時止めのキャロル〜かつての邪神はいま、少女となって魔をふるう〜 作:陸そうと
未解決依頼を達成してから三週間ほど経ったいま、王都を離れたキャロルはキャビンテッド王国のなかで最大の商業都市と呼ばれる街・ドリスを訪れていた。
依頼で得た報酬金を元手に一棟まるまる————とまでは流石にいかないが、目立たない場所にあった建物の三階を契約し、キャロルは魔術師のライセンスを取得してひと月経たずに「事務所持ち」となっていた。
なぜわざわざ目立たない場所の建物を借りたのかというと、単に手持ちの資金で間に合わせられるのがそこしかなかったからである。
「——ふふ、今日からここがわたしの王国だよ」
「寮とちがってどれだけ騒いでも怒られませんわ〜!」
「託児所って感じね、アンタたちがいると」
まだ家具のない殺風景な部屋で体を伸ばしていたふたりに、デビルーナは窓際から細めた視線を注いだ。
ため息をつきつつ、おもむろに顔の前まで持っていった手の中の新聞紙を睨みながら彼女が喋り始める。
「この前の事件、ぜんぜん報道されてない。聖騎士のヤツら……さては揉み消したな?」
「クルトルフは報道機関をはじめとした各所への影響力も強いですから。お兄さま自身のご意思はともかく、お父さま方は今回の件を表沙汰にすることは……徹底的に防ごうとするはずですわ。お兄さまもそう遠くないうちに復帰するでしょう」
「ほんと、どこまでもいけ好かないヤツら」
キャロルに倒されたあと、ロイドの身柄は王都の騎士団“アコルド”へと引き渡された。
だが生家であるクルトルフ家から聖騎士としての将来を期待されていたロイドの進退は、もはや彼だけの問題ではない。
クラウディアが語ったことから察する通り、ロイドの処分は一時的な謹慎程度で留まりすぐにまた聖騎士としての活動を始めるかもしれない。
「また同じようなことをするのであれば……今度はわたくしが止めますわ」
だが次に対峙することがあるのなら、そのときは状況がちがう。
ロイドのこれまでの企ては妹であるクラウディアが独り立ちしたことで終わりを告げた。地下室でのやりとりからロイドもそれは受け入れているだろう。
次はもう今回のような問答はいらない。ロイドとクラウディアは、以前のような関係には戻れない。
それを理解しているからか、決意を固めるクラウディアの横顔はすこしだけ悲しげに見えた。
「ところでふたりとも」
デビルーナとクラウディアのやり取りの間にキャロルが口を挟む。
「どうしてわたしの事務所に付いてきてるの?」
「……そ〜んな堅いこと言うなってキャロ坊〜」
追及を逃れようとするように、デビルーナはキャロルの肩を組んで頬を擦り合わせてきた。
無駄にいい匂いがキャロルの鼻腔をくすぐる。
「あのシスコン騎士から助けてくれたことマジですっっごく感謝してるんだってあたし。ものは相談なんだけどさ、あたしのこと雇わない? 役に立つよ〜デビルーナお姉さまは。好きに使っていいからさ、ね?」
「そうだね……うん、たしかにパフェ係は欲しいと思っていたの」
「なにさパフェ係って」
「魔術師としての仕事なら、わたしだけで事足りるから。わたしに毎日パフェを奢る役割を与えてもいいかなって」
「なんで雇われてる側の出費が増えんのよ!」
「だって好きに使っていいって……」
食い入るように密着してくるデビルーナの考えていることはわかる。
邪神教のトップに立って人類の魔術レベルを底上げするという彼女の野望はまだ燃えている。
そのために手段は問わず、まだ邪神教の信仰対象にないゾアの魔術が使えるキャロルに取り入るための機会を作ろうというのだろう。
「冗談はさておき」
「真顔だと冗談かどうかわかんないのよ」
「あなたが話していたこと……実は前向きに考えていたの、デビルーナ」
瞬間、デビルーナの目の色が変わった。
キャロルが言う「話していたこと」というのはつまり、一緒に邪神教に入らないかというデビルーナからの誘いのことである。
「えっ、ほんと?」
「でも邪神教には入らない」
「は?」
輝いていた瞳が一瞬で濁った。わかりやすいヒトである。
不機嫌そうに眉をひそめたデビルーナに構わず、キャロルは淡々とした調子で続けた。
「あなたの目的はあくまで
「そりゃあ、ね。でも魔術のレベルを上げるには————」
「なら、邪神の代わりになるものを据えればいい。そうは思わない?」
時が止まったかのような沈黙。
やがてデビルーナが再び「は?」と短く返すと、わずかに浮ついた声音でキャロルが言った。
「あなたが邪神の復活にこだわっていたのは、そうすれば手っ取り早く目的を果たせると思ったからでしょ? 世界法則の水準を引き上げるための、天秤に乗せる重たい石が欲しかったから」
「まあ……そうだけど」
「だったらさ……邪神のほかに、同じくらい強い存在を用意できればいいって、わたし思ったの」
「…………一応聞くけど、これは冗談じゃないのよね?」
「本気だよ。わたしはこの先邪神と同じくらい……ううん、邪神よりももっと強い『自由』な存在になるって決めてるから。邪神教も騎士団も魔術連合も関係ない、邪魔するものがあれば全部壊して、てっぺんを目指すよ」
キャロルの言わんとすることをデビルーナは察しているようだった。
「どうせ崇拝するなら、わたしにしときなよ。たぶん後悔はさせないと思う」
どこか自信に満ちた、にんまりとした笑顔でそう言ったキャロルの正気をデビルーナは疑った。
誰かが強くなれば、他の誰かも強くなる。そんな法則が働くこの世界にもう一度邪神を蘇らせて、人類の魔術レベルを底上げする————それがデビルーナの夢。
そのために必要な「邪神」のポジションに自分を据えて計画を練り直せと、キャロルはそう言ったのだ。
……どうかしてるんじゃないのか、と当惑したくもなる。
けれどもキャロルがこれまで見せた規格外の魔術行使を思い返すと、決して夢物語などではないとも考えさせられる。
邪神教で成り上がるか、それともキャロルについて世界の覇権を目指すか。
熟考の末、最後に決め手となったのは————人間離れしたキャロルの美貌と、神秘的な眼差しだった。
デビルーナが降参するように両手を上げる。
「——わかった、あたしの負け。たしかに……どうせ下につくなら、かわいい女の子のほうがいいしね。乗ったよその話」
「ふふん」
「あの〜……」
ふたりの話がひと段落した空気を察して、クラウディアは小さく挙手しながら遠慮がちに言った。
「おふたりのお話はよくわかりませんが……ねえキャロルさん、わたくしもこの事務所に置いていただけませんこと?」
「クーちゃんも?」
「アンタ聖騎士でしょ?」
「先日お父さまに宛てて、聖騎士の学校を辞めて家を出る旨を書いた手紙をお送りしましたわ」
「え?」
「わたくし、いま完全に無職ですの」
「……」
「帰る家もありませんの」
業務連絡でも言うようにさらりと言葉を流すクラウディアに、キャロルとデビルーナは揃って目を丸くした。
「へえ〜いいじゃん身軽で。やめて正解正解」
「たしかに宣言したのは聞いてたけど……行動に移すのが早いね」
「わたくしもキャロルさんを見習って退路を断つことにしましたの。聖騎士を目指していた頃では見つけられなかった新たな指針を、今度はキャロルさんの背中を追いかけて探してみたい。迷いを捨てたクラウディアは邪神並みに無敵ですわ」
胸を張ってやけに肝が据わった言動を見せるクラウディアに戸惑いつつも、キャロルは改めて彼女へ向き直る。
突然のことで驚きはしたが、一皮剥けたクラウディアの今後には単純に興味があった。
「わかった、そういうことなら仕方ないよね。歓迎するよクーちゃん」
「……! ありがとうございます!ですわ!」
「魔術師になるってこと? じゃあ早いとこライセンス取りに行ったほうがいいよ」
「あ、それならすでに…………ほらっ」
クラウディアが懐から取り出し見せてきた手帳には彼女の顔写真と……「六等星級魔術師」の記述が刻まれていた。
「またまた行動に移すのが……早いね」
「これからよろしくお願いいたしますわ。そちらの悪態魔術師さんも〜——ったァ⁉︎ 蹴りました! 蹴りましたわ!」
「次は蹴るって言った!」
「ああ、そうそう。実はわたしもちょっとした報告があるの」
賑やかな空気に包まれる最中、思い出したようにキャロルも自分のライセンスを取り出す。
「じゃん」
目の前に広げられた手帳に記されていたのは、クラウディアのものと同じくキャロルの名前と魔術師としての等級。
クラウディアと顔を並べてそれを凝視したデビルーナは、すぐに以前とは異なる記述があることに気がついた。
「なっ……はぁっ⁉︎」
「いきなり大きな声出さないでくださる……?」
「キャロル、アンタこれ……!」
ひとり首を傾けているクラウディアの隣でデビルーナがうわずった声を上げる。
キャロルのライセンス、その名前が刻まれている項目の下には…………
「認定されちゃった、一等星級魔術師」
「噂には聞いたことがありますけれど……凄いことなんですの?」
「いや凄いなんてもんじゃ……!」
ロイドという聖騎士が絡む事件だったこともあり、未解決依頼の達成を境にキャロルは各国政府から自分に対する監視の目が強まるだろうと予測していた。
ロイドはおそらくキャロルの力を然るべきところに報告する。そうなればキャロルがこの世で唯一邪神ゾアの「石化」魔術が行使できるという事実も周知されるはずだ。
魔術師の実力は、見る者次第で誤魔化しがきかなくなる。
徹底的に調べ上げられ等級を詐称しているという隙、もとい取り締まる口実を与えるよりも、自ら最高位の魔術師であることをさっさと示してしまう必要があった。
「各邪神の『魔術』を極め、その『魔術』への理解を最も深めた者」————一等星級の条件にキャロルは問題なく当てはまっている。
ライセンスを更新する際カウンターが大騒ぎになったが、他に「石化」を使える者がいないということが幸いして昇格テストは「石化」の魔術が実在することを証明するだけであっさりと合格してしまった。
「本当はまだ内緒にしておきたかったけど、今後のことを考えるとどうもね。でも悪いことばかりじゃないよ。現にほら、こうして政府から事務所を構える許可も下りたし」
「いや確かにいろいろ合点がいったけど……ちょっと、めんどくさくない? あたしたちこれから世界のてっぺん取ろうって話したばっかだよね? 聖騎士どもに目ぇ付けられちゃ本末転倒……」
「それはもう、しょうがないと思う」
冷静にライセンスを胸元へしまうキャロル。
一等星級魔術師の称号は最大の名誉であると同時に、魔術師にとっては最大の鎖でもある。
国をも容易く滅ぼしかねない強力な存在。
その影響力が強すぎる故に、人々は高い等級を持つ魔術師に首輪を付けなくては安心することができない。
「でも大丈夫だよ。他のヒトたちに縛られたりなんかしない。デビルーナもクーちゃんも含めて…………
黄金色の瞳がふたりを交互に捉える。
彼女が発する言葉は常に本気だった。
「邪魔するものがあれば…………壊すだけ。そのための力が、わたしにはある」
「…………ふ、フフッ……いいね、ゾクっときちゃった。やっぱアンタにパフェ奢った甲斐あったよ、キャロル」
一世一代の大博打に出るような、緊張を帯びた微笑でデビルーナが応える。
どこまでも自由に生きるというキャロルの願望は、この小さな事務所のなかで妖しい輝きを放ち始めていた。
直後——ぐぅぅう、と不意を突くように唸るような騒音が鳴る。
無言で振り返ったキャロルとデビルーナの視線の先には、恥ずかしそうに顔を赤くさせているクラウディアの姿があった。
「ご、ごめんなさいっ……そういえば今日、まだお昼をいただいていなくて……」
「ちょうどいいや。三人でなにか食べに行こうよ。事務所設立祝いってことで」
「賛成〜。もちろんボスの奢りだよね? なんたって一等星魔術師サマなんだから」
「ふふ、いいよ。任せて…………今のわたしにはビルのワンフロアを貸し切れちゃうくらいの財力があるから————」
おもむろに取り出した財布の中身を確認し、思いがけずキャロルが硬直する。
「——そのワンフロアを借りるために報酬金使い果たしたんだった」
「………………」
「ふふ……ウケるね」
静かに財布をしまいこんだキャロルと、その傍らに佇んでいたクラウディアの目が次第にデビルーナへと集中していく。
「……おねがい、デビルーナ」
「デビルーナお姉さま〜……」
「あーーーーもうわかったわよ‼︎ なんでも頼めガキども‼︎」
「やた」
「ですわ〜!」
こんな日が続くのかと想像してみる。
やはり人間も悪くないなと、キャロルは改めて思えた。
前回予告した通り今回でひとまず毎日更新は終了になります。
お気に入り&評価してくださった皆さま、改めてありがとうございます。
またある程度ストックを貯めた状態で再開すると思うので、そのときはまた楽しんでいただけると幸いです。