「何故、俺を呼ばなかった?」
蝶野家の寝室で傷口を消毒し、簡易的な手当てを行っていると部屋の扉を壊してお坊っちゃまが部屋に入り込み、傷を治療するために素肌を晒す私を怒りを露にしながら見据える。
「奈落と単身で戦っていたためお坊っちゃまを呼ぶ時間も隙もありませんでした。本当に申し訳ございません、お坊っちゃま」
「お前に怒っている訳じゃない。一人で抱えようとした事に怒っているんだ。お前は俺のもの、そう言ったのは賛だろう?」
「…ッ…えぇ、そうでございましたね」
傷を負った肩を握るお坊っちゃまの手に力が籠り、ジワリと包帯とガーゼに血が滲み、僅かに身体を蝕む瘴気が漏れ出した肩口にお坊っちゃまが噛みつく。
「あッ…ん、くうっ…!…っあ……ダメッ!?…」
「グッ、ゲボォッ!?」
「も、申し訳ありません!」
私の肩口に牙を突き立て、瘴気の毒を飲み干そうとするお坊っちゃまを押し退け、血反吐を吐いてカーペットに血溜まりを作るお坊っちゃまに駆け寄り、彼の身体を支えてベッドにお連れする。
いつもなら優しく私に訊ねて、この様な強引に血を吸うなんて事は一度も無かったというのに、何故今になって血肉を喰らおうとするのです。
「賛、俺にはお前が必要だ。奈落の思惑も策略もどうでもいい、お前が俺の傍にいない世界に俺を置いていこうとするな」
「……はい。私はお坊っちゃまのお側にいます」
片時も離れないと言えるのなら、それだけで幸せですが奈落の目的は恐らく蛮竜を自由自在に操ることの出来る私の血肉と霊力を宿した身体でしょう。
彼の蛮竜に向ける執着は、何処か私とお坊っちゃまの関係に似ているのかもしれません。───ですが、愛を捨てた者に負けるつもりはございません。
あれ?
何故、私は彼が愛を捨てたと?
「しかし、中々に絶景だな」
「……お坊っちゃま、部屋の外に行って下さい」
ポツリと呟くお坊っちゃまの言葉に傷の手当ての途中だった事を思い出して、私の部屋を出ていくように伝えると不服そうに傷口を舐めて部屋を退出する。
油断や隙もありませんが、お坊っちゃまは破廉恥な事を控えることを覚えて貰わなければいけませんね。まあ、それだけ愛されているのでしょう。
そう思うと嬉しくなります。
ただ、こっそりと覗こうとする破廉恥なお坊っちゃまは嫌いです。もっと節度を持って、清いお付き合いを私はしていたいのです。
「そういえばお坊っちゃまに聞きたいのですが」
「なんだ」
「何故、奈落は逃げるのでしょうか。あの海上に築いていた武装錬金の城をもう一度築き上げれば今度こそ攻め込む事は難しくなるというのに」
「さあな、少なくとも逃げの一手においてヤツは余念無く悔しさも無く逃げていた」
確かに、今のところは格下と断ずる私達からも平然と逃げて、今回も傀儡という遠隔から私を攻撃して襲ってきていた。やはり、蛮竜と相対するには相応の何かが必要になるのだろうか。