俺の彼女が人として終わっているんだが 作:Melolololon
次の登校日の朝。
燐華さんの怪我は治ったが、燐華さんと一緒に登校する習慣が付いていた。
俺は燐華さんの家に行き、支度を待つ。
「お待たせー」
燐華さんは今まで着ていたのを見たことがない服装で出てきた。
「あれ、新しい服買ったんですか?」
「うん! 夏鈴ちゃんに買ってもらったんだ!」
燐華さんは服を指でつまみ、見せびらかす。
「すごい似合ってますよ。見た目とも相性バッチリですね」
俺の感想は純粋なものだった。
美しい見た目の燐華さんにとても似合う服だった。
そして何より、夏鈴さんと本当に仲良くできたようで嬉しかった。
「そう? えへへ......!」
少し照れながら笑う燐華さん。
そんな燐華さんとともに、俺たちは大学へ向かった。
大学に着くと、俺たちの話題はレポート課題に変わっていた。
「いやー、レポート無事終わってよかったですよ......」
「ふふ、志永くん頑張ってたもんね」
俺はレポートの提出期限に間に合い、ホッとしていた。
「あ、燐華ちゃーん!」
缶コーヒーを持った夏鈴さんがこちらに気が付き、手を振っている。
そして、こちらに向かって駆け寄ってくる。
「あ、夏鈴さん。こんにちは」
俺は夏鈴さんに挨拶する。
「やあ、夏鈴」
俺に続き、燐華さんもあいさつした。
遠くにいた夏鈴さんが、だんだんとこちらへ近づいてくる。
そして、次の瞬間。
「おっとっと!」
夏鈴さんは思いっきりコケてしまった。
「わっ!」
「きゃっ......!」
そして、持っていた缶コーヒーの中身が、燐華さんにかかる。
夏鈴さんが真剣に考えて選んだと思われる燐華さん服には、大きなコーヒーのシミができてしまった。
「ご、ごめーん」
謝る夏鈴さん。
俺はそんな夏鈴さんの顔を見て、驚いた。
そして、燐華さんは俺以上に驚いているだろう。
いや、それだけではなく、恐怖でパニック直前だろう。
心臓の鼓動が加速する。
あまりに怖気づき、体中の血の気が引く。
俺ですらここまで緊張してしまっているのだ。
燐華さんなんか気を失ってしまってもおかしくない。
謝る夏鈴さんの顔が、まるで悪魔のように笑っているのだから。
「あ、あああ......」
燐華さんが見てわかるほど震えており、怯えているのがわかる。
「んー? どうしたのー?」
そんな燐華さんに、無邪気に質問する夏鈴さん。
燐華さんの額からは冷や汗が垂れ始め、顔色も真っ青になっていく。
「あ、そうだ夏鈴ちゃん! 今度のお出かけのことなんだ......」
「チッ......」
夏鈴さんは不機嫌な顔をして舌打ちをする。
「なんであんたと一緒に休日を潰さないといけないのよ。それに、夏鈴ちゃんなんて、馴れ馴れしい呼び方はやめてくれる?」
再び笑顔になり、燐華さんに言う。
「ご、ごめ......」
「そっちの彼氏くんとなら行ってあげてもいいけどなぁー?」
「......っ! 行きましょう、燐華さん!」
俺はそう言い、燐華さんの手を握る。
燐華さんの手は手汗で濡れていた。
そして、手の震えから燐華さんがいかに怯えているか、そして、未来を恐れているかが伝わってくる。
燐華さんの手を引き、俺たちはこの場を去った。
最悪な事態が起きてしまった。
おそらく、夏鈴さんの記憶が戻ってしまったのだ。
俺は燐華さんを連れて自宅へ戻ってきた。
とりあえず燐華さんをソファに座らせ、俺も隣に座る。
「まさか......。夏鈴ちゃんの記憶が戻っちゃうなんて......」
頭を押さえ、受け入れられない現実に絶望している。
「うぅ......。袋ちょうだい......」
燐華さんが苦しそうに口を押えながら袋を求める。
「は、はい!」
俺は咄嗟に台所からビニール袋を取りに行った。
ビニール袋をすぐに燐華さんに渡すと、抑えていた口をどかす。
「うぉぇ......。えっ......」
燐華さんは袋に顔を近づけると、思いきり吐いた。
そんな燐華さんの背中をさする。
燐華さんの表情は、夏鈴さんと遭遇し、吐いてしまった時と同じ様だった。
苦しくて、辛くて、限界を迎えた時の顔。
しばらく吐き続けると、燐華さんは落ち着いた。
「大丈夫ですか......?」
「吐き気は大丈夫だけど......だけど......」
燐華さんの声が涙声へと変わっていく。
「今まで頑張って......ヒグッ......。仲良くなろうって決めて......頑張ったのに......」
過去にいじめてきた相手とやり直すという勇気ある決断をし、それを成し遂げたのだ。
「こんなのってないよ......!」
燐華さんはついに泣き出してしまった。
それなのに、現実は残酷だ。
頑張りが、努力が、全てが無意味になってしまった。
「ねぇ志永くん......。私、どうしよう......」
そんな燐華さんにできることは、一つしかなかった。
「燐華さん......。俺が守ります」
昔は守ってくれる人はいなかったかもしれない。
しかし、燐華さんは今は一人ではない。
「俺が卒業まで、燐華さんのことを守ります! 絶対に!」
「で、でも......」
「でもじゃないです! 俺は絶対に守ります! 燐華さんが迷惑かもしれないと言おうと! 俺の好きでやらせてもらいます!」
燐華さんの否定を遮るように、俺は強く宣言した。
「だから、任せてくださいよ」
次の瞬間、燐華さんが抱き着いた。
「ごめんね......! こんな迷惑ばかりな彼女でごめんね......!」
子どものように大声で泣く燐華さん。
そんな燐華さんを俺は優しく抱きしめた。
しばらくすると、燐華さんは落ち着きを取り戻した。
「とりあえず大学にいる時は俺がずっと一緒にいます。もし休日も不安があったら俺が付いていきますし、無理でも美湖さんに頼みます」
「でも、美湖ちゃんにもこれ以上迷惑は......」
「そこは俺が土下座でもなんでもしてお願いします。だから、安心してください。燐華さんは、とにかく守ってもらえるから大丈夫ということだけを考えてください」
絶対に守る。
何としてでも。
「......でも、こんなんじゃ......」
「......え?」
「......こんなんじゃ、いけないよね」
燐華さんはゆっくり立ち上がると、突然自分の頬を強く叩いた。
まるで、自分に喝を入れるように。
「り、燐華さん? 体調は......」
「悪いよ......。でも、みんなが助けてくれる中、私だけ弱気でなんていられないよ......! 夏鈴ちゃんが私とのこれからより、過去のいじめの楽しさを選ぶっていうなら......! 私を徹底的に叩きのめすっていうなら!」
燐華さんはもう一度、思い切り頬を叩く。
「私決めた! 徹底的に立ち向かって、ガツンと言ってやる!」
「燐華さん......!」
「だから見てて! 夏鈴ちゃんが二度と私に近寄れないようにしてあげるから!」
燐華さんが凛とした顔つきでそう宣言した。
こんなに気合が入っている燐華さんは初めてだ。
今までの燐華さんならここで心が折れてしまっていただろう。
だが、トラウマを乗り越え、夏鈴さんと仲良くするという経験が、燐華さんの心を強くしたのだ。
「でも......」
「なんですか?」
「もし、それでもダメな時は頼らせてほしいな......」
「......もちろんですよ!」
そう返事をすると、燐華さんの表情が明るくなる。
先ほどまでの絶望した燐華さんの面影はない。
このままうまく物事が進んでくれ。
そう願うのであった。
次の日の大学にて。
講義に向かう俺たちの前に、当然夏鈴さんは現れた。
「あら、おはよう」
ニヤニヤと笑いながら挨拶してくる。
「ふふふ、今日は平和に過ごせるといいわね......」
そんなことを言う夏鈴さんの前に、燐華さんが堂々と立つ。
「ふん。やれるもんならやってみれば?」
「......は?」
「やってみればって言ってるの? 小学生みたいな幼稚ないたずらを、恥ずかしげもなくやってみたら? って言ってるの」
「な、何よ!」
夏鈴さんが大声で言い返す。
その声に反応し、周りの人々が注目し始めた。
「突然そんな大声出したら、ヒステリックだと思われて印象ガタ落ちだよ?」
そんな中でも、態度を変えずグイグイ攻める。
「だ、誰がヒステリックよ! この......!」
夏鈴さんの怒りが限界に達し、手が出そうになる。
そこへ俺が間に入る。
「やめてください」
俺は夏鈴さんを睨む。
すると夏鈴さんは悔しそうな顔をし、どこかへ行ってしまった。
「はああああ,,,,,,」
修羅場から解放され、安心感から大きなため息が出た。
咄嗟に出たはいいものの、心臓はバクバクだった。
「どうなるかと思ったけど......」
「でもやりましたね......!」
「そうだね......!」
俺と燐華さんはハイタッチした。
そんな二人の様子を夏鈴は見ていた。
殺す気でもあるかのような、殺気がある目つきで。
追い払って以降、夏鈴さんは俺達の前に現れることはなかった。
俺達は平和な一日を過ごし、帰宅した。
帰り道、燐華さんが酒を飲みたいと言うので、俺は燐華さんの家に寄ることにした。
燐華さんは日本酒を取り出し、コップに注いでいく。
それを一気に飲み干す。
「うまーい!」
そう言いながらコップをテーブルに叩きつける。
そして、何度も何度もグラスに注いでは飲むを繰り返す。
「燐華さん......。すごいですね......」
「ん? 何が?」
「だって、夏鈴さんの記憶が戻って、あんなことがあったのにもう元気で......」
俺はコーヒーをかけられたこと。
そして、今日の大学のことを思い出しながら言う。
「正直言うと......。悲しいよ。泣きたいよ。でもね......」
燐華さんは話しながら酒を注ぎ、飲む。
「夏鈴ちゃんが私との未来よりもいじめを選ぶっていうんだったら、もうそれを受け入れるしかないよ。悲しんだところで未来は変わらないし。だったら、無理にでもお酒飲んで元気を出して、立ち向かうしかないよ」
酒を再び一気に飲み干す。
そして、面倒になったのか瓶から直接飲み始めた。
「燐華さん......。すごいですよ!」
燐華さんの心の強さに感動し、思わず本心が出てしまった。
「そう? えへへー」
照れながら酒を飲む燐華さん。
物凄い勢いでどんどん飲んでいく。
「だから安心して。私は絶対に負けなおええええええええ!」
かっこいいセリフの途中で盛大に吐く燐華さん。
「志永くーん! ごめーん!」
涙目になりながら謝る燐華さん。
俺は複雑な気持ちになりながら嘔吐物の処理を始めた。
一方その頃、夏鈴の家にて。
「ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつく!!!!」
夏鈴はそう言いながら壁を蹴っていた。
今朝の燐華と志永の態度があまりにも気に食わず、そのストレスによる八つ当たりだった。
「はぁ......。はぁ......」
壁を蹴るのをやめ、荒げた息を落ち着かせる。
そして、ベッドに座り、自分の太ももを強く叩いた。
「こんなんじゃ、私の方がおかしくなる......」
いじめて優越感を得ようとしていたのに、逆に劣等感を感じてしまっている現状に気が狂いそうになっていた。
そんな夏鈴は、何かを思い出したかのように机の引き出しを開ける。
そこには、ほぼ新品のカッターナイフが入っていた。
「......いつでも殺せると思っておけば、少しは落ち着くはず......」
そう一人で呟きながら、大学に持っていっている鞄にカッターナイフを投げ込んだ。
次の日、大学の廊下で夏鈴さんとすれ違った。
すれ違う瞬間、鬼のような形相でこちらを睨んできた。
また何か言われるのではないかと緊張していたが、特に絡まれることはなかった。
距離が離れた後、俺と燐華さんから大きなため息が出た。
「昨日の燐華さんの対応が相当効いたみたいですね......」
「そうだね......」
「しばらく平和な日が続けばいいですけど......」
俺たちはそんな話をしながら講義室に入っていった。
空いている席に適当に座り、受講の準備をする。
夏鈴さんとすれ違っただけで精神がすり減り、俺と燐華さんは若干ぐったりとしていた。
そんな俺たちの目の前に、突然女子生徒二人がやってきた。
片方は茶髪の女子生徒。
もう片方は金髪の女子生徒だ。
「あ、あの! 燐華さん! き、昨日のやり取り見てました!」
茶髪の女子生徒が突然そう言った。
「この子、昨日のやり取りを見て、燐華さんのかっこいい部分に惚れちゃったみたいで、お友達になりたいらしくて......」
金髪の女子生徒が言う。
「ちょ、ちょっと!」
恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にする。
「そ、それで......。お、お友達に......」
「いいよ。友達になろう」
燐華さんはすぐに返事をした。
「本当ですか!?」
燐華さんがそう返事をすると、よほど嬉しかったのか、テーブルに手を付き、前のめりになる。
「よろしくお願いします!」
「うん。よろしくね」
「あのー。実は私もお友達になりたいなー......。なんて」
金髪の女子生徒は頬を指でかきながら言う。
「うん。これからよろしくね」
燐華さんは優しく言う。
金髪の女子生徒も嬉しかったのか、口元が緩んだ。
「燐華さんモテモテじゃないですか」
俺が少しからかうように言う。
「モテモテ......。なのかな?」
「そ、そういえばそちらは彼氏さんですか......?」
茶髪の女子生徒が俺のことを見ながら、燐華さんに聞く。
「うん。志永くんって言うんだ。仲良くしてあげて」
「よろしくお願いします!」
「よろしくー」
「はは、こちらこそ......」
俺は二人の挨拶に少し恥ずかしがりながら返事をした。
そんな俺を見て、ちょっとだけ燐華さんの頬が膨れ、嫉妬していたような気がした。
その後、二人の自己紹介を聞いていると、講義室に教授が入ってきた。
女子生徒たちは自分の席に戻り、俺は受講の準備を再開しようとした。
すると、燐華さんが俺の服をつまみ、軽く引っ張る。
「志永くん。浮気はダメだからね......」
さっき俺が照れているのが気になっていたのか、耳打ちしてきた。
「し、しませんよ......」
「ま、冗談だけど......」
冗談なら先ほど頬を膨らませていたのは何だったのか、と思ったが、心にとどめておくことにした。
そんな二人の様子を、夏鈴は講義室の外から覗きつつ、会話を聞いていた。
自分がいじめてやろうと思った結果、燐華には友達が増えた。
その事実が受け入れがたく、そして、憎かった。
夏鈴はトートバックに手を突っ込み、カッターナイフの刃を出す。
私はいつでも殺せる。
そう思い込むことで、精神を安定させる。
そして、夏鈴は落ち着きを取り戻し、去っていった。