お坊っちゃまがご帰宅する前に掃除を終えた私は洗濯物を干し、縁側に腰掛けて蛮竜と一緒に日向を浴びつつ、ぼんやりとお坊っちゃまをお待ちします。
こうして一人になるのは数年ぶりでしょうか。
こういうときは高祖母様の書き記した未出版の絵草紙を読みたくなりますね。何故か高祖母様は「自分の生きている間は読んではいけない」と「骨喰い井戸を探しなさい」という謎の口伝を残していますけど。
私はどの作品も好きで鍛練した後はよく絵草紙を読むために書庫の中に忍び込んで、お婆様に怒られていた記憶があります。
「……そういえば一冊だけありましたね」
ふとお婆様に持っていく事を許されていた絵草紙を思い出し、私が暮らしていた寝室に向かっていく途中、蛮竜の鼓動が聴こえてきた。
二階に上がって次郎くんの隣の部屋に入る。
元々はお坊っちゃまの部屋でしたが、入退院を繰り返していたお坊っちゃまの部屋は自然と彼のものになり、よく私の部屋に訪れていた。
「……有った」
本棚の真ん中を占領する古びた冊子───。
かつて高祖母様の夫・相楽左之助を初めとした名だたる武人の技を絵として遺した兵法書。武藤カズキの使っていた技もこの中に記載されていて、私の構えや初動のタイムラグを細かく指摘する文章もある。
「この冊子を武藤君に渡せば更に強くなってお坊っちゃまも満足できる戦いを行えるのでしょうか。……しかし、何故私の名前も載っているのか」
私は相楽左之助と糸色景の二人とは未だに出会えていないというのに不思議です。引きの良さもあるのでしょうが、初代様の彼と闘うことが多いですね。
ここには蛮竜の業も幾つか載っていますが、やはり武藤カズキに教えるべきですね。この冊子と蛮竜を貸して使えるようになれば奈落を倒す手段は何十にも増えることは確実ですからね。
「こんなところに居たのか」
「お坊っちゃま、申し訳御座いません。お出迎えも忘れて本を読んでいました」
「構わない。それより何を読んでいたんだ?」
「高祖母様の書き残した兵法書です」
お坊っちゃまの問いかけに答えつつ、彼に冊子を差し出すとペラペラと捲る手が止まり、静かに一つのページを見つめている。
「明治時代の人間が俺とお前を描けるのか」
「?いえ、これは武藤君の絵です」
「なに!?まさか本当にタイムスリップして蛮竜を使えるようになっていたのか!?」
「お坊っちゃま、私はお坊っちゃまにウソを吐いたことは一度もありませんよ?」
「……すまない、ジョークだと思っていた」
まあ、そうなってしまうのは仕方ないですね。