もしリゼロのヒロインがパンドラだったら   作:はかたマン

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第一章 3話 剣聖

「はっ……」

 

肺がひゅっと鳴る。凍りついた思考が、ぎこちなく息を吹き返す。

 

「はぁ……っ、はぁ……っ!」

 

ナツキ・スバルの脳裏に残るのは、死の感触。まだ慣れるわけもない衝撃に神経を軋ませ、虚空を見据えたまま時を止める。

 

少女が目の前で首を傾げていたことに気づくまで、三十秒。ようやく返事をしなきゃと思い至るまで、そこからさらに三十秒。

 

――死んで、戻ってきて、一分。

 

「あー……えっと。確か、俺を案内してくれるんだっけ?」

 

「……はい、そう申しました。ですが、先ほどからどうなされたのですか?」

 

どこか訝しげな銀の瞳。その視線がちゃんと動いていることに、スバルの胸は安堵で埋め尽くされる。

 

同時に、その胸奥に宿ったのは――

 

「いや、大丈夫だ」

「それよりさ、ちょっと行きたいとこがある。……ついてきてくれるか?」

 

「……ええ、あなたがそう仰るなら」

 

白く儚い少女を守る。そう決めた、確かな決意だった。

 

―――――――――――――――――――――

 

「で、戻ってこれたのも、パンドラ守るって決めたのもいいけど……俺、マジでどうすりゃいいんだよ」

 

盗品蔵へ向かう道中。スバルの思考はこれまでの人生で最速回転しながらも、答えの兆しは見つからない。

 

「あの猫もどきの怪物が出る条件は分かった。銀髪魔法少女を死なせなきゃいい……そこまでは理解した。問題は――」

 

問題は、その障害。

黒い殺人鬼。

 

あの女は、フェルトもロム爺も、そして自分をも、数分で皆殺しにした。強すぎて、どうにもならない。

 

唯一味方足りうるのは、魔法少女の力。しかし――彼女も結果的には敗北していた以上、勝率は限りなく薄い。

 

「かといって、この世界に俺の知り合いなんていねぇし。衛兵も期待できそうにねぇし……」

 

路地裏を駆けながら、悩みに悩んでいたそのとき。

 

「おい、てめぇら。ちょっとツラ貸せや」

 

――懐かしきチンピラ三人衆、登場。

 

「げっ……お前らもいたな。いやー、色々ありすぎて存在忘れてたわ」

 

「なにブツブツ言ってやがんだ」

「さっさと出すもん出せっての!」

 

脅迫の台詞も、リピート再生。デジャヴすぎて飽き飽きする。とはいえ、前回同様にラチンスをどうにかすれば――そう考えてスバルは、

 

「パンドラ、下がってろ」

 

少女を庇って前に出る。そして拳を握り――だが。

 

「……いや、待てよ」

 

脳裏に閃き。

 

次の瞬間、スバルは一歩たじろき、肺いっぱいに空気を吸い込むと。

 

「――衛兵さぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

 

路地に響き渡る絶叫。

そして、チンピラ三人衆の顔が青ざめた。

 

予備動作なしの救命信号に、虚を突かれたトンチンカンが思わず飛び上がる。

 

 路地裏の静寂を打ち砕き、大通りの喧騒にまで間違いなく割り込んだろう声量。剣道で鳴らした阿呆のような神経は、大声を出すことへの羞恥心をスバルからとうに奪い去っている。

 

 助けを求めるために声を出すことなど、プライドに些かの傷もつかない。

 

「誰かーーーー! 男の人呼んでーーーーーーーー!!!」

 

「てめ……っ。ふざけんなよ!? ここで普通、いきなり大声出すか!?」

 

「状況的にこっちの命令きかなきゃ痛い目見る流れだろうが! 要求も聞かずにこれとかやんねーぞ、普通は!」

 

「黙れ!! なにが普通だ! 常識外れも横道抜け道外道悪道ALL正道! お前らの相手なんぞしてられっか! こっちゃ白髪美少女とキャッキャウフフに全力傾けてんだ!」

 

 地面を踏み鳴らし、逆上するトンチンカン目掛けて上から怒鳴りつける。

 

 開き直った風を装って口撃するスバルだが、その内心は表に出ないだけでかなり焦燥感が募りまくっている。衛兵に助けを求める、という行動は三回目の世界の最期の瞬間に起因する、かなり危うげな記憶の上に成り立つ思いつきだ。

 

実際それから10秒ほど経過し、叫びは大通りまで間違いなく届いたはずだが、そちらからのアクションは見られない。もともと、そこまで期待度の高い思いつきでもなかった。

 

「やっぱ、失敗か……」

 

「おどかしやがって……ほんの少しばかりだが、ビビっちまったじゃねえか」

 

「ほんの少しだけな!」

 

「ほんのちょびっとだけだけどな!」

 

 息の合った連携で、自分たちの小者ぶりを否定する小者ぶり。

 

 スバルの初撃に持っていかれたペースを取り戻そうとするかのように、男たちは一度、深呼吸をして気を落ち着かせ、各々が獲物を手に握り始める。

 

ナイフと錆びた鉈。

 

正直スバルにとって「かなりヤバい」を胸中で連呼してしまう程度には状況は悪い。

 

 すでに武器が抜かれてしまった以上、突破がかなり厳しくなってしまった。

 

 無傷損害なしでの突破どころか、五体満足が約束できない状況に陥った感もある。

それに

 

「俺一人ならともかく…」

 

後ろには守るべき儚い存在、パンドラがいる。

 

チンピラ共もまさか少女に手まで出さないと信じたいが、絶対の保証はない。

 

だからこそスバルはせめて彼女だけでも逃がそうとして、声をかけようと後ろを振り向いたその瞬間。

 

「――そこまでだ」

 

スバルが振り向いたその先、白髪の少女よりも更に奥の道の果てに1人の青年が立っていた。

 

すらりと細い長身を、仕立てのいい黒い服に包み、その腰にシンプルな装飾――ただし、尋常でない威圧感を放つ騎士剣を下げている。

 

「たとえどんな事情があろうと、それ以上、彼女達への狼藉は認めない。そこまでだ」

 

「ま、まさか……」

 

紫色になりつつある唇を震わせて、チンが青年を指差した。

 

「燃える赤髪に空色の瞳……それと、鞘に竜爪の刻まれた騎士剣」

 

確認するように各所を指差し、最後に息を呑んで、

 

「ラインハルト……『剣聖』ラインハルトか!?」

 

「自己紹介の必要はなさそうだ。……もっとも、その二つ名は僕にはまだ重すぎる」

 

「ふっ、ふざけんな!割に合わねぇよ!」

 

こうしてラインハルトという名を認識したトンチンカンは一目散に逃げ出し、その場には平和が訪れることになった。

 

そんな光景にスバルが呆気に取られてると

 

「お互い無事でよかった。2人ともケガはないかい?」

 

 男たちが完全に消えたのを見計らって、青年が微笑を浮かべて振り返った。 

 

それに対してスバルは

 

「このたびは命を救っていただき、心からお礼申し上げる。このナツキ・スバル、その御心の清廉さに感服いたしますれば……」

 

などと慣れない敬語を紡いでいると

 

「そんなに堅く考えなくても構わないよ、スバル」

 

さっき名乗ったばかりの名前を呼び、ナチュラルに距離を詰めてくる。

――流石イケメン、距離感までチート級かよ。

スバルがそんな風に内心でぼやいていると、ラインハルトは不思議そうに首を傾げて、

 

「それと、こちらの方は?」

 

促され、隣の少女――パンドラが静かに一礼しようとする。

 

「ご挨拶が遅れました。私は――」

 

その刹那。

 

「……っ!」

 

腰の剣に触れたかと思えば、ラインハルトの表情が鋭く強張る。次の瞬間、空気を裂くような殺気が迸った。

――分かる。スバルにも、はっきり分かる。

 

敵意。

露骨な、殺意。

 

あの黒い怪物を前にしたときでさえ、ここまでの圧はなかった。全身の毛穴が凍りつき、喉の奥が勝手に鳴る。

 

「おっ……おい、い、いきなりどうしたんだよ……ライ、ラインハルト……さん?」

 

声を絞り出す。震え声だった。だが、それだけで、張りつめた空気がほんの少し緩む。

 

「ああ……ごめん。えっと……知り合いに、似た雰囲気の子いたんだ。……僕の、勘違いだったみたいだ」

 

ラインハルトは苦笑めいた顔に戻る。

だが、さっきの一瞬を見てしまった以上、スバルの鼓動は簡単には収まらない。

 

「……勘違いであんだけ殺気振りまくとかよ。その知り合い、お前の親でも殺したのかよ……なんてな」

 

無理やり口角を上げ、軽口を叩く。自分でも笑えない冗談。

 

「じゃ、じゃあな! 俺ら、今から用事あるんで! たっ……助けてくれてありがとな!」

 

堪えきれず、パンドラの手を取って逃げ出す。路地を駆ける靴音がやけに大きく響く。

 

「うん、気をつけて!」

 

背後から届くのは、爽やかすぎる声。

けれど、その声に応える余裕など、スバルには一片も残されていない。

 

胸を埋め尽くすのはただ一つ――

あの怪物から、一秒でも早く離れなければという、獣じみた逃走本能だけだった。

 




補足 この世界のスバル君は3周目の経験から衛兵のことは信用してません。ただそれでも「実際に襲われてる現場」になら、衛兵も来てくれると思ったんですよね。
そしてあわよくばその衛兵をそのまま盗品蔵に援軍として連れていけるのではないか…ここまでが彼がトンチンカンに襲われた時の「閃き」です。
ただなぜかその作戦は失敗に終わってしまいました。
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