時止めのキャロル〜かつての邪神はいま、少女となって魔をふるう〜 作:陸そうと
商業都市ドリスから王都へは鉄道を使えば二十分ほどで到着する。
馬車でも十分に行ける距離ではあるので、わざわざ高い席代を払って列車を使わなくてもいいのではとデビルーナは提案したが、「おしりが痛くなるから嫌」とキャロルが一蹴し結局切符を購入する流れになった。
最初は渋々だったデビルーナだがいざ発車すると窓の外を流れる景色はやはり壮観だったようで、普段はどこか達観した振る舞いをする彼女からは想像できないような無邪気な笑みを浮かべている。
「前に乗ったときは景色なんて大して見てなかったけど……こうして眺めてみるとなかなか爽快な乗りもんじゃん」
「ここはケーキとか売ってないのかな……」
「ひょっ……⁉︎」
車内販売員が一向に通りかからず残念そうに脱力したキャロルの頭がクラウディアの肩へ倒れ込み、淑女らしからぬ声と挙動を向かい側のシートにいるデビルーナが視界に捉える。
なにを思ったのかクラウディアはそのまま鼻先を眼前の銀髪へ近づけてはうっとりと微笑んだ。
「キャロルさんの
「……? 食べないでね」
「そういうのは事務所のなかだけにしときなさいよ……」
以前から彼女がどでかい感情をキャロルに向けていることは知っていたが、最近は特に大胆な言動が目立つのでそろそろ本気で止めてあげたほうがいいのではないかと思うようになってきた。
おまけにここは公共の場であるし。
「それにしてもデビルーナも付いてくるなんて意外だった。聖騎士きらいなのに」
「あー、会議はあんたらに任せるわよ。あたしはテキトーに王都をぶらぶらしてるから、あとで詳細だけちょうだい。編成に加わるなら情報共有しても問題ないんでしょ?」
なぜキャロルたちが王都に向かっているのかというと、先日アザレアが持ち込んできた任務の作戦会議が騎士団アコルドの事務所で行われるからである。
当初は及び腰だったクラウディアも最終的には参加の意を示した。
まだ六等星とはいえ、今後も魔術師として生きていくのならいずれ実戦の機会もある。実戦経験が足りないことについて彼女なりにいろいろと考えたのか、アザレアが訪問してきた翌朝には自分も編成に加わることを表明してきた。
とはいえいきなり邪神教徒を相手にするのは荷が重いと思うので、彼女は後方支援に回してもらうつもりではある。まずは戦場の空気に慣れてもらう寸法だ。
もともと剣術に関しては兄に似てかなりの才があるようなので、キャロルもそこまで心配していないが……念のためだ。
まあなにもひとりで動いてもらうわけではないのだから、なんとかなるだろう。
いまはそれよりも、デビルーナのほうが気がかりだった。
「……ん、なに?」
横顔に注がれるキャロルの視線に気づき、頬杖をついて窓の景色を眺めていたデビルーナが彼女へ向き直る。
アザレアから受け取った資料を読んで以来、デビルーナはどこか上の空な表情を見せることが多かった。
原因はおそらく……というか確実に情報のなかにあった邪神教の幹部。
似顔絵の人物に見覚えがある——なんてものじゃない。彼女の動揺に満ちた瞳は、十中八九ある程度関係が深い人間に向けるものだった。
出会ったばかりの頃に聞かされたデビルーナの素性を考えればいろいろと想像できなくもないが、一旦そこからは外れた質問を投げかけてみることにする。
「……デビルーナって、どうしてそんなに聖騎士がきらいなの?」
魔術は使っていないはずだが、時が止まったような沈黙がその場に流れた。
空気が変わったことを察したクラウディアが困ったような顔で交互にふたりを見る。心遣いからか、いままで触れようとはしなかったが彼女もデビルーナの変化には気づいていたのだろう。
デビルーナは無表情だったが、その裏にいくつもの感情が複雑に混ざっていることはキャロルにも感じ取れた。
「あたしの身の上なんて興味ないんじゃなかったっけ?」
「そんなこと言ったかな」
「はぁ……まぁいいわ」
誤魔化しは意味がないと思ったのか、視線を窓の外へ戻してため息交じりに口にする。
「べつに意識してなにかを嫌ってるとか、誰かを憎んでるとか、そういうのじゃないわよ。ただあたしの生き方と噛み合わないから、必然的にかち合うことが多いってだけ」
ライセンスを持たずに違法な魔術実験を繰り返していた両親の下に生まれ、自らの意思とは関係なく邪神の遺物を取り込まされた。
魔術師として生きることを強いられ、やがてそれが自分の身を守る術となっていった。
デビルーナにとって魔術とは良くも悪くも自らを構成する重要な要素。価値基準のひとつと言ってもいい。
それを否定する聖騎士とそりが合わないのも……当然といえば当然か。
「その割には……初対面のわたくしに対して少々過ぎた言葉を口にしていましたわね」
「しょうがないじゃん、あのときはキャロルと話すのに邪魔だったし」
「なっ」
「わたしは最初から、ふたりの相性いいと思ってたけど」
キャロルの言葉を聞き流しつつ、デビルーナは背もたれに体重をかけて目を瞑った。
「はい、この話終わり。王都着いたら起こして」
「寝ちゃうの? せっかく三人で列車にいるんだから、なにか話そうよ」
「生憎おこちゃま好みの話題は持ち合わせていないもんで」
「風情を楽しむ心が欠けていますわ」
「風情って……旅行じゃないんだから」
「そういえばデビルーナって何歳なの? 見た感じわたしたちの兄さまよりは下だよね?」
これ以上おしゃべりに付き合う気はないとでも言うように、問いかけを無視し瞼を閉じたまま体ごとそっぽを向くデビルーナ。
露骨な態度を示されたキャロルとクラウディアは揃ってムッとした顔つきになる。
「クーちゃん、シャッターチャンス」
「ぱしゃりですわ」
「はあっ? ちょっと!」
キャロルの合図とともにおもむろにカメラを取り出したクラウディアがデビルーナの空寝顔を激写。
その場で出てきた写真を見てニタニタと笑う少女ふたりに飛び起きたデビルーナが慌てて手を伸ばした。
対するキャロルとクラウディアは器用に写真をパスしながらひらりひらりとそれを回避する。
「こっちよこせ! 勝手なことすんな!」
「写真集の特典にしよう」
「いいお考えですわ」
「このっ……!」
「キャハハハハハ! くすぐったい!」
「ちょおーーーーーー⁉︎ キャロルさんのどこを触ってますの⁉︎」
狭いシートの上で取っ組み合いなのか絡み合いなのかわからない、小動物じみた攻防がしばらく続いた。
●
「……隊長殿、いい加減落ち着いてください。リベルタの権威が疑われます」
「十分に落ち着いている!」
騎士団アコルドの事務所に到着したリベルタの面々は、その会議室のひとつを借りて作戦メンバーが集まるのを待っていた。
「リベルタ」は対邪神教のための独立部隊。故に通常の聖騎士とは異なり、部隊の人間は決まった事務所には所属せず、作戦内容によって各地を転々とする傭兵のような扱いとなっている。
自分たちの事務所も持たないため、基本的に会議などをするときは現地の騎士団事務所内の設備を使わせてもらうことが多い。
今回は騎士団アコルドのメンバーから情報提供や現場での協力を受けるということもあり、事務所のあるここ王都で会議が執り行われることとなった。
一番乗りで部屋に入ってからというものの、そわそわと体や視線を揺らしているアーサーに「リベルタ」隊員のひとり——アザレアが投げかける。
「妹君に会うのがそんなに嫌ですか?」
「嫌なわけないだろ。ただちょっと……キャロルが家を出るときに、すこしあってな……」
「仕事を放り投げて突然飛び出したあの日ね」
壁際で腕を組んでいた小柄な女性——リコット=ヴァルゴが呆れ顔で会話に加わった。
「聞いてみれば、家出を止めようとして妹さんに返り討ちにあったって言うじゃない。ケンカ別れしたから気まずいってわけ? 仕事に私情を持ち込むのはやめなさいよね」
「俺はケンカだとは思ってない。たぶん、あの子も……。でもいきなり魔術師になるって言っていなくなった妹が、すこし見ない間に一等星級になって、今度は任務まで一緒になるんだ。緊張しないほうが無理な話だろ」
「そういうもの? ま、相当な跳ねっ返りなんだろうけど……一等星だろうがなんだろうが、生意気なヤツだったらアタシがガツンと言ったげるから安心しなさい。泣いて謝るまでおしり叩いてどっちが上の立場か思い知らせてやるわ」
「キャロルはそんな子じゃない」
「しかしアーサーが決闘で負けるとは信じられんな。手加減はしたのか?」
リコットの反対側に佇んでいるふたりの男性のうち、大柄なほうがふと尋ねてきた。
グラン=ゴッツ……大黒柱という表現が似合う隊のまとめ役だ。盾を扱う巨殻流に長け、戦場と会合の場の両方で頼りになる男である。
「……わからない。あのときは俺も必死だったから。ただ……あのときのキャロルを、俺が止められるイメージがどうしても湧かないんだ」
視線を下げ、アーサーはキャロルがベルスーズ家を出て行った日の記憶を思い返す。
意図の読めない黄金色の瞳。
妹が自分のもとからいなくなるその瞬間からいまに至るまで、彼女の真意を理解しきれずにいることがアーサーは何より心残りだった。
……あとアザレアが持っていた破廉恥な写真のことも問いたださなければならないと思うとそれがいちばん気が重くなった。
「……なにか、やばいのが近づいているな」
グランの隣に佇んでいた眼鏡の男——ロバート=ワーナーが不意につぶやく。
隊で随一の魔力探知技術を持つ彼の索敵は極めて精度が高い。戦場ではないにもかかわらず、その彼が「やばい」と称した時点でこの場にいる全員に緊張が走るのがわかった。
しかし自分たちが王都の施設内にいることをすぐに思い出し、後頭部で手を組みつつ壁にもたれかかったリコットが呑気な顔で口を開く。
「そりゃアコルドの事務所なんだから、やばいヤツのひとりやふたりはいるでしょ。ロイドとか」
「ロイド殿であれば魔力探知には反応しないのでは?」
「魔力が濃い聖騎士といえば……やっぱりプロさんとか?」
「そんな次元の話じゃない。なんだこの魔力量…………待て、なにか魔術が起動して」
ロバートの表情に焦りが生じたのを最後に、前触れもなくアーサーの視界が暗闇に包まれた。
「……?」
同時にほんのりとあたたかい、柔らかな感触で目元が覆われていることに気づく。
アーサーが言葉を発するよりも先に、
「だーれだ」
全身が硬直し頭が漂白されていく。
体中からちくちくと汗が吹き出る感覚を覚えながら、唐突な問いに対してアーサーは震える声音で返答した。
「…………キャロル?」
「よかった、わたしの声を忘れてなくて」
光が戻った瞬間に見えたのは呆然とする仲間たちの顔と、ステップを踏むようにして軽やかに円卓の上へと飛び乗る白い少女の姿。
「しばらくぶりです、兄さま。かわいい妹のキャロルが、参りました」
一緒に暮らしていたときには見たこともない悪戯な笑みを浮かべた妹——キャロル=ベルスーズがそこにいた。
部屋の扉の前には同じくいつ入ってきたのかわからない彼女の幼馴染……クラウディアが申し訳なさそうに何度もお辞儀をしている様子が確認できる。
文字通り音もなく、それどころか魔力探知に秀でたロバートですら正確に存在を感知できずにアーサーへの接近を許した。
リベルタ隊員全員がその事実に驚愕しているなか、ごちゃごちゃになった思考からアーサーが咄嗟に絞り出したのは、
「……とりあえず、机から降りなさい」
戸惑い交じりのお叱りの言葉だった。
キャロルとクラウディアが騎士団アコルドの事務所へ出向いたのと同時刻。
デビルーナ=ナイトゴーンは時間潰しのために立ち寄った飲食店で、対面の席に座る人物へ警戒と懐疑に満ちた眼差しを突きつけていた。
「やぁねぇ、久しぶりの再会だっていうのにそんな怖い顔して……。お姉さん悲しいわぁ」
「……姉貴にでもなったつもり?」
「つもりじゃないわよ。私は
黒髪に黒いドレス。
闇夜から生まれ出たような静けさをまとったその女性は、鋭い表情で自分を捉えているデビルーナへ懐かしむような微笑みを返した。
穏やかな空気に偽装した危険な香りを察知しながら、デビルーナはどこか突き放しきれない中途半端な剣幕に乗せて彼女を睨んだ。
「それで、今更あたしになんの用? ————メイリーン」