ほしぐま、ねくらす、しゅゔぁるつ   作:東京<アズマ キョウ>

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Discordのメッセ仲間とカップリングで話をする機会があり、の第二弾
そこで投下したドクターと値食らうsの会話プロットを書き直してみました。ちょっと薄味気味かもしれません。


Violet Pyrina calls: ‘Doctor.’

「ここは……?」

 

 頭が痛む。酷くぶつけたようだがいまいち思い出せないまま、ドクターは自身が横たわっていた体を長椅子から起こした。

己の意識が覚醒したその場所は、ヴィクトリア式の建物の中で恐らく聖堂であろう。白一色のタイルと壁、均等に並べられた長椅子、信徒に説法を語るための講壇、窓に嵌められたステンドグラスと壁や梁に据え付けられた天使像がこの場の神聖さを表しているように思える。特に印象的なのは燭台を掲げた天使像で、かつてはその燭台が信徒を頭上から照らしていたのだろう。油がまだ残っているのか、どこか燭台の針が濡れているように見える。

 

時間があるならじっくりと眺めてみたいものだ。建築物や芸術に詳しいオペレーターや修道院に属するオペレーターがいれば何かしらの知見を語ってくれることだろう。残念なことに今見ているこの景色には足りないものがあるが。

 

「現実感はないな」

 

 両手を見る。目を凝らしても色の濃淡程度は判るが色彩が判らない。ステンドグラスや天使像、そして壁の松明を見てもそれらがどのような色合いなのかが判らず、まるでモノクロの世界に閉じ込められたような感覚だ。夢か、あるいは頭部への衝撃で一過性の色覚異常を起こしているか。少なくとも視覚と聴覚が利くのは幸いだろう。

 

「さて、ここはどこだろうか。室内には……何もないな。外に手がかりはあるか?」

 

 ドクターは室内を見まわしてみるが、聖堂の居場所にまつわる物品はなかった。壁にかかる典礼旗は模様や印字がなく、この聖堂に関する名前や土地のことは判らない。天井画があれば画風から推測できるものがあるかもしれないが、この聖堂の天井は異様に高く何が描いてあるかがよく見えずじまい。経典や書類、地図などがないかと探してみるが紙の一枚すら見当たらなかったため室内の情報収集は徒労に終わった。

また、外の様子はステンドガラスの窓越しでは確認できなかった。昼なのか、はたまた聖堂自体が採光を活かす造りなのか内部は暗くない。耳を澄ましてみるが、どこか寂寥とした風の音と自身の衣擦れの音位しか聞こえず、これ以上の情報は手に入らなさそうだ。

己の背後には恐らく外に繋がっているであろう、黒を思わせる暗色の大扉がある。ドクターは大扉を開けようと一歩を踏み出す。

 

「おや、学士殿」

 

 足はその鈴とした声によって立ち止まる。振り向いた先に、このモノクロの世界で唯一の色があった。顔のない天使像の羽の所に、蒼白で紫炎を纏わせた一人の女性が座っている。

 

「ネクラス?」

「ああ、そうだ。忘れてはいまいな?」

 

 ふわりと音もなくネクラスが床に着地する。先ほどまで誰も居なかったはずだ。やはりこれは夢の類か、いや、幽世と現世を揺蕩うような彼女であれば音もなく己の前に姿を現すのも造作もないかもしれない。

 

「私を見て困惑しているな。寂しいものだ、私はただ学士殿に訊きたいことがあってここにいるというのに」

 

 一歩一歩と紫炎が近づいてくる。炎とは熱く明るい物のはずなのに、周囲の熱は次第に失われていくような感覚が体を包む。逆に頭の痛みは鋭さを増し、本能的な危険信号を自身に与えている。

 

「学士殿は態々ここに足を運んだ。この土地に住む民に薬を届けるため、そして民を狙う野盗の問題を解決するために」

 

 ドクターはネクラスの言葉を聞いて思い出す。確かに自分はヴィクトリア事変の後に建てられた開拓村の支援、そして彼らを脅かす野盗の問題をどうにかできないかと自ら志願していた。

 

「何故ここに足を運んだ?学士殿の立場なら、自ら来ずとも指示を下すだけでも良かったはずだ」

 

 その通りだった。確かに現場の開拓村では高度な薬学及び応急治療の知識が必要であり、野盗に対抗するためのチームリーダーが必要ではあったものの、ドクターという立場であれば一開拓村の手伝いをしに行く必要性は薄い。折悪く手の空いているオペレーターが少なかったというのはあるが、それでも行くと決めたのは、ヴィクトリアやかつてのチェルノボーグでの無力・悔恨を少しでも晴らせないかと思ったからだ。

 

 あの時目の前で零れて消えた命を、ドクターは忘れていない。

 

「ふむ、勇猛だな。いや、多感的なのか」

 

 凍えそうな炎を灯す尾をネクラスが揺らし、鐘の音が頭に響くかのような痛みでドクターの足元がふらつく。

 

「そしてここにいる。学士殿は野盗のアーツを受けて吹き飛ばされた」

 

 つまり今自分がいるこの場所はアーツで吹き飛んだ先だったかと理解したが、痛みの気休めにはならない。ネクラスが眼前に立った。

 

「学士殿は脆い。一つ、弓矢を、礫を、刃を受ければ、ひとたまりもなかろうよ。だというのに、道半ばで死ぬとは思わなかったのか?野盗は、いやこの世の害意というものは、学士殿のことなぞ構わずその心臓と金貨を抜き取ることに何ら呵責を覚えはしない。そのような意を持つ者の前に立てばどうなるか、学士殿なら判っているだろうに」

 

 ネクラスの視線が頭を刺し貫いているような錯覚に呻きそうになる。頭の痛みを堪え、本心を述べる。

 

「その可能性を否定したわけじゃない。それでも行くべきだと思ったんだ」

「それはそれは、何とも。浅慮で、莽撞で、無謀だ。火を前にした子供のほうがまだ節度があるやもしれんな」

 

 ネクラスの口角がゆっくりと上がる。

 

 槍杖を一振り。ドクターのバイザーはたやすく切り裂かれ、飛ばされ、床に落ちる前に燃え尽きた。頬の皮も少し切れたようで、体熱の喪失感が生ぬるい液体と共に流れていく。

 

「死を恐れない。或いは、死を受け入れているつもりなのか?」

 

 ネクラスの言の葉が周囲に溶け込み、松明の灯が白色から紫に変わる。

 

「揺籃の赤子でも、命を玩具に燥ぐ若者でも、明日も諦めた老人でもあるまい。途方もない責を持ち、荒原の茨の中を往く学士殿なら……死とは何か、知らぬとは言うまいな?それでも死と親しくしたいと思うなら……他ならぬ学士殿の願いだ、私がその身を手ずから棺の中に招き入れてもいいぞ」

 

 ネクラスの手がドクターの頬と口に触れ、ぬるりと流れる血を撫でる。まるで氷の彫像が己を撫でているかのようで、思わず身震いする。

 

 体が警告を発している。

 

 ネクラスはロドスに来て時間が経ったが、彼女のことを十分に知っているとはいえない。何かが彼女の琴線に触れたのか己相手には親しく振舞っているものの、その有様は人というより自然現象のそれに近い。それも気が変わればたやすく命の温もりを消してしまうような存在だ。オペレーターであり、彼女の実妹であるリードからも忠告を受けている。姉は人理の軽重を問うことのない人だと。ゆえに、彼女が決めたなら己の体は紫炎に包まれ、かつて彼女が従えた衛士の一つに収まることだろう。

 

「なぁ、学士殿。怖いか?それとも、寒いか?」

 

 手が自身の顔を彼女の方に向けさせ、距離がなくなる。唇は三日月のように引かれ、言葉を紡ぐ舌から幻の炎が燃えているようだ。

 

 その手を振りほどけ、命の危機だと本能(痛み)が叫ぶ。

 

 ドクターはネクラスの手を。

 

「寒いな、君のほうこそ大丈夫か?随分と手が冷えているじゃないか」

 

 両手で握り、まるで冷水で凍えた手を温めるように、ネクラスの手を(こす)った。それが意外だったのか、ネクラスは先ほどまでの笑みから呆気にとられた様子を見せている。珍しい物が見れたと思いながら、彼女の瞳を見てドクターは回答を述べる。

 

「死が怖くないとは言わない。死を恐れないとも言えない。だが、怖かろうと恐れようと、前に踏み出す一歩の重みは知っている。死が隣に来ようとも、最後の一歩だけは自分で踏み出したいと、そう願っている。そして、隣に凍える手があるなら、私はそれを温めてやりたいと思う。かつてもそのようにしたかったように。それは君に対しても同じだ」

 

「ふ、ふふ、ふふふふふ」

「ああ、学士殿は学士殿なのだな。英雄でもなく、凡夫でもなく。それとも異常者といえばいいか?いや、どれでもいいか。ふふふふふ」

 

 楽しそうに、凍えるように、紫炎が嗤う。

 

「では、私も学士殿に相伴に与るとしよう。いつか死が学士殿の手から熱を奪うその時、その手を私が握ってやろうではないか」

 

 ネクラスは手に着いた血を舐めとる。モノクロと紫炎しかない世界で、ネクラスの唇が赤く染まった。

 

 そして槍杖を一振り。松明の紫炎が消えるとともに、聖堂の中は足元すら見えぬ闇に染まり、そのままドクターの意識も黒に溶けた。

 

◆◆◆

 

「やあ、学士殿。壮健であられるかな」

 

 ロドスに戻ったドクターは、消毒液が染みて痛む頭に手を当てながら艦内にある書架室にいるというネクラスの許を訪ねていた。

 

「君に感謝の念を伝えたくてね」

「ほう、あれが役に立ったか」

「君が出立前に渡してくれたランタン、あれは君とリードの炎を混ぜてあったのだろう?」

 

 ネクラスは先ほどまで読んでいた、鎮痛に利く薬草がまとめられた資料を閉じてうすら笑いを浮かべる。

ドクターは開拓村に赴く前、折よくロドスに来艦していたリードから『足元を照らし、困難の闇を払う』お守りとして仄かに光るランタンを預かっていたが、どうやらリードとネクラスはそれにスケープゴートのような(まじな)いをかけていたらしい。救助チームからは当時のことを教えられた。

ドクターが野盗のアーツを受けて吹き飛ばされた先の廃聖堂では、己の体は燭台を持った天使像に引っかかっていたらしいが、どうも頭に燭台の先が掠ったらしく、発見時は頭から血を流し負傷していた。そして、居合わせたオペレーターによればその時のドクターは橙と紫の煙を漂わせる何かに体を包まれていたという。それはオペレーターがドクターに触れた時に霧消したが、恐らく衝突時のクッションの役割を果たしたようで、頭部以外の外傷はなかった。『もしそれがなければドクターは全身打撲の上、頭により深い傷を負い一刻を争う事態に陥っていたでしょう』と、ドクターは医療オペレーターのフォリニックから迂闊さを咎めるのと同時に教えられ、ドクターは肝を冷やした。

治療が済み、艦内を自由に歩いても良いと医療オペレーターから許可をもらった後にリードへ感謝の意を伝えていたが、その際にネクラスもランタン作りに協力していたと聞いたためこうして会いに来たのだった。

 

「なに、気休め程度のことだ。あれがあろうとなかろうと、命などたやすく消えるものではないか?」

「その気休めに命を救われた身としては、感謝して足りない事はないと思うよ。ありがとう、ネクラス」

 

 ドクターはネクラスの手を取り、謝意を込めて握手する。ネクラスの手は荒原に吹く風のように冷たかったが、ドクターは構わずその手を握り続けた。

 

「ふ、ふふ、ふふふふふ」

 

 ネクラスは嗤う。

 

「構わないとも、学士殿」

 

 ネクラスがドクターの手を握り返し、己の頬に寄せて呟く。

 

「先に言っただろう。私が相伴に与ろう、とね」

 




誰かと話をしながらシチュの話をすると、キャラクター自体が会話を始めてくれるので助かります。
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