【ソウルメイトカード】 ▼ダンジョン学園都市で最高のパーティーを組もう!△   作:山下敬雄

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第4話 夢と喧嘩とアイスクリームと

 うだるような暑さがつづく今日この頃。こんな日に何よりもありがたいのは、冷たいつめたいアイスクリームだろう。

 

 移動型のキッチンカーが一台、西のターミナルの空いたスペースに止まっている。甘い匂いと冷気を漂わせて、午前8時ちょうどの今、気温を鑑みて早めに開店したようだ。

 

 あくびを垂れるのにも飽きたマカミは、見たことのあるそのアイスクリーム屋へと足を引き寄せられていった。イルナも急にエレベーター乗り場から進む方向を変えた彼の後についていく。

 

 そして、彼は顔見知りの店主と慣れたように話し、フレーバーを指定し、素早い迷いのない注文をかけた。

 

 そんな彼の姿を見ながら、後ろにじっと大人しく並んで待っていたイルナは、手持ちのお金が心許ないことを不意に思い出した。イルナは握りしめていたDカードの残高を今一度操作し確認しようとする。

 

「何がくいてぇ?」

 

 マカミは突然、後ろのイルナに振り向き、そう平然と聞いた。

 

「ふぇ!? それってぇ……? そ、そんな、悪いよ!」

 

 Dカードを片手にあおぎ、奢る素振りと雰囲気をみせたマカミに、イルナは慌てたように首を横に幾度か振った。

 

「あ? はやくしろ。アイスごときガキじゃねぇんだから払えねぇわけねぇだろ。それに悪ぃのは、もっと前からだろうが」

 

 イルナは内心で二つの意味で「ぎくっ!」とした。今のイルナのお財布事情にはアイスの一つすら贅沢品だった。そして彼女が「悪い」のは早朝に学園通信サービスを介してまでマカミのDカード宛に留守電を入れた──まさに彼の言うような遡るもっと前、その時からであった。

 

 彼はなおも気だるげな表情でイルナを睨み、あくびも混ぜつつ急かしている。もう少しすればもっとその眉間の皺をよせ、不機嫌になりそうなほどに。

 

 そんな状況の中、とにもかくにも、マカミの圧のあるお言葉に首を縦に振り直し、甘えることにしたイルナ。

 

「う、うん! え、なんだろ……うわーこんなに味がいっぱいあるのはじめて、マカミくん! えっと、えっとどれに……!」

 

 膨大な種類のフレーバーが並ぶアイスクリームのショーケースを前に、イルナは目移りしてしまった。パッと目を輝かせて前のめりに悩み見ていると。

 

「それとそれは不味い、ナチュラルバニラソルトとハニーチョコのダブルでいいだろ。他がいいか? 15ぐらいの良さげな組み合わせは思い浮かぶがな」

 

「ふぇ!? う、うん! そ、それ! それがいい……です!」

 

 驚くほどに素早い判断と商品の選択。さらに、まだ15もの良好な組み合わせをまだ頭に残しているというマカミ。

 

 彼がよほどの常連なのか、よほど良い舌を持っているのか、初心者のイルナにはまったく分からない。だが、テキパキと選び出す彼の姿はとても頼りになるようにも見えてしまった。

 

 イルナは慌てながらも、最初に言ったフレーバーでいいと、幾度も首を縦に揺らし了承した。

 

「はいナチュラルバニラソルトとハニーチョコのダブルがおひとつ。あ、よろしければソウルメイト用のお供えのカップもありますよ。こちらのような──」

 

「あ?」

 

 マカミが隣を振り向くと──

 

 イルナの頭の上にはいつの間にかキャロットが顔を出していた。耳をピンと立ててぴょんぴょん跳ねて、店主がいま手に取ったお供えの小さなカップに興味を示している。

 

 

 

 

 

「んーー、すっごく冷たくて美味しい! ねぇ、キャロット!」

 

 イルナはキッチンカーの横にあるベンチに座りながらアイスをいただく。バニラとチョコの組み合わせに間違いはなく、それでいて塩味の効いたバニラと蜂蜜の入ったチョコのフレーバーはイルナの食べたことのない飽きの来ない深い味わいだった。

 

 キャロットもカップに入れられたナッツとオレンジピールをまぶしたソウルメイトのために作られたその特製アイスの味が気に入ったようだ。

 

 離れたベンチに座るマカミはそんなはしゃぐ白髪の女生徒と橙色のソウルメイトの組み合わせを横目に、新作のラムネパイン味のアイスクリームを静かにいただいていた。

 

(いくら冷やしても、舌がすぐに乾きやがる……。これもソウルメイトカードの影響か。チッ……あの面なし野郎は、なんか知ってやがるのか。ハッ、次、現れやがったら力尽くで聞き出してやる)

 

 イルナがふと横目に気にすると、マカミはどことなく険しい顔をしながら、少し溶けた青と黄色の混じりゆくアイスクリームの様を見つめていた。

 

(マカミくんって、なんか……あんな風に真剣にアイスクリーム食べるんだ……?)

 

 そんな二人が購入したアイスを店の横の備え付けのベンチで並び食べていると、ざわめきながら何人かの生徒が近付いてきた。エメラルドの刺繍が入った黄色いローブを纏った、見目華美に飾った集団だ。

 

 やがて立ち止まり開いた、統率の取れたその黄色い集団の中を、ゆっくりと歩き出てきたのは、より一層華美な装いをした一人の女生徒。その女生徒は、豊かな金の巻き髪をかきあげ、前のベンチに不遜な態度で座る黒髪の男に、偉そうな口調で話しかけた。

 

「ごきげんよう。こんな朝からおアイスなんて珍しい涼み方をするのね、確かに言われてみれば暑い気もするわワタクシも一ついただこうかしら。おすすめがあるなら今のうちに教えてくれてもいいわよ。ところでその隣の子、小耳に挟んだどうやら盗み癖の噂があるのを知っていて?」

 

「あ?」

 

 ずけずけと近寄ってきた女子集団と、その金髪の女生徒にマカミが唖然とした表情で反応する。

 

 すると金髪の女生徒は得意げにつづけた。

 

「ええ、だからあなた、騙されてるわ。ねぇ、あなた、ワタクシの率いるパーティー【黄金の超猪(ちょうちょ)】に特別に入れてあげてもいいわ。ちょうどたくましそうな男手が一人ほしかったから、その枠を一つ空けていたの。悪評のあるその子といるより、あなたにとって次のステップに進む価値(バリュー)のお高い提案だと思わない? 黄金の超猪に入ってくれた暁には、後ろ盾のエイトブロック商会による最高のサポートを受けられることをお約束す──」

 

 なおも続ける世間知らずのお嬢様の一人語りに、溶けるアイスを放置し黙って聞き入っていたマカミは、突然ベンチを勢いよく立ち上がった。

 

「はへ!??」

 

 鼻高々にご高説をたれていたお嬢様は、突如自分の鼻先まで詰め寄った素早い圧と影に驚き、後ろに転び倒れてしまった。

 

 そんな倒れたお嬢様のことを手も差し伸べずマカミは、さらにしゃがみ見下す。

 

「弱いヤツはいらねぇ。残念だったな。最高のサポートとやらは、まずは自分でしっかりと受けやがれ」

 

 睨みつける青い眼。マカミの青い眼が至近に迫りその鋭い眼差しにお嬢様はひゅっと息を呑んだ。そして、がっくりと首を後ろにのけぞらせ、お嬢様は気を失ったように完全にダウンしてしまった。

 

「お嬢様!!」

「お嬢様あぁ!!!」

 

 そんな倒れてしまったお嬢様のことを、統率の取れたフォーメーションを乱した取り巻きたちが直ちに駆け寄り心配する。

 

「おい、これ持ってろ」

 

「は、はい!? はい……!」

 

 マカミは、溶けかけのアイスを取り巻きの内の一人に手渡し、アイスにもその集団にも興味が失せたように踵を返した。ただただ事件の始終を見ていたイルナは、お嬢様らの集団にとりあえず頭を下げると、慌てて彼の背を追っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 アイス屋でお嬢様らの集団に絡まれたものの、元のエレベーターターミナルへと向かい進みはじめたマカミ。そんなマカミの後に黙ってついていくことにしたイルナであったが──

 

「あ、杖!」

 

「そこでレンタルすりゃいいだろ」

 

 イルナはいつも使っている長めの古杖を持ってきていないことに今頃気付いた。

 

 しかし、マカミが指差す方には、武器の貸し出しをしてくれる露店がいくつかある。ここはダンジョンに挑む者たちが最も集う場所。そうやって日銭を稼ぐものもいるのだ。鍛冶師の端くれもここで武器をレンタルし、自分の腕とブランドを宣伝することもある。

 

「え、えっと……わたし、やっぱりあの杖がないと」

 

「はやく取ってきやがれ。その間、昼寝してりゃちょうどいいだろ?」

 

 ポッケにしまっていたDカードでまだ昼前の時刻を確認したマカミはそう言った。

 

「わ、わかった! マカミくん待っててすぐ取ってくるから!」

 

 マカミの呟いた提案に、困っていた表情を明るくしたイルナは、力強く頷いた。

 

「そんなお急ぎになられなくても。ゆっくりしようぜお客さん。──顔はなしな?」

 

「あ? なんだお前?」

 

 そのときマカミの左肩に見知らぬ手が添えられていた。いや、添えるというより掴むように強く離さない。

 

 また厄介な珍客が現れたのかと、マカミが左後ろに振り返り睨む。

 

「喧嘩屋♡だけど。昼寝なんてさせないぞ、やるだろ? やるんだろ? お互いに顔への打撃はなし、あとは腹でも尻でも好きなとこからかかってきていいぞ」

 

 【喧嘩屋♡絶対的雷獣神ミィナ】と力強い筆で書かれた旗を掲げる変な奴がいる。健康的に見える褐色肌の青髪赤目、派手な牛柄のジャージを崩して着ている。胸元は大胆に開けており、自慢の割れた腹筋とへその眩しい金のピアスを披露している。

 

「ずいぶん簡単そうなルールだな。もう少しハンデをつけてもいいぞ。他にどこを俺に蹴られたくないんだ、言ってみろ?」

 

「ははははは言うねぇ? マカミくん! 気に入った。じゃ、今回は挑戦料はいらねぇ。そのかわり負けたらおまえ、私とパーティーになれ。活きの良い強いヤツを探してる、お前はなかなかできそうだ」

 

 ミィナがおもむろにポッケから取り出したのは、金の小物。それは、ミィナがへそに付けている物とお揃い。どうやらそいつのパーティーになるということは、同じアイテムを付けるこだわりや儀式があるらしい。

 

「ハッ、強いヤツとならなってやる。でもお前じゃ無理そうだぞ。あの面なしより弱そうだからな」

 

 マカミは淡々と挑発する。何のメリットもないこの一方的にふっかけられた勝負に動揺もせず、しかも乗り気だ。

 

「ツラなし? それは校長のことか? ははは冗談がうまいな。アレのお相手なんて、いきなり雲の上を歩きたいと言うようなもんだぞ? ますます……〝私とおなじ〟でおもしろいじゃないか! よーし、なら、ちょうど空いてるあそこの広場でギャラリーにもきっちり見てもらいながらやろうぜ。その自信だ、文句ねぇな?」

 

 ミィナは青い眼を赤く睨み返す。「私とおなじ」マカミがヌッペ・フモフ校長を倒すことを目標にしているのが自分と同じなのだと言いたげだ。

 

 ミィナは辺りを探り目に見つけた、丸い窪地のステージを指差した。今はもぬけのあそこで観客を集めて、喧嘩屋は喧嘩をしようと言うのだ。

 

「地面に跪いているところをわざわざ見てもらいたいなんて、変わった趣味をしてるな?」

 

「はははははは、お前がな!! よーし!!!」

 

 マカミのキレの良い皮肉に、腹を抱えて大笑いしたミィナは、笑ったままマカミと馴れ馴れしく肩を組み、さっそく指定の闘いのステージへと向かい共に歩き出した。

 

「ま、マカミくん??」

 

 そんな突如始まったマカミと喧嘩屋のやり取りを唖然と眺めていたイルナは、心配そうな様子だ。

 

「とっとと取りに行ってこい。ぽっと出のコイツでも、それまでの暇つぶしにはなりそうだ」

 

 後ろを振り向いたマカミはそう告げた。

 

 イルナはいま合った彼の青い視線に、余計にしていた心配の種が何故だか燃え尽きたように解消された。

 

「う、うん! すぐに戻ってくるからーー!!」

 

 イルナは大きく頷いた。彼の顔から視線を外し、自分から背を向けてターミナルの外へと駆けていった。

 

 マカミはそんな彼女の慌ただしい去り様をもう見つめはしない。やがて、いつものように鼻で笑った。

 

「あれぇ~ん? マカミくんがばてて私に跪くところを、ガールフレンドのあの子にも見せてやろうと思ったのにざーんねん」

 

 馴れ馴れしい隣の青牛は、回した腕を深く組み、耳元で甘ったるい妄言を囁く。

 

「その調子でしっかり妄想しておけよ、食われて地獄見る前にな」

 

 しかし、マカミは余裕綽々と隣の妄言をもBGMにし、また鋭い皮肉で返す。

 

「私を食う気なんてゾクゾクさせてくれるじゃないか。じゃ、御託はここまで──さっそく喧嘩開始だ」

 

 互いに闘志を温め合う口撃合戦をしながらも浅い石段をいま下り、二人は円形のステージの上に向かい合わせに立つ。

 

「息巻いていたわりに、急に恥ずかしくでもなったのか。まだ鳩しか来てねぇぞ?」

 

「すぐにやりたくなったんだよ、バーカ♡ お前とな!! むかつくむかつくマっっカミくーッん!!!」

 

 青い長髪を乱し自分の好きなタイミングで突っ込んできた右の拳を、右の手のひらが受け止める。クールな青い眼とギラつく赤い眼が、突き刺さり絡み合い、その笑みを深める。

 

 白い鳩は憩いの円環(リング)を飛び立った。

 

 石段の上に立てた喧嘩屋の旗が、始まりの乾いた音のゴングに靡いた────。

 

 

 

 

 

 

 

 憩いの円環をステージに、喧嘩屋ミィナの喧嘩を買ったマカミ。一方ターミナルの外に向かったイルナはというと、騒ぎの始終を盗み見ていたらしき運び屋の男に目を付けられていた。

 

 運び屋ヒューに呼び止められたイルナは、足を止めるも──

 

「でもわたし今そのポイントがぁ……ちょっと?」

 

「なぁーんだそんなことかー。いいよいいよ初回無料で試してみないか?」

 

 運び屋ヒューはイルナがおそるおそる取り出そうとしたDカードをポッケへと仕舞わせた。そして、なんとも気前のいいことを言っている。

 

 黒いスーツに黒いネクタイ、草原のような緑の髪をした男が、明るい営業スマイルを浮かべている。

 

「初回無料……それってヒユ先生の第六保健室みたいな? さ、さーびす?」

 

「そそ! 学生サービス! 俺もその世話になった先生の看護精神を見習ってサービスを始めてみたんだ。世の中、金やポイントだけじゃない、そしてダンジョンだけでもない。どうせやるなら他とは一味違う運び屋として、この学園都市のあまねく場所にやさしい風を吹かしていくってね。さぁ喋る時間もいよいよもったいない。完全無料の心配ご無用、乗った乗ったァ。何よりもこの運び屋ヒュー、今日は何故だか、赤い瞳の君のことをこの背に乗せてみたいって一目見て思ったんだ」

 

 その男はよく喋り、よく語る。よくもまぁすらすらと語る話は、嘘か本当か、一体どちらか。

 

 だが、その運び屋はどうしてもイルナのことをその背に乗せてみたいのだという。注意深い一部の者にはその男の笑みや言動や仕草は胡散臭くも映るが、イルナは完全無料、心配無用と豪語する運び屋ヒューの魅惑の提案に──

 

「じゃ、じゃあ? タウンマリアの家まで!」

 

 乗っかってしまった。

 

「おういいぜ! いいねぇー、西区のタウンマリアは俺の故郷みたいなもんだ! さっそく背中に乗ってくれ。最速の最短距離でお運びしますよっと、で、屋根の色は」

 

 さらに屈む運び屋ヒューの黒いスーツごしの背に、不意に現れたソウルメイトのキャロットが先客とした飛び乗った。緑の髪の上に座ったキャロットのことを見て、イルナもおそるおそるその広い背中に失礼した。

 

「は、はい! あの、これって? ふぇ……キャロ…にんじん色ですけ──」

 

 自宅の屋根の色を聞かれるとは思わなかった。イルナは困惑しつつも背に乗りながら、その問いに答えるやいなや──

 

「夢の翼をひろげろ【チェンジカード:グースウイング】!! にんじん色まで、とばすぞー!」

 

 それが運び屋ヒューの考えた決まり文句であった。その口上を言い放つと共に、魔法のカードを前方に投げ発動する。すると、視界前に出来上がった小さな虹のアーチをくぐり走った緑髪の男の背に、虹色の翼が生えるように顕れた。

 

 翼を得たならば、今日が運び屋ヒューのデビュー、新品の黒革の靴で、地を強く蹴るだけだ。

 

「ど──ってわぁ!? とんだ!! とんでる!? とんじゃってる!!!」

 

「ひゃっほーー!! って叫んでみろ! 地に立ってるのが眠くなる、目の覚める青さだろ! ははははひゃっほーー!!」

 

「ひゃっ!? ひゃほー……あわっ!?」

 

「ウソウソ、舌を噛むから初心者と子兎は叫ぶなよーー、ひゃほーーーー!!」

 

 青い空を駆ける虹色の翼。地にへばりついていた頃の人生観が変わるほどの青さとスピードと、風が、イルナ・ハクトというちっぽけな存在を包み込む。

 

 乗客はうぶな新入生一人と兎のソウルメイト一匹、運賃は0、初回無料サービスの翼を優雅にはためかせ、運び屋ヒューはターミナル上空から西区タウンマリアのにんじん色の屋根を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 にんじん色の屋根の上には、スナックパンを食べながら手を振る緑髪、黒スーツの男がいる。

 

 空路を使い到着したタウンマリアの古民家から、忘れ物の古杖を抱え急いで出てきたイルナは、後ろ上から聞こえてきた運び屋ヒューの声に振り向いた。

 

 『そんなに慌ててどこ行っちゃうの? 無料サービスは、まだ残ってるぞ?』往復分きっちりと送り届ける運び屋ヒューのサービスと気遣いに、イルナは驚きながらも頷いた。

 

 軽い客をその背に乗せた虹色の翼は、にんじん色の屋根の上から再び一番近いエレベーターターミナルを目指し飛翔した────。

 

 

 背に乗せたお客様と話をするのも運び屋の仕事の内で珍しくはない。しかし、その白髪の少女は運び屋ヒューの思いもよらぬ真剣なことを聞いてきた。

 

「カードの使い方? そうだなぁ? なんかよく寝て目覚めたらその日にできるようになったぞ」

 

「ね、寝てたら? それって冗談のことですか?」

 

「いや、これは冗談じゃなくてな、まぁ聞けよ。【チェンジカード:グースウイング】こいつはぐっすり眠った分だけどうやら俺の燃料になって、目が覚めてる間はこんな感じのフライトに使うことができるんだ」

 

「ふぇ? そんなことって……あるんですか?」

 

「んーあるんじゃないか。【アタックカード】【カバーカード】【ジャマーカード】に【チェンジカード】、いずれにせよ発現に条件のあるものもあるんだとか。俺の場合はただの寝不足だっただけで、特段難しくはなかったがな。しかしだ……あの時そのままタウンマリアでずっとダンジョン通いの寝不足生活をつづけていたら、もしかすると俺はこんな風に悠々と後輩を背に空を飛ぶこともできてないだろうよ」

 

 運び屋ヒューも新入生御用達の居住区、タウンマリアに住んでダンジョンに挑んでいたようだ。

 

 緑の髪が飛ぶ風に靡いている。その運び屋の表情は、背の席からはうかがえないが、イルナは彼にまつわる意外な話を聞いてしまった気がした。

 

「そうなんですね……あ、それで『夢の翼』!」

 

「はは、気付いたか。『夢の翼をひろげろ!』運び屋ヒューの編み出したキャッチコピーだ」

 

 この世に無い虹色の翼はまさに現実と想像の間の産物、夢の翼がヒューの背からひろがっている。運び屋ヒューがお客様を背に乗せ、離陸するときに毎度言うキャッチコピーに彼はしたいようだ。

 

「へぇえ! キャッチコピー! ……ってどういう意味?」

 

 「夢の翼」の由来に感心するイルナであったが、同時に首を傾げた。そんな天然のおとぼけを、不意に背中越しに言われたら運び屋も笑うしかない。

 

「あ? はははは! 他で言ったらルーティン……いやカタカナで言わないなら、合図か? そうそう合図、自分のやる気を出すためのスイッチだ! ……ってまたカタカナだな?」

 

「合図、スイッチ……」

 

 さすがに合図やスイッチは分かる。イルナは、ふと、自分もなかなか上手くいかない【カバーカード】を使う前にキャッチコピーをつけてみたらどうなるかを、妄想してみた。

 

 しかし、イルナは思い出し──何故かその顔を赤らめていく。

 

「これ恥ずかしいのは、ちょーわかる……。ま、こっちは人様に空の旅を売る商売だからな? あんまりからかうと、──ちょっと危ないかもだぞ? なんてな、ははは」

 

「って、てちがくて!? あわっ!?」

 

 冗談めかして横に一回転して飛んだ運び屋ヒュー。慌てしがみついたイルナとキャロットは、突然見せた彼の要らぬサービスに肝を冷やした。

 

「お、そうこうくすぐったい雑談をしてる間に見えてきたぞ。……ははーん、どうやら当たりのようだ、俺の勘!! よし、なら急いで降りるぞ、その調子でつかまってろよ新入生のお客さん!」

 

「わ、わ、はやっ──!?」

 

 居住区を越え、ダンジョン前の綺麗に整備された広大なターミナルが見えてきた。運び屋ヒューは遠目に見つけた、黒と青二人を中心に賑わう人だかりの輪へと、イルナを乗せ快速で飛ばした。

 

 地の人々の誰もが羨み指を差すような、鮮やかな虹の軌跡が昼空を走り彩った。

 

 

 

 

 

 

 エレベーターターミナルの待合場、憩いの円環の様相は、憩いというより闘争の熱に満ちていた。

 

 【喧嘩屋♡絶対的雷獣神ミィナ】と書かれたその旗にはハート型のQRコードが刻まれていた。Dカードでその旗のQRコードを読み取り、マカミとミィナ、憩いの円環をリングに闘う二人のファイターの内のどちらかに、学園ポイントを賭けることが可能であった。

 

 もう既に喧嘩屋のミィナが我慢できずに始まっていた二人の喧嘩模様に、ギャラリーがぞくぞくと石段を客席にし囲うように座り集まっていた。

 

 あのお嬢様らの集団もギャラリーに混じっていて、なぜだか黄色い声援をマカミに向けて飛ばしていた。どうやらこの野試合の喧嘩を取り巻きと共に仕切って、急遽運営しサポートしようとしていたようだ。隠し撮りしたマカミとミィナの写真データをプロマイドにし、その場で観客たちに商魂たくましく売っている。さらにアイスクリーム屋のキッチンカーもその熱気に釣られ、すかさず、近場に停まり、商売を始めた。

 

 そして、ターミナル内にいた色々な者たちを巻き込んだ熱狂のバトルの末。最後にそのリングの上に跪いていたのは────青髪。腹を抑えて、悶えるようにうずくまっていた。

 

「まぁまぁ痺れたな。カードがありなら、今度はもっと早く使えよ」

 

「やっ、やっるぅー……」

 

 左手から伸びた水縄で引き寄せられ、強烈な右のボディをもらったミィナは立ち上がれない。

 逆に繋がった水縄に雷のアタックカードで送電されても、マカミの感想は少し痺れた程度らしい。

 

 素手での闘いは、いつの間にかボルテージを上げソウルメイトカードの力の一端を用いたものに。しかし、いきなり放電し踊りだした雷獣女をその水縄に冷静に捕らえ仕留めたのは、マカミ。より強い者の拳が突き刺さり、手段を選ばなくなるほど熱くなった危険な雷獣を石のマットの上に見事に沈めたのであった。

 

 歓声とどよめきが起こる中、内ポッケに忍ばせていたマカミのDカードに勝利分のファイトマネーが振り込まれた通知音が鳴る。

 

 そして、ちょうど今この喧嘩の勝負が決した頃に、イルナを乗せた有翼のタクシーがその円形ステージの中に舞い降りた。

 

 いきなり現れた運び屋ヒューは乗客のイルナを背から下ろし、初対面のマカミに今手に取ったDカードを差し向けている。ヒューの視線は、マカミの後ろ、絶賛そこでダウンしのびている青髪の人物に向いた。

 

 マカミはヒューのいけすかない営業スマイルを見て察したのか、自分のDカードをヒューの持つDカードに近づけた。

 

「どうもチップをいただけるとは気が利くな。いいねぇー、やさしい風、吹かしていこうぜ! ははは、ってさっきよりずいぶんと重いな!? よし、夢の翼を──」

 

 チップを貰った運び屋は、満足げな表情でダウンした青髪の患者を抱え、またどこかへと飛び去っていった。

 

「なんだアイツ、いい性格してやがるな。──おい、突っ立ってないで、いくぞ」

 

「う、うん!」

 

 勝利者の男の対応は喜びの感情を爆発させることもなく至ってクールだ。顔見知りのアイスクリーム屋の店主から貰った勝利のアイスを片手に涼み、どこかで見た黄色いローブの女子集団が拍手する道を堂々と通りゆく、さらにそのリーダー確執のあるお嬢様からもお疲れのタオルを黙って受け取る。

 

 寄り道の暇つぶしは終わった。待っていた忘れ物がタイミング良く届いたならば、また本来行くべき道へと進むだけだ。

 

 マカミは忘れ物の杖を取ってきたイルナを後ろに連れて、賑わう憩いの円環を颯爽と去っていった。

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