流浪人の世界巡り   作:増えることに飽きたプラナリア

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始まりの地 北の不死院 その6

 亡者を撃破した後、道なりに通路を進み続けた彼は、その終わりに霧のようなもので覆われた出口を見つける

 

 先ほど亡者を殺したことで覚悟を決めることができた彼は、ブロードソードを握りしめたまま左手で霧に触れる。すると自然と体は霧の中へ吸い込まれるように前へと進みだし、やがて霧を越える

 

 霧を抜け切り、新たに現れたのはあの灰の小山が置かれた広間を見下ろすことのできる2階の通路の中間で、周りを見ると、左右に通路の先が伸びている

 

 彼はどちらに進むべきかを悩んだ後、右へと歩を進め、やがて通路の突き当たりで上下に続く階段を見つけると、自分がこれまで歩いてきたこの施設の構造を思い出し、下は独房しかない可能性を考えてまずは上に進もうと階段を上がった

 

 彼は幸運だった。何が起きるかわからないと言う緊張感から周囲の確認を怠らなかったことでそれに気づけたのだから

 

 上の通路から階段へと、人間大の鉄球が勢いよく転がり落ちてくる。それに気づいた彼は驚愕に声を上げながらも、ブロードソードを捨てて両手持ちにしたカイトシールドを構えつつ右側の空間に逃げるようにずれ込む

 

 鉄球が盾に直撃し、その強大な運動エネルギーを受けたことで大きくひしゃげるも正面からではなく、側面に近い位置で受けたことが幸いし、彼の体は衝撃に吹き飛ばされ、そのまま壁に叩きつけられる

 

 衝撃に悲鳴をあげ、そのまま下へ向かう階段に落下し、彼は背中を強かに打ち付けると、そのまま勢いを殺すことができずに階段を転げ落ちることとなる

 

 しかし階段自体の幅がそこまで広くはなかったおかげで途中で体がつっかえてしまい、そのおかげで止まることができた。とは言え、あまりにも強烈な初見殺しに見事にハマってしまった彼はつっかえたままの階段から抜け出すどころか、指先すら動かせないほどに憔悴し、動けなくなってしまう

 

 それからどれほどの時間が経過したのか……とにかく言えることはかなりの時間をかけてどうにか気力を回復させることができた彼は、少しずつ身を捻り、時間をかけて階段にはまってしまった体を抜け出させる

 

 その開放感からか階段の上で仰向けになったまま、さらに少しの間休憩をした彼は、ふらつく体に鞭を打ちこみ、どうにか立ち上がると、彼は軽く自分の状態を確認する

 

 右手の骨が折れてはいるものの残りの手足は骨折などの動くことに重大な影響を及ぼすほどの怪我はなく、しかし肋骨が折れたのか呼吸がしづらく、体の前後が激しい痛みを訴え続けていた。どう考えても重症である

 

 とにかくこんな状態では先に進むことはできないと考え、彼は壁に手をつき、体を支えてどうにか階段を登る

 

 階段を上り切ると、先ほどまで壁だった場所に大穴が空いており、そこから微かに人のうめく声が聞こえてきていた。それに彼は亡者ではない、人がいる可能性を考え、様子を見ようと穴へと向かう

 

「お、おぉ……貴公、もしやまだ亡者ではない人間なのか?」

 

 穴から中を覗き込むと、そこには下で見た水路と似たような場所が広がり、瓦礫の上に体を横たえた騎士っぽい鎧に身を包んだ男が居て、その男は彼にそう尋ねてくる

 

 尋ねられた彼は頷かことで返答し、それを見た男は安堵の息を吐いた後、再び彼へと向き直ってこう言った

 

「貴公、すまないがここまできてくれないだろうか? もう……声を張る力もないのだ」

 と、少し申し訳なさそうに、ただ明るく話そうと努めているのがよくわかる声でそう言った男に、彼は了承の意を伝えてゆっくりとそばまで近づく

 

「おぉ、貴公……酷い怪我をしているじゃないか」

 と、彼を憐れむようにそう言うと、男は何かが入った瓶のような……土器のような不思議な容器を取り出すと、それを彼に差し出す

 

「これを、飲むといい……」

 と、そう告げる男に、彼はその容器を受け取り、数秒の葛藤の後に男を信じて中の液体を飲み込む

 

 感じたのは味わったことのないものだった。決して不快感や嫌悪感を感じさせず、例えるならば母の温もりと柔らかな日差しの中で安らぎを与えられているかのような、そんな安心を味わうことのできる不思議なものだった

 

 そして、彼はすぐに気づく……自分が今の今まで感じていた痛みが引いていることに。呼吸がしやすくなっていることに。その事実に慌てて折れた右手を見れば、あざとともに痛みは消えており、彼は折れた箇所を手で撫でながら驚愕に目を見開いていた

 

「それはエスト瓶。我ら不死のみが使うことのできるもの……無くすなよ」

 と、男はそう言って、笑ったのか肩を小さく振るわせた

 

 彼が礼を述べた上で自分がこれを使って良かったのか、あなたが使うべきではなかったのか、とエスト版を男に差し出しながら尋ねる。それに彼は小さく首を振ってからこう答えた

 

「私はもう死ぬ。そのような人間には不要の代物だ、君が使う方がよいだろう」

 その答えに、彼は目の前の男は言葉通りに思ってエスト版を渡した、と言うよりは、何かに疲れたから、諦めたから彼にこれを渡したのではないか、と感じながらも、それを口にすることはなかった

 

「なぁ、貴公……こんなことを君に頼むのがおかしいことは承知しているが、どうか私の願いを聞いてはくれないだろうか」

 と、男は差し出された彼の手を握り、必死にそう頼んでくる。それに彼は断るべきかを数巡悩み、しかし命を救ってくれた人が今際の際に縋ってきた願いを無碍にするのは、人の道に反するだろうと思い、ゆっくりと頷く

 

「ありがとう。願いというのは私の使命を引き継いでほしいのだ……」

 

「この地のどこかにあると言う二つの鐘を鳴らすと言う不死の使命……それを、どうか私の代わりに果たしてほしい……」

 男は掴んでいた手を離して鍵を取り出すと、それを彼に差し出す

 

「これも渡しておこう」

 その言葉に、彼はエスト瓶を強引にズボンのポケットに捩じ込み、鍵を受け取る

 

「さぁ、もう行ってくれ……亡者となって君を襲いたくはない。どうか行ってくれ」

 そう言った男は軽く彼の胸を押す。それに彼は一歩後退り、男にありがとう、とそう告げて穴から通路へと出ていく

 

「どうか、君の旅路に幸運を」

 男は、騎士は去り行く彼の背中にそう声をかけた

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