時止めのキャロル〜かつての邪神はいま、少女となって魔をふるう〜   作:陸そうと

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趣味強めで書いた文章にここすきが付いていると自分は孤独ではないと思えますね。


24.(さが)と意地

「なんて繊細で力強い、美しい異能だ。素晴らしい」

 

 遠い昔、ひとつの世界しかなかった頃。

 同類に話しかけられたことは初めてだったので、興味本位でしばらく付き合ってみたことがあった。

 

「此度の戦いはキミが勝利を収めると、オレ様は読んでいる。キミの魔術——ああ、これは人間という生命体が使う呼称だが、状況によって使い分けがしやすくてね、便宜上そう呼んでいる。キミの魔術はとりわけ邪神という存在に適している。誰も寄せ付けることのない独りぼっちの世界だなんて、これほど完成されたものはそう存在し得ないだろう」

 

 此度の戦い——というのが当初なにを指しているのか理解できなかったが、彼の語り口から煩わしい雑音を排除する作業のことを言っているのだと読み取る。

 

「より完成度の高い世界が他を淘汰するのが邪神同士の戦い。その点で言えば、キミの右に出る者はいないだろう。キミに比べれば他の邪神たちはどれも劣化品だ。オレ様も含めてね」

 

 一拍置いた後、思い出したように「いや」と彼が訂正する。

 

「オレ様とキミらを比較するのは門違いというものか。オレ様は人間どもが言うところの多文化主義者。キミらとは生きている世界がちがうからね、失敬!」

 

 以来、彼とは口をきいていない。底が知れたからだ。

 というよりは蓋だと思っていたものが浮き上がってきた底だったと言うべきか。

 

 べつに面白さを追求して日々を生きているわけではないが、彼はこの世にあるもののなかで最もつまらない存在だった。

 つまらなすぎるのでさっさと殺してしまおうと思い立ったときもあったが悟られたのか、それからは彼が姿を見せることはなくなった。

 もしかすると気づいていないだけで近くにはいたのかもしれない。

 が、わざわざ探し出して始末するほどの興味もわかなかったので、こちらから打って出ることはなかった。

 

 他の邪神たちをすべて消し去ったあの日以降も姿を現すことはなかったので、知らないうちに始末したか、あるいは人間たちに倒されたのかと思っていた。

 

 

 

 

 幻夢街に出現する魔物にはあまりにも法則性や共通項といったものがなかった。

 同じ種類の遺物からは確実に生まれる可能性がない、本来一堂に会することはあり得ない邪神の眷属たち。

 無作為にくじでも引いて選出したかのような、いい加減で雑な顔ぶれ……けれども統率だけは何故かとれている。

 

 理由はすぐに予想がつく。これらすべてをラブーマンが操っているというのなら逆にわかりやすい。

 邪神ケイオスの魔術を司る一等星級魔術師である彼女ならば、「変身」「魅惑」あるいはそれらを掛け合わせた「幻惑」————はたまたさらなる発展系として実体を持った手駒を生み出すこともできるかもしれない。

 それ自体は二等星級、上澄みだと三等星級でも実現できる範囲の応用だ。

 そうではなく、いまこの場で異様なのはやはり「量」だった。

 

「————なあ、さすがに多すぎないか?」

 

 剣で蜘蛛の魔物を両断し、上がった息を整えながらサバトは傍らにいたキャロルへと投げかけた。

 

「多すぎる、というと?」

「出てくる魔物の量だ。状況からしてコイツらは全部ラブーマンの差し金だとわかるけど……到底信じられない。こんなのが人のなせる技なのか?」

「それはすこし思考停止が過ぎるよ、サバトくん。実際に起こっているんだからそれを前提にもっと先の予想を組み立てるべきだと思う。わたしが頼りになりすぎるからって、甘えすぎるのはダメ」

「そりゃ悪うござんした」

「でも頼られるのは嫌いじゃないから、教えてあげる」

 

 片手間に魔物を粉砕しながら前を進むキャロルが抑揚のない声で続ける。

 

「あなたはこの魔物たちがすべてラブーマンの魔力で作られ操られていると考えたのだろうけど、無差別に人間を襲うだけならそもそも操る必要なんてないでしょう? 事前に遺物を溜め込んでおいて、それを街中で同時に解放すれば今みたいな大規模テロを起こすことも不可能じゃない」

「たしかに……。でもじゃあ、さっきから魔物どもを倒しても遺物が出てこないのは?」

「それはもちろん、この魔物たちが遺物から生まれた個体じゃなくて、ラブーマンが生み出したものだからだよ」

「バカにしてんのか⁉︎ なんだったんだ今のやり取りはよ!」

「サバトくんは想像力に欠けるから、まずは順序立てて話そうと思ったの」

 

 魔力を薄く広げて索敵をしつつ、キャロルは後ろで騒ぎ立てているサバトへ固定された表情のまま振り返った。

 

「本体が別にいるパターンもある。でも分身能力はどの魔物にも備わっているわけじゃない。わたしは他の魔術師についてはよく知らないけど……一等星の魔術師に認定される条件から逆算して考えれば予想はつく」

「魔術を極めた、最も邪神に近い存在……だったか。まさかとは思うが、ラブーマン自身邪神のように魔物を——眷属を生み出すことができるっていうのか?」

「可能性はゼロじゃない。ヒトが設けた基準だと、一等星は国も潰せちゃうくらいの魔術師のことを言うんでしょう?」

「遺物の利用、あるいは純粋な魔力による使役……要は方法なんざいくらでもあるってことか。なるほど、たしかに俺の想像力が足りてなかった」

「成長できたね。キャロルポイント五点」

「まだ続いてたのかそのノリ」

 

 どうせ凡人は発想のスケールまで凡俗だよ————と自嘲を独りごちそうになるが、口にしてしまっては嫌味のようになってしまうのでサバトはぐっと言葉を呑み込む。

 

 一方でキャロルはまったく別の可能性を予感し険しい顔を浮かべていた。

 邪神に迫る————そう称されるほどの魔力量があるのだとすれば、街を満たすほどの魔物の群れの使役も実現は可能だ。そこに驚く要素はない。

 いまこの場で起きていることが「魔物の発生」だけで済んでいるのであれば、だ。

 

「サバトくん止まって」

「ん?」

 

 上空に巨大な魔力反応を感知したキャロルが立ち止まったのを見てサバトもブレーキをかける。

 曇りがかった空には細長い、翼の生えた龍のようなものが漂っていた。

 こちらを捉えるようにそれが急降下した直後、その正体が龍ではなく蝙蝠にも似た膜のような翼を持った蝮だと理解する。

 

「いいっ——⁉︎」

 

 不規則にうねりながらふたりへと突っ込んでくる巨大な顎。

 背後にいたサバトを庇いつつ、キャロルはわずかに体の位置を右へとずらした。

 

「■■■■‼︎」

 

 体当たりを仕掛けてきた魔物に対し、キャロルは「石化」を使用せず右脚を軸として軽やかに体を捻るとそのまま左脚による薙ぎ払いを行った。

 突進してきた勢いをそのままに、魔物の左翼が音速で振り抜かれたキャロルの蹴りと衝突してすれ違いざまに木っ端微塵となる。

 

 暴走する列車を思わせる暴れっぷりを披露した後、飛行能力を失った魔物はすぐ近くにある建造物を頭から被った。

 

「こ……こんな大物までけしかけてくるのか…………」

「図体が大きいだけでそこまで強くないよ、この子。……やっぱり身長があるほうが、ヒトは貫禄を感じるもの?」

「言ってる場合か! まだ生きてるぞアイツ!」

 

 若干悲しげに尋ねてきたキャロル越しに、建物から起き上がってきた魔物を目撃してサバトは身構える。

 

 魔物の片翼は破壊した。高速で飛行されることがなければ「石化」させる座標も定めやすくなる。

 先ほどは背後にサバトがいたので大胆な反撃はできなかったが、次は確実に動きを止めて頭を潰す。

 そうキャロルが魔術を起動させようと意識したそのとき、

 

「……キャロル?」

 

 サバトの視界から、白い少女の存在が跡形もなく消えた。

「石化」による瞬間移動を行ったのかと思ったが、目の前の魔物は未だ健在。彼女自身がヤツを攻撃しに行ったわけではない。

 ……どこかに飛ばされたかのような。

 キャロルの意思とは別の、第三者の思惑によって彼女がこの場から抹消された可能性がサバトの脳裏をよぎる。

 

「ウソだろ————⁉︎」

 

 飛行能力が欠損した蝮の魔物はその外見通りに地面を這い回り、一瞬でサバトのもとまで押し迫ると鎌のような牙を突き立てようとする。

 かつて体験したのと同じ、死の気配がサバトにまとわりついていた。

 

「チクショウ……!」

 

 やけくそに掲げた剣が運よく魔物の牙を受け止めてくれた。

 しかしながらその差は歴然。傷を負ってもなお、魔物は全力で魔力を叩き起こしたサバトの膂力を上回る力で攻め入ってくる。

 

 この取っ組み合いから抜け出す力をサバトは持ち合わせていない。

 邪神の自我に呑み込まれるリスクを背負ってでも魔術を起動して突破口を開かなければならない。

 サバトが正気を保てるのはごくわずかな範囲のみ。だがそれでは足りない。剣を押し込み、口内から頭にかけてヤツを切断するほどの強い「追い風」が要る。

 

 自分にそれができるのか。確信が持てないまま、サバトは徐々に押し負けていった。

 

「ぐぉ……っ!」

 

 とうとうサバトの肉体にまで到達した魔物の牙が彼の左腕を捉える。

 二の腕あたりに見るだけでも鳥肌が立つような凶器が突き刺さっていくのを感じ、そこでサバトを支えていた半分の力が失われた。

 

 そのまま骨まで砕かれたのがわかった。

 死を覚悟する直前、思い浮かんだのは先ほどいなくなってしまった女の子のこと。

 

「……クソがああああああああああああああッ‼︎」

 

 頭のなかが彼女の顔で埋め尽くされ、左腕を捨て去る覚悟がついた頃、サバトは剣を押すのではなく横へと引き抜いた。

 想定していた通り、左腕はそのまま喰われて原型がなくなる。

 だが魔物が自分に喰らい付いているその隙を狙って、サバトは逆手に持ち替えた剣を目の前の頭部へと思い切り突き刺した。

 

 同時にヤツを確実に仕留めるため、刃を起点として魔術による暴風を起こし内部からその肉を爆散させる。

 

 左腕は完全に引き裂かれ、胴に別れを告げていた。

 塵と化していく魔物の体を見下ろしながらサバトは離脱。

 既にボロボロになっていた服の袖を噛みちぎり、即席の包帯として左腕を止血した彼は力なくその場で膝をついた。

 

「…………アイツが瞬殺できるような魔物を、俺は腕一本犠牲にしてようやくか…………」

 

 左半身の燃えるような痛みを噛み締めながら、サバトは思わず嗤った。

 

 正直なところ、もう後がないと思っていた。

 仮にこの場で生き残っても、キャロルがいなければラブーマンがいる塔へたどり着く前に自分はどうせ死ぬ。よしんばたどり着けたとしても自分ではラブーマンを制圧し捕縛することはできない。ならばここで力尽きても同じではないかと、そう考えていた。

 

 だが…………キャロルがまだこの街のどこかにいる。その可能性が頭の隅に残っていることを意識すると、なぜか動かざるを得なかった。

 

 サバトにできてキャロルにできないことはない。自分がいなくとも、彼女は必ずラブーマンと接触し仕事を果たしてくれる。

 キャロルにとって自分は足手まといでしかないし、分断された今のほうが彼女にとっては動きやすいに決まっている。

 そう確信しているはずなのに、どうしても足掻かずにはいられなかった。

 

 自分はそんなにも責任感の強い人間だったろうか————と考えるも、すぐに否定する。

 キャロルがいなくなった途端に諦めかけたように、サバトはすでに聖騎士としては終わっている人間だ。

 

 これはもっと本能的な欲求。

 思い返してみると自分のために身の丈に合わない理想を抱いてきたわりに、不思議と他人の危機が絡んだときのほうが奮い立つ瞬間が多かった。

 それがたとえ自分よりもはるかに強く、気にかける必要のない存在であっても例外ではないのだとサバトは知った。

 

 その気持ちは責任なんて清潔感のある言葉では言い表せない。

 やはり自分はどこまでも意味が欲しいのだろう。戦い、傷つくための正当な理由が。そうしなければ正気を保てなかったから。

 

「……先を急がないと」

 

 左腕の痛みに耐えながら、魔物の視界に入らないよう物陰に沿って移動する。

 幸いサバトの体に帯びる魔力が微量ということもあり、そう簡単に探知されることはない。戦闘回避を意識すれば生存率はぐっと上がるはず。

 

 自分は自分にできることを。

 そう自らに言い聞かせながら、サバトは夢の街を駆けた。

 

 

 

 

「————いらっしゃい」

 

 次に瞼を開けたとき、キャロルは見覚えのある店に立っていた。

 奥にあるカウンターでグラスを拭いている男性の顔を見て、幻夢街に入ってサバトと最初に目指した酒場のなかに転送されたのだと理解する。

 

 見たところ他に客はいない。

 外の騒ぎなど知らぬ顔でグラスを拭いていた店主が、突然現れたキャロルに対して柔和に声をかけてくる。

 

「好きな席へどうぞ」

「…………あの」

 

 依然催眠にかけられた状態なのか、いまも街のほうで破壊音と悲鳴が聞こえて穏やかな雰囲気ではないというのに、店主は落ち着いていた。

 

 キャロルにとって、彼の存在はそこまで重要なものではない。

 ただ立ち寄った酒場の店主と客。それ以上の縁はなく、わざわざ気にかけてやるほどの義理も感じない。

 だが彼を放置すればサバトが怒るだろうという予感があったので、避難誘導だけでもしてやろうかという気まぐれは彼女のなかに芽生えていた。

 

「街の中心部から離れたほうがいいですよ。ここもすぐに————」

 

 言いかけたところで、びしゃりと音が鳴った。

 筆についたインクを思い切り壁に打ちつけたような、水っぽい騒音。

 

 店主の胸から白く小さな手が突き出ているのを見て、キャロルは不快そうに目を細めた。

 

「ほんとはこ〜いうのを見せたかったんだけどさぁ、あの聖騎士を先に処理しようと思ったら、思ったより大騒ぎになっちゃったぁ」

 

 一瞬で顔から生気がなくなった店主の体を横へ放り投げた後、顔を出した少女が血のついた手をひらひらと払う。

 初対面ではどこか愉快なイメージを抱いていた赤い癖っ毛が、途端に物騒なものに見えた。

 

「キャロルちゃんおっすぅ〜。ようやく二人きりになれたねぇ」

 

 ニャンタレス……ラブーマン……呼び方などもうどうでもいいだろう。

 出会ったときからキャロルの不快感を煽る侵略者。いまはその認識で十分だった。

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