「兄さんのせいで、僕は彼女に振り向いて貰えないんだ!もう十年近く彼女の時間を束縛していたんだ、僕にだって権利はある筈だろう!!」
「フン、束縛していたか。そうやって自分は分かった風に考えて、いずれ俺の死ぬときを待ち望んでいた事も知っている。だが、俺は一度たりとも糸色賛というこの世の何よりも大事な女を束縛した事はない」
私の事を見つめて恋慕を抱いているのは知っていましたけど。まさか奈落に魂を売り渡してまで私の事を求めるなんて想像もしていませんでした。
不安の余りお坊っちゃまに抱き付く力を強める度、狂乱した様に蝶のホムンクルスに生まれ変わった次郎くんは荒々しく外壁を壊していき、空に飛び上がった次の瞬間、私はあることに気が付いてしまった。
奈落は、なんと惨いことをッ。
「兄さんよりも僕は高く羽ばたける!賛、君も僕と一緒に兄さんなんかよりも高く羽ばたけるんだ!僕のところに来てくれ…!」
「完全に意識を呑み込まれたか……愚弟が」
お坊っちゃまの言葉に悲しみが混ざっていることに次郎くんは気付かず、ひたすらに私を狙って炸裂する鱗粉と羽の羽ばたきで攻撃を繰り返す。
「あの世に送り返してやる!ニアデスハピネス!!」
お坊っちゃまの武装錬金「ニアデスハピネス」が形を作った黒色火薬の蝶が爆発を繰り返し、鱗粉を破壊して突き進んでいく次郎くんの身体を破壊する。
「賛、僕をッ、僕を見てくれ!」
「……申し訳ございません」
私に向かって手を伸ばす次郎くんの額に浮かび上がったボロボロに崩れかけている章印を撫でるように触り、悲しそうに私を見つめる次郎くんの身体は少しずつ塵となって消えていく。
「次郎、お前の想いは知っていた。だが、コイツも俺もお互いを深く理解し、離れることなんて出来ない。ただ美しいから、だだ寂しいから、そう思って妬んでコイツを求めるお前に賛は靡くほど安い女じゃない」
「クソ、最後まで賛は僕を見てくれないのか…」
「次郎くん、貴方の気持ちは嬉しいです。愛して貰えるのは女の子として幸せでしたよ。いつかまた生まれ変わったら今度は三人で……」
そう、風に乗って消えてしまった次郎くんに言葉を贈り、お坊っちゃまも蝶々仮面を外して、次郎くんの最後を蝶野攻爵として見送ってくれた。
「賛、アイツは自分の姿を蝶と思っていたな」
「えぇ、そうでしたね」
「もしも奈落がアイツの魂を弄んでいたとしたら、アイツは自分の変わり果てた姿の違和感に直ぐに気付いて、こうも簡単に倒すことは出来なかった」
蛾。
次郎くんのベースにされた生き物は蝶とは似て非なる蛾であり、おそらく奈落はわざと彼の生前の行動を揶揄するように使ったのでしょう。
本当に、最低な男ですよ。
そして、白い少女に私の身体から抜き取られたものも次郎くんのように何かに使われる可能性もあります。下手をすれば私の偽者が現れる可能性も高い。