあぶない。

 

 空を飛ぶ視界が増えていた。

 

 グラスビーは空を飛べる。崖を物ともしない。

 遠く遠く、誰かを呼んできてと念じた。意思疎通できた気はしなかったが、それでもグラスビーは飛んでいった。共有された視界でわかったが、崖の上は台地になっており林が続いていた。

 疲労はあるが、もっとグラスビーを出さなくちゃと心を強く持った。何度も太宰と向き合った。

 

 

 ある日、ずいぶん飛んだ先、峠をいくつか越えた開けたところで、道を歩いている人間の一団に遭遇した。剣と盾を持ったファンタジーな人たちだ。

 

 うれしい。ついに人に会えた。やっぱりいたんだ。

 グラスビーは退治されてしまったが、ハッピーな気持ちだった。もっとグラスビーを出してもっともっと襲わなくっちゃ。

 太宰転生も、もう手慣れたものだ。

 

 

* * *

 

 

 深く静かな冬が明け、雪解けで滝の水量が増し、草原にかわいらしい野花がちらほら顔を出す春。

 

 何度もグラスビーを仕向けて、はや数か月。

 崖の上、ついに剣などを装備した集団の姿が見えた。こちらを見て話し込んだり、どこかへ行ってしまったと思ったら、別の人を連れて戻ってきたりした。

 迷宮ちゃんは、そわそわ落ち着かなかった。

 

 その数日後、名前が付いていた。

 

 

  名前:()()()()()()()()

  性別:♀

  年齢:18歳

  種族:異界

   種族特性:ダンジョンウォーク有効

  階層:54階層(50階層)

  ジョブ1:境界門 Lv2

   スキル:境界接合、パーティ編成

   効果:精神中上昇、MP小上昇、知力微上昇、階層微増

  ジョブ2:迷宮 Lv50

   スキル:階層紡ぎ

   効果:精神小上昇、MP微上昇

  ジョブ3:魔物溜まり Lv15

   スキル:魔物湧き、転出

   効果:体力中上昇、MP小上昇、知力微上昇

  装備:損壊(そんかい)奇魂(くしみたま)

     (装備破壊付与、クリティカル発生)

  パーティメンバー:

   リギの迷宮 境界門 Lv25

   リギ手前の迷宮 境界門 Lv2

   ブラウゼ湖の迷宮 境界門 Lv9

   ニジマスの滝の迷宮 境界門 Lv2

 

 

 迷宮ちゃんの全身に電気が走った。とてつもない歓喜だった。

 

 ヒイラギ村の迷宮。

 これがわたしの名前だ……!

 

 名前をつけてもらう。

 

 それがこんなに幸せなことだったとは知らなかった。

 すごくがんばった。ずっとずっと続けた。

 その結果、誰かがわたしを見つけ、わたしだけの名前を付けてくれた。

 

 たったそれだけのことと思うかもしれない。

 しかし、わたしにとってはそれが、文字通り有難いことなのだ。

 しかもヒイラギとか、なんか線の細い女性っぽさがあって、いいのかな?

 

 すごくすごくうれしいな、と思った。

 

 

 迷宮ちゃんの人生で最高にうれしかったエピソードのひとつは、ラジオだ。

 

 高校3年からホームセンターでアルバイトを始めたが、店内のBGMとしてラジオ番組が流れる時間帯があった。そして投稿したネタが読み上げられたことが、一度だけあった。

 自分のラジオネームが読み上げられた瞬間、全身が心臓になったかのように鼓動の音が大きく跳ね、熱い血流が体中を駆け巡っている感覚になったことを覚えている。有頂天だった。

 ちなみに、ラジオネームは「小野妹子の姉」である。

 

 人生で一番うれしかった出来事と言えるひとつだ。

 

 

 そして、今、それをひらりと飛び越えた、突き抜けたうれしさを感じている。

 

 名前をつけてもらえてうれしかった。

 名前を呼んでもらえてうれしかった。

 わたしを見つけてもらえてうれしかった。

 わたしはここに居るんだ。

 

 この気持ちを、何の花に例えられましょう?

 

 

*1
アキシマの迷宮は、原作Webにはまだない原作書籍のみのストーリーです




 いつも『異世界迷宮ちゃんは入り組み惑っている』をお読みいただき、ありがとうございます。

 話の中で、この異世界には月がないことについて触れています。

 原作Webと原作書籍では、ミチオ君が「この世界には月はないが」と明言していますが、原作コミックでは夜にカンテラを持って出歩いた際に「月明かり以外はせいぜい足元くらいしか照らせない」と言っています。
 原作コミックでは月がある世界なのでしょうか?
 はたまた、星明りをミチオ君が勘違いしたのかもしれません。

 本作では書籍版を踏まえて、月がない世界としています。

---

 初めてのことでばたばたしましたが、第1章までリリースすることができました。
 近況報告に謝辞を書きましたので、よろしければご一読ください。

 次章では迷宮ちゃんを取り巻くヒトたちがメインになるので、しばらく迷宮ちゃんは出てこないかと思います。あしからず。

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