サルーンの壁にガレンが看板を描き、いよいよ開店となった時……
意外な、そして招かれざる客がやってきた。
小柄な体躯に緑の肌……可愛らしい女児の顔。
そう!メスガキゴブリンの野生種だ!
メスガキゴブリンは今でこそ飼育下にあるのは二等市民くらいの扱いになっているし、ここからさらに混血が進めばいずれは市民権を得られるだろうと考えられている。
だが野生種は違う!基本的に蛮族だし盗賊だ。
人に襲い掛かってきてはブッ殺して物品を奪い人肉まで食うゴブリンのままだ。
要するに人間だって盗賊は極悪人だろ。
髪モヒカンにしてヒャッハ~とか言ってるやつはもう『ダメ』だろ。
そういうことだ。
「ギャギャギャギャ!ザーコザーコ!」
「ヨワヨワ~!」
敵は五体。人数も体格差も考えず襲ってくる無謀ぶりだ。
これは勇気ではない。シンプルに人間を舐め腐っているだけだ。
「あー、サニー。家に隠れてな。ところでスゲー失礼な事聞いていい?」
「何言ってるかならわかんないわよ。ただ、こっちを小馬鹿にしてるのはわかるわよね?」
「そりゃそうか。ごめん」
サニーは棍棒をもって走ってくる三匹を見てムカついてる顔で指をさす。
魔法を使う構えだ。
「ただまあ……あいつら顔はそこそこいいから。捕まえれば私たちが体を売らなくてもよくなるわよね?」
「あー、まあ。それは……そう」
「じゃ、一人二人見せしめにして捕まえちゃってもいいわよね?」
「そうなるよねー。まあ、いいよ」
「ありがと」
俺がそう言うと、サニーは指の先に魔力で作ったナイフを浮かべて集中する。
ああ、これは俺が使うのと同じ一般的な魔導力学だね。
体内の魔力を操って放出してどうこうっていう。
一番普通のを教えてくれたんだなソウザブロウ。助かるわ。
「行きなさい!」
そして、発射。
魔力のナイフはメスガキゴブリンの肩に着弾し、その体が大きく後ろに吹っ飛んで地面に縫い付けられた。
「アギャア~!」
「ギャハハ!ザコザコ~!」
「ヨワヨワ~!」
ほかのメスガキゴブリンたちはあろうことか、ゴブリンを見てあざ笑っている。
足を止めて油断しきった状態でだ。
そういう奴らなんだ。野生だと人間でもそうだけど、こうなっちゃうんだよ……
「おー、よく当たるね。じゃあまあ、ガレンたのむわ。こういう時タッパあるやつじゃないと」
「……任されよ」
ガレンが鬼の形相でメスガキゴブリンに向かって行く。
「シネザーコ!」
「ザーコ!」
ゴブリンの投げる石ころをガレンは悠々と筋肉で弾き、毒が塗られているであろう投げ槍を素手でつかんでへし折った。
「ザ……ギャブッ!」
そしてゆっくりと、しかし精密に狙ってメスガキゴブリンの腹を蹴った。
「ア、ア……」
「亜人の、面汚しが」
「ピ、ピイッ!」
そして腰を抜かした残りのメスガキゴブリン一人一人にわざわざしゃがんで1発づつビンタを食らわしていった。
まあその……こうやってわからせて、まあその……『いろいろ』してショップに売るんだが……
やりたくねえなあ。嫁の前で……
「おやおや、これは困った客が来てしまったのう。ジェイク殿。これをどうするのじゃ?」
「あ~。まあ。俺たちが体売らなくてもいいようにさ……わかるだろ?」
ソウザブロウはくすくすと妖艶に笑った。
この狐、もう女の仕草に慣れてる……
「うむ、うむ。であればわしの術で良いのがあるんじゃよ」
「……どんな?」
「まあざっくり言えば『心を失わせる術』じゃな。わしの手持ちの妖怪を取り憑かせて色ボケにしてしまうのじゃよ。まあ、最終的には妖怪とこやつらの魂が混じり一つの新たな生命として成立するのじゃ」
外法すぎるが、まあこのあとやりたくもねえわからせをするのとどっちがいいかと言えば……
「あ~……たのむわ」
「うむ、毛女郎も喜ぶじゃろう。こういった供物をたまに与えんと拗ねよるからのう。助かったぞお主ら」
そう言うと懐から出した何かの包みをほどいて口に含み、メスガキゴブリンに口移しで飲ませていく。
「けっけっけ。怯えておるな?たまげたな?たまげるとは魂消るともいう。そう、恐怖に屈する瞬間、魂の力は弱まる!そこに妖怪のかけらを入れれば……」
何かの毛の塊に見えたそれを飲まされた瞬間、メスガキゴブリンは頭を抱えて痙攣し始めた。
「アッ!?ギャッ!?ギャッ!ギャ?……ギャ?……ギャ?ギャ?……あっ?」
不意に人間じみた声をあげたメスガキゴブリンは何かがわかったかのように空中を見つめてそしてにたぁ、と笑った。涙を流しながら。
「あ……ああ。ハイレタ。ハイレタハイレタハイレタ!あ~、入れた。うん。ここにいる……ふひっ、えへへへ……ここにいるよ……あはっ」
……コッワ~!
何か胸の前で見えない何かを抱えるようなポーズであまりにも人間的な喜悦の顔をするメスガキゴブリンを見て俺らは何も言えなかったよ。
妖精学怖すぎだろ……まあ、妖精は時にめちゃくちゃ残酷とは聞くが。
なお、ソウザブロウはその様子をみて這いつくばって逃げようとするゴブリンを捕まえてはまた飲ませる作業を繰り返していた。
「ねえ、妖精学って怖すぎないかしら」
「習うのやめる?正直それも仕方ないよ。普通の魔法だけ習えばいいし」
「いえ……必要でしょ。こういうのも」
「まあな……」
……しばらくしたらあんな感じでみんな『大人しく』なったよ。
荒野って残酷だなあ……まあ、俺の決断なんだが。
けれど、他にどういう選択があった?
さっぱり殺してやれば上等なのか?わからねえ……
だから揉め事は嫌なんだよ。
その夜、サニーと俺はいつもより深く長く愛し合った。
何かを確かめるように、身を寄せ合うように。