俺の彼女が人として終わっているんだが   作:Melolololon

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2章 俺の彼女は壊れかけ 後半

 三週間後の大学にて。

 本日は俺は午前しか講義が無く、午後は空きコマだった。

 燐華さんはあと少しだけ講義が残っていた。

 

 レポート課題の提出日が近づき、生徒たちはみんな焦っている。

 俺もその一人だ。

 そして、燐華さんも困っている、と思っていた。

 

「私? 私はもう九割は終わったけど?」

 

 燐華さんは普段は俺頼りなのだが、今回のように丸パクリできず、定期的に確認される課題に関してはテキパキこなすのだ。

 

「じゃあ、俺は実家に用事があるので、先に帰りますね。レポート課題もやらないといけないですし」

 

「私も行っていい?」

 

 俺は周りを見渡す。

 そして、耳元に口を近づける。

 

「燐華さんが来ると酒飲んで暴れるかもしれないからダメです。そしたらレポートどころじゃなくなっちゃうので......」

 

 燐華さんの耳元でささやく。

 少し残念そうな表情をする燐華さん。

 そんな燐華さんにさよならを言い、俺は先に帰宅した。

 

 

 燐華の講義終了後。

 持ち物をトートバックに入れ、帰る準備をする。

 

 しかし、そんな燐華に試練が訪れようとしていた。

 

「おーい。燐華ちゃーん」

 

 聞きたくない声を聞き、体がビクッっと震え上がる。

 

「あーごめーん。驚かせちゃって」

 

 夏鈴が燐華に手を振りながら近づいてくる。

 

「あ、ど、どうしたの......?」

 

「いやー、実はさー課題がなかなかうまく進んでなくてさー。教えてほしいと思って!」

 

 燐華の心臓がドクンと大きく動く。

 そして、とてつもない早さで心拍数が上がっていく。

 

「い、いいけど......」

 

 過呼吸になりそうな自分をうまく制御しながら返事をする。

 自分の印象のために、断ることはできなかった。

 

「よーし、じゃあ行こっか!」

 

 夏鈴は燐華の手を握り、歩き出す。

 

「えっ、どこに......?」

 

「え? 私の家だけど......」

 

「あ、ああ。家でやるのね......」

 

「だって、そっちの方がリラックスできるでしょ? 私、学校の雰囲気がちょっと苦手で、緊張しちゃうんだよねぇ。ということで、行こ」

 

 夏鈴に手を引かれ、一緒に教室を出る燐華。

 もう逃げることはできない。

 

 大丈夫、大丈夫、大丈夫。

 

 そう言い聞かせながら、燐華は夏鈴に付いていく。

 

 

 夏鈴の家にお邪魔した燐華は、緊張していた。

 時刻は午後二時。

 予想解放時刻は、夕食が近い午後六時。

 四時間の我慢。

 

(四時間頑張れば......)

 

「燐華ちゃーんお待たせー。適当に買ったお菓子ばっかりだけどいい?」

 

 市販のお菓子とケーキ、ミルクティーを載せたおぼんをテーブルに置く。

 

「燐華ちゃん食いしん坊っぽいから、私よりケーキ多めにしといたよー」

 

「あ、ありがとう......」

 

「いいっていいってー。教えてもらう立場なんだし......。って、あれ?」

 

 夏鈴が燐華の様子を伺う。

 

「汗凄いけど......。もしかして暑がり?」

 

「えっ!? う、うん。実は......」

 

「そーなんだ。じゃあ、エアコン付けるね」

 

 夏鈴はエアコンのリモコンを手に取る。

 電源を入れ、気温を二十四度にセットする。

 

(嘘ついちゃったけど、私寒いの苦手なんだよね......)

 

 暑がりと言ってしまったことを後悔したが、撤回すると疑問に思われそうなので我慢することにした。

 

「じゃー早速なんだけど。私のレポート見て、感想教えてくれる? まだ途中だけど」

 

「う、うん」

 

 燐華は夏鈴からレポートを受け取り、読み始めた。

 

 

(寒いし、吐き気が......)

 

 寒さと緊張、そしてタバコを吸っていなかったことにより、早くも燐華は限界を迎えていた。

 

(レポートの内容が入ってこない......)

 

 冷たく身を凍らせるような風と、呼吸ができていないような感覚を燐華が襲う。

 紙を持っている手も、手の冷たさと緊張で無くなっていた。

 

 だが、燐華は諦めなかった。

 ここで失態を犯してしまえば、今まで保ってきた印象が崩れてしまう。

 

 辛くても涙を流すことはできない。

 心の中で泣くことしか許されないのだ。

 

 

 そして、全てを読み切った。

 

 ちらりと壁に掛けられていつ時計を確認する燐華。

 時刻は三十分経過していた。

 

 三十分という時間がここまで辛く、長く感じたのはこれが初めてだった。

 

「どうだった?」

 

感想を知りたそうな夏鈴が燐華に話しかける。

 

「ぜ、全体的に良かったよ」

 

本当は細かい部分を見る精神的余裕は無く、正確なことはわからない。

だが、その場しのぎでそう返事をした。

 

「本当!? 優等生な燐華ちゃんが言うなら間違いないね!」

 

夏鈴は喜んだ。

 

「それで、困っている部分はどこかな......?」

 

「えーっとね......。ここが今こんな感じなんだけどー......」

 

夏鈴が燐華の隣に座り、指で気になる部分を示していく。

 

「それでー......。あれ、おーい燐華ちゃーん!」

 

「うぇ!?」

 

ぼーっとしていて話を聞けていなかった。

 

「ご、ごめん。もう一度いいかな......?」

 

「大丈夫ー?」

 

「う、うん......。あ、そうだごめん。少し、席を外していいかな。お手洗いに行きたくて......」

 

「うん。いってらー」

 

燐華は立ち上がり、部屋を出た。

トイレに入り、大きなため息をつく。

 

(あと三時間半......)

 

燐華はトイレットペーパーを適当に巻き取り、冷や汗を拭う。

個室で一人になり、落ち着いたためか先ほどより体調は幾分かマシになった。

 

(頑張るぞ......)

 

大きく深呼吸し、トイレを出た。

 

 

それから、夏鈴の質問責めは続いた。

朦朧とする意識の中で、夏鈴とのやり取りを進めていく。

胃酸がこみあげてくるが、ミルクティーで流し込み、抑え込む。

 

(大丈夫......。今までこんなことより辛いこと、たくさん乗り越えてきたんだから......!)

 

自分を鼓舞し、ひたすら耐える。

 

そして、長い長い地獄の時間を耐え続けた。

 

 

時刻は夜六時。

夏鈴はレポートは順調に進み、満足そうだ。

 

「ありがとー燐華ちゃん! めちゃくちゃ進んだし良くなったよ!」

 

「うん、良かったね......」

 

このまま倒れてしまうのではないかと思いながら、燐華は返事をする。

 

「じゃ、私はこれで......」

 

燐華は辛く苦しい時間を耐えきった。

燐華は喜びで泣いてしまいそうだった。

立ち上がり、帰宅しようとする燐華。

 

だが、夏鈴はそんな燐華の手を掴み、引き留めた。

 

「えっ......!? どうしたの.......?」

 

「手伝ってくれたんだし、お礼にご飯食べて行ってよ!」

 

「え......でも......」

 

「いいからいいから!」

 

夏鈴の押しに負け、座らされる燐華。

 

「じゃ、待っててね!」

 

夏鈴は夕食を用意しに部屋を出て行った。

 

(嘘......)

 

地獄はまだ終わらなかった。

 

 

食事後も会話の相手にされ、時刻は既に九時を過ぎていた。

 

「燐華ちゃん大丈夫? 体調悪そうだけど?」

 

 明らかに体調が悪そうな燐華に、声をかける夏鈴。

 

「うん、大丈夫だから......」

 

「帰れ無さそうだったら、送っていくけど......」

 

「大丈夫......。そこまで迷惑をかけられないから......」

 

 燐華はきっぱりと断る。

 

「そう? じゃあ、お大事にね」

 

「うん......。また学校でね......」

 

 燐華は手を振ると、夏鈴と別れた。

 

 

「燐華ちゃん、大丈夫かなぁ」

 

 燐華と別れた夏鈴は、燐華を心配していた。

 余りにも体調が悪そうだったので、不安だった。

 

「でも、なんか......」

 

 夏鈴の中には、不安以外の感情があった。

 なにか懐かしい、忘れていた感情が蘇ってきているような気がしていた。

 

「なんか、それが嬉しいような......。気のせいだよね......?」

 

 体調が悪い中帰宅する燐華を思い浮かべ、心配する夏鈴の顔はなぜか笑顔だった。

 

 

「おぇぇ......」

 

 夏鈴との時間が長く、体調を崩してしまった燐華。

 帰り道に何度も何度も吐きそうになってしまっている。

 燐華はよく酒を飲んで吐くことは多いが、こんなに苦しそうな表情はしない。

 それほど夏鈴との出会いが精神的負担となっているのだろう。

 

 今はちょうど酒やタバコはない。

 支えてくれる志永もいない。

 

 絶望的な帰路だった。

 

 視界が歪む、ふらつく足元。

 そんな中、一歩一歩必死に歩く。

 

「階段......」

 

 平らな道を歩くのにも苦労する燐華の前に、階段が現れた。

 ふらつきながらも、階段を一段一ずつしっかりと登っていく。

 

「はぁ......はぁ......」

 

 涙を流しながら、必死に上がっていく。

 残り半分、ここを登れば、志永の家まであと少し。

 

 しかし、現実は甘くなかった。

 

「あっ......」

 

 燐華の足がうまく持ち上がらず、階段に引っかかる。

 咄嗟に両腕を前に出そうとする燐華。

 

 だが、燐華の左腕は動くことはなかった。

 

 階段に右手を付くが、手を滑らせてしまう。

 そして、燐華は階段の角に頭を打つ。

 体の限界も迎え、今まで抑え込んでいた胃酸が夕食とともにこみ上げる。

 そのまま自分の嘔吐物にまみれながら階段から転げ落ちた。

 

 燐華の記憶はそこで途絶えてしまった。

 

 

「はさん......! 燐華さん!」

 

 全身の痛み、そして、強烈な頭の痛みが燐華に突然襲い掛かる。

 痛みで燐華が目を覚ますと、白い天井が広がっていた。

 そして、視界の端には志永の顔があった。

 

 

「燐華さん! 大丈夫ですか!」

 

 意識が戻った燐華さんに、大丈夫かどうか確認する。

 

「大丈夫......か、わかんない......。痛い......」

 

 燐華さんの頭には包帯が巻かれており、血が滲んでいる。

 

「あ、絶対に起き上がらないでくださいね! 今、看護師呼んできますから!」

 

 俺は燐華さんに注意し、看護師を呼びに病室を出た。

 

 

 燐華さんが階段から落ちて気を失い、救急車で搬送されたと聞いたときは驚いた。

 額を切り、全身を打撲してしまったが、頭以外は軽傷だったようだ。

 しかし、頭だけは強めに打ってしまい、気を失ってしまったようだ。

 その後、偶然見かけた近所の人に通報され、病院へと運ばれた。

 

 万が一俺がいない時に介抱が必要になった際に、俺に連絡が来るよう燐華さんの財布や持ち物に電話番号を書いたメモを入れていた。

 それのおかげで、俺はいち早く燐華さんの搬送を知ることができた。

 

 

 俺は看護師を引き連れ、病室へと戻る。

 

「咲園さん、気持ち悪かったり、気分が悪いといったことはないでしょうか......?」

 

「気分は悪くないけど......。頭がすごく痛い......」

 

「そりゃそうですよ。階段で頭を打ったんですもん。しばらくは絶対安静ですよ」

 

 看護師は燐華さんの心配をしつつ、状況説明と包帯の交換を行う。

 

「そういえばあなたは、彼氏さんでしたっけ?」

 

「あ、はい」

 

 看護師に聞かれ、俺は答える。

 

「咲園さん、家族と連絡先とかわからないですか? 大ごとになってますし、一応連絡を入れた方がいいと思うんですが......」

 

「家族は......連絡先わからない......」

 

 燐華さんは家族に追い出され、一人暮らしのためのお金の振込はしてくれてはいるものの、ほぼ絶縁状態だ。

 だから、家族がこの事態を知ることも、興味を持つこともないだろう。

 

「そうですか......。じゃあ彼氏さんに......」

 

 おそらく、今後の燐華さんの対応の説明をされるのだろう。

 そう思っていた。

 

 しかし、看護師の口からは、予想外の言葉が出てきた。

 

「ただでさえ咲園さんは左腕がまとも動かないのに、大怪我で更に生活に支障が出るんですから、彼氏さんがしっかり支えてあげてくださいね?」

 

「,,,,,,え?」

 

「......もしかして、ご存じじゃなかったんですか......!? あ、えっとその......。私はこれで......」

 

看護師は気まずくなったのか、逃げるように病室から出て行った。

 

 俺は驚いた。

 そんなこと一回も聞いてこなかった。

 燐華さんが隠していたのか、困っているような素振りも見なかった。

 

 だが、今思えば酔った美湖さんを全く運べなかったり、腕相撲であっさり負けてしまったのは、力が弱かったり酔っていたからではない。

 腕が使えないのであれば当然だ。 

 

 

 驚いている俺に燐華さんは過去を話してくれた。

 

 

「おーい燐華! サッカーしようぜ!」

 

「いいよー! よーし、今日も私が点数取るぞー!」

 

 男子生徒に声をかけられた燐華は、昼休み開始のチャイムとともに、男子生徒と校庭へ向かった。

 燐華が小学生の頃は、男子生徒に混ざり、一緒に遊ぶような活発な子だった。

 

 

 そして、月日が流れて中学生に入学する。

 燐華は小学生の頃ほど活発では無くなったものの、明るさは健在だった。

 

「燐華、今日飯食いにいかねぇか?」

 

「いいよー。行こー行こー」

 

 おおらかで明るい性格な燐華に親しく接してくれる男子生徒は多く、かつ見た目も良かったため、男子生徒からの人気は高かった。

 しかし、それが女子生徒たちの逆鱗に触れていたのだ。

 

「なによあの子、気に食わない」

 

「絶対モテモテになりたいから、わざとあんな振る舞いしてるんだろうね」

 

 女子生徒からの評判は最悪に近かった。

 そりゃそうであろう。

 思春期で異性を意識する年ごろに、異性の注目をかっさらってしまっているのだから。

 

 女子生徒の中でも、特に夏鈴は燐華を嫌っていた。

 そんな夏鈴が取った行動は、悪質ないじめである。

 上履きをトイレに捨てたり、ノートを破いたりと、思いつく限りのいたずらをした。

 最初は気にしないようにしていたが、いじめはだんだん悪質に、そして高頻度になっていった。

 温厚で明るかった燐華はどんどん暗くなり、いじめにおびえるようになった。

 

 そしてある日、燐華の堪忍袋の緒が切れた。

 

 階段の踊り場で、燐華と夏鈴は喧嘩をした。

 殴り合い、髪の毛を引っ張り合い、取っ組み合いをした。

 周りの生徒は止めず、だんだんとエスカレートしていった。

 

 そして、二人は取っ組み合ったまま階段から落ちたしまったのだ。

 

 燐華は左肩を強く強打し、夏鈴は頭を何度も打った。

 周りの生徒は動けない二人を見て事の重大さに気が付き、教師を呼んだ。

 

 二人はすぐさま病院へと運ばれた。

 治療と検査の結果、燐華は左腕の麻痺の後遺症が残った。

 

 そんな燐華は、今までの性格を見つめ直し、外部の人間へ完全に心を閉ざした。

 そして、今の大学での真面目な燐華が誕生した。

 

 流石に後遺症が残った燐華をいじめるような生徒はいなかったため、燐華はいじめられることはなく中学校を卒業した。

 一方夏鈴は症状が重く、中学校に通うことはなかった。

 

 高校では、特に事件は発生せず、平和な三年間を過ごした。

 大学でも、一年半は特に何も起こらなかった。

 

 しかし、燐華は偶然夏鈴と再会してしまった。

 だが、夏鈴の異変にすぐさま気が付く。

 

 妙に優しいのだ。

 まるで、過去のことなど何も知らないかのように。

 

 話を聞くと、過去の記憶が無いとのこと。

 燐華のことはざっくりとだけ知っているが、どんな人間だったかは覚えていない。

 でも、他の人間よりも優先して燐華のことを覚えていたので、もしかしたら仲が良かったのではないかと発言する。

 

 真面目でいい子を装っていた燐華は、嘘をついた。

 仲が良かったと。

 

 それから、二人は大学でたまに会う程度の仲になった。

 だが、そんな燐華のストレスはとてつもないものだった。

 

 夏鈴に会うごとに、毎日吐き気や頭痛に襲われる。

 家に帰っても、また明日会うことになるのではないか、という恐怖に包まれた。

 

 そして、偶然酒を飲んだこと、そしてタバコを吸ったことで、この二つの現実逃避できる魅力に気が付いてしまった。

 それからは、毎日帰ってからは酒とタバコの生活。

 両親はそんな娘に嫌気がさし、毎月の食費と家賃の振込を引き換えに家を追い出したのだ。

 

 

「......ってことがあったんだ。ただでさえ普段から迷惑をかけてるから、このことは流石に自分でなんとかしようと思ってたんだけど......」

 

「っ......!」

 

 言葉が出なかった。

 今までろくでなしだと思っていた燐華さんが、こんな壮絶な過去を送っていたなんて。

 

 

 最初はただ見た目や学校での生活態度などの、表面だけしか知らずに告白した。

 

 そして知った燐華さんの堕落した態度。

 

 人の家で酒を飲み、吐き散らかす。

 そんな燐華さんにいいところはあるだろう。

 そう思いながら付き合い続けていた。

 

 だが、そんな毎日が楽しかった。

 俺はこの日常を守りたい。

 

 

 俺は無言で燐華さんを抱きしめる。

 

「痛っ......!」

 

「あっ......!」

 

 全身の打撲を忘れて抱きしめた俺は、咄嗟に離れる。

 

「す、すみません」

 

「いいよ......」

 

「燐華さん。言いたくないような過去を話してくれてありがとうございます。......俺、燐華さんを支えます」

 

「えっ......?」

 

「俺がずっと支えます。燐華さんが不自由ないように、ちゃんと生きていけるように!」

 

 俺は燐華さんの右手を握る。

 

「あいたたた......」

 

「わっ、そうだった......」

 

 咄嗟に手を放す。

 

「......本当にいいの? 他人のために、こんな重い問題を一緒に背負ってくれるの......?」

 

「他人じゃありません! 彼女なんですから、お互い支え合いましょうよ! だから、今は俺に頼ってください!」

 

 正直、考えは何もない。

 だが、どうしても助けたいという思いが先行し、勢いで言ってしまった。

 

「し、志永くん......」

 

 燐華さんの目から涙が零れ落ちる。

 初めてみた、燐華さんの涙。

 

 燐華さんは、疲れ果てるまで泣き続けた。

 

 

「......それで、夏鈴さんのことはどうします?」

 

 十分に泣き、落ち着いたところで今後のことを考えることにした。

 

「私としては......」

 

 燐華さんはしばらく考える。

 

「......仲良くなりたい。記憶がない今なら、うまくやれるような気がするの」

 

 いじめてきた相手と仲良くなるという茨の道を進もうとする燐華さん。

 俺はそんな強い心の持ち主である燐華さんの意見を尊重することにした。

 

「......わかりました。俺も協力します」

 

「......! ありがとう......!」

 

 燐華さんの目から涙が零れ落ちる。

 俺はその涙を、優しくそっと拭った。

 

「あ、そうだ。少し気になったんですが......」

 

「なぁに?」

 

「なんで俺には、本当の自分でいてくれたんですか?」

 

「あー......」

 

 燐華さんはまた少し考える。

 

「賭け? かな」

 

「か、賭けですか......?」

 

 燐華さんの回答に戸惑う。

 

「志永くんのことは告白される前から多少知ってたんだけどね? 勘というか......。信頼してもいいんじゃないかって思ったの」

 

「......そうですか」

 

 もし、俺が悪い人間だったら、燐華さんの本性はすぐさま噂になっていたであろう。

 それなのにも関わらず、燐華さんが俺を信じ、本性を躊躇いなく出してくれたことをとても嬉しく思った。

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