きちんと火葬した骨を骨壷に入れ、墓の中に納めたとこまで見送ってようやく、彼の肩から長らく張り詰めていた緊張の糸が、ふつりと切れるような感覚がした。
叔母の葬式を終え、一息つけた春希は、隣に寄り添う太陽を連れて数日ぶりに叢雲屋の重厚な扉をくぐった。
店内に一歩足を踏み入れると、あの独特の、涼やかな鈴の音が再び耳朶を撫で、どこか安心感を覚える。
店内は相変わらず、薄暗いながらも暖色のガラスランプの光に満ち、古木の匂いと、微かに線香の残香が混じり合っていた。
店の店主である鷹野さんには、前回の件で多大な親切を受けた。
春希は、感謝の気持ちを込めて用意してきたお礼の品を、恭しく差し出した。包みの中には、故郷の銘菓である素朴な焼き菓子が数個、丁寧に収められている。
それを鷹野さんが受け取ると、春希はほっと息をつき、あとはのんびりと店内の骨董品を物色し始める。
指先で埃を払うようにしながら、棚に並べられた錆びた銀製の懐中時計や、精緻な細工が施された木彫りの動物たち、そして年代物の色褪せた絵葉書などを、一つ一つ丁寧に眺めていく。
太陽は、春希の足元をちょこちょこと歩き回り、時折、興味深げに鼻を鳴らしては、古い壺の匂いを嗅いだりしている。
鷹野さんは、店の奥にある番台から、使い込まれた煙管(きせる)を片手に、その様子を静かに眺めていた。煙管の先から、微かに甘い香りの煙がゆらゆらと立ち上り、店内の薄明かりに溶けていく。
彼の表情は穏やかだった。
一通り見終わった春希は、番台横に置かれた、少し軋む音のする年季の入った木製の椅子に腰を下ろした。座ると、ひんやりとした木の感触がじんわりと体に伝わる。
「鷹野さん、実はですね、僕の弟は悠希っていう名前なんです」
春希は、脈絡なく唐突に切り出した。
彼の言葉に、鷹野は片眉を上げ、少し首を傾げる。その表情には、微かな興味と困惑が入り混じっている。
春希は、番台の上に置いてあったメモ帳と、鉛筆を手に取った。サラサラとペンを走らせ、そこへ丁寧に「悠希」と書いて鷹野に見せる。文字は、春希らしい几帳面さで書かれていた。
ついでに、自分の名前である「春希」もその隣に書き添えた。
鷹野は、差し出されたメモを手に取り、ゆっくりと眺めた。
人形に書かれていた文字を見たときも思ったが、「春希」という彼の名前の漢字の組み合わせは、少々珍しいと感じた。
しかし、その隣に書かれた双子の「悠希」という字を見て、鷹野は小さく頷いた。
ご両親は、双子によくある、同じ漢字を名前に使う名付けをしたのだろうと、勝手に納得したようだった。
「ふふ、優子叔母さんがきちんと漢字で書いてくれて、弟は助かりましたね」
春希は、まるで悪戯を企む子供のように、朗らかに笑って見せた。
その笑みには、先日の悲痛な表情は一片もない。むしろ、どこか冷たさすら感じられた。
鷹野は、その言葉を聞いて、少し身構えた。
彼の顔には、微かな警戒の色が浮かび上がる。こういう時の春希はきっと、ロクなことを言わない。
(自覚してるかは知らないけれど、意外と腹黒いところがあるんだよなぁ、この子)
鷹野の心の中に、そんな思いがよぎる。
春希は、内緒話をするかのように、椅子を少し近づけ、鷹野の耳元に口を寄せた。
彼の吐息が、鷹野の耳をくすぐる。そして、囁くように、しかしはっきりとこう言った。
___「悠希って文字は、“はるき”って読むこともできるんですよ」
嗚呼、やはりロクなことを言わなかった。
鷹野は、思わず天を仰いだ。