時止めのキャロル〜かつての邪神はいま、少女となって魔をふるう〜   作:陸そうと

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新章です!
また不定期ペースに戻しつつ投稿していきます!


第3章
30.親愛と信愛


 喧騒が入り乱れていた一室が静寂を取り戻すまで、五分ほどかかった。

 

 事前に共有されていた通りの標的を確認し、事前に演習していた通りの戦闘が滞りなく行われた。

 月明かりが差す廃墟のなかで横たわっているのは標的である邪神教徒たちのみ。

 仲間の死傷者がいないことを目視と報告の両方で確認した後、アーサー=ベルスーズはほっと胸を撫で下ろす。

 

 騎士団アコルドとは別にキャビンテッド王国政府が有している邪神教絡みの事件の対応を専門とする特殊部隊「リベルタ」。

 聖騎士序列十一位の座までのぼり、その隊長に就任してから三年ほど経つが、命のやり取りが伴う実戦は未だに慣れない。

 

「ここに保管されていたものはすべて持ち帰る。邪神の遺物がある可能性を考慮し、万が一迷宮に取り込まれたときでも即座に対応できるよう移動の際は必ず複数人……それも複数のグループで互いに意識を向けながら行動するんだ」

「アーサー隊長」

 

 周囲へくまなく視線を巡らせながら指示を飛ばしていたアーサーのもとに一人の女性聖騎士が駆けてくる。副隊長であるアザレア=クロービスだ。

 ……でかい。他人の容姿に言及するのは品性に欠ける行為であるが、二メルー近くある上背と携えている大剣の威圧感にアーサーの体が反射的に強張った。

 獅子の(たてがみ)を思わせる炎のごとき金髪から覗く眼光は隙のない肉食獣のそれだが、彼女が極めて理性的な人間であることはアーサーはもちろん、隊の全員が知っている。

 騎士としても人としても頼り甲斐のある女性だ。

 

「ここにいた全員の身柄は確保しましたが、幹部らしき者の存在は確認できませんでした。おそらくは我々の動きを察知し、末端の教徒以外は逃げおおせたのかと」

「相変わらず勘のいい奴らだ。……事が済んだらすぐに撤収しよう、ここは気味が悪い」

 

 アーサーの言葉に頷き返しつつ、アザレアは持ち場へ戻っていく。

 

 邪神教は世界中に拠点を持ち暗躍しているとされており、噂に違わず邪神教徒たちによるテロ行為をはじめとした犯罪はあちこちで後を絶たない。

 事件が起こるたびに聖騎士やその協力者である魔術師がその場を収めているが、幹部のような中枢に通じている人間が捕縛されたという話は稀である。

 歴史のなかでも邪神教の実態には謎が多い。確かに実在しているはずなのに、亡霊や都市伝説の類を追っているようだった。

 

(…………次の任務も無事に終われるといいが)

 

 すでに上層部から言い渡されていた今後の作戦を思い出し、アーサーは奥歯を噛んだ。

 

 新たに特定された邪神教のアジトの制圧。やることはこれまでと変わらない。

 しかしその標的のなかには邪神教の幹部————少なくとも二等星級以上の実力を持った魔術師がいる可能性が高いとの報告が上がっており、アーサーは頭を悩ませていた。

 

 強力な魔術師が相手であれば、味方にも相応に強力な魔術師が必要になる。

 二等星以上の実力がある敵を確実に打倒するためには、一等星の力を借りることが望ましい。

 力のある魔術師はどれも曲者揃い。統率を乱す可能性のある者を編成に組み込むにはリスクが伴う。

 だが最近になって、どうにも()()()()()()()、有り体に言えば「便利に使える」らしい一等星級魔術師の噂が王都にも流れてくるようになった。

 なんでもその者は街の雑用から魔物の討伐までなんでもこなし、近隣住民からも親しまれているという、体裁を重んじるお偉方にとっても都合のいいビジネスパートナーになり得る魔術師なんだとか。

 

 次の制圧任務にはその魔術師の協力を仰げ、というのが上からの指令。

 それはアーサーのなかで大いに心当たりのある少女であり、他でもないアーサーの悩みの種でもあった。

 

「——■■」

 

 ふと、害意が突き刺さる。

 部屋の隅で瓶かなにかが転がるような物音が聞こえた直後、振り返ったアーサーへ飛びかかってくる影があった。

 数秒前の景色を思い浮かべる。

 その場にあったのは中身のない、なんの変哲もない小瓶。それが三つほど、瞬く間に黒い獣のような姿へと変貌し襲いかかってきた。

 なんらかの魔術によるトラップか。

 

「豪牛技法」

 

 剣の柄に触れるアーサーだったが、自分が身構えるまでもなく副隊長が前へ出て大剣を振りかぶっていることに気がつき、静観へと移行。

 

「金剛牛・破砕!」

 

 大剣の平を上から下へ。名前のとおり荘厳な牡牛を連想させる一撃が獣たちを撃ち落とし、霧散させた。

 十二ある剣技のうち守護に特化した流派、豪牛流の単発技だ。

 副隊長——アザレアは「リベルタ」に抜擢される以前はどこかの街で門番をやっていたと聞いていたが、なるほど確かに納得の堅牢さである。

 

「……隊長殿、お怪我は?」

「問題ない。ありがとう、アザレア」

 

 冷静な顔つきを崩さず、床に沈んでいた大剣の刃を引き抜いたアザレアが部屋の隅へと歩いていく。その後ろ姿もやはり桁違いな存在感だ。

 剣術大好き人間なアーサーから見ても理想的な肉体。あれだけ体格に恵まれれば、実現できない剣技はないと言えるだろう。

 そしておそらく他にも習得している流派はあるだろうが、「守る」ことこそが彼女の本質。上司と部下の関係にあるが歳はアザレアのほうが上であることもあり、自分にとって彼女は聖騎士の模範であるとアーサーは考えていた。

 

「わずかに魔力の残滓を感じます。ここに収納されていた小瓶に仕掛けを施した魔術師がいたのでしょう」

「瓶を魔物に変えたのか、それとも魔物を瓶に変えていたのか……。これだけじゃ魔術の種類を特定するのは難しいな」

「あの、お二人とも……あまり近づくと危ないのでは」

「む……そうか」

「この距離ならなにか起きても躱せると思うけどなぁ」

 

 別の隊員に声をかけられて小瓶がしまわれていた箱を覗き込んでいたアザレアとアーサーが揃って後退する。

 先ほどの戦闘中ではなく制圧後……アーサーたちが油断する機会を見計らうように罠が発動したということは、やはりこの場所が聖騎士に嗅ぎつけられると予見していた邪神教徒がいたのだろうか。

 なんにせよ手がかりが増えたのはいいことだ。

 

「引き続き注意を怠るな」

 

 散らばった木片に足をとられないよう留意しつつ、一歩踏み出す。

 

 先ほどのような罠がまだ残っているかもしれない。いまは目の前の任務に集中しなければ。

 そんなことはわかっている。わかりきっているのだが、

 

(それにしてもキャロルに協力を仰げだなんて……いったいどんな顔で会いに行けばいいんだ)

 

 隊の仲間たちに気づかれぬよう、アーサーは小さくため息をついた。

 

 

 

 

 邪神ケイオスによる「幻夢街(ドリームシティ)」の一件から半月ほどが経過した。

 魔術師キャロルの事務所は相変わらず「手の届く範囲でがんばる」を方針として依頼を受け入れており、その名も少しずつ売れてきている。キャロルが街を歩いたとき、聖騎士たちからジロジロと見られることが多くなったことでそれを実感した。

 デビルーナと話した最終目標を考えれば目立つのは好ましくないが、もともと一等星の称号を得た時点でこうなることは覚悟していた。

 

 まあ明日明後日になにか行動を起こそうということはないのだ。いまはただ気ままに日常の自由を謳歌するのみ。

 

 聖騎士の名家ベルスーズ家を飛び出す前と比べればキャロルの生活には大きな変化があったが、魔術師として独立してから先はあまり代わり映えのない日々が続いている。

 そして一等星の実力を有している以上、仕事には困らないが……不思議なことにお金に余裕があるわけではなかった。

 いや、理由ははっきりしている。キャロルの食費が凄まじいからである。

 日々の三食はもちろん、間食で摂取する菓子や日常的にスイーツの食べ歩きで消費される資金はバカにならない。毎月支払う職員ふたり分の報酬もある。家具や服なんかも新調したいと出費が重なるときもある。

 ケイオスの一件は然るべきところに報告すれば勲章ものの功績だろうが、前にデビルーナとも話したとおりそれは流石に監視の目が強まり無用な面倒ごとを招いてしまう、と書類にまとめることもしなかった。当然、お金も入ってこない。

 

 以上の話を発端として「お金はいくらあってもいい」「なんでもいいからお金に変えられるものはないだろうか」という雑談に発展していったと記憶している。

 

 

「キャロルさん! 次はこれ! これを着てみましょう!」

「じゃあその次コレ! お姉ちゃんコレ着て!」

「ふふ……いいよ、順番にね」

 

 応接間も兼ねたラウンジでバニー衣装に身を包んでいるのは……紛れもなく一等星級魔術師キャロル=ベルスーズ。

 それを囲んで悲鳴を上げている最新型のカメラを構えた少女はクラウディア=クリシス=クルトルフ。

 もうひとりは街の公園で知り合った十歳の少女ララ。以前迷い猫探しの依頼で保護した白猫ミルクの飼い主である。

 ふたりの少女が発する黄色い声を浴びながら、キャロルはノリノリでポーズをとっていた。

 

「耳が可愛いねこの服。わたし、けっこう好きだな」

「みみ⁉︎ おみみが好きならこっちはどう⁉︎」

「それですわァ‼︎ ララさんってば天才ですの‼︎」

「あ、いいね」

 

 ララが差し出してきた衣装を一目見たキャロルがパチン、と指を鳴らす。

 キャロルにしか認識できない、時間の停止した世界へ入ったのだろう。キャロルの姿はその一瞬でバニーからネコミミと肉球グローブ、鈴付きチョーカーがセットのランジェリーといった装いに変わっていた。

 

「どうかにゃん?」

「ギャーーーーーーーーーーーーッッ‼︎‼︎‼︎‼︎」

「ぎゃわいいいいいいいいいいいいい‼︎‼︎‼︎‼︎」

「うっさいわよ〜あんたら」

 

 後ろで腕を組みながらその様子を眺めていたデビルーナがすでに現像してある写真の数々へと視線を移す。

 おもむろに手に取ったメイド服姿のキャロルの一枚を見る目に(よこしま)な笑みが宿った。

 

「やっぱビジュは最高にいいわよね〜キャロル。思いつきだったけど出したらマジで売れそうじゃん、写真集」

「ハァ……ハァ……キャロルさんを見せ物にするなんて……断じて許せませんわそんなこと……」

「へへへ……お姉ちゃん、つぎ制服。王立学校の制服着てみて……!」

「適度に水分補給しときなさいよーあんたら」

 

 血走った目を向けてくるふたりの間を通ってキャロルがデビルーナの前までやってくる。

 

「それにしてもナイスアイデアだったね、デビルーナ」

「うおっ……近くで見るとすごい格好ね」

「デビルーナが戦うときと変わらないと思うけど」

 

 低いテーブルに並べられているのはすべて先ほど撮影されたキャロルの写真。

 なんでも最新のカメラはその場で現像できる機構が内部に搭載されているらしい。

 今回の話を受けたクラウディアが飛んで買ってきたのだが、玩具としてとても興味深いものだった。それなりに高かったろうに。

 

「街の人たちにかわいいわたしの姿をたくさん見て、知ってもらえば……今よりもっと親しみを持って接してくれるかもしれない」

「うんうん、いい金儲けになりそ……じゃなくて、一般ウケは大事よね〜」

 

 四割くらいは冗談で口にしたキャロルのルックス売りだが、改めてまじまじ見てみるとやはり文句なしの美少女である。それこそ金銭がとれるくらい。

 依頼がなければ収入も入らない魔術師事業だけでなく芸能人として売り出すのも割とアリなのではないかという考えがデビルーナのなかで本格的によぎった。

 なんか話が徐々に脱線している気がしなくもないが。

 

「お姉ちゃんすごいよ! 女優なれるよ! サインちょうだいサイン!」

肉球グローブ(これ)つけたままじゃ書けないなぁ」

「ぐううぅぅキャロルさんの魅力が広まるのは喜ばしいことですが、キャロルさんのこのようなお姿をどこの馬の骨とも知らぬ輩に見せるわけには…………」

「クーちゃん鼻血でてる」

「よ〜しものは試しだ。とりあえず百冊くらい刷ってみて————」

 

 妙な方向に話題がまとまりかけたそのとき、玄関の戸を叩く音が鈍くこだました。

 

「ん、客?」

「チッ……いいとこでしたのに」

「クーお姉ちゃん、舌打ちは行儀悪いよ」

「わたし出てくるね」

「う〜す」

 

 上がりきったテンションをそのままに穏やかな笑みを浮かべたキャロルが廊下のほうへと駆けていく。

 

「…………あれ、あいつあの格好のまま行った?」

「…………」

「あー…………」

 

 ……既視感。

 わずかな沈黙の後、互いに顔を見合わせたデビルーナたちはすでに入り口の扉に手をかけているキャロルの後ろ姿へ声にならない叫びとともに手を伸ばした。

 

「——失礼します」

 

 扉を開けた直後、玄関をくぐったのは見上げるほどの背丈を持つ女性騎士だった。

 二メルー……まではぎりぎりいかないくらいだろうか。キャロルの身長では腹にぶつかってしまいそうである。

 

「……でっか……」

 

 思わずキャロルが漏らした声に反応し、騎士は眼下で自分を見上げている彼女の存在に気がついた。

 

 ネコを模したランジェリー姿の少女。

 光の加減で白にも銀にも見える美しい長髪。

 その隙間から自分を見つめている黄金色の瞳に十秒ほど釘付けになった後、

 

「…………抱きしめてもよろしいでしょうか?」

「え?」

 

 業務連絡でもするような調子で彼女は言った。

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