前回、サイズが大きくなったいーすん。
それを皮切りに、新たな物語が動き始める…。
それでは最新話をお楽しみください、どうぞ…。
プラネテューヌの中央地区からかなり離れた位置に建つ、一見の小さなホテル。
教会からかなり離れている事もあり、なかなか目立つ事のない格安ホテルである。
その一室、御世辞にもいい部屋とは言えない、安いビジネスホテルを思わせる作りの二人部屋に、一人の白い髪の人影がいた。
トランスである。
2人はプラネテューヌ教会で目的の“調整”を終えて、一応、今回の仕事にあたっての拠点に戻ってきたのだ。
シンシアの持ち前の能力を使い、見事にイストワールを“リンカー”へと覚醒させる準備を整える事が出来た。
こちら側の目的は成功、後はもう一方の目的のためにリーンボックスへと向かったエネミーの連絡を拠点で待つのみ。
「………後は、エネミーがきっかけを作ってくれれば………」
トランスはそう言って、さっき売店で買った缶ビールをぐいっと一飲みする。
「ふぃ~…まあ、エネミーの能力があればスルーされる事はないと思いますけどね」
缶ビールの缶を机に置く。
「…彼にはきっちり強くなってもらいませんとね、そうでないとイストワールに調整で仕込んだプログラムの意味がなくなってしまいます」
あのプログラムは宗谷が完全な覚醒を迎えない事には起動しない、更なる力へと彼を導くためにはリンカーに覚醒したイストワールと覚醒を迎えた宗谷、2人の条件が揃わないと発動しないのだから。
その時、風呂場のスライドドアが開く音が聞こえた。
シンシア、そう呼ばれていた少女が入っていたのだ。
しばらくすると、彼女が風呂場のドアを少し開けてトランスにぎりぎり聞こえる声量で何かを呟いた。
「あの………その…ぱ、ぱ……ん……」
「ああ、はいはい下着ですね…て言うか、着換えくらい忘れないで持って入ってくださいよ」
シンシアに注意しつつ、ドアの隙間に彼女の変えの下着、今回もかわいいバックプリントが施されたものを手渡す。
彼女は見た目の割に子供っぽい下着を選ぶ、理由はかわいいからとのこと。
続けざまに手渡された着替えを受け取り、ドアの奥で申し訳なさそうにするシンシア。
「あぅ………ご、ごめ……」
「まあ、昔っからあなた、物を忘れる事はしょっちゅうでしたからね…別に今さらとやかく言うつもりはありませんよ」
長い付き合いであるトランスの言葉に、シンシアはどこか懐かしさを感じ扉の奥でほんの少し笑みを浮かべた。
「………あり、がと………ライラ」
「今はトランスです」
すぐさま帰ってきた返事を聞いて再び申し訳なさそうに身をすくめるシンシア。
正直言うと、自分のこの緊張しがちになる癖を早く抜きたいのだが、どうにもこればっかりは抜けない…。
トランスやロボティック、エネミーとは長い付き合いであるからかそれほどではないのだがやはり、年上にしか見えない二人にはどうにも緊張してしまう。
今日出会った彼に対してもそうだ、渡されたデータを見て、これをきっかけに男性に慣れようとして、自室の部屋中を彼の写真で埋め尽くしたりしたが、逆に恐怖心しか抱かなくなり効果はなかった…。
今後、彼とは接触する機会が増えるだろうに…。
「………ほんと、だめだな…わたし………」
鏡に映る自分を見て言うシンシア、身長はロボティックより背は大きいといえど、それでも見た目の年齢の割に小柄だと自覚している。 胸の成長ぶりも年上二人に比べたら全く勝負にならない…まさに子供と大人、どっちとも言えない境目に位置する体系を持つシンシアは自分の体をぺたぺたむにむにと触りつつ小さくため息をついた。
「……せめて、もうちょっと大きかったら……」
言うだけ無駄かとすぐに諦め、手に持っていた下着に足を通すシンシア。
その時、ふと、教会で“久しぶり”に出会った彼女を思い出した…。
「…イストワール…大丈夫かな…」
「大丈夫でしょう」
今の言葉は聞こえたのか、外にいるトランスがそう答えた。
「あなたの調整は完璧でした、データの適合に加え、容量の増加もあってオーバーヒートを起こす確率はもうないでしょう…それに、彼女には彼がいます」
トランスの声色はどこか期待を込めた、楽しんでいるように感じるものだった。
「あの少年くんには、どんどん強くなってもらわないといけませんから、それこそ女神と同じか、それ以上に………」
彼女の言葉を聞いたシンシアは何も答えず、着替えを恐る恐ると開始した。
本当に大丈夫なのだろうか、エネミーが任されたもう一つの仕事は、彼にとって“最初の困難”を乗り越えるのに必要な事だと聞かされている。
もし失敗すれば、覚醒の先にある、“あのシステム”を使用する事はなくなってしまう。上に、彼の完全覚醒も遠のいてしまう。
その時点で自分たちの目的は泡の如く消えるだろう。
「………“フォーチュン・リンクシステム”………」
このシステムこそが、最初の困難の先にある、“最初の決戦”に必要なのだ。
彼が、女神と同等の力を得るために……。
ここに来る前にトランスは言っていた…。
「ヒーローは困難を乗り越え、強敵と戦い勝利する………そのために必要なフラグは私達が立てるんです、“あの人”のためにも…」
一つ目のフラグは立てて置いた、もうひとつが成功する事をシンシアはただ祈る……。
「へくちゅ!」
とんでもない出来事が起こった…。
いーすんが大きくなりました…。
サイズ間があの妖精サイズから、俺より身長低めの普通の女の子と同じくらいのサイズになったいーすん。
最初はそりゃあもうびっくりしたよ、俺の叫びで震度7の地震が起こるくらいに…
叫びを聞きつけて部屋に飛び込んできた他の面々もあまりの事にみんなもちろんびっくりだった。
約1名、いらん勘違いをしていたが………
「ねぷぷっ!? そ、ソウヤが女の子を連れ込んだー!? しかも、裸のって…ま、まさかソウヤ……いきなりこの作品をR-18指定にして、私達のことまで!?」
「シてないし、しないし、ヤラないから安心しろそしてちょっと黙ってろネプテューヌ!!」
まあ、こんな感じで…
いきなりおっきくなったいーすんを見てネプテューヌは彼女がいーすんだと理解できなかったようなのだ。
いつも結んでた髪型も解けてたしな、意外とストレートも似合うな、いーすん。
そのせいか、アイエフは俺にカタール向けて表出ろとか言ってくるし、コンパさんはいつも以上にわたわたして今にも泣き出しそうな顔されたし、ネプギアは………特に目立つ行動しなかったな、うん………
まあ、そんなこんなで急にいーすんが大きくなってみんな軽く混乱を起こしたけども、特に体に異常は見当たらず、完全に昨日の高熱も下がってるし、大きくなったからって不自由する事もないという事から、案外早くその問題はおっきくなってもいーすんはいーすん、と言う事であっさり片付いた。
そんな大混乱な朝から丁度三日過ぎた頃には…
「ネプテューヌさん! この前からまたゲームばっかりじゃないですか! 女神の心得と言うのは日々の生活からですね…」
「おおっとそう簡単に雑魚キャラ相手に私は負けないよ~! 3発くらいパンチ&キック!そして一気にヒートアクション!!」
「聞いてるんですか!?」
リビングでは今日も相変わらず、ゲームに熱心なネプテューヌがいーすんのお説教を聞き流している。
隣には苦笑いで姉の様子を見守るネプギアが、いつもの同じに見える光景だけど…
唯一変わったのは、いーすんのサイズが変わった事。
顔つきや髪型は当然前と変わらない、服装は前にいーすんが来ていた服を元にデザインしたもの、肩の部分やスカートに少しフリルを追加したものだ。 いつもなら背中からは蝶の翅の様な光の翼があるんだが、おっきくなってからはそれがなくなってしまった。
でも、任意で出したり消したりするようになった様で、その点はむしろ汎用性が高くなっていーすんがちょっとグレードアップした。
でも、実は前よりもかなり“グレードアップした点”があるんだけどね。 ちなみに検索能力は相変わらずで3日かかる。
そして、いーすんの片手には散々俺を殴りつけた最強の鈍器となりつつある、いーすんが妖精サイズの時に乗っていた本を持っている。
それが今のいーすんの見た目だ。
しかし、おっきいーすんとなって、三日でかなり慣れたものだな…。
俺はネプテューヌのいるソファの方を見つつ、テーブルに置かれているノートパソコンで今日の分の仕事を再開する。
仕事と言っても、今後のプラネテューヌのイベントの打ち合わせの確認とかそんなだけどな?
よし、これで………終了っと!
「ふぃ~…いーすん、終わったぞ~」
俺はいーすんに向けてそう言うが、お説教に熱心になっていて聞こえていないご様子…。
まったく、今日は用事があるからネプテューヌにも今日は仕事をしてもらいたんだがな…。
………しかたない、ここは奥の手を使うか………
俺は重い腰を上げて、ネプテューヌのいるソファへと向かう。
いーすんが、がみがみと起こる隣を通り過ぎて、ネプテューヌの耳音まで顔を寄せる。
「おやつ抜くぞ?」
「さあ、電話ボックスでセーブしてクエストでも行こっかなー!! ネプギアちょっと付き合って!!」
「ええ!? 急にどうしたのお姉ちゃん!?」
すぐさま、ゲームのセーブを終えて急ぐように教会を飛び出したネプテューヌ、あまりに突然の事できょとんとするいーすんに俺はしてやったりとピースを見せる。
「ああいうのにはこのくらいの事言わないと動かないんだよ、流石にあいつもプリン抜きには答えるみたいだからな」
そう言うと、いーすんは暫し間を開けてからくすり、と笑った。
「ふふっ……宗谷さん、結構あざとい人ですね?」
「教育的指導だ」
大きくなっても、いーすんの可愛い笑顔は相変わらずだ。 ああ、癒される笑顔だ…。
するとそこへ、アイエフとコンパさんの2人組がやってきた。
「あら? 2人ともまだ居たの? 今日は二人とも用事があったんじゃないの?」
「ああ、これからだ、こっちの仕事は一通り終わらせておいた」
「後はお願いしますね、アイエフさん、コンパさん」
「了解です! お二人とも、いってらっしゃいです~」
俺達は二人に言われて、この後の用事のために教会のエレベーターホールへと向かった。
そう、今日は俺といーすんのたまの休暇のお楽しみタイムだ。
「こうして街に出るのも久しぶりに感じますね」
「ここ最近はいろんなとこに行ったり来たり、大変だったからな」
今俺とイストワールが歩いているのはプラネテューヌでも人気の高い、いろいろな店が立ち並ぶ地区、おしゃれな服屋から派手な小物店、落ち着いた雰囲気の喫茶店や、カラフルな看板が目を引くレストラン。
そう、今日は久々にいーすんとのお出かけと言うわけだ。
「いーすんが大きくなって、初めてのお出かけだからな、今日は楽しもうか?」
「そんな…サイズが大きくなったからってそんなに変わりませんよ、今日もその辺を見て回るくらいですって」
「それはどうかな?」
俺はそう言って、立ち止まり、隣に立つ一軒のお店を親指で指差す。
透明なガラスの奥には色とりどり、デザイン様々な衣服が並んでいる。
そう、ここはレディースの衣服を各種揃えてある人気のショップだ。
「ここって………」
「いーすん、この辺り通ったら必ずこの店を見てたよな?」
俺がそう言うと、いーすんは少し驚いた様子で俺を見た。
もう何回もいーすんとお出かけしてたら、嫌でも気付くって…、じっといーすんがショップの仲を窺うようにちらりちらりと見てたら、な?
と、言うわけで…
「いざ、入店」
「ちょっ!」
「いらっしゃいませ~」
いーすんの手を引いてショップの中に入店、若い女性の店員さんのあいさつを聞きながら店の奥へと進む。
いーすんは店に入るなり、右左と視線を動かし、少し動揺気味になっている。
「あの…宗谷さん、私こういう店…慣れてないんですけど…」
「まあ、今までいーすんのサイズがサイズだったから、店に入ってもサイズに合った服がないものな」
店内に並ぶ今時の女子が好んで着そうなシャツやスカート、帽子にちょっとした小物まで揃った店内でどれから見ていいやら分からないのも無理はないか。
でも、まあ…
「せっかくだから、今まで出来なかった事をしようぜ?」
俺は近場にあった一着の服を手に取り、いーすんに手渡してそう言う。
いーすんは手に取った白いタートルネックをじっと見ながら、小さく頷いた。
「あ、あの…変じゃ、ありませんか?」
試着室に入ってしばらく、いーすんがカーテンを開けて出てきた。
とりあえず最初のコーディネイトは白のタートルネックに、膝より下の丈のティーグリーンのスカート、首に銀のネックレスを付けたコーディネイトだ。
ちょっと髪型も変えてゆるふわツインテールを解いて、後ろに流し、いつもより少し大人っぽい。
一瞬見とれるほどに風変りしたいーすんに俺はサムズアップを見せる。
「うん、いいよ、大人っぽいけど萌え袖してるからより高ポイント!」
「そ、そうですか…萌え袖…ですか…」
自分の親指まで隠れている袖を見てから、いーすんがそう呟いて鏡を見る。
鏡に映る自分を見て、不思議そうに上から下と視線を動かしていくいーすん。
この時、一瞬だけどいーすんの顔が嬉しそうな表情になっているのが鏡越しに見えた。
どうやら、まんざらでもないようだ。
「よし、じゃあ次は変化球だ!」
次に俺が用意したコーデのテーマはボーイッシュ。
カーテンが開き、中から出てきたいーすんの姿はこれまたがらりと変っていた。
文字のロゴがデザインされた白いシャツの上に鮮やかなアジュールブルーのパーカーを羽織り、下はホットパンツを履いてすらりとした足を強調。
仕上げに元のツインテールにキャップ帽を被れば、活発なボーイッシュいーすんの出来上がりだ。
「すごいですね、服装でこんなにイメージが変わるなんて…」
「それを着こなしているいーすんもすごいと思う…」
普通にどこかの恋愛ゲームとかラノベとか漫画にいそうなキャラだもん、まるっきり。
ボーイッシュいーすん、ありだと思います!
ちなみにいーすんは…。
「んっと……なんだか自分じゃないみたいです」
苦笑いで返された、あれ? 本人はあまり気にいってないのかな…。
それならこれでどうだと、俺が用意したのはポンチョと言うタイプの服だ。
白のもこもこしたポンチョの下には薄いグレーのシャツ、下は膝より上の短めのスカートでかわいさを重視したコーデだ。
正直言うと、これが一番俺的にありだった。
俺より低めの身長と言うのも相まってか、なんかより可愛く見える。
みなさん、分かりますかねこれ? 分からない? むしろ分かれ。
「これ…結構好き、かもしれません」
「っしゃ!」
いーすんのお墨付きもいただきました!
「ていうか、宗谷さんなんでこんなにファッションセンスが豊富なんですか? しかも自分じゃなくて女性の物に…」
唐突に投げかけられたいーすんの質問。
別に意識したつもりはないのだが、強いて言うならそうだな…。
「いーすんに似合ってる服を選んだだけなんだけど?」
俺がストレートにそう答える。
すると、いーすんがほんの少し頬を赤く染めた。 ん? どうかしたのか?
「お、お世辞言っても何も出ませんよ…?」
「いや、この場面でお世辞言っても需要ないだろ…」
一体、いーすんは俺が何を企んでると思ったのだろうか………。
「本当に何も買わなくて良かったのか?」
「はい、どれもかわいかったんですけど………やっぱりこっちの方が落ち着くんです」
「ふーん、まあ、いーすんがいいなら俺もいいけど」
服屋でのちょっとしたいーすんのファッションショーも早々に切り上げて、俺達は近場にあったプラネテューヌだけじゃなく、四つの国に店舗を有する有名チェーンのアイス専門店でそれぞれにカップに入ったタイプのアイスを買い、広場に来て2人してベンチに腰掛けて一休みすることにした。
「…新フレーバーを頼んでみたけど、当たりだなこれ」
俺が頼んだお店の新フレーバー、『フルスロットルなスピーディーストロベリー』をスプーンで一口食べて俺の率直な感想を呟く。
クリーミーなアイスと違って、これはイチゴ本来の甘酸っぱさ強調してる感じだな。 爽やかな酸味と甘みが癖になる。 なぜ、フルスロットルなのかは知らないが…
「はい、頼んでみるものですね♪」
ちなみにいーすんが頼んだのは同じく新フレーバー、『クールなテクニックメロン』。
一体どういうテクニックを使ってるのかは知らないが、こちらもなかなかいけるようだ。
いーすんがアイスを食べる姿を見つつ、俺も自分のアイスを口に運ぶ。
それにしてもさっきの店、他にも変わったフレーバーが多かったな…。
『テンションMaxのワイルド黒ゴマ』、『死神のブレイクグレープ』、『追跡撲滅! いすれもバニラ』だとか…。
なんだろう、このネーミング…親近感を感じるよ?
黒ゴマとか使ってるけど、この店大丈夫なのか?
ネーミングからしていろいろ気になるんだけど………
まあ、おいしいからいいか…。
「………あの、宗谷さん」
唐突にいーすんがさっきまでの笑顔とは打って変わった表情で俺を呼んだ。
横目で見た彼女の表情は、どこか暗い感じだった。
申し訳なさそうにしている、それがひと目でわかった。
「ありがとうございます……私が倒れていた時、宗谷さんは私のために……」
どうやら、三日前の事について言いたいらしい。
「別に俺は何もしてない」
「でも! ……宗谷さんが呼んで来てくれた方がいなければ……」
「だから、俺は、なにもしてねーんだって…」
そう、俺は結局、何もできていなかった。
最初はいーすんに効く薬がないかを探すためにプラネテューヌを駆け回って、唯一見つけた薬草は効果なし、すべてが空回りだった…。
偶然、白ジャージのライラさんと出会わなければ、シンシアに頼んでいーすんを治す事は出来なかった。
俺はただ単に待ってただけ、何もしていない。
「俺にお礼を言うのはお門違いってもんだよ、言うならその二人だ」
「…ですが…」
「実質、俺は悪運が強かっただけだ…」
俺はアイスをもう一口食べる。
いーすんを助けられた、それが出来たのは一か八かあの二人に賭けた大博打に勝ったからだ。 まあ、その結果、いーすんのサイズに大きな変化が現れたのかもしれないが…
それでも、もし、うまく行かなかったら大損、つまり今の元気ないーすんはいないかもしれない。
それを考えると、ぞっとしてならない。
「俺はただ、祈ってただけだ……だから、お礼を言うなら、その二人に言えよ?」
俺がいーすんにそう言うと、いーすんはまだどこか納得できていないのか、俯いたままだった。
「……私、最近思い出したんです……あの時、苦しくて、自分に何が起こってるのかも分からないほどに朦朧としていました……」
俯いたままのいーすんがぽつぽつと呟き始めた。
「周りのみなさんが不安そうな表情で私の事を見ていて、私も何が起こってるんだろうって………不安で仕方がなかったんです、でも、宗谷さんが駆けつけてくれた…その時のあなたの顔が必死だったのは、ぼんやりとですが覚えています」
いーすんの言葉を俺は一言一句、聞き逃す事のないように耳を凝らして聞く。
あの時の、いーすんはどんな思いをしていたのか、気になるのもあるし…なにより、この彼女の言葉はしっかり聞いておかないとだめだと思ったからだ。
「苦しくて、不安で、熱くて、このまま私は死ぬんじゃないのかって思ってたのですが……その時のあなたの顔を見て、私はたぶん、諦めてはいけないって思ったんです……あの時のことはよく覚えてないんですけど、それははっきりと覚えています」
俯いていた顔を静かに上げたいーすんが俺の事をじっと見つめてそう言った。
あの時、俺はいーすんを助けないとって事ばかりしか考えてなかったから、気づいてなかったけど、その時は微かにいーすんに意識があったようだ。
照れくさくなった俺は頬を指で掻きながら、いーすんから目線を離した。
「だから、言わせてください宗谷さん………私と、そして皆さんに諦めない勇気を与えてくれて……ありがとうございます」
顔を見ていないから分からなかったが、たぶんこの時のいーすんは……またあの、綺麗な笑顔を浮かべていたんじゃないのかなと、俺は思う。
それほどまでにこの時の彼女の声が、言葉が、思いが優しかったから…。
勇気を与えた自覚なんてないし、そんなつもりもない俺からしたらお礼を言われたことに対して、どう答えていいか分からず、俺が咄嗟に出した行動は…
「………ん」
「あ………」
いーすんが小さいサイズの時によくやっていた、指で頭をちょいちょいと突く、あの行為だった。
でも、今のサイズになったいーすんにはサイズ的に違和感がありすぎて、俺は少々困惑してしまった。
これって、どうなんだろう…。
照れ隠しの行動がこれってどうなんだ? こう言う時の対応スキルがないのが悔やまれて仕方がない…。
「………なんだか、おかしな感じですね?」
くすりと笑ういーすんに俺は小さく頷いて返す。
「………宗谷さん、手を」
「え?」
そんな俺を見兼ねたのか、いーすんからアプローチがあった。
俺は言われるがままに左手を差し出すと、いーすんはゆっくりと自分の右手を俺の左手に重ねてきた。
こうして初めて分かる、いーすんの体温………。
手を通して伝わってくる、彼女が生きているという証……。
暖かい………。
「……こうして、手を重ねると、なんだかほっとします」
「…うん」
この手の暖かさを、こうして感じていられるのなら、俺があちこち駆け回った甲斐もあったかも、なんて思えてしまう。
でも、元をただせばあの時行動を起こさなかったら、こうはならなかっただろう…。
俺がやった事は、無駄じゃなかったんだな…。
「…また、冒険に行けますね? あの時みたいに…」
「ああ、そうだな………また行こうか、今度はみんなで……」
「…はい!」
俺といーすんは互いにそう約束してから、この日の休日のお出かけは終了した。
クエストから帰ってきているであろうネプテューヌとネプギアにお土産のプリンを道中に買って行きながら…。
…次の冒険、か…
そんな事を考えながら……。
これが、この日俺といーすんが約束した、大事な約束…。
リーンボックス領に位置する遺跡ダンジョン、コバツバ遺跡。
ここを、一人の人物が訪れていた。
黒のコートに身を包んだ、白髪ポニーテールの女性、エネミーである。
彼女がここに訪れた理由、それはある物を探すことだ。
それはこの先の自分たちの目的を進めるために重要なもの、ここでフラグを立てる事が出来れば、今回の自分の仕事は終わりだ。
成功かどうかの判断は今の仕事の後になりそうだが…。
当たりを見渡しつつ、お目当ての物がないかを探すエネミー、捜索し始めてもう一日と数時間、リーンボックスで一夜を過ごしてまで探しているわけだが…まったく見つからない。
「…トランス達はうまくいったやろか…」
もう一つのフラグを建てるためにプラネテューヌへと向かったトランスを思いながら、エネミーは歩を進める。
遺跡の一番奥に到達し、当たりを再び見渡す。
薄暗いが、見逃がす事がないようにしっかりと目を凝らして…。
そして…
「お、あったあった」
エネミーはやっと、お目当ての物を発見した。
遺跡の奥、壊れかけた柱のすぐそばできらりと光る結晶、それを発見したエネミーはそれを回収しようと近づく。
だが…
急に結晶が眩い光を放ち、宙に浮きあがった。
エネミーはその場で急ブレーキをかけて立ち止まり、光を放つクリスタルをじっと見る。
「あちゃ~…やっぱ一筋縄じゃいかへんか」
覚悟していたとは言え、こうなる事はどこかで予想はしていた。
なにせ目的の物は、内部にこことは違う世界で歴戦を戦い抜いたキャラクターの記憶を内蔵しているのだから。
そう、彼女の目的は…ヒーローメモリー。
今、目の前で光り輝いているメモリーには、何かシンボルであろうか? バッタか何かのような昆虫を真正面で見たかの様なマークが刻まれている。
そして、メモリーの輝きが収まり、メモリーを核に体を形成した人物がじっと、エネミーの事を見つめる。
『………君は一体、何者だ?』
「………ちょっと、あんたに様があってな………」
「“仮面ライダー1号”、本郷猛さん?」
エネミーは目の前の戦士、バッタの様な仮面で顔を包み、首に赤いマフラーを巻き、腰には風車の付いたベルト、両手両足が銀色で体を走る二本の白いライン、深紅の複眼で自分を見つめる彼を………。
『仮面ライダー1号』の名を呼ぶ。
1号は、彼女に警戒の視線を送っている。
見ず知らずの女性が自分たちのヒーローメモリーの存在の事を知っているのもそうだが、なにより、最初に感じた彼女への“違和感”…。
『………私に何の用だ?』
「あ~……まあ、単刀直入に言うと……」
彼女はそう言うと、コートの裾をばさりと翻し………。
「あんたには眠っといてもらいたんや」
右手で素早くコートの中から取り出した、ハンドガンの銃口を、1号へと向けた。
トリガーが引かれ、激しく、通常よりも遥かに重い音を響かせて銃口から弾丸が飛び出す!
『!』
1号は素早く横に受け身を取り、銃弾を避けた。
自分の今いた場所を弾丸が通過し、遺跡の壁へと弾丸がめり込んだ。
この時、1号は彼女から感じた違和感をはっきりと理解した。
彼女から感じるもの、それは………“敵意”だと。
だが、同時に不思議にも感じた。
敵意をこちらに示している割には、彼女の表情は穏やかだ。 何も表情に出していない、無表情だ。
敵意は感じる、しかし、表情には一切出ていない…。
彼女の黒い瞳をした目も、穏やかな湖畔のように静かだ…。
それが余計に違和感を感じずにはいられない…。
(なぜだ………なぜここまで敵意を感じているのに、彼女はここまで穏やかなんだ………)
疑問が1号の中で渦巻く…。
しかし、それを断ち切るようにエネミーが再びハンドガンのトリガーを引いた。
ドンドン、と音を立てて放たれた二発の弾丸が、1号に肉薄する。
しかし…。
『トオッ!』
1号は自身の強化された脚力を生かしたジャンプで真上に飛び、銃撃を躱す。
そしてそのまま空中で前へ回転、彼女の背後へと着地すると彼女の動きを封じようと素早く振りかえるが…
「…っ!」
『ぐあっ!?』
それよりも早く、エネミーの左手が動いた。
彼女が左手に持っていたのはサーベルと呼ばれる片刃の刀剣。コートの下の右腰に備えていたサーベルを振り向きながら抜き放ち、横一文字に1号の体を切り裂いたのだ。
激しく体から火花を上げる1号、エネミーはそれで止まることなく、サーベルを二度三度と振るう。
しかし、1号もただやられてばかりではない。
二度目の斬撃を避け、三度目の攻撃は彼女の腕を受け止めて防御する。
「せっ!」
すぐさまエネミーが蹴りを撃ち込み、反撃するが、1号も蹴りでそれを受けとめ左の拳を彼女に打ちつけようと振りかぶる。
だが、その拳を放つ事は出来なかった…。
『………くっ』
それは、彼が今まで戦ってきた理由…。
人類の平和と自由のために、悪の改造人間たちと戦って来た彼にとって、今目の前にいるのはどう見ても普通の人間と何ら変わりがない。
それが、彼の反撃のチャンスを惑わせた…。
「…」
―――ズガガガン!
その隙を見逃すことなく、エネミーは至近距離で右手に持つハンドガンを連射した。
『ぬぅぅぅっ!』
受けて初めて分かる、今放たれた弾丸は通常のハンドガン以上の威力があった。
1号の体に走る激しい痛み、改造された彼には通常の銃の弾丸など大したものではないはずなのに、今の銃撃は彼の強化された皮膚を穿ち、彼にダメージを与えたのだ。
それほどの威力のあるハンドガンを操る彼女は何者なのか、再び1号の脳裏に疑問が浮かぶ。
数歩後ろへ後退した1号へ、再びエネミーが接近する。
左手に持ったサーベルを逆手に持ち、切りかかる!
しかし、この時、1号は初めて反撃行動に移った。
横合いから振られたサーベルの斬撃をとっさに受けとめ、そのまま柔道の一本背負いの如く、彼女を投げ飛ばす!
エネミーは投げ飛ばされるが、前転宙返りを切り、見事に着地して見せるが…。
『トオオッ!!』
追撃を撃ち込もうと、1号が右の拳を振るった。
強化された強靭なパンチが、彼女の顔面へと迫る。
エネミーはその一撃を上半身を動かして避け反撃の蹴りを放つが、1号はそれを防御し、後ろ回し蹴りで彼女を攻め立てる。
この時、1号はある事に気付いた。
なぜ、さっきは彼女に対する攻撃を躊躇していたのに、今こうして彼女を攻撃したのか……
(敵意を持っているのは、彼女ではない………“私”だ)
自分が彼女から敵意を感じた、そうではない………敵意を持っているのは自分自身だったのだ。
「別に驚く事やないよ」
まるで彼の意思を見透かしたように言ったエネミー、その目は先程と同じように静かで、穏やかなものだった。
「敵を作るのは……もう慣れとるからな」
その瞬間、彼女の背中から漆黒の翼が広がった。
エネルギーで形成されたようなその翼を見た瞬間、1号に中に再び激しい敵意が湧きあがった…。
なぜこんな感情が湧きあがるのかを考えるよりも、先に彼女が動いた。
自分の中の敵意を理解する事が出来ずに、1号は防御することもままならずに彼女のサーベルから放たれた三日月型のエネルギーの斬撃をもろに浴びてしまった。
「せええっ!」
『ぬあああっ!!』
エネミーの渾身の斬撃が1号を弾き飛ばした。
遺跡の古びた石の壁に激しく体を打ち付けた1号は地面に力なく倒れ伏した。
そして、1号の体を光が包み、元のヒーローメモリーに戻ってしまった…。
地面に転がったメモリーに近寄り、それを拾い上げるエネミー。
「…堪忍してや? これも、お仕事やねん…」
その時、彼女の手から僅かな電流の様なものが走り、メモリーに流れ込んだ。
メモリーの奥深くに、どす黒い靄の様なものが徐々に広がり始める…。
メモリーをコートの内ポケットにしまったエネミーは小さくため息を吐く。
「………ほんま、嫌になるわ、なんでこんな能力が残ったんやろう………」
彼女がエネミーと呼ばれる理由、それは彼女の能力…“敵だと認識させる能力”にある。
彼女はこの能力を正直、好んではいなかった。
今では、自分にとって仲間と言う意識を持ってくれているのはトランス達と、今の自分を創った、“彼”ぐらいだ。
確かに、“昔の自分”の事を考えると、この能力は当てはまったものだとは思う…。
ただ、やはり好きにはなれなかった…。
「…まあ、うだうだ言ってもしゃあないか…さっさとこれを教会に置きに行かなあかんし」
コートの下のポケットにある仮面ライダーのヒーローメモリーに視線を向けつつ、エネミーは遺跡を後にするのだった…。
目的は果たした、後はこれをリーンボックスの教会に置いてくるだけ…。
「さあ、このフラグ………あのお兄さんはどう回収するやろうかね?」
人当たりのいい笑みを浮かべた、エネミー。
遺跡を立ち去る時の彼女の背中には先程の様な漆黒の翼はなかった………。
その背中がどこか寂しげに見えた………。
いかがでしたか?
仮面ライダーのメモリーにエネミーは何をしたのか…
次回、波乱のライダーメモリー編、スタート!
それでは次回でお会いしましょう、それでは…