山を越える列車には、裏方の力が必要だ。
そのことを、霊夢はよく知っていた。
まだ陽の昇りきらぬ早朝、霊夢はEF67形電気機関車の乗務点検を進めていた。
始業前の車庫は静まりかえっており、霊夢が操作するブレーキ弁や主回路スイッチの音だけが機関室にこだまする。「ブレーキ圧、正常。電源投入――異常なし。」 確かな手つきで機器を確認していく。
この機関車は、峠を越えるためだけに存在している。
補機。主役ではないが、なくてはならない存在だ。
彼女は無言のまま点検を終えると、静かに運転席へ腰を下ろした。
窓の向こうには、これから登ることになる――“セノハチ”が待っている。
霊夢が瀬野駅の構内に進入すると、すでにEF210形が牽引する貨物列車がホームに停車していた。
前補機の運転席には、若い運転士が座っている。
東風谷早苗。緊張の面持ちが車窓越しに見えた。 無線が入る。
「こちら前、EF210。……霊夢さん、後部接近どうぞ。」 霊夢は無言でスロットルを操作し、車体を列車の最後部へと近づける。 カチリ。
連結器が噛み合った音と同時に、空気管からエアの流れる音が響いた。
「後部、連結完了。ブレーキ系統、正常。」 短く報告を入れると、早苗の声が返ってきた。
「ありがとうございます……。これで、登れます。」 霊夢は答えなかった。
だがその胸中には、少しだけ微笑が浮かんでいた。
ゆっくりと列車が動き出す。
これから挑むのは、山陽本線屈指の急勾配区間――そう。瀬野八(セノハチ)だ。
パンタグラフから電気を受けながら、二両の機関車が力を合わせて列車を押し上げていく。
耳を澄ませば、空転を起こしそうな金属のうなりが聞こえる。
「速度、27キロ……維持しています。……霊夢さん、後部、問題ありませんか?」
早苗からの無線に、霊夢は手元の計器を見やる。
モーターの負荷は高いが、まだ余裕がある。わずかに車輪が滑ったが、すぐに補正が効いた。
「後部、推進力安定。空転なし。こっちは大丈夫よ。」
数秒の沈黙を挟んで、早苗の声が返る。
「……本当に、頼りにしてます。」
「私は押してるだけ。走るのは、アンタでしょうが。」
霊夢の声は静かだったが、そこには確かな信頼と経験が滲んでいた。
八本松駅。峠を越えた列車がゆっくりとホームに滑り込む。
霊夢は制動をかけ、後部の連結器を外す。
金属が鳴り、空気が抜ける音が静かに響いた。
「EF67、切り離し完了。後部退避に入る。」
無線の向こうから、少しだけ安心したような早苗の声が届く。
「……坂を越えられたのは、霊夢さんのおかげです。」
「…どうも。でもそれはこのEF67に言ってあげて」
仕事を終えたEF67は、単機で瀬野へと戻る。
行き交う列車の音もない静かな朝。
赤い補機が山の中をひとり帰っていく。
霊夢は運転席に座ったまま、窓の外の山々を見つめていた。
補機という仕事は、誰にも気づかれないことが多い。
けれど――(列車は、一人では走れない…か。)
霊夢はひとつ深く息を吐き、ゆっくりとレバーを戻した。 再び峠を登る日まで、彼女はまた静かに待ち続ける。
Coolな霊夢さんと
緊張の早苗さん。
かわええ。
次回予告
DE15 type snowplow
~DE15ラッセル車~