時止めのキャロル〜かつての邪神はいま、少女となって魔をふるう〜   作:陸そうと

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31.かわいさと仕事

「——聖騎士のアザレア=クロービスです。先ほどの無礼をお詫び申し上げます」

「いえいえ」

(どちらかと言うとあの格好で出て行ったコイツのほうが無礼な気もするけど)

 

 ソファーの三分の二の面積を占めて腰を下ろした大きな来客は、深々と頭を下げては会釈するように対面に座るキャロルとデビルーナをそれぞれ一瞥した。

 コスプレは一旦デスクへ追いやり、キャロルもいつものゴシック調の普段着に着替え済みである。

 

 横から伸びたクラウディアの腕が人数分の紅茶をテーブルへ並べていく。

 

「それにしても驚きましたわ。クロービス先生が訪ねて来るなんて」

「え、クラ子の知り合い?」

「クラウディアさんとは授業で何度かお会いしましたね。キャロルさんと幼馴染というのも驚きですが、まさか学校を辞められていたとは……。ロイド殿はこのことをご存知で?」

「あ、あははは……! ええ、まあ……」

 

 なんでもクラウディアが幼年学校にいた頃にアザレアが特別講師として候補生に稽古をつける機会があったらしい。

 

「すごい人なの?」

 

 横からひょっこりと現れて紅茶と一緒に出されたクッキーをつまみ食いしたララが何気なく尋ねる。

 アザレアから感じる魔力がやけに洗練されていたので、キャロルもすこし気になってはいた。

 

「お若くして豪牛流(ごうぎゅうりゅう)巨殻流(きょがくりゅう)の剣を極め、聖騎士序列三十五位にまでなられたすごいお方なのですわ」

「ついこの間、三十四位に上がりました。私もまだまだ精進する日々です」

「ふうん」

 

 またチェック柄のクッキーを口へ放り込んだ後、ララは興味なさげにテーブルから離れてはラウンジの奥へと駆けて行った。

 その後ろ姿を尻目に、キャロルは昔ベルスーズ家で兄や家庭教師から習った知識を思い出す。

 

 巨殻流……こちらは剣ではなく盾を主体とする防御の型が多く、簡単な心得程度であれば基礎として聖騎士の誰もが習得を要求される流派だ。

 一方で魔物を相手にする場合盾で防ぐよりも回避に徹したほうが有効な状況が多いことから、極めるよりも先に他の流派を学ぶ者が多いと聞く。

 それを固めているとなれば、アザレアは立ち振る舞いから感じられる印象と同じくよほど堅実な人間なのだろう。

 

 しかし注目すべきはやはり豪牛流のほう。

 豪牛流といえば剣術のなかでは珍しい……というか、極められる人間が限られている流派である。

 理由は桁外れな筋力があることを前提として、巨大な武器を振るうことを想定された剣技だからだ。

 

 魔力による身体強化を施せばヒトは誰でも尋常ならざる膂力を発揮できるが、自分の背丈ほどもある武器を自在に操るには肉体と感覚、両方の調和が必要。

 そのため豪牛流に関してはもともと体格に恵まれ、素の身体能力が高い人間でなければ習得は難しい。

 

 その反面実戦においては対魔物、対人間のどちらにおいても重宝されるようで、習得できれば王都での就職には困らないぞ、とアーサーが冗談交じりに教えてくれたのを覚えている。

 

(たしかに大きな体……。一対一なら魔力を使わなくても魔物に勝てちゃいそう)

 

 それ自体が小さな砦のようだ、とアザレアの豊満な肉体につい見入っていたところ、彼女もまた何やらキャロルをじっと見つめていることに気づく。

 

「わたしのかわいい顔に……なにか付いてます?」

「ああ、いえ……あなたがキャロルさんとお見受けしましたが、あまりお兄様とは似ていらっしゃらないのだな……と」

「兄さまを知ってるの?」

「はい。この場で詳しくお話しすることはできませんが……私は現在、アーサー殿の部隊でともにお仕事をさせてもらっています」

「なるほど」

「……えっ? キャロ坊ってもしかして聖騎士の家出身?」

「言ってなかったっけ」

 

 ぽかんとするデビルーナの隣で、小動物のように次々とクラウディアお手製クッキーを口へ運ぶキャロル。

 その様子をまじまじと眺めていたアザレアがハッと我に返り、咳払いをしつつ切り出した。

 

「実は次の任務にて一等星級魔術師であるキャロルさんのご助力を得るよう上からの要請がございまして、今回ここをうかがったのもそのためです。本当はアーサー殿もいらっしゃる予定でしたが…………」

「が?」

「『どんな顔をして行けばいいのかわからない』と、私に一任されまして」

「ほほう」

 

 次に会うことがあれば存分に兄をからかってやろう、とキャロルの口元が緩む。

 なにか企んでいる顔だとすぐにわかったデビルーナは半目になりながら言った。

 

「なに、仲悪かったりするの?」

「ううん、わたしと兄さまはとても仲良し」

「仲良しって顔に見えないんだけど……」

「キャロルさんが一等星になられた際、隊に共有された情報でベルスーズの名を見て……そのときにアーサー殿からもいろいろとお話をうかがいました。想像よりもずっと、その……愛らしい、のですね」

「ふふ……ありがとうございます」

「お目が高いですわクロービス先生」

 

 先ほどのコスプレがあったからか、アザレアのその発言でキャロルの頭にネコミミが立つ光景がデビルーナには見えた。

 キャロルはごはんをくれる人間と容姿を褒めてくれる人間にはすぐ懐く傾向があるのだ。

 

「お近づきのしるしに……よければ、どうぞ」

「これは……?」

「広報活動のために、一肌脱ぎました」

 

 おもむろにキャロルが差し出した写真を受け取り、アザレアはしばらく固まっていた。

 手渡す際にちらりと見えたが、写っていたのはネコランジェリー姿のキャロル。ウインクなんかもしてしっかりとポーズをきめている。

 なにを渡してんだなにを————と横で背筋をひやりとさせるデビルーナだったが、意外にもアザレアはうっすらと嬉しそうな笑みを浮かべていた。なにを考えているのかわからなくて怖い。

 

「ふふ……今度サバトくんのお墓にもお供えしようかな」

「そ、それはちょっと……どうなのでしょう?」

「ありがとうございます。大切にします」

 

 もらった写真を大事そうに懐へしまった後、改めてアザレアは口を開いた。

 

「協力していただきたいというのは……邪神教のアジトの制圧任務です」

 

 その一言で緊張が漂うのと同時に、デビルーナの眉が動く。

 

「承諾いただく前は断片的な情報しかお渡しできませんが……こちらがその詳細になります」

 

 キャロルが受け取った書類を広げると、傍らに立っていたクラウディアと隣のデビルーナも顔を覗き込ませて中身に目を通し始めた。

 ケイオスの一件があったのでわずかに警戒心が芽生えたが、アーサーやクラウディアと接点のある人間ということならば問題ないだろう。

 

 そこに書かれていたのは予想される敵の数と戦闘区域の範囲。

 そして————おそらくはキャロルに相手取ってほしい邪神教幹部の簡易的なプロフィールだった。

 

「魔術師メイリーン、推定等級は二等星……。この『推定』というのは?」

「彼女は以前から各騎士団の間で邪神教の幹部であるとして指名手配されていた人物です。おそらくはどの国においても正式な魔術師としては登録されていない。仮に登録されたことがあっても、邪神教徒であると判明した瞬間にその名を抹消されていることでしょう」

 

 アザレアの説明を聞きながら書類にある似顔絵へと目を移す。

 若い、黒髪の女だ。歳はデビルーナよりもすこし上くらいだろうか。

 正式なライセンスを持たず、その実力も正しく把握されていないが、予想される力は二等星級魔術師に相当すると。

 

「……他にヤバそうな敵はいないんですか? このメイリーンってヒトだけなら、聖騎士の戦力だけでも対処できそうだけれど」

「おっしゃる通りです。彼女とその配下のみが相手であれば、一等星であるあなたの手を借りずとも制圧は可能でしょう」

 

 考えるように一拍置いた後、アザレアが続ける。

 

「実はいまお渡しした資料ですが……我々が把握しているものとさほど情報量に差はないのです」

「なにか懸念点がおありなのですか?」

「…………これは本来、まだお伝えしてはならないことなのですが」

 

 クラウディアの問いかけに対して、後ろめたさを誤魔化すように目を伏せながらアザレアは声量を落として答えた。

 

「近頃、邪神教の結束が強まっている……という話を聖騎士たちの間でよく耳にします。異なる派閥同士で争うこともあるほど交流が見られなかった邪神教徒たちですが、最近はひとつの拠点のなかで()()()()()()()()()()()()が確認されることが増えました」

 

 邪神教が信仰する「邪神」とは、最後の十柱をはじめとした大戦時より人類を脅かしてきた上位存在たち。歴史に名を残すことなく消え去った名前もあり、その数を正確に推し量ることはできない。

 邪神教の派閥もそれらの数に匹敵するほど存在するとされており、各派閥を統括する者がいわゆる「幹部」と呼ばれている。

 

 同じ邪神の名を冠していても、彼らはかつて地上の覇権を争った外敵同士。

 それを信仰する者たちにとっても他の邪神を信仰する別派閥の人間は異教徒のようなものだ。当然、仲がいいはずもない。

 

 故に各派閥間での連携などもとれていないだろう、というのが聖騎士たちの見解であったが……制圧した拠点にて教徒が扱う魔術が統一されていない、発見される遺物が一種類ではないという事態を目の当たりにすることが多くなり、認識を改める必要が出てきたのだと言う。

 

「我々の掴んでいない強力な武器や魔術師を用意している可能性は捨てきれない。不測の事態に備え、確実にその場を収めることができる人員を配置しなくてはなりません」

「それであなたたちの隊長の妹であるわたしに白羽の矢が立ったと。素性が知れていると、安心できますからね」

「はい。……引き受けてくださいますか?」

 

 キャロルにとっては邪神教も聖騎士の任務もどうでもいい。

 だが目の前にいる聖騎士の女性や兄と一緒に仕事ができると思うと、妙にわくわくと気持ちが弾む。もっと話してみたいと思う。

 だから答えはすでに決まっていた。

 

「いいですよ。わたしの力、貸してあげます」

「ありがとうございます」

 

 アザレアと笑顔を交わし、手にしていた資料をテーブルへ戻す。

 天板を滑るそれを回収しようとアザレアが手を伸ばしたそのとき、

 

「……デビルーナ?」

 

 横から紙を勢いよく奪いとったデビルーナが、見開いた(まなこ)でその一点を見つめた。

 

「どうかしましたの?」

 

 キャロルやクラウディアの呼びかけなど耳に入っていないかのように、デビルーナは動揺した様子で紙に描かれたひとつの似顔絵を凝視している。

 魔術師メイリーン。彼女の泳いだ視線の先にはその情報が記された文章があった。

 

「……なにか気になることでも?」

「————えっ、あ……」

 

 アザレアに尋ねられて顔を上げたデビルーナの表情は、明らかに数分前よりも青ざめていた。

 

「ごめん、ちょっと、外の空気吸ってくる……」

 

 そう言ってふらふらと玄関を出ていく。

 彼女が初めて見せる類の感情の揺らぎに、キャロルは首を傾げるばかりだった。

 

 意識をキャロルのほうへ戻しつつ、アザレアはテーブルの資料を回収しながらソファーから立ち上がる。

 

「では……近いうちに改めて会議の場を設けますので、より詳しい情報はそのときに。次はアーサー殿も同席すると思います」

「はーい」

「わたくしもご一緒してよろしいでしょうか? 久しぶりにアーサー様にもご挨拶したいですわ」

「作戦の関係者以外は参加させられませんが……クラウディアさんも編成に加わる意思があるのでしたら、問題ないと思います」

「う…………そ、それは……」

「実戦はまだ苦手だもんね、クーちゃん」

 

 少女ふたりのじゃれ合いに視線を送りながら、アザレアは会釈とともにその場を離れようとする。

 しかしふとなにかが目に留まったのか、窓際にあるデスクを見つめてはぴたりと足を止めた。

 

「あの……」

 

 ゆっくりと上げた手で指差したのは、おそらくデスク上に放置されていた残りのブロマイドたち。

 メイド服やバニー、水着や制服姿など様々なコスプレ姿のキャロルが紙のなかで笑顔を咲かせている。

 

「あちらの写真も……頂戴してよろしいでしょうか?」

 

 わずかに背中を丸めながらおそるおそるそう尋ねてくるアザレアは、なぜだかとても縮んで見えた。

 

 

 

 

「————ということがあり……そこにあったものを全ていただいてきました」

「いや、待ってくれ、なんだこれは⁉︎」

 

 特殊部隊リベルタの人間が住まう宿舎、その隊長部屋。

 魔術師キャロルへの協力要請が承諾された旨をアザレアから報告を受けたアーサーだったが、任務よりも彼女が持ち帰ったブロマイドのほうに意識が持っていかれた。

 

 そこに写っていたのは妹のあられもない姿。

 なかには衣服として意味を成していないような衣装を着たものもあり、見てるだけで脳が理解を拒み爆発してしまいそうだった。

 

「広報活動の一環とお聞きしましたが」

「そ、それなら、まあ……? いや、ダメだ破廉恥すぎる……!」

「ゆくゆくは写真集として売り出すつもりだ、と」

「ダメに決まってるだろうそんなの⁉︎」

 

 悪すぎる顔色で椅子を倒し立ち上がったアーサーが写真を奪おうと近づいてきたので、アザレアは慌てて両手を掲げそれを阻んだ。

 

「あげませんよ」

「いらっ……ないとは言わんが! そんなものが存在していいはずがないだろう! いまここで燃やす!」

「報告は完了しましたので部屋に戻ります」

「ちょっ……アザレア! 副隊長!」

「これ以上近付くようでしたらセクハラで訴えますので」

 

 騒ぎ立てる隊長から逃げるように部屋を飛び出したアザレアは一目散に自室へ戻ると、ファンシーなぬいぐるみで囲まれたベッドに横たわった。

 

「…………ふふ」

 

 普段抱き枕として使っている巨大なクマを抱きしめながら、キャロルのブロマイドをじっくりと観賞する。

 

 対邪神教部隊リベルタ副隊長・アザレア=クロービス。

 彼女が「かわいいもの」に目がないということは、同僚のなかでもあまり知られていない。




デカ女アツいです。
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