「……ゴホッ…ッッ…ごぶっ…!…」
数週間ぶりに寄宿舎を出たこともあり、疲労と負担で咳き込み、吐血するお坊っちゃまを制服からパジャマへと素早く着替えさせて、ベットに運んで布団をお掛けしながらハンカチで口許を拭う。
あと一週間でお坊っちゃまの不治の病はホムンクルス化することで完治する。お坊っちゃまの命令を承れば直ぐにでも錬金の戦士を私と鷲尾さんで打破できる。
───けれど。お坊っちゃまは私に戦闘を命じることはなく「最後まで傍に居ろ」という命令……いえ、あれは私の知る蝶野攻爵としてのお願いだった。
「変身だ、俺は華麗なる蝶になる」
今朝、お飲みしたお薬の副作用で眠ってしまったお坊っちゃまを鷲尾さんに任せて、私はマスクを外して銀成高校へと向かう。お坊っちゃまの命令を受けるまで戦闘は行わず、今は情報収集に徹するのみです。
玄関の下駄箱を開け、革靴を履き、お坊っちゃまの部屋に一礼して学校に向かう。3年生にカズキという生徒は居るけれど、武装錬金を使えるような覚悟を持っている人は一人もいない。
「メイドちゃん、今日も学校行くのかい?」
タンクトップとオーバーオールを着た長身の男性、かつてはお坊っちゃまとネット友達だった蛙井が電柱に背中を預けて話し掛けてきた。正直、彼のネットリと獲物を見るような視線は不愉快ではある。
「蛙井、貴方に話すことはありませんよ」
「えぇ~~っ、そんなこと言わずにさ」
私の肩を掴んできた蛙井の手付きに不快感を感じ、思わず裏拳を叩き込んでしまった。まあ、お坊っちゃまに余計な手間を掛けさせた報いとして甘んじて受け入れることを推奨します。
「次は章印を砕きます。貴方はお坊っちゃまのために情報収集と素材を集めることに集中しなさい」
「……はあぁ~い」
私の言葉に怒りと殺意を混ぜた視線を向ける蛙井。
彼の様に普通の一般人がホムンクルスになったところで、鷲尾さんの様に鍛え上げた肉体と鳥類最強の大鷲の性能を持つホムンクルスでなければ私を取り押さえて補食することは不可能です。
「(……それに蛙井は目先の欲に負ける。今夜か一週間以内に錬金の戦士に不意打ちを仕掛け、私の処遇についても核鉄を奪えばお坊っちゃまが許すとでも考えているんでしょうね)」
コツリと革靴を鳴らしながらオバケ工場と寄宿舎の近くに居た知らない制服を身につけた女子生徒の真横を通り、その顔と体格を覚える。
鼻の上の横一文字の傷。
あれは刃物による傷ではなく、獣の様な生き物の鉤爪の受けた傷ですね。まあ、錬金の戦士になるくらいですし、ホムンクルスの攻撃なのは間違いないか。