ガロさんとのコラボを果たした、牙狼編もいよいよクライマックス。
果たして、二人の魔戒騎士と司書は捕らわれた宗谷を救い出せるのか!
そして、終盤にはまさかの展開が…。
薄暗い部屋の中で二振りの刃が目の前に立つ何者かに細いながらも屈強な印象を与える銀色に輝く刃をまっすぐに伸ばしている。
その二振りの剣を握る、二人の魔戒騎士、稜牙と鋼牙は不気味な黒のドレスに身を包んだ女性にまるで狼の様な鋭い眼差しを向けている。
「………あの時の魔戒騎士………なぜ、ここに?」
「お前たちホラーの好きにはさせない、お前が世界を越えたっていうのなら俺もそれを追って世界を越える……それだけのことだ」
女性の問いかけに稜牙は答え、右手に握る剣を女性の首元にあてがう。
それに対し、女性は特に反応を示さず彼らに背を向けたまま動きを見せようとしない。
「………ここでなにをしていた?」
「………魔戒騎士なら……わかるでしょう……? 私達がどういう存在で………何をするのか」
「そうじゃない……俺が聞いているのは、その前にお前がやるという下ごしらえの事だ」
稜牙の隣に立ち、同じように長剣を向ける鋼牙が女性に質問し、目線だけを少し離れた位置でベッドに寝かされている宗谷の方へと向ける。
両手両足を鎖が付いた枷で拘束されている彼は、ただ眠っているように見えた。
苦しんでいるわけでも、もがいているわけでもなく、大人しく眠っているだけだ。
しかし、目の前に獲物がいるのにこの女性が何もしないはずはないと事前の情報で知っていた鋼牙は恐らく今現在、彼はこの女性が行うという下ごしらえを受けているのだろうと見越して問いかけたのだ。
「………」
しかし、それに対して女性は沈黙で返すのみだった。
「……答えるつもりはないか……」
「イストワール、今のうちにベッドにいる彼を……こいつは俺達が見張っておく」
「……わかりました、お願いします」
このまま沈黙を続けられていては埒が明かないと察した稜牙の指示にイストワールは首肯し、二人の横とその前に立つ黒のドレスの女性の隣を通り過ぎながらベッドの方へと向かう。
その時にちらりと見たが、鋼牙と稜牙の二人が刃を向けている女性の姿を改めてまじまじと見た時、イストワールは不気味さを感じずにはいられなかった。
やせ細った肢体は今にも折れてしまいそうで、黒のドレスに身を包んだその体は病的なまでに白く、床に付きそうなくらい伸びている髪とその間から覗く顔のぎょろりとした血走った目、それらすべてがこの女性の異常さを物語っているようだったからだ。
背筋に嫌な寒気を感じながら、イストワールはさっさと彼女の隣を通り過ぎて攫われた宗谷が拘束されているベッドへと近づく。
「宗谷さん、しっかりしてください!」
古ぼけた見た目のベッドの上に横たわる宗谷の横に急いで駆けつけたイストワールは両手で彼の体を揺すりながら声を掛ける。
しかし、いくら揺すっても、揺する力を強くしても反応がなく宗谷は一向に目覚める気配はない。
「宗谷さん! 起きてください! 宗谷さん!!」
呼びかける声を大きくするイストワール、しかしこれでも一向に目覚める気配はない。
イストワールの心中に不安が募っていく。
「………無駄」
不意に後ろの方で女性の声が聞こえた。
その声を聞いたイストワールが反射的に後ろを振り向く。
すると……。
「………え」
目の前に、ギラリと輝く刃が迫っていた。
突然の事態に反応しきれなかったイストワールは行動を起こすことが出来ず、その場で固まってしまった。
回避するのが遅れたイストワールを貫かんと、どこからともなく飛来した刃が徐々に彼女との距離を埋めていく。
このままでは、自分は串刺しになってしまう……頭でそう理解して、咄嗟に回避しようにも体がついていかない、動けたとしてもこの距離では間に合わない。
イストワールの背筋に先程とはまた違う、死の予感と言う絶対零度の寒気が駆け巡る。
―――ガキィィン!
しかし、聞こえてきたのは甲高い金属同士の衝突音だった。
「間に合った……」
「りょ……稜牙さん……」
音の正体、それはイストワールと彼女に向かって飛んでくる刃との間に、いち早くこの状況を察知して間一髪で割り込むようにして入った稜牙が握っていた長剣で刃を弾いたことによって発生した音だった。
「………ちっ」
「鋼牙さん!」
仕損じたと舌打ちをする女性にこれ以上の行動を起こさせないように、稜牙がすぐさま鋼牙に指示を出す。 鋼牙はその意志を受け取り長剣を両手で握り袈裟懸けに女性に向けて振り下ろす。
「………!」
だが、その一撃は途中で弾き返され、同時に鋼牙自身も壁際まで吹き飛ばされてしまった。
壁まで吹き飛ばされた鋼牙は何とか空中で体勢を整え、身を翻し、壁を蹴って衝撃を緩和してそのまま地面に着地する。
すぐさま視線を女性に向けた鋼牙、女性は鋼牙に向けてやせ細った腕を伸ばした体制でいる。
「邪魔を……するな……!」
女性が伸ばしていた腕を振るう。
その動きに合わせる様にイストワールに向かって飛んできた刃、刃の幅が広い両手剣が空中を駆け巡り、鋼牙に奇襲を仕掛けてきた。
「くっ……!」
自分に向かって飛んでくる両手剣を受け身を取って回避する鋼牙、床を転がった後、今先程鋼牙がいた場所に両手剣の刃が突き刺さる。
だが、両手剣は床から刃を抜くように再び浮遊するとまた鋼牙を狙って襲い掛かってきた。
横に回転しながら、ブーメランのように弧を描いて飛んでくる両手剣に鋼牙は今度は握っていた長剣を振りかざして自分に直撃する前に弾く。
それでも浮遊する両手剣の攻撃は止まらない、また弧を描いて戻ってくる両手剣を鋼牙は身を屈めたり、側宙を斬ったりなどで回避しつつ長剣での防御も交えて攻撃を防ぎ続ける。
「鋼牙さん! ……こいつ!」
長剣の攻撃に対し防戦一方の鋼牙を援護するべく、稜牙は右手の剣を逆手に持ち替え、女性に向けて駆け出す。 空いていた距離を埋め自分の攻撃範囲に女性が入った瞬間、稜牙は身を捻りながら跳躍し、そのまま横薙ぎに回し蹴りを放つ。
しかし、女性はその攻撃を身を屈めて回避する、だが稜牙はそのまま着地すると続けざまにまっすぐに正拳突きを撃ち込む。
空気を斬る音と共に、鋭く放たれた一撃が女性に迫るが女性はその攻撃を片手で受け流す。
「……せっ!!」
負けじと稜牙は回し蹴りを連続で放つが、女性はやせ細った体からは考えられないような身軽さで跳躍し、稜牙との距離を開ける。
「逃がすか! っ、がっ!?」
女性に追い縋ろうと稜牙は駆け出すが、突然不可視の衝撃が襲い掛かってきた。
衝撃波によって稜牙は後ろに吹き飛ばされるが、なんとか床に足をつけ、剣を床に突き立て、衝撃を受け流しながら後退する。
女性は稜牙の方に腕を伸ばした状態で髪の間から覗いた口をにやりと吊り上げる。
「………来なさい」
女性がそう呟くと、それに答えるように鋼牙に襲い掛かっていた両手剣が回転しながら女性の手元へと向かってきた。
女性は自分の元に跳んできた両手剣を片手で掴んだ、やせ細った腕からは考えられない力で巨大な両手剣を片手で握り悠々と振り上げた女性は切っ先を地面に垂らす。
「………あなた達………綺麗じゃない」
「……なに?」
「だから……斬り捨てる……!」
女性は稜牙と鋼牙の両方にそう言い放つと、両手剣を振り上げ、そのまま稜牙に向かって襲い掛かってきた。
ごうと鳴り響く空気の音、駆け抜ける幅広の刃が稜牙に迫る。 だが、稜牙は女性の剣撃を逆手に握っていた長剣で防ぐ。
刃越しに伝わる鈍重な重み、一体このやせ細った体のどこにこんな力が秘められていたのか不思議なほどに力強い攻撃をなんとか受け止めた稜牙は逆手に握っていた長剣を順手に持ち替えて半円を描くように両手剣の刃を受け流す。
さらに、稜牙は両手剣を押し返し、横薙ぎに剣を振るうが女性は身を翻して稜牙の斬撃を回避すると反撃とばかりに回転の勢いをつけ、稜牙の胴を切り裂かんと刃を振るう。
しかし、早々に稜牙もやられはしない。
女性の斬撃を後ろに回転しながら跳躍して躱す。
「っ!?」
だが着地したと同時に女性は両手剣を垂直に振り下ろし、稜牙を両断せんと攻撃してくる。
「ふっ……!」
だが、その攻撃を横から割って入った鋼牙が受け止めた。
「! 鋼牙さん!」
「お前も魔戒騎士なら気を抜くな、畳みかけろ!」
「……あぁ!」
鋼牙に叱咤され、稜牙は立ち上がる。
同時に鋼牙は切り結んでいた女性の両手剣を押し返し、自分の隣に並んだ稜牙とタイミングを合わせて次々に剣を振り女性を追い立てる。
二人の剣撃を女性は両手剣を軽々と振るって防ぐが、二人分の剣撃の勢いに押され気味になった女性の剣を稜牙が弾き返し、追撃とばかりに二人同時に蹴りを撃ち込んだ。
二人の蹴りを受けた女性は大きく後ろに吹き飛ぶ。
地面に転がる女性に、鋼牙と稜牙は並んだまま互いの剣を構えて女性を見据える。
「貴様、あいつに何をした……なぜ奴は目覚めない」
地面に膝をついた女性に再度鋼牙が問いかける、女性はそれに対し自身の体をゆっくりと持ち上げて髪の間から覗くぎょろりとした瞳を稜牙と鋼牙の二人から、宗谷の眠るベッドの隣に立つイストワールに向けた。
「………知りたいの………“愛”を………」
「愛……だって?」
『陰我を食い物にするホラーが愛とはな……一体どういうつもりだ?』
女性の言葉に耳を疑う稜牙に同意するように彼のザルバが口を挟む。
「……人を愛する気持ち……あの二人にはある……とても綺麗な、原石みたいな……」
「なっ……突然何を……!」
唐突に放たれた女性の言葉に動揺するイストワール、まるで見透かされたように言われたのが原因だろう。
イストワールの動揺に対して、女性は目もくれず片手で握る両手剣の切っ先をイストワールと宗谷に向けて話を続ける。
「でも、原石はまだ輝かない………片方が自覚していないから………だから、私が高ぶらせてあげるの………」
「何のために……?」
「………人の愛が高ぶる瞬間………それは、その相手と“交わった”時………」
「っ!?」
その発言に、イストワールは反射的に顔を赤く染め上げて息を飲んだ。
交わる、という言葉の意味を理解して上に聞いただけでこの反応とは、彼女はどれだけ初心なのだろうか…。
しかし、今はそれを気にしている場合じゃない。
女性の発言に集中するべく、頭を振って再度耳を傾けるイストワールに女性は話を続ける。
「その男は……まだ原石……愛する気持ちが形になり切っていない……だから、見せてあげてるの………夢を見せて、愛が高ぶる瞬間を………」
「それって………」
『なるほどな、どうやらこいつはその男に“淫夢”を見せている様だぜ?』
「い、淫夢………!?」
だから宗谷は目覚めないというのかとイストワールは信じられないと言いたげな表情を浮かべるが、実際に彼は何度呼びかけても、体を揺すっても反応がなかった。 相当に強固な術なのだろう。
しかし、なぜ彼女は愛に拘るのか、稜牙はそれが不思議に感じてならなかった。
目的があるのはわかったが、何のための愛なのか、それが一体何を意味するのか……稜牙か思考を巡らせる。
「………私は………愛を知りたい………だから、愛を高ぶらせる」
そして、女性が静かにそう呟く。
ぎょろりとした目を宗谷に向けたのち、生気の色がない唇から真っ赤な舌を覗かせてぺろりと唇の周りを舐めた。
「………そして、知りたいから………食べるの………愛の味は、おいしいから………」
そして告げられた女性の目的に、イストワールは今まで以上の戦慄を覚え、鋼牙と稜牙はやはりかと言いたげに目を細めた。
やはり、彼女は憑かれている。
人を喰いものにし、己の欲望を満たす陰我の獣、悪しき魔獣、“ホラー”に…。
「私の体になった女………愛を知らず、死んでいった………他人から蔑まされ、能無しと捨てられ、認められることなく………女としての幸せを知ることもなく、死んでいった………」
「それって………まさか、最後の魔卿の………」
彼女の話にイストワールは事前に調べていた魔卿館の言い伝えに合致する部分があることに気付いた。
ふと、女性の後ろに目を向けるとそこには暗がりではっきりとは見えないが一枚の絵画が壁に掛けられていた。
その絵画に描かれているのは一人の女性の様だった、暗がりで顔ははっきりとは見えないが来ているのは目の前にいる女性のドレスと同じ、黒色のドレスだった。
「そんな………もしかして、あなたは!」
「………死んで、骨だけになって、それでもこの女は求めたの………愛という感情を………自分が知ることのできなかった感情を………そして、私は知りたくなったの………愛の味を………誰かを愛し、もう二度と会えず、ここで死ぬという絶望と交わったその味は………とても、おいしかったわ………」
「………既に姿を消した人間はこいつのやり口に落とされ、喰われたのか」
「みんな……みんな……綺麗だった……夢の中で、自分の心にある女性と交わる……時には、一人………時にはたくさんの人と………そして、つぶやくの……“愛してる”……“離さない”……“最高に幸せ”……夢が覚めた時に、食べられるなんて知らずに……でも、それが死の絶望を最高においしくしてくれる……」
女性はそう言うと、再度宗谷に狙いを定めたかのように目を向ける。
「でも、そこの男は……まだ本当の愛を知らない……だから一番身近にいたあなたを使って………愛を知らせてあげるの………愛を知らなかった者が愛を自覚した瞬間………どんな味なのか、楽しみ……」
欲望に満ちた女性の言葉、この者は死んでいった魔卿館、最後の主の欲望を己の糧としてより甘美な絶望の味を味わおうとしているのだ。
人の、愛という気持ちを利用している。
その事に、稜牙は目の前にいる女性に対して、狂気じみたものを感じずにはいられなかった。
そして、それ故に許すことはできなかった。
(こいつは………絶対に逃がしはしない……! こいつの好きにさせれば、悲しむ奴が必ず出てくる………そんなことは………させはしない!)
このホラーは、人の気持ちを弄び、自分の欲を満たすために人を喰っている。
このままこの悪魔を、野放しにしておくわけにはいかない………人の大事な思いを、これ以上こんな魔物に利用させはしない。
稜牙が握っていた剣の柄を強く握りしめ、前に足を踏みだ―――。
「ふざけないで!!」
突然、部屋に響き渡った怒りの感情を滾らせた叫び、駆け出そうとした稜牙は反射的にその場で足を止めた。
その叫びの元に目を向けると、そこには自分が知る元いた世界の彼女では見たことがないような強い感情を込めた眼差しを浮かべて女性の事を睨み付けているイストワールの姿があった。
『……あの女、あんな顔も出来るんだな』
彼女らしからぬ言葉遣いで言い放った言葉と表情に稜牙のザルバは途惑うような態度を見せた。
そんなザルバの呟きをよそに、イストワールは女性と向かい合う。
「……人を愛する気持ちが……あなたなんかに理解できるはずがありません」
「………」
イストワールの言葉に、女性が言葉ではなく反感の意思が籠った眼差しを向けてくる。
だが、イストワールはそれに臆することなく彼女を睨み返して言葉を続ける。
「愛っていうのはそんな軽々しく、簡単に済まされる様な言葉じゃ……感情じゃない! ……もっと、難しくて、悩んで、不安で、心配になって、でも果てしなくその人の事を思ってしまう……なによりも大切で、失いたくないと思ってしまう感情なんです……あなたみたいな人では、そのことを絶対に理解することはできません!」
「………煩い女………」
女性はイストワールの言葉に気に入らないと言いたげな表情を浮かべると、両手剣を宙に浮かべてそのまま最初の一撃の時と同じように彼女に向けて両手剣を飛ばす。
「させるかぁ!!」
しかし、その攻撃を稜牙と鋼牙の二人がすぐさま彼女の前に立ち、互いの剣を交差させて真正面から両手剣の一撃を正面から受け止め、弾き飛ばす。
弾き返された両手剣は回転しながら宙を飛び、女性の足元に突き刺さる。
「……俺はホラーを狩るばかりで、愛っていうのはよくわからない……だが、それでもそれがどれだけ大切な気持ちなのかは知っているつもりだ……人を思う気持ちの重さを……だからこそ貴様らホラーに喰わせはしない! 守りし者として、人と、その人の持つ思いを、俺は守る!!」
自身の剣を握り絞める剣を構えて女性にそう言い放つ稜牙。
その姿を隣で見ていた鋼牙は一度目を伏せると、今度は後ろのイストワールに視線を向ける。
「……俺達にも譲れない物がある……お前にも譲れない物があるなら、“自分の力で取り戻せ”……」
イストワールにそう告げた鋼牙、その言葉にイストワールは一時の間を置いたのち、すぐさまこくりと頷いた。
人を愛する気持ちを食い物にする魔物に、負けはしない。
自分は誰かのために戦い続け、誰かを思うあまりに傷ついた目の前の彼を、自分が守ると決めた…。
守る彼を、支え、そして自分も守る。
だから絶対に、彼を救いたい………いや、救ってみせる。
意を決したイストワールは徐にベッドの上に乗ると、宗谷の傍に近寄り、その顔を覗き込むように見つめた。
彼女の行動に、女性は何のつもりかと言いたげな目を向ける。
そして、イストワールは一度深く深呼吸をしたのち、宗谷の顔をじっと見つめた。
目を瞑り、死んだように眠り続ける宗谷、これ以上あの悪魔の夢に彼を捕らわせはしない。
「………宗谷さん、目を……覚まして………」
その言葉の後、イストワールは目を瞑り、自分の顔を彼に近づける。
ゆっくりと近づいていく、二人の顔の距離。
そして、その距離が限りなくゼロになった時、イストワールと宗谷の唇が―――。
揺らぐ意識の中、目の前にいる今までに見たことがない彼女の姿に宗谷は戸惑いながらも抵抗することが出来なかった。
彼女と体が触れ合うたびに、頭の中で何かがスパークしそうになる。
だが、彼の中にある理性が無意識の内にそれをせき止めていた。
これはダメだ、こんなことはいけないんだ、彼の中の理性が危険信号を発しているのが直感的に理解できた。
しかし、次第にその理性のような物が薄れてくるのを彼は感じていた、現に今、今までに見たことのない妖艶な笑みを浮かべている一糸まとわぬ姿のイストワールに対して、抵抗することが出来ない。
徐々に近づいてくる彼女の顔、このままこの距離がゼロになった時、自分はこの頭の中で今にも弾けそうなスパークの意味を理解するのだろうか…。
理解した瞬間に戻ってくることが出来なさそうな、この感覚の意味を……。
だが、不思議と自分の意識が揺らいでいくうちにその感情に対しての抵抗が薄まっていき、次第に受け入れてもいいんじゃないかとさえ思えてきた。
(……俺は……どうなって……)
薄れゆく意識の中、遂に宗谷はその意識を手放そうとした……。
自身の身体が底なしの沼に落ちていくような、そんな錯覚と全身の熱が高くなっていくのを感じながら宗谷は目を伏せる…。
―――宗谷さん………。
「!!」
頭に突然響いた声に、宗谷は閉じかけた目を見開いた。
……今の声は……。
脳内の中で流れたその声を、宗谷は反復するように繰り返す。
聞こえた瞬間に感じた、安心感と、優しい気持ち、そして……息を吹き返したかのように高鳴った自身の心臓……。
その声によって薄らぐ意識の中から脱却した宗谷は、覚醒した状態で目の前のいるイストワールを見つめた。
そして、
「………違う」
すべてを、理解する。
「お前は……あの人じゃない!!」
これがすべて、幻だということに。
「消えろ、この不健全な………偽物!!」
宗谷の強い叫びに、周りの景色がひび割れる様に亀裂を作っていき、爆発を起こしたように宗谷のいた空間が弾けた。
視界に広がる、眩い光の中、宗谷は意識がどこかに吸い寄せられるような感覚を感じた。
その感覚に宗谷は強制的に意識を失う、この時、先程の様な不安な気持ちや揺らぎはなく、宗谷の中にあるのは安心感という優しい気持ちだった。
そして、次に目を覚ました時に見たのは………。
優しい虹色の光の中で自身と、その唇に己の唇を当てている大事な相棒の姿だった。
それがどういう行為なのかを、宗谷は理解している。
だが、慌てるようなことはなかった……。
むしろ、宗谷はその行為を………本物のイストワールとのキスを、受け入れていた。
「そんな………! こんなことが…!」
目の前で起きていることに、女性は驚きを隠せなかった。
イストワールが宗谷に口づけを交わした瞬間、自身の夢の中に捕えていた宗谷の意識が突然覚醒したのだ。
そして、今、二人の姿は眩い光に包まれて視認することが出来ない。
一体、何が起きているのか理解が出来ないと言いたげな女性、しかし次の瞬間、その答えを彼女は目の当たりにすることとなる。
ベッドの上で輝きを放っていた光が、弾け飛んだ。
そして、その中から………一人の戦士が立ち上がった。
全身を覆う赤の装甲、背中に携えた二翼の機械の翼と一振りの深紅の剣。
顔を覆う仮面に輝くVの紋章と、胸のXの紋章が力強い輝きを放つ。
「………待たせたな、おかげでいい夢見れたぜ………この野郎」
魔獣の夢から覚醒した戦士、クロス・ヴィクトリー フォーチュン・リンクがベッドから降りてそう言い放つ。
ゆっくりと女性の前に躍り出るクロス・ヴィクトリーに女性は途惑うような仕草を見せながら両手剣を構える。
「そんな………なぜ………こんなこと……!」
「よくもあんな不健全ないーすんを見せてくれたな? ……お前、覚悟しろよ?」
「くっ!!」
クロス・ヴィクトリーの言葉に警戒を強める女性、そこに稜牙と鋼牙の二人が彼の両隣に並び立つ。
「お前がこの世界のイストワールが言っていた、宗谷か……話は聞いてるぜ?」
「………あんたが、叢雲 稜牙だな」
「え? 俺のこと知ってるのか?」
「ああ、さっきいーすんが教えてくれたんだ、俺がいない間いーすんのこと守ってくれてありがとうな」
クロス・ヴィクトリーはそう言うと胸のXのシンボルに手を当てて稜牙にお礼を言う、それに対し稜牙は口元に微笑みを浮かべ、気にするな、と言って返す。
「………それに、あなたにも感謝してるよ……鋼牙さん」
反対側に立つ鋼牙の方にもお礼を言うクロス・ヴィクトリー、合体する際に情報を共有したことによって彼の存在をイストワールから知らされていた宗谷は尊敬と敬意の念を込めて彼を見つめる。
すると鋼牙は返答を返すこともなく、右手に握った剣を女性に向けて構える。
「無駄話は後にしろ……だがちょうどいい、お前が選ばれた者なら、その力ここで見極めさせてもらう……まずは、奴だ」
「ああ、そうだな………」
三人は並び立った後、再び女性の方へと視線を向ける。
それに対し、女性は強い怒りを目に浮かべて彼らを睨み付け細い腕に力を込めて地面に突き刺さった両手剣を乱暴に引き抜いた。
「許さない……絶対に、許さない!!」
怒りの声を上げたと共に、女性の身体が闇に包まれる。
漆黒のドレスを弾き飛ばし、その肉体を人間の物からおぞましい魔獣の姿へと変貌させる。
右の半身を青銅の鎧に包み込み、左側の半身を醜くミイラ化したような獣を思わせるアンバランスな体と馬の形を象ったかのような兜と凶悪な印象を持たせる目を持った怪物へとその姿を変貌させた女性。
この姿こそ、彼女の、ホラーとしての姿………“エムープサ”の正体である。
だが、その姿を目の当たりにして三人は怯む様子を見せない。
むしろ、戦意を込めた眼差しを向けてエムープサを睨み付けていた。
「………鋼牙さん、俺達も」
「ああ………ついでだ、見せてみろ………お前の覚悟の刃を」
そう言って前に出た稜牙と鋼牙は鋭い眼差しをエムープサに向けた後、握っていた剣を構えたのちその刃を天高く突き上げた。
“ソウルメタル”と呼ばれるホラーを斬ることに特化した剣が輝き、二人は自分の真上にその刃の切っ先で光り輝く“輪”を作る。
それをゲートにしたように、二人の真上にできた光の輪から黄金に輝く何かが降りてきた。
そしてそれは稜牙と鋼牙の周りに浮遊するように浮かんだのち、けたたましい音を立てて二人の体に“鎧”として覆いかぶさった。
二人の体に装着されたのは、金色の狼を思わせる“鎧”。
右手に握る長大な剣、獲物を狩る獣の本能をむき出しにしたかのような目、鋭く輝く牙。
黄金の鎧に身を包んだ二人のこの姿こそ、“黄金騎士”の名を受け継ぐ者の証だ。
鋼牙は緑の瞳をした、すべての原点であり、その力を最も発揮してきた騎士の姿、“黄金騎士 牙狼”に…。
稜牙はその牙狼の鎧に所々鋭い装飾を加え、琥珀色の目をした騎士、“黄金騎士 牙狼・翔”へと姿を変えた。
牙狼の鎧を身に纏った二人は、互いの武器となる長剣、“牙狼剣”を構えるとまっすぐにエムープサを見つめる。
そして、その間に立つクロス・ヴィクトリーもまた同じように赤剣を引き抜き身構える。
「貴様の陰我………俺達が断ち切る!!」
「さあ、ゲームスタートだ………コンティニューは効かないぜ!」
一振りの赤の刃と二振りの黄金の剣を構えた三人の戦士が並び立ち、魔獣と対峙する。
エムープサはこの世の物とは思えない叫び声を上げて右手に握る両手剣を振り上げて三人に襲いかかってくる。
それに対し、まず最初に仕掛けたのはクロス・ヴィクトリーだった。
徐に前に出たクロス・ヴィクトリーにエムープサが右手に握り絞めた両手剣を軽々と振り上げ、袈裟懸けに振り下ろす。
それに対し、クロス・ヴィクトリーは背中に納めていた赤剣を両手で握り、下から上にはね上げるようにしてエムープサの両手剣の刃を迎え撃つ。
響き渡る重厚な金属音、強烈な音と共に互いの剣を切り結ばせた両者はそのまま互いの剣を縦横無尽に駆け巡らせ剣をぶつかり合わせる。
互いに一歩も揺らずに剣撃を続ける両者、しかし、ここでクロス・ヴィクトリーが動いた。
「いーすん!」
『はい! スキルリンク発動します!!』
『Skill Link! Sword art online』
スキル ソードアート・オンラインを発動し、己の剣技に変化をつける。
切り結ぶ互いの刃を離し、さらに勢いを増した赤剣の刃を翻して、エムープサの攻撃を迎え撃つ。
同時のタイミングで刃を弾き、離したクロス・ヴィクトリーとエムープサ、反撃とばかりにエムープサが素早く刺突を放つ。
しかし、クロス・ヴィクトリーはその一撃を冷静に見極め、自分に直撃する前に赤剣の刃を横薙ぎにぶつけて攻撃を反らし、そのままぐるりと体を回転させて勢いをつけたまま横薙ぎにエムープサを切り付ける。
エムープサは切り付けられた腹部を抑えて後退する。
「へぇ、やるなあいつ……これは、負けていられないな」
そこに、後ろで待機していた牙狼・翔が牙狼剣を構えて跳躍し、クロス・ヴィクトリーの上を飛び越えて牙狼剣を振り下ろす。
黄金に輝く剣閃が怯んだエムープサを袈裟懸けに切り付け、さらに続けざまに横薙ぎに牙狼剣を振るいエムープサをすれ違いざまに斬る。
エムープサは攻撃を受けながらも、反撃しようと振り返り両手剣を振るうが牙狼・翔は後ろを向いた状態のまま横一文字に振るわれた両手剣の一撃を縦に構えた牙狼剣で防ぐ。
「せぇらっ!!」
そこにクロス・ヴィクトリーが飛び回し蹴りを撃ち込み、エムープサを横に蹴り飛ばす。
「行くぜ、異世界の牙狼……稜牙!」
「……おう、遅れるなよ……宗谷!」
二人並んで剣を構えたクロス・ヴィクトリーと牙狼・翔は同時に駆け出し、吹き飛んだエムープサに迫る。
だが、エムープサは素早く立ち上がると青銅の鎧に包まれた右腕を前に突き出して、強烈な衝撃波を放つ。
真正面から駆け出した二人はエムープサの衝撃波を真正面から受けてしまい、後ろに大きく後退する。
床を転がるクロス・ヴィクトリーと牙狼・翔、エムープサは好機を逃すまいと両手剣を構えると素早く刃を振り下ろし強烈な衝撃波を斬撃と共に二人に向けて飛ばす。
殺到する強烈な斬撃の衝撃波、咄嗟に二人は互いの得物で防御しようと試みる。
「ハッ!!」
だが、その衝撃波は二人に直撃する前にもう一人の手によって掻き消されることとなった。
迫りくる衝撃波を横薙ぎに断ち切ったのは、クロス・ヴィクトリーと牙狼・翔の前に割り込んだ牙狼の牙狼剣による凄まじい勢いの斬撃だった。
横に牙狼剣を振り抜いた体制で立つ牙狼は緑色の瞳でエムープサを見据える。
「鋼牙さん……悪い、また助けられちまったな」
「いつまで寝ている……来るぞ」
鋼牙の言葉通り、エムープサが両手剣を両手で構えて三人に向かって突撃してくる。
「………!」
振りかぶって勢いをつけたエムープサの両手剣を、牙狼は真正面から受け止める。
ぎりぎりと鍔是りあう両者の剣、交差した刃の部分から火花が散り、エムープサと牙狼は横に走り出し、そのまま部屋の壁を突き破って隣の部屋へと飛び込む。
そのままどちらからともなく刃を離した両者は互いに距離を離し、睨みあう。
沈黙が両者を包み込む。
目の前の敵を見据え、剣を握る力を強める…。
そして、先に動き出したのはエムープサだった。
跳躍し、身を翻しながら両手剣を振るい牙狼に切りかかる。
それに対し、牙狼は剣を正中に構え、エムープサが迫りくるタイミングに合わせて刃をまっすぐに構え、すれ違いざまに刃を振るう。
すれ違う両者、響く一閃の剣撃の音。
互いに剣を振り抜いた体制で背中を向き合わせた牙狼とエムープサ…。
再度まわりを包み込む静寂、互いに動きを見せずに動きを止める…。
―――ガシャン。
その音と共に、牙狼が腕を下ろした。
そして、先に体勢を崩したのは………エムープサだった。
うめき声を上げて膝をつくエムープサに、牙狼が振り返り再度牙狼剣を構える。
そこに、クロス・ヴィクトリーと牙狼・翔の二人が合流し、エムープサを見据える。
「とどめを刺すなら今だ、鋼牙さん!」
「合わせろ……稜牙!」
並び立った二人の牙狼は互いの牙狼剣を横向けに構え、もう片方の手である物を取り出した。 それは魔戒騎士の証であり、ホラーを見定めるためにその中に魔界の炎を溜めたライター型のアイテム、“魔導火”。
取り出した魔導火から灯した深緑の炎を牙狼と牙狼・翔は牙狼剣の刃に纏わせる。
それを合図にしたかのように牙狼剣だけでなく、両者の鎧にまで炎が灯り、二人の黄金騎士はその黄金の鎧に炎を纏う。
これは、魔戒騎士の奥義の一つ………“烈火炎装”。
魔界の炎を身に纏った二人の黄金騎士はその炎を牙狼剣へと集中させ、身構える。
そして………。
“烈火双炎装!!”
タイミングを合わせ、牙狼・翔は横薙ぎに、牙狼は縦に牙狼剣を振るい魔界の炎を纏わせた強烈な剣圧を繰り出す!
放たれた炎の剣撃は空中で十字型に交差し、一直線にエムープサへと向かっていく。
その強烈な一撃に、エムープサは咄嗟に防御態勢を取ろうとする。
だが、防御のために構えた両手剣の刃に十字型の炎の剣撃が直撃した瞬間、そのあまりの衝撃故かエムープサの手から弾き跳び、壁に突き刺さった。
そして、十字の炎はそのままエムープサの体を切り裂き、そのおぞましい体を焼く!
もだえ苦しむエムープサ、まだ止めを刺しきっていないのか苦しみながらもエムープサは三人を睨み付けている。
だが、これで終わりにする…!
「こいつで………終わりだ!!」
クロス・ヴィクトリーが叫び、赤剣を構える。
「フィニッシュブレイクだ!! いーすん!」
『了解しました! これで決めましょう!!』
赤剣を右手に、そして白い細剣を左手に出現させたクロス・ヴィクトリーはそのまま勢いをつけて駆け出し、背中のウィングを展開させて飛翔する。
そして、両手の剣を交差させたクロス・ヴィクトリーはそのまま竜巻の如く回転し、魔界の炎に焼かれるエムープサに向かっていく!
「『X・レイ………ブレイザぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!』」
クロス・ヴィクトリー フォーチュン・リンクの必殺技、X・レイ・ブレイザーを発動したクロス・ヴィクトリーはそのまま目の前に立つエムープサに向かっていき………立ち尽くす、エムープサの体を、貫いた。
エムープサの断末魔にも似た叫びが部屋に響き渡る、エムープサに止めの一撃を繰り出したクロス・ヴィクトリーは床に足をつけた体勢のまま、息を吐く。
彼の背後で、エムープサが仰向けに倒れる。
力なく腕を天井へと伸ばすエムープサ、次第にその腕が醜悪な魔獣の物から人間の姿だったか細く、白い腕へと変化する。
床に倒れる黒いドレスの女性、彼女は髪の間から覗く目を天井に向けてかすれ気味の声を何とかといった具合で喉から絞り出した。
「……わ……たし、も………だれ……かに…愛…して……ほしかっ……た………」
それは、ホラーのエムープサとしての言葉なのか…。
それとも、無念の思いで死んでいった魔卿の最後の後継者としての彼女の言葉だったのか……。
その言葉を最後に、ホラー、エムープサは消滅した…。
魔卿の怨念の噂は、その魔卿に受け継がれていた両手剣を残して、終わりを迎えたのだ………。
「………世話になったな、稜牙」
事件が終わり、魔卿館が建つ森の中に月の光が差し込む頃、一連の事件の発端となった紛れ者のホラーを追って世界を飛び越えてきた魔戒騎士、稜牙を見送るべく宗谷とイストワール、そして鋼牙は森の開けた場所へと来ていた。
「気にするな、もとはと言えば俺が奴を逃がしたのが原因だ……そのせいで、お前たちに迷惑をかけたんだ、謝るのはむしろ俺の方だ」
「……いいや、そんなことないよ」
申し訳なさそうな表情を浮かべる稜牙に宗谷は首を左右に振ってそう言うとちらりと隣にいるイストワールへと目を向ける。
「お前がいなかったら俺も…そして、いーすんも今頃ここにはいなかったかもしれない…本当に、感謝してるんだ」
「いや、でも……」
「それに……俺はお前に会えて、良かったと思ってる」
宗谷はそう言うと稜牙に向けて自分の手を差し出す。
「こうして、また友達が増えたんだからな」
「………友達、か?」
「ああ……もう俺達は友達だ……“絆”っていう、繋がりでリンクしてる……時に力になり、時に励ましになる、掛け替えのない大切な繋がりで繋がってる……少なくとも俺はそう思ってるぜ?」
宗谷の言葉に、稜牙は一瞬、呆気にとられたような表情を浮かべるがすぐに口元に笑みを浮かべた。
「お前、変わってるな………変わってるけど………いい奴だ」
そう言うと、稜牙はその手を握り返した。
固くがっちりと握手を交わす宗谷と稜牙、その姿を見て宗谷の隣にいたイストワールが微笑みを浮かべる。
それに気づいた稜牙は、握っていた手を離すと今度はイストワールの方に視線を向ける。
「……稜牙さん、ありがとうございます……それに、鋼牙さんも」
「……構わないさ、俺は守りし者としての役目を果たした……それだけだ」
「………ふん」
イストワールの言葉に、稜牙と鋼牙はそれぞれの反応を示す。
鋼牙は相変わらず不愛想だが、稜牙はその代わりと言いたげにイストワールに向き合い、隣にいる宗谷にちらりと視線を向けてから笑顔を浮かべる。
「……まあ、なんだ……頑張れよ」
「っ!………はい」
稜牙の言葉に、反射的に頬を朱に染めたイストワールだがすぐにまっすぐに稜牙を見つめ、頷き返した。
彼の言った、頑張れよ、という言葉がどう意味かを理解した様だ。
稜牙の方も、あの一連の騒動の際の彼女の行動で、彼女の胸の内の心を理解したようである。
(愛……か……)
彼女にとって、この感情こそが強さなのかもしれない………そんなことを考えながら稜牙は次に鋼牙の方へと視線を向ける。
「……噂通りの腕だった……やっぱりあんたはすごい人だよ、鋼牙さん」
「………」
稜牙の言葉に鋼牙は相変わらず不愛想な表情を浮かべるだけ……かに思われたが……。
「………お前の決意なら………いずれは俺を越えるかもな」
「………え」
予想だにしない彼の言葉に、稜牙は一瞬呆気にとられもう一度聞き返そうとするが…。
『稜牙、そろそろ時間だ』
ザルバがそれを止めた。
ザルバの発言合わせてか、稜牙の足元に巨大な魔方陣の様な紋様が浮かび上がる。
そして、その光が稜牙の視界を覆った瞬間、彼の身体は不思議な浮遊感に包まれ、視界が一気にホワイトアウトしていく。
それが何を意味するのかを理解していた稜牙は、皮肉気に口元に笑みを浮かべる。
「………お別れか………じゃあな、宗谷、イストワール」
「おう、またどこかで会おうぜ……稜牙」
「いつかまた……」
互いに別れの言葉を交わした三人、それを最後に稜牙は魔方陣の光に包まれ、姿を消した……。
「……異世界の牙狼、叢雲 稜牙か……あ、そうだ! 鋼牙さん!」
彼との別れを惜しむようにそう呟いた宗谷は鋼牙の事を思い出し、咄嗟にさっきまで彼がいた方に目を向ける。
だがそこには既に鋼牙の姿はなかった。
「あれ? 鋼牙さんは………?」
彼はいったいどこに行ってしまったのかと、首を傾げる宗谷だが不意に何かに気付きジャケットからV.phoneを取り出した。
そして、画面を操作していくと………。
「これは………牙狼の」
そこには、新たなスキルリンクが追加されていた。
金色の狼を象ったアイコンが表示されているそれが、牙狼のスキルだということを宗谷は直感的に理解した。
「………認めてくれたって、ことなのかな………俺、今回いいところあんまりなかったけど」
苦笑いを浮かべながらそう言った宗谷はV・phoneを再びポケットに仕舞った。
「……せめてお礼くらい言わせてほしかったな」
「……きっと、鋼牙さんともまた会えますよ」
そういう宗谷の隣に立つイストワールが彼にそう告げる、確かにヒーローメモリーのヒーローたちは以前に彼に手を貸してくれたことがある。
その事を考えたら何かの拍子にもしかしたら、またどこかで彼とも出会えるかもしれない。
それなら、お礼はその時に持ち越しかな、と宗谷は思いながら隣にいるイストワールへと目を向けた。
そして、どこか恥ずかしそうに頬を掻きながら彼女の事を見つめる。
「あのさ………いーすん」
「は、はい……なんでしょうか」
「………」
「………」
声を掛けたはいいが、その先が出てこない。
なぜか互いを意識するように目線を反らす宗谷とイストワール。
その頬は二人とも同じくらいに赤く、妙に目を合わせづらい雰囲気を放っている。
沈黙が二人を包むこと数分…。
「か、帰ろうか……」
「………そう、ですね」
二人はそのままどこか妙な雰囲気を保ったまま帰路に就くために歩き始めた、穏やかで優しい月の光が宗谷とイストワールの二人の足元を照らす。
ほのかに照らし出される足元を見つめながら歩く二人、その足取りはどこかぎこちないように見える。
「………あの、宗谷さん」
ふと、イストワールが宗谷に声を掛けた。
ほんのりと頬を染めて、視線が左右に泳いでいる。
彼女の呼びかけに宗谷は視線を彼女の方に向ける。
「……その……あの時の……ことなのですが…」
「………あ、あぁ」
彼女の言う、あの時の事……それが何を意味しているのか、宗谷には理解できてしまった。
自分がエムープサの淫夢に捕らわれていた時、イストワールが宗谷にした行為、あのキスの事だ。
彼女の言わんとしたことが理解できた宗谷は、どこか恥ずかしそうに視線をそらす。
「あの………あれは……その………わ、私の………」
何かを言おうとしてはいるが、うまく言葉にできないのかイストワールは口ごもる。
しかし、しばらくして意を決したのかイストワールは大きく深呼吸をして、ぎゅっと自分の手を握り絞めるとイストワールは宗谷に向き直り、彼の事をじっと見つめた。
心臓が高鳴る、顔が熱い、息が苦しい…。
でも、伝えたい…。
伝えたくなってしまった、この思い…。
もうひた隠しにすることが出来ない程に、溢れそうなこの思いが彼女を後押しする…。
「私………私は……宗谷さん……あなたが……あなたの……ことが……」
そこまで言った時だった。
「………いーすん、ちょっとタンマ」
「………え?」
イストワールがその先を言うのを、宗谷は咄嗟に止めた。
呆気にとられるイストワールに、宗谷は下に俯いて右手を伸ばして彼女の言葉を制止させる。
表情は読み取れないが、その顔はイストワールに負けない程に赤い。
「………あの、その先を言うのは………もうちょっと、待ってくれないか……今言われると俺、どう答えていいかわからなくなっちゃいそうだから」
宗谷はそう言うと、伸ばしていた手をゆっくりと下ろして頬を真っ赤に染めて顔を上げてじっと彼女の事を見つめた。
「………ちょっと考えさせてくれ………俺の本当の気持ちを、確かめたいんだ………だからちょっと待っててくれ……ないかな?」
宗谷の頼みに、イストワールは呆然とした状態で立ち尽くすが………しばらくして、はぁ、と悩まし気にため息をついた。
「……このタイミングでそれって……宗谷さんの、ヘタレ」
「うっ………返す言葉もない」
「………でも」
イストワールはそう言うと、口元に微笑みを浮かべた。
「………ちゃんと聞かせてくださいね、宗谷さんの答え………それまで、待ってますから」
「………ああ、そんなに待たせはしない」
………この日、俺の心の中に“ある想い”が生まれそうになっていた。
いかがでしたか?
いやぁ…まあ、はい、ここまで来たなって感じですね、あの二人。
というわけで、次回はこのお話の後日談。
この事件を通して、彼女へ特別な感情を抱いていたことを自覚した宗谷、だが、その答えをはっきりとさせるべく宗谷は迷うこととなる。
そして、次回はそれだけでなく………ある人物が本格的に動き出す!?
それでは次回でお会いしましょう…。