呪い返しが無事に終わったあと、助けてもらった鷹野さんには後日改めてお礼をすることを伝えて、僕は店を出た。
外はすでに真っ暗で、星々が瞬く漆黒の空が広がっていた。ここまで帰りが遅くなるのは久しぶりだった。
道中、澱に遭遇することもなく、僕は太陽を連れて迷うことなくしっかりと狭間を抜け出して、自分の家に帰ることができた。
玄関を開けて真っ先に出迎えてくれたのは、双子の弟の悠希だった。
彼の顔には、焦りと心配の色がはっきりと見て取れる。何やら慌てた様子で僕に駆け寄ると、「優子叔母さんが亡くなったらしい」と、震える声で教えてくれた。
これから一度、親戚が集まることになったらしく、両親も急いで準備しているのかリビングが少し騒がしい。食器の触れ合う音や、低い話し声が聞こえてくる。
僕は一旦部屋に戻って支度をしてくると悠希に言って、その場を離れた。僕の心は、奇妙なほど冷静だった。
両親は黒い服に、僕たちは制服を着て祖母の家に向かった。
夜道を歩きながら、僕はどこか現実感のないまま、叔母の死を受け止めていた。一応叔母さんはアパートを契約していたみたいだけど、実家に遺体を安置することとなったらしい。
そもそも、祖母の介護をするために泊まりに来ていたところで急に倒れてそのまま息を引き取ったそうだ。
突然死って怖いね。僕はそう呟いたが、心には何の感情も湧かなかった。
大人たちが今後の事を話し合っている間に、僕たちは優子叔母さんの顔を見に行くことにした。
叔母さんが寝泊まりしていた和室に、顔に白い布を被せた状態で寝かせてあった。部屋には、線香の匂いが微かに漂っている。すぐそばに膝をついて、そっと布を取る。
「優子叔母さん、こうして見るとなんだか寝てるみたいだね」
「…そうだな。きっと苦しまずに逝けたんだろ」
悲痛に顔を歪ませる悠希に、それっぽい慰めの言葉を返した。
ほんと、死んでると言われないと勘違いしそうなくらい綺麗な顔だった。その顔には何の苦悶の跡もなく、まるで安らかな眠りについているかのようだ。
死の間際はあんなに苦しんでいたのに。
叢雲屋での出来事を思い返していたら、隣から鼻を啜る音が聞こえだした。
そっちに目を向ければ案の定、悠希が目に涙を浮かべ垂れそうになっている鼻水を啜っていた。いや、ポケットティッシュ持ってただろ。啜ってないでかめよと内心でツッコむ。
やがて涙腺が決壊し、ついには声を上げて泣き始めてしまった。その嗚咽が、静かな部屋に響き渡る。
……そういえば、こいつは叔母さんに懐いていたし、叔母さんもこいつには優しかったなと思い出した。
まぁ、思い出したからといって、今更罪悪感を抱くわけでもない。「人を呪わば、穴二つ」「因果応報」「自業自得」…素人が不分相応に手を出して自滅しただけのことだ。
僕の心は、冷たく澄み切った水面のようだった。
「春希ー?悠希ー?どこにいるの?帰るわよー!」
親戚が集まっていた部屋の方から、母さんの声が響いた。
その声には、少し疲労の色が混じっている。それに応えるために僕も大声で返事を返して、まだぐずぐず泣いている悠希の手を引いて、部屋を後にした。
悠希の手は、ひどく冷たかった。
「ああ、いたいた!今日はもう帰るからね。悪いけど、明日は朝早くから少し忙しくなるみたいだから」
「葬式だもん。それくらい分かってるから」
「ありがとう。ほら、悠も。悲しいのはわかるけど、明日のために早めに寝るのよ」
「う“ん“っ」
玄関まで見送りに来てくれたおばあちゃんに挨拶をして、僕たちは家に帰った。
夜空には、一層強く星が輝いていた。
___ねぇ、優子叔母さん。僕を呪い殺そうとした優子叔母さん。
___僕ね、知ってたよ。本当は、叔母さんが太陽を殺したって。
少しずつ太陽のご飯に、犬が食べちゃいけない体に悪いものを混ぜていたんだよね。叔母さんと違って、僕は毎日太陽と一緒にいれるわけじゃなかったから、簡単だったでしょ?
あの元気だった太陽が、日に日に痩せ細っていく姿を、僕は見ていたんだ。
___ねぇ、どんな気持ちだったの?
少しずつ衰弱していく太陽を見て。
最後の力を振り絞って、僕の腕の中で息を引き取った太陽を見て。
そして、死んだ太陽を抱きしめて嗚咽を漏らし、顔をぐしゃぐしゃにして泣く僕を見て。
叔母さんはどんな気持ちだったのかな?
___僕はね、炎に焼かれて苦しむ叔母さんを見て、心の底からスッキリしたよ。たぶん、叔母さんもそうだったんじゃないかな?
だって、僕たち、似たもの同士だもんね。
___だから、
「バイバイ。優子叔母さん」
___地獄に堕ちろ。
明るく、元気な男の子を書こうとしたのに、いつの間にかこうなってしまった……。何故…?
七不思議の一つ、「いつの間にか違うものを書いてる」