俺の彼女が人として終わっているんだが 作:Melolololon
燐華さんが病院に搬送されてから二日後。
経過観察の結果問題ないと判断され、退院することができた。
そして燐華さんの家にて。
まだ体中が痛み、一人で体を洗うことができないので、美湖さんを呼んで助けてもらうことにした。
「大丈夫なんですか燐華さん!」
頭に包帯を巻いた燐華さんを見て、青ざめる美湖さん。
「大丈夫だけど、まだ頭と全身がちょっと痛いかな......」
「私なんでもお手伝いするんで! なんでも言ってください!」
「じゃあ今お医者さんにお酒禁止されてるから、代わりにお酒飲んで......」
「......それって意味あるんですか?」
ポカンとした表情で美湖さんが返事をする。
入院時はあんなに弱気だった燐華さんなのに、今ではこんなにふざけることができる程度まで心身が回復した。
燐華さんは弱くない。
とても強い人間だった。
「とりあえずお風呂入ったらどうですか? 美湖さんに忙しいなか来てもらったんですし、まずは用事を済ませちゃいましょうよ」
「いえいえそんな! 私なんて暇ですよ!」
美湖さんはそう言うが、迷惑をかけすぎるわけにはいかない。
燐華さんも俺と同じ思いだったのか、すぐに風呂場へと向かった。
「じゃあ、脱がしますね」
美湖が燐華のTシャツの裾を掴み、持ち上げる。
燐華の不健康そうな白い肌と、体中の擦り傷が露わになる。
体はガリガリで、痩せていた。
「燐華さんって痩せているというか、痩せすぎというか......」
「あーお酒ばっかり飲んでご飯あんまり食べてないからねー」
「全くもう......」
そんな会話をしながら、燐華の服を脱がし終える。
美湖は浴室の椅子に燐華さんを座らせ、シャワーを出し、温度を確認する。
傷口が痛まないようにぬるま湯に設定した。
しばらく待ち、ぬるま湯が出たのを確認してから燐華さんの体を流していく。
「傷は痛まないですか?」
「そのくらいの温度なら大丈夫っぽいー」
「じゃあ、洗っていきますね」
美湖は手のひらにボディソープを出し、背中を洗い始める。
「いたたたたたたたた!」
「だ、大丈夫ですか!」
慌てて手を放す美湖。
やはり傷口は触ると痛く、ボディーソープも染みるようだ。
「だ、大丈夫だから続けて......」
「は、はい......!」
「あいたたたたた!」
痛みから逃げようと必死で体を動かす燐華の体を、美湖は必死に洗うのだった。
なんとか頭以外を洗い終わった美湖は、シャワーで泡を流していく。
「そうだ美湖ちゃん。ちょっと相談があって......」
「相談ですか?」
燐華さんは真剣な顔をする。
「実は......。実は、学校で苦手な子がいてね?」
「え、燐華さんにですか!?」
美湖は驚いた。
美湖からしたら、絡まれている美湖を根性焼きで救出し、酒ばかり飲む陽気で勇気のある強い人間だ。
だからこそ、美湖は驚いた。
しかし、そんな燐華の真面目な質問だからこそ、重大な問題だと思い、茶化さずに聞く意識をする。
「その子は私に良くしてくれるんだけど、私はどうしても無意識に拒否しちゃうっぽくて......」
「そこまで嫌なら、無理に付き合う必要もないと思いますけど......」
「でも、私だって強くなりたいんだ。乗り越えて、仲良くなりたいの」
それを聞き、美湖は確信した。
「やっぱり、燐華さんは強い人ですよ」
「え、そう?」
こんな燐華の考えを聞いて、弱いと思うはずがなかった。
むしろたくましく、立派だとも思った。
「でも拒否感を無くすって難しいですね。やっぱり慣れるとか、あとは相手のことを知るとかですかね? 相手のことを知れば予め心の準備とかできますし、精神的な負担は減るんじゃないですか?」
「そうだね......」
「でも一番大切なのは、そんな時に心を支えてもらえるかじゃないですか?」
「支え......」
燐華は志永のことを思う。
「燐華さんには志永さんがいるんですし、迷惑がられていないならもっと頼ってみたらどうですか? 勿論、私でもいいですし......」
「......うん」
燐華は頷いた。
「よし、それじゃあ体流し終わったので、お風呂から出ましょうか」
燐華と美湖は浴室から出た。
「久しぶりのお風呂はどうでしたか?」
風呂から出てきた燐華さんに聞く。
「いやー最高だったよー。ありがとうね、美湖ちゃん」
燐華さんはそう言いながら冷蔵庫からビールを取り出し、テーブルに置いた。
俺はそのビールを無言で取り上げる。
「あー! ケチー!」
「ダメですよ。頭の怪我が治ってないし、酔って動き回って怪我が開く可能性もあるから禁止って医者に言われてるんですから」
「むー……!」
燐華さんは不満げな顔をしながらソファに座った。
「それじゃ、私は帰りますね」
「はい。美湖さんありがとうございました」
「じゃねー」
俺は美湖さんを玄関まで見送る。
そして俺はダッシュで燐華さんの元へ戻る。
燐華さんが手に持っているビールを奪い取る。
「もーあと少しで飲めたのにー」
「燐華さんの考えはお見通しですよ。諦めて我慢してください」
俺は奪い取ったビールを冷蔵庫に戻す。
「しょうがないなぁ。じゃあタバコを……って、あれ?」
燐華さんがキョロキョロする。
「タバコは没収させていただきました。もう少し怪我が治るまで酒もタバコも禁止です」
「えー意地悪」
燐華さんは不貞腐れ、ソファで横になってしまった。
「じゃあ、俺もそろそろ帰りますね」
俺は立ち上がると、持ってきたトートバッグに燐華さんの家にある酒を入れ始める。
「えーそこまで徹底するのー?」
「当たり前ですよ。怪我の治癒が優先です」
俺は次々と酒を回収する。
酒の量が多く、トートバッグはパンパンになってしまった。
「ちゃんと安静にしてるんですよ。それと、明日の朝迎えに来ますね。それじゃ、お大事に」
俺はそう伝え、燐華さんの家を出た。
「……ふっふっふ。甘いなぁ、志永くんは。甘いよぉ」
燐華は一人で笑いながら立ち上がると、ソファのクッションを取り外した。
クッションの下には、大量の酒が収納されていた。
大量の酒の中から日本酒の瓶を選び、取り出す。
「さーて、入院して飲めなかった分飲むぞー!」
燐華はフタを開け、がぶ飲みし始めた。
それから三十分後、アルコールにより怪我が痛み、泣きながら志永に電話するのだった。
次の日の朝。
俺は燐華さんを迎えに行った。
怪我をした燐華さんを放っておくことができないので、今日から登校も一緒にすることにした。
燐華さんのマンションに入り、部屋の扉をノックする。
すると、すぐに燐華さんが開錠し、扉を開けた。
「おはようございます。よく寝れましたか?」
「ふわああ......。頭痛くてあんまり寝れなかった.....」
開口一番大欠伸である。
悪化するから酒を飲むなと伝えられているのに飲んでしまったのだから当然だ。
「駅付いたら起こすんで、電車で寝てください」
「ふわぁあーい......」
眠くてフラフラしている燐華さんの右手を握り、俺は最寄り駅へ向かい始めた。
怪我をしてから初の登校。
怪我はまだ治っておらず、燐華さんは頭に包帯を巻いたままだ。
そんな彼女を周りはチラ見する。
「なんか見られてるね......」
「そりゃ包帯ぐるぐる巻きなので.....」
二人で教室に向かっていると、燐華さんが怪我した原因ともいえる人物に呼びかけられた。
「り、燐華ちゃん!? どうしたのその頭!」
夏鈴さんが走って近づいてくる。
「うぅ気分が......」
「頑張ってください......!」
小声で燐華さんを励ます。
「怪我したの!? なんかフラフラしてるし......!」
フラフラしているのは怪我というより、寝不足と夏鈴さんのせいであるが、それを知る由もなかった。
「とりあえず一旦座ろうよ!」
燐華さんは夏鈴さんに手を取られ、連れていかれた。
それを俺は追いかける。
「ほら座って!」
燐華さんを休憩スペースのソファに座らせる。
「起きてられる? 横になる?」
夏鈴さんは太ももをポンポンと叩く。
「いや、大丈夫だから......」
「いいからいいから。遠慮しないで!」
少し強引だが、燐華さんを寝かせた。
周囲の視線を集めていて、燐華さんは少し恥ずかしそうだった。
俺は寝ている燐華さんの隣に座った。
「彼氏さんに聞きたいんだけど、どうしちゃったわけ?」
「実は、階段で転んじゃって......。一応大学には来れそうだったので来たんですが......」
「そうなんだ......。でも無理しちゃだめだよ......!」
夏鈴さんは意識が朦朧としている燐華さんの頭を撫でる。
慰めているつもりだろうが、この行動で燐華さんは弱っている。
「夏鈴ちゃん......。もう大丈夫だから......!」
燐華さんは無理やり起き上がると、頭を押さえた。
「燐華さん! 無理しちゃダメですよ!」
「いや大丈夫......。それより、教室に行こ......?」
燐華さんは立ち上がると、フラつきながら教室へと歩き始めた。
「夏鈴さん、燐華さんを連れて行かないといけないので、俺も失礼します」
「うん。ちゃんと面倒見てあげてね」
俺は立ち上がり、燐華さんを支えながら教室へと向かった。
それから教室に入り、席に座る。
数分後に教授がやってきて講義が始まった。
講義が始まってしばらく経過したが、教授がひたすらしゃべり続けているだけなので比較的静かだった。
燐華さんは眠いのかウトウトしている。
持っているペンを落としそうになってしまっていたので、俺は落ちないように止める。
ついでに燐華さんを起こすことにした。
「燐華さん。起きてください」
「んん......!」
俺が小声で呼びかけると、ビクッと体が動き、目が開く。
右手で目をこする燐華さん。
そんな燐華さんが可愛かった。
それから数時間後、午前の授業が終わった。
本日の午後は空きコマなので、俺たちは帰宅することにした。
俺たちは荷物をしまい、教室から出ようとした。
すると、突然何かがぶつかってきた。
「うおっ!」
「いたた......。あ、燐華ちゃん! ......と彼氏さん! ぶつかってすみません!」
ぶつかってきたのは夏鈴さんだった。
「いえ......。それより、どうしたんですか?」
「燐華ちゃん大丈夫かなって心配で心配で......」
「わ、私なら大丈夫だよ......」
元気がない声で返事をする。
「一応今日は家で安静にしてもらおうと思ってますので、もう失礼しますね」
俺は燐華さんのことを考えて、話をすぐに切り上げた。
「燐華ちゃんお大事にね?」
夏鈴さんに対し、燐華さんは手を振った。
それから、俺たちは電車に乗った。
昼頃なので、比較的空いていたので座ることができた。
「あ、そうだ燐華さん。しばらくの間、俺の家に泊まってくれませんか?」
「え、いいけど......。どうして? 寂しいの?」
「いや違いますよ......」
俺がそう返事をすると、少し落ち込んでしまった。
「......いや、少し寂しいですけど。急に体調が悪化したら心配ですし、酒飲みますし......。今日もどうせ飲もうとしてたんですよね?」
「うっ」
明らかに図星である。
「ということで、今日は俺の家に泊まってください。着替えは美湖さんにお願いして持ってきてもらうので」
美湖さんにあまり迷惑をかけるのは不本意だが、今回ばかりは頼らせてもらうことにした。
「......仕方ないなぁ。そんなに寂しいなら、泊まってあげるよ......」
燐華さんは少し照れながら言う。
「そんなかわい子ぶっても酒はなしですよ?」
「......ケチ」
燐華さんは不貞腐れてしまった。
「でも、なんか精神的に余裕そうですね。燐華さん」
「そう?」
きょとんとした顔でそう返事をする燐華さん。
「だって、数日前に階段から落ちて入院して、しかもこれから夏鈴さんが心配して毎日来ると思いますよ? それだってのに、冗談を言う余裕もあって......」
「あぁ、そのことなんだけどね......。実は、上手くやれそうだなって思ったんだ」
「そうですか......?」
「ここ数日夏鈴ちゃんと話して、ちょっと無神経なところもある感じはするけど、基本的に優しいし......。まぁ、まだトラウマがあるから、ちゃんと接することはできないけど......」
「......ですよね」
「でも、この怪我がきっかけで、むしろ目標に近づけるんじゃないかって思ってるんだ」
燐華さんの目標。
過去に酷いいじめをしてきた相手と仲良くなること。
「怪我のおかげで心配してグイグイこないし、そのおかげで少しずつ慣れていけるんじゃないかって......」
「燐華さん......。すごいですね」
俺は驚いた。
夏鈴さんのせいで体調を崩し、怪我までした。
それなのに、その怪我をチャンスと捉え、トラウマを乗り越えようとしているのだ。
俺なんかには到底真似できない。
「燐華さん。前、私なんて弱っちいって言いましたよね?」
「え? 私そんなこと言ったっけ......? よく覚えてるね」
「燐華さんは弱くなんかありません。......とても強い人ですよ。俺なんかと比較にならないくらい」
「......嬉しいこと言ってくれるじゃん」
突然燐華さんは顔を近づけ、俺の唇に触れた。
タバコを禁じられているせいか、タバコの匂いは薄かったような気がした。
「ほめてくれたご褒美。普段はタバコと酒の臭いがキツイだろうから......ってあれ?」
俺の鼓動は爆速になっていた。
緊張で爆発してしまいそうだった。
「おーい? 志永くーん?」
燐華さんが目の前で手を動かし、意識が戻る。
「と、突然そういうことするのはやめてください......!」
「はーい」
燐華さんは少し嬉しそうな顔をしてそう返事をした。
次の日の朝。
俺は昨日と同じように燐華さんと一緒に登校し、教室に向かっていた。
その途中に夏鈴さんと遭遇した。
「燐華ちゃんおはよ。怪我は少し良くなった?」
夏鈴さんが燐華さんの包帯を見ながら言う。
「す、少しはね……」
やはり夏鈴さんの前では露骨に暗くなっている。
だが、怪我のおかげで体調が悪いと思われていそうなので、嫌だという気持ちはカモフラージュできていた。
無理に気を遣わなくていい分、燐華さんも少しは気楽だろう。
「いやーこのまま無事に治るといいねー」
「……夏鈴ちゃん。あの……」
「んー?」
夏鈴さんが不思議そうな顔をする。
「もしよかったら……。今日昼食を一緒に食べない……?」
事前に何か話を聞いていたわけではないので、俺はとても驚いた。
まさか、燐華さんが自ら誘うなんて思ってもいなかった。
燐華さんが夏鈴さんを誘うと、夏鈴さんの表情が明るくなる。
「えっ! 燐華ちゃんから誘ってくれるなんて珍しいね! 行こ行こ!」
よほど誘われたのが嬉しかったのか、とても喜んでいる。
「あまり移動するのはまだ大変だから、学食だけど……」
「いいよいいよ! ……って、あ! そろそろ講義始まるよ!」
廊下の時計を偶然チラ見した夏鈴さんが言う。
「じゃ、お昼に迎えに行くから! また後でね!」
夏鈴さんは手を振りながら走って教室へ向かっていった。
燐華さんもそれに返すように手を少しだけ振った。
「……驚いてる?」
「そりゃ、まぁ……」
「怪我してるっていうチャンスタイムが終わる前に、慣れておきたいからね」
小声でそう言うと、燐華さんは歩き始めた。
そんな燐華さんの背中が、とても格好良く見えた。
時刻は十二時になり、講義は終了した。
「燐華ちゃーん!」
夏鈴さんが教室の入口で手を振っていた。
俺たちは移動する準備をし、夏鈴さんの元へ向かう。
「あ、燐華ちゃん。荷物持ってあげるよ!」
「いや、大丈夫だって......」
しかし、燐華さんのトートバックを半ば無理やり取る夏鈴さん。
「怪我してるんだし、少しでも負担が少ない方がいいでしょ!」
「じゃ、じゃあよろしくね......」
「うん!」
夏鈴さんは燐華さんのトートバックを肩に掛け、歩き出した。
「やっぱり押しがすごいというか......。グイグイ来る人ですね......」
「うん......。でも、悪意はないし、人のことを思ってるから、悪い子ではないね......」
俺と燐華さんは二人でコソコソ話す。
「おーい! 二人とも置いてっちゃうよー!」
夏鈴さんが大声で俺たちを呼んでいる。
置いて行かれる前に俺たちは夏鈴さんの元へ向かった。
食堂に着くと、夏鈴さんが駆け足で席を取りに行った。
俺と燐華さんは席に歩いて向かう。
「それじゃ燐華ちゃん座って。注文とかは私がしてくるから。何食べたい?」
そう言いながら、燐華さんがすぐに座れるように椅子を引く夏鈴さん。
「ありがとう。今日はサンドイッチにしようかな?」
座りながらお礼と注文を言う燐華さん。
「彼氏さんの方はどうします?」
「え? 俺は自分で……」
「えー? 怪我してる燐華ちゃんを置いてくんですか? 私が二人の分を持ってくるんで、一緒にいてあげてください!」
「じゃあお願いします……。あ、俺はカレーでお願いします……」
「オッケー任せて」
夏鈴さんがグイグイくるので、俺は乗せられてしまった。
夏鈴さんは自分の荷物を椅子に置くと、注文しに行った。
俺は燐華さんの隣に座る。
「……燐華さん。なんか前より調子良くないですか?」
そして、燐華さんに小声で話しかけた。
「確かに……。何でだろう……?」
前は一緒に食事をするだけで精神的に辛そうだった燐華さんだが、本日は幾分かマシそうだ。
俺の予想だが、今の夏鈴さんは燐華さんのことを心配しており、気を遣っている。
そのおかげで昔のトラウマを思い出しにくくなり、精神的負担が少なくなっているのではないかと考えた。
しかし、それを燐華さんには言わないでおくことにした。
言ってしまったら、きっと昔のことを思い出してしまうはずだ。
「あ、そうだ。最近タバコ吸ってないですけど、体調の方は大丈夫ですか?」
「吸ってないというか吸わせてもらえないんだけど……!」
「あ、そういえば返してませんでしたね……」
「忘れてたの……!? 酷いや……」
燐華さんはちょっと怒った顔で俺のことを睨む。
しかし、そんな燐華さんが少し子どもらしくて笑ってしまった。
「あー、人の顔見て笑ってぇ……。ふん……!」
燐華さんは拗ねてしまあ、そっぽを向いてしまった。
「あ、すみません……」
「申し訳ないと思うなら、今度お酒とタバコ奢ってね……!」
「わかりましたよ」
俺と燐華さんで小声で話していると、料理が乗ったトレーを持って戻ってきた。
「なになにー? 何の話してたの?」
「いや、特に何も……」
「えー? 二人きりの秘密?」
夏鈴さんがニヤニヤしながらトレーをテーブルに置き、椅子に座る。
「まあカップルになったら人には言えない秘密とかあるよねー。エッチなこととか……」
「か、夏鈴ちゃん……!」
「冗談だってー」
燐華さんは顔を赤らめ、夏鈴さんを怒る。
そんな燐華さんに怒られても笑っている夏鈴さん。
こうして見ていると、本当に二人はいじめ被害者と加害者の関係だったのかと疑ってしまう。
そのくらい二人が仲良く見えるのだ。
このまま仲良くなっていき、燐華さんのトラウマが払拭されることを願うのだった。
夏鈴さんと昼食を食べ、午後の講義も終わった。
そして帰ろうとしていた時、昼の時と同じように夏鈴さんが教室にやってきた。
「燐華ちゃん。お願いがあるんだけど......」
「どうしたの......?」
「私に燐華ちゃんのお世話をさせてほしいんだ」
夏鈴さんが突然そんなことを言ったので、俺と燐華さんは驚いてしまった。
「私って昔のことあんまり覚えてないんだけど、燐華ちゃんが色々教えてくれたでしょ? だから、そのお礼」
正直、燐華さんは招き入れてしまうと思う。
だが、それで燐華さんの調子が悪化してしまうことを俺は恐れていた。
「うん。じゃあお願いしようかな」
俺の予想通り、燐華さんは夏鈴さんのお願いを了承した。
「ホント!? じゃあ、燐華ちゃんの家へ行こうか!」
夏鈴さんは大喜びだ。
そんな夏鈴さんを見て、燐華さんは複雑そうな表情をしていた。
俺たちは一緒に電車に乗り、燐華さんの住むマンションまで歩いた。
その途中、夏鈴さんは私が夕食を作るといい、近所のスーパーへ向かうと言い出した。
燐華さんがマンションの住所と部屋番号をスマホで送ると、夏鈴さんは一人で材料を買いに行ってしまった。
そして、二人で燐華さんの家に向かっている間に俺は話しかけた。
「良かったんですか? 家に呼んじゃって」
「良くは......ないけど。でも......」
「あんなにグイグイきたら断れないですよねぇ......」
「うん......」
このままでは燐華さんの気が休まらないことを危惧していた。
しかし、もうどうしようもない。
俺には何も起こらないことをただ祈ることしかできなかった。
燐華さんのマンションに着いてから三十分後、ドアがノックされた。
ドアを開けると、ビニール袋を持った夏鈴さんが立っていた。
「お待たせー。いやー重かった重かった」
夏鈴さんは玄関の床に荷物が入ったビニール袋を置く。
中を覗くと、キャベツやニンジン、もやしなどが入っていた。
「何を作るんですか?」
「野菜炒めだよー」
夏鈴さんは体を伸ばし、それから靴を脱ぎ、ビニール袋を持ち上げる。
「燐華ちゃーんお待たせー。キッチン借りるねー」
燐華さんにそう言うと、夏鈴さんキッチンにビニール袋を置き、準備を始めた。
「燐華ちゃん。包丁とかどこ?」
「あ、あそこ......」
燐華さんはコンロの下の引き出しを指差す。
「オッケー」
夏鈴さんは燐華さんが指差した引き出しからまな板や包丁、フライパンを取り出していく。
そして、袋から材料を取り出し、切り始めた。
手際よく野菜を切り、次々にフライパンに入れていく。
「手際いいな......」
俺は無意識にボソっと呟いた。
「ね.......」
燐華さんもそれに賛同する。
調理は順調に進んでいき、野菜を炒め始める。
味付けをしたあたりから部屋にいい匂いが充満していき、食欲をそそられる。
そんな時、インターホンが鳴った。
「あ、もしかして......」
俺は立ち上がり、ドアを開ける。
通路には、美湖さんが立っていた。
「本日も燐華さんのお体を洗いに来ました」
「今日もありがとうございます。今別の来客が来てるんですが、気にせず上がっちゃってください」
「来客ですか?」
美湖さんが靴を脱ぎ、部屋に上がる。
「わぁ、いい匂いですねぇ」
「ん? 燐華ちゃん。この人は?」
料理中の夏鈴さんが美湖さんの方を振り向く。
「あ、私は森塚美湖っていいます。燐華さんの知り合いで、怪我した燐華さんの体を洗うために通ってるんです」
「へー。私は燐華ちゃんと同じ大学の菜月夏鈴って言います。よろしくお願いします」
夏鈴さんは炒めつつ、手を振った。
美湖さんはお辞儀をし、カーペットの上に正座した。
「......あれ? そういえば燐華さん。今日はなんかおとなしいような......」
「えっ!?」
俺はビクッと体が震えた。
燐華さんも同じような反応をしていた。
そういえば、美湖さんは学校での燐華さんを知らないのだった。
「そうですか? 大学ではいつもクールで綺麗って感じですけど......。あ、もしかして!」
俺はマズイと思った。
今にも冷や汗が溢れ出そうだった。
「学校では恥ずかしがってクールな感じ出してる? ははは、燐華ちゃんも可愛いところあるじゃん!」
夏鈴さんは笑う。
俺と燐華さんは一安心した。
それから、美湖さんは察したのか追求することはなかった。
「そんなことより、完成したよ! ご飯とみそ汁はレトルトで勘弁してね」
夏鈴さんは野菜炒めをテーブルに置いた。
そして、ご飯とみそ汁もテーブルに並べていく。
「美湖さんもどうですか? ご飯とみそ汁はないですけど......」
夏鈴さんが美湖さんに聞く。
「え? いいんですか?」
「美味しいかはわかりませんですけどね......」
「じゃあ、お言葉に甘えて......」
「じゃあお箸用意しますね。 燐華ちゃん! お箸ってどこ?」
「食器棚の引き出しだよ......」
夏鈴さんは食器棚の引き出しを開け、箸を取り出す。
そして、テーブルの上に並べていった。
全員分の皿を並べ終わったところで、夏鈴さんはソファに座った。
「じゃ、さっきも言った通り美味しいかはわからないけど......。食べてください!」
俺と燐華さん、美湖さんはいただきますを言い、野菜炒めを口に運んだ。
野菜炒めはシンプルながらも、味付けがちょうどよく美味しかった。
「燐華ちゃんどう?」
「......美味しいよ」
「本当!? いやー作ってよかったよー」
夏鈴さんが少し恥ずかしそうに喜んだ。
そして、俺たちは他愛もない話をしながら夕食を食べた。
食事のお礼として、洗い物は俺が担当することにした。
スポンジに洗剤を染み込ませ、皿を洗っていく。
「そうだ! 美湖さん。今日来てもらったのに申し訳ないんですが、今日は私が一緒に燐華ちゃんとお風呂に入ってもいいですか?」
「え? 私はいいですけど......」
「どう? 燐華ちゃん?」
「......いいよ」
少し間があったが、燐華さんはいいと答えた。
正直心配だが、止めることはできなかった。
「よーし、じゃあ入ろうか!」
夏鈴さんが立ち上がると、燐華さんに手を伸ばす。
燐華さんはその手を掴み、立ち上がる。
そして、二人は脱衣所へ入っていった。
それから数分後に皿洗いが終わり、俺はソファに座った。
「志永さん......。私、前に燐華さんに苦手な方がいると聞いたのですが、もしかして......」
美湖さんが小声で俺に質問する。
「そうですよ」
同じく俺も小声で返事をした。
「やっぱり......。燐華さんの様子がおかしかったので......。二人でお風呂入っちゃいましたけど、大丈夫ですかね......?」
「やっぱり心配ですよね......」
俺と美湖さんはただ無事を祈ることしかできなかった。