死に損ないの二人が見つけた目一杯の祝福   作:丸尾裕作

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エラン・ケレス(5号)はノレアのスケッチを描いた場所を巡っていた。

そして、とある場所で…。


また会えたね

 ノレアは目の前の風景をスケッチしていた。

 風は草を揺らし、遠くでさぁーと鳴る。

 地平線は、どこまでも続くような荒涼とした大地だった。

 かつての戦火も、血と硝煙の匂いも、今は遠い記憶だ。

 だか、ノレアの戦争はまだ終わっていない。

 ノレアはその辛さをかき消すように、キャンバスに絵筆を走らせている。

 

 

 いまだ忘れない傷を癒すため。

 自分の失ったものに痛みを堪えるため。

 彼女の目は、絵の具のにじむ色にしか向けられていない。

 まるで世界のすべてをそこに閉じ込めようとするかのように。

 

 

「君は……ここにいたんだね。」

 

 

 エランの声が、風に乗り、彼女の背中に届く。

 ノレアは振り向かない。

 脇目も振らず、筆を動かし続ける。

 その態度は、まるで彼の存在を拒むかのようだった。

 だが、エランにはそんなことなどお構いなしだ。

 

 

 彼はわざとらしく声を張り上げる。

 

 

「場所くらい書いとけよな」

 

 

 風の音にかき消されないように。

 いや、彼女の心の壁を突き破るように。

 エランの声には、どこか必死な響きがあった。

 まるで、ノレアに届かなければ自分が消えてしまうとでもいうように。

 

 彼は無意識に笑顔を作る。

 柔らかく、どこか寂しさを帯びた笑顔。

 だが、ノレアはその顔を見ていない。

 おかげで、エランの笑顔がこの宇宙で一番優しいことを、誰も知る由もない。

 いや、知る必要もないのかもしれない。

 エラン自身すら気づいていないのだから。

 

 

「全く苦労させやがって」

 

 

「……私に何か用か、死に損ないのクソスペーシアン」

 

 

 ノレアの声は刺々しい。

 だが、その言葉の端には、ほんの僅かな揺れがあった。

 

 

 彼女の手は一瞬、筆を止める。

 エレンはその小さな変化を見逃さない。

 

 

「あのさ」

 

 

「聞きたくない」

 

 

 ノレアの声は鋭く、まるで刃物のように突き刺さる。

 だが、エレンは怯まない。

 

 

 彼は一歩、彼女に近づく。

 風が彼の髪を揺らし、埃っぽいジャケットの裾をはためかせる。

 

 

「せっかく運命が僕らを巡り合わせたってのにさ」

 

 

「何が目的だ。私はもう、お前に興味なんてない」

 

 

 ノレアの言葉は冷たい。

 だが、エレンはその冷たさの裏に、彼女が隠している何かを感じ取っていた。

 かつてのノレアなら、こんな言葉を吐く前にナイフを突きつけていただろう。

 なのに、今の彼女はただ、絵を描いている。  

 まるで、それだけが彼女の居場所だとでもいうように。

 

 

「言わせてくれよ」

 

 

「とっとと失せろ。私たちは何の関係もないだろ」

 

 

「――僕たちは、行くあてもない似た者同士だろ?」

 

 

 その言葉に、ノレアの肩がわずかに震えた。  

 彼女の手が、キャンバスに描きかけの線を乱す。

 

 

エレンはそれを見逃さない。

 彼はさらに一歩、踏み込む。まるで、彼女の心の隙間に滑り込むように。

 

 

「……それ以上近づくな」

 

 

 ノレアの声は低く、危険な響きを帯びていた。  

 だが、エランは笑みを崩さない。

 まるで、彼女の怒りすら愛おしいとでもいうように。

 

 

「前みたいに殺しにかかってきたらどうだ? 随分、女の子らしくなったじゃないか。」

 

 

 その瞬間、ノレアの拳が風を裂いた。

 

 

「うるさいっ!」

 

 

 ぶん、と振るわれた拳はエレンの頬をかすめるだけで止まる。

 本気ではない。

 いや、本気を出せなかったのだ。

 

 

エランはそのことに気づいてしまう。

 

 

 その瞬間、ノレアもまた、気づいてしまう。

 エランが笑っていたことに。

 そこに、かつての戦場では見せなかった、

 柔らかく、どこか壊れそうな笑顔があることに。

 

 

「……どうしたんだ、ぼーっとして。」

 

 

 エランの声は、可愛い女の子のわがままを愛する王子様のようなからかった笑顔を見せる。だが、その目には、ノレアを逃がさないという決意もあった。

 

 

ノレアは、はっとしたように彼の顔を見る。

 彼の瞳にも怒りと、戸惑いと、そして何か――言葉にできないものが詰まっていることに気づいてしまった。

 

 

「困ったことに、僕も行くあてがないんだ」

 

 

「……そんなこと、私の知ったことじゃない」

 

 

 ノレアは顔を背ける。

 だが、その声は震えていた。

 ほんの少し、だが確かに。

 彼女の手は、絵筆を握りしめたまま、動かない。

 風が再び草を揺らし、二人の間に沈黙が流れる。 

 エランは、ノレアの背中に視線を落とす。そこには、かつての戦士の姿はなく、ただ、行き場のない魂がそこにいるだけだった。

 

 

「なあ、ノレア」

 

 

エランの声は、風に溶けるように柔らかかった。

 

 

「僕ら、死に損なった者同士だろ。この宇宙で、どこに行ったって、僕らみたいな奴に居場所なんてない。でもさ……」

 

 

 彼は一瞬、言葉を切る。ノレアの背中が、ほんの少しだけ彼の方を向く。

 

 

「君の絵を見て思ったんだ」

 

 

 ノレアは答えない。

 だが、彼女の指先が、ゆっくりと絵筆を動かし始める。

 そこには、戦場の灰ではなく、どこか遠くの空の色が広がっていた。

 

 

「君の見る景色を横で見たいってね」

 

 

 エランは髪をかきあげて、ノレアの目の奥をじっと見つめる。

 

 

「それと、君に僕の名前を伝えたくてね」

 

 

「そんな約束もしたか」

 

 

 ノレアはそっぽを向き、少し笑う。

 エランはその様子を見て、自分を覚えてくれていたのかホッとする。

 

 

「僕もエレンケレスさ」

 

 

「僕も?」

 

 

 怪訝そうな声を上げるノレア。

 だけど、深掘りする気にはなれなかった。

 エランが孤独の中、何かを必死に祈り願うように見えたからだ。

 

 

「そうさ、もう使い捨ての操り人形なんかじゃなくなったんぁ」

 

 

 なぜかエランは目を瞬かせる。

 もう呪縛は解かれた。

 エランの語気にはノレアにそんなことを伝えるかのような覇気があった。

 すると、エランは地平線よりも遠くを見つめて、息を吸った。

 

 

「飛び立とう」

 

 

「どこへ?」

 

 

 先ほどの覇気はどこに行ったのか、エランは首を傾げて、力無く笑う。

 

 

「どこだろうね」

 

 

 エランが虚空に向かって告げる。

 これは僕らの人生と自分に言い聞かせる。

 それは答えなんて無い。

 

 

 

「僕は君をこれからは決して1人にはさせないから」

 

 

 目を閉じると思い浮かぶのは死体の山。

 名前を呼ばれもしないのに酷使されて身も心も削られる日々。

 生き残ってもいつも何かが失われていくあの戦場。

 それでも——

 

 

「ガンダムは呪いを僕らに与えたんじゃない。ここまで導くという目一杯の祝福を僕らに与えてくれたんだ」

 

 

 ノレアはそんな風に目を輝かせたエランをちらりと見ると、キャンパスから思わず顔を上げた。

 

 

 それから自分の今スケッチしていた光景を改めて眺める。

 今与えられているのは、ガンダムからの呪いではなく、目一杯の祝福かもしれないという考えを少しだけ魅力に感じたのだった。




いいだろ! 24話もっと幸せでいいだろ!

スレミオだけで満足できるかああああああああああ!
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