オルカのファミリア   作:西蔵砂狐

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開始1話で主人公の容姿を語らない話があるらしい。


プロローグ

 ―――夢を見ていた。

 

 それは酷くつまらない人間の半生を只々垂れ流すだけの監視カメラのような単調なものだ。

 

 産まれ出て、物心が付き、人様には言えない悪行を行い、更生した振りをして擬態し、無為に仕事をして、何も成せないまま、最後には酒に溺れて幕を下ろす。

 

 そんな十把一絡げに量りで売るような個性もない登場人物が現れる物語の無個性な主人公、それがこの夢物語の観察対象。

 

 ただ主人公には、その他凡百とは違い、あるいは同じように願いがあった。

 

 なんということは無い、翼が生えていれば、鰭が生えていれば、美しくなりたい、異形になりたい、ヒーローになりたい、プリンセスになりたい、そういったモノの延長線上、巷によくある変身願望というやつだ。

 

 それを夢の主人公は只々真面目に真剣に、オンラインゲームのキャラクターメイクの如く具体性を持って、ただ妄想の中に“成りたい自分”を、その健康状態や好みの食事に至るまで、思い描いて日々を過ごしていた。

 

 昼食を食べれば“成りたい自分”はこれを好むだろうかと考え、検診が始まれば“成りたい自分”はきっとこんな数値だろうなどと嘯き、他者と会話をすれば“成りたい自分”はこう話すだろうと断定をする。

 

 そんな現実逃避とも創作活動とも取れる言わば頭の中で完結するヘンリー・ダーガー氏の“非現実の王国で”のようなものだったのだろう。

 

 氏の残した物語は氏が死した後に発見され、歴史上最も長い長編小説として物語の本分へと向かう事が出来た。

 

 しかし夢の主はそうはならない。

 

 酒に溺れた肉体はやがて朽ち果て、誰にも見つからず蛆が湧き骨になるか、早々に発見されて燃えて灰になるかのいずれかだ。脳内にある創作は残らない。

 

 仮に記憶を読み取る技術があったとしても、凡百の脳から搾り取れる妄想の塊を抜き出す物好きも皆無に等しいだろう。

 

 斯くして、凡百の妄想は広大に広がる記憶の墓場に流され、消えゆくのは当然の帰結だろう。

 

 

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 光も届かない深海に揺蕩いながら、半世紀にも及ぶ一瞬の夢から目が覚める。

 

 

 仰向けで漂いながら今見た夢を咀嚼していく、私が今し方見た夢は恐らく実際に実在した何処かの誰かの生涯なのだろう。

 

 誠に遺憾ながら、それは疑うのも馬鹿らしい程の真実性を必要以上に私に訴えてきた。

 

 端的に言うならば夢の主が願った“成りたい自分”という奴に私は嫌という程、心当たりがあった。

 

 つまりだ、どうやら私は夢の主が願った“成りたい自分”とやららしい。

 

 

 私は私が生まれた場所を知らない、親を知らない、いつ生まれたのかすらも私は知らない。

 

 ある時、私はそこに居り、そして自我を持った。

 

 見知らぬ物を知ってはいたし、由来不明の基礎技能が私には備わっていた。それが不自然な事だということは、同じく由来不明の知識によって知らされてはいた。

 

 しかし自身のルーツなんてものを考えている無かった。

 

 広い海の中で生まれたての生物が生き延びる為には無駄な事を考えている余裕なんてものは無い。

 

 海洋生物に限らず、生物というのは幼体の時にこそ最も死にやすいというのは火を見るより明らかな事だろう。

 

 食物連鎖の下部に位置する生物たちは成体になった所でリスクはあまり変わらないだろうが、そこは由来不明の知識が私の将来を保証してくれてはいたから精神的にはかなり助けられた。

 

 大型生物に丸呑みにされかけた事もあったし、無駄に素早い肉食魚の群れに襲われかけた事もある。

 

 紆余曲折ありはしたが、ともかく私は生き延びた。そして成体になり冒頭の夢へと話は繋がる。

 

 期せずして私は私のルーツへと繋がる太い(ライン)を見つけた。

 

 少なくとも夢の主は私の事を私以上に知っている。それはもう気味が悪い程に…

 

 

 とりあえず、私は夢の主の転生体なのかどうかだが、夢の主はその事を気にするだろうが私としては心底どうでいい。

 

 記憶の連続性は無いし、性格だって別物だ。

 

 知識と基礎的な技能のお陰で生まれた当初は助かったが、今更夢に出てこられた所で「だからどうした?」というのが正直なところだ。

 

 私のプロフィールを気味が悪い程に理解できるのは全生物の中でもトップクラスのアドバンテージではあるものの、それは夢の主の世界ではの話であり、私が行使できる能力がその世界では異質だった場合にのみ得られる特典が多すぎる。

 

 そもそも私が生まれた黒と青の世界は夢の主が生きている世界とは異なるものだと私は考える、というより確信だ。

 

 深海は一般にあまり知られていないとされているが、流石に夢の主の世界で言うところのウォーターカッターを照射出来る首長竜なんてものはその世界には限りなく居ないと言っても過言では無いだろう。

 

 というより、魔法・魔術・呪術そういった類の力が食物連鎖の中域以上で当然の権利のように跋扈しているんだ。

 

 私も夢の主のお陰でその類の力を使える事を知ってはいるが、それは中域以上と同じ舞台に上がったという事であり、アドバンテージがあるとは言い難い。

 

 とはいえ上を見ても仕方が無いとはよく言うが、これだけのスペックを完璧に把握出来た事を喜ぶべきか、これだけの力を持ってしても上域の化け物共には及ばない事を嘆くべきか。

 

 悩むべくもなく前者なのは当然の事だと変に力を持って生まれてしまった自分に言い聞かせた事をこの先忘れないでおこう。

 

 




【tips】
異能とは
魔術や電子演算といった既にある体系化された事象ではなく、1mから落としたリンゴを2m跳ねさせる不思議な力を指して使うことが多い。ただし解明されていない事象も異能とすることがあるため個の能力で麻酔を再現できればそれは異能である。
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