時止めのキャロル〜かつての邪神はいま、少女となって魔をふるう〜   作:陸そうと

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33.信頼と馴染み

 デビルーナ=ナイトゴーンの生家————ナイトゴーンの屋敷は、かつてキャビンテッド王国の中心から大きく外れた未開拓の山岳地帯に存在した。

 なんでも邪神教から研究設備とともに隠れ家として与えられたものだったらしい。

 成果を彼らへ共有することを条件に、ナイトゴーン夫妻は政府の目の届かない環境で魔術研究を行うことができた。

 

 研究分野は多岐にわたる。

 魔物、あるいは邪神の遺物そのものの解析。

 邪神教から派遣された協力者である魔術師のデータ収集。

 自分たちの手で遺物を取り込ませた「子どもたち」の魔術の分析、成長過程の観察。

 

 当たり前のようにそのすべてが法で禁じられているもの。

 人間が築き上げた理性の鎖を平気で解きくぐり抜けるタチの悪い獣。それがデビルーナの父と母だった。

 

 囚人が叩き込まれるような地下室で育てられていた孤児たちは、デビルーナが見た限りだと五人。だがそれ以前にも両親が実験材料として育てていた子どもたちがいたことは偶然目にする機会があった日誌からわかっていた。

 彼らがどうなったのかはわからないが、ろくな人生を歩んではいないだろう。そもそも生きているのかもわからないが。

 

 石をどかせば出てくる虫みたいに、この手の悪は世界のいたるところに存在する。

 わけもわからず利用され、毎日辛い思いをしなければならない「子どもたち」も、同様にいたるところに居る。

 

 幼き日のデビルーナは物心ついてから政府が家へ介入してくる十二歳までの間、研究材料兼「子どもたち」の世話役として過ごしてきた。

 

 当時両親が世界のすべてだったデビルーナにとって、ここから出してとせがんでくる彼らは別の生き物に見えていた。

 そこに情けはいらない。「子どもたち」と関わる際、私的な感情は捨てるよう父と母から言われてきたから。

 自分はただ与えられた役割をこなせばいい。デビルーナの心にあったのはそれだけだった。

 

 メイリーンは、そんなナイトゴーン家に囚われていた「子どもたち」のひとりだった。

 

 

 

 

「どこであたしのことを知ったの?」

「偶然よ。新しい一等星級魔術師のことを調べていたら、あなたの名前が出てきたの。そうしたらもう、会いに行くしかないじゃない?」

「相変わらず腹黒らしい立ち回りね」

「……ふふ」

 

 外敵を前にした獣のように険しい表情を向けるデビルーナを見つめながら、メイリーンは余裕に満ちた微笑みを一向に崩そうとしなかった。

 おもむろに伸ばした手でデビルーナの黒髪をつまむと、手触りを確かめるように親指と中指の間でそれをすり合わせる。

 

「……なに?」

「んー? 大きくなったな~って」

「やめて」

 

 目線を下げて物思いにふけるメイリーンの手を振り払い、壁を張るようにデビルーナが椅子を引いて距離をとった。

 きょとんとした顔になったあと、メイリーンは拗ねたように唇を尖らせる。

 

「なに、反抗期? お姉さん寂しいわぁ。まあ棘のあるルーナも素敵だけれど」

「……あたしには姉も妹もいない」

「またそんなこと言う。私たち、姉妹みたいなものでしょう?」

 

 王都で再会したメイリーンは、記憶のなかの彼女よりも得体の知れない怪物じみた雰囲気を漂わせていた。

 

 その怪物に呑まれないよう、デビルーナは冷静にただ事実だけを述べる。

 ナイトゴーン夫妻の実子はデビルーナひとりであり、そのほかに血の繋がった親族がいるという話も、少なくともあの屋敷で過ごしてきたなかでは聞いたこともなかった。

 

 メイリーンはただ夫妻が拾ってきた孤児——実験体のひとり。彼女の言葉はすべて戯言。

 姉だの妹だの、そんなのは気に留める必要のない世迷言に過ぎない。

 

 なぜなら……彼女は他の「子どもたち」を殺した張本人なのだから。

 

「ジャスミンも、デジーも、ハルもロビンも……みんなメイが殺したんでしょ。あの子たちは、あんたを信頼してたのに……」

「あなたがそれを言うの?」

 

 テーブルへ身を乗り出したメイリーンが押し殺すような声を発したデビルーナへと詰め寄る。

 掴みどころのない空気から一変。

 噛み付くような眼差しでデビルーナを刺しながら、メイリーンは口を開いた。

 

「あの家での私の立場はあなたも理解していたでしょう? 私が生き抜くにはあなたのパパとママの言うことを聞いて、力を蓄えながら牙を剥く機会を探るしかなかった」

「…………それは」

「そもそもあなたに私を責める権利があるのかしら?ルーナ。博士たちと一緒になって牢の外から私たちを見下ろしていたあなたが。……それにあなたはただ()()()()()。子どもたちが殺されるのも、自分の両親が死ぬのも、何もせずにただぼうっと眺めていただけでしょう? 居ても居なくても同じだったあなたが、私のなにを咎められると言うの?」

「……あたし、は……」

「ふふ、でもいいのよルーナ。私、いまさら怒ったりしないわ。あなたのことは大切に思っているから、ね?」

 

 凍りついたように視線を逸らして動かなくなったデビルーナの頬に白い指先が伝う。

 

「ものは相談なのだけれど、ルーナ」

 

 椅子へ座り直したメイリーンは、押しつぶされそうな顔をしているデビルーナに向けて言い放った。

 

「あなた…………邪神教に入る気はない?」

 

 いつだったか、同じように店のなかで白い少女へと同様に問いかけたことがあった。

 それは事務所でアザレアという聖騎士が持ち込んできた依頼内容を聞いたときから予想していた事態。

 

 メイリーンが邪神教徒であるというのなら、いずれ彼女は自分のもとに現れる。

 この前からそんな確信がデビルーナのなかにあった。

 

「入らない」

 

 そして同時に、その提案に対する回答もすでに決まっていた。

 不思議そうに首を傾げたメイリーンが短く尋ねる。

 

「どうして?」

「どうしてもこうしてもないわよ。やばい連中のお仲間に進んでなりたいヤツなんかいないでしょ」

 

 この場にキャロルが居たら「どの口が」とつっこまれそうだが、本心からの言葉だった。

 

 デビルーナにとって邪神教は魔術が台頭した世界を作るための手段のひとつでしかない。

 いまはそれよりも幾分か居心地のいい場所がある。

 邪神教へ向ける興味などとっくに尽きてしまった。

 

「それにしても驚かないのね。私が邪神教徒だってこと……誰かに聞いたのかしら?」

 

 任務のことは話せないので、この質問は受けずに流す。情報漏洩で聖騎士たちとの関係に亀裂が入っても面倒だ。

 

「……昔のあたしは、ただパパやママの言うことを聞いていればいいと思ってた。けどいまはちがう、あたしには実現したい世界がある。そのために必要なものも……わかってる。メイの誘いにはもう乗れない」

「あっそう」

 

 大げさに肩をすくめてみせたメイリーンがわずかに強張った表情のデビルーナを見下ろす。

 彼女の瞳にあるのは失望だけ。

 デビルーナが求める「世界」とはなにかを尋ねることもなく、メイリーンは気だるげに宙へと視線を漂わせた。

 

「まあ……好きにすればいいと思うわぁ。私もあなたも、もう子どもって歳じゃないんだし」

「……メイは、どうして邪神教に入ったの?」

「あなたと同じよ、ルーナ」

 

 席を立ったメイリーンが背を向けながら続けた。

 

「私のやりたいことが、そこにあるから」

 

 遠ざかっていく黒色を見つめながら奥歯を噛む。

 次に会うときは敵同士であることをメイリーンは知っているのだろうか。

 そのとき自分は彼女と向き合うことができるのだろうか。

 

「……あたしはわからないよ、本当にやりたいことなんて」

 

 幼少期に感じていた空虚さが蘇り、それを隠すようにデビルーナは顔を覆った。

 

 

 

 

 開幕こそ破天荒さを見せつけたキャロルだったが、リベルタとの作戦会議は滞りなく行われた。

 

 集まったのはキャロルとクラウディア、リベルタの隊員のほかにも騎士団アコルドから派遣された聖騎士が数人。

 十四歳の一等星級魔術師に対する疑念がないわけではないだろうが、周りはやはり大人。話し合いの最中ではあくまで敵対勢力と作戦の段取りのみ展開された。

 

「兄さまって、ちゃんと仕事してるんだね」

「キャロルのなかで俺はどう思われてたんだ?」

 

 会議が終わった直後、ふとアーサーのもとへやってきたキャロルが率直な感想を述べた。

 リベルタが中心となって進められる今回の作戦では、指揮もその隊長であるアーサーに任せられている。

 厳格な空気のなかで粛々と聖騎士としての職務をこなす兄は、家を出る際に言葉を交わしたときよりもずっと完成されて見えた。

 

 この先の生死がかかっている話し合いのあとで最初に出る言葉がそれなのかと言いたい気持ちを抑えつつ、アーサーはふわふわした言動の妹に視線を送る。

 不意にどこか腑に落ちていないような顔つきになったアーサーが言った。

 

「キャロル……なんか、雰囲気が変わったか?」

「え? …………さらにかわいくなった?」

 

 投げかけられた疑問を確認するように自分の体へ目を落としながら応じる。

 

「いや……そういうことじゃなくてだな、なんか柔らかくなったというか」

「はあ」

「事務所を構えてからのキャロルさんは、とても活き活きしているのですわ」

 

 キャロルの後ろからひょいと顔を出したクラウディアがその隣へ並んだ。

 思い出したように「ああ」と声を上げたアーサーが表情を明るくさせる。

 

「クラウディアちゃん、お久しぶり。……キャロルがお世話になってるみたいだね」

「そんな、お世話になっているのはわたくしのほうですわ」

「お世話してます」

 

 こなれた掛け合いを眺めて微笑ましい気持ちになりながらも、アーサーはどこか置いて行かれたような感覚になっていた。

 

 目の前にいるふたりの少女のことは幼少期からよく知っている。だからこそキャロルはもちろん、クラウディアまでも聖騎士の道を自ら外れたと噂で耳にしたときには息苦しさを感じるほど心配だった。

 

 正直なところ、キャロルが突然家を飛び出したことも完全には納得がいっていない。

 自立するには彼女たちはまだ若すぎるし、まだまだ誰かに庇護されるべき存在だと思う。そこに生物的な強さは関係ない。

 人間として当たり前に享受しなくてはならない環境下にふたりは置かれていないのだ。

 

 ただ、やはり……この短期間で以前では想像もつかないような良い変化がキャロルに起きたこともまた事実のようだった。

 

(キャロルにとっての幸せを……俺は与えてやれなかったのか)

 

 ベルスーズ家でともに生活をしていたあの頃、キャロルが笑ったところなんてほとんど見たことはない。

 だがいまはどうだ。

 友達と談笑するその姿は年相応の少女そのもの。はっきりと分かるほど豊かではないが、アーサーといるときには見られなかった人間らしい心の機微がそこにある。

 

 自分がその変化を与える役割になれなかったことが、アーサーにとっては何より無念だった。

 

「あなたがアーサーの妹ね」

 

 会議室に残って各自ポジションのすり合わせなどを行っているなか、キャロルたちのもとへ近づく女性がひとり。

 リベルタの切り込み隊長、リコットだ。

 

「ふーん、小さいわね」

「キャロルさんはそこがいいのですよ」

 

 リコットの呟きにいつの間にかその後ろに控えていたアザレアが割り込む。

 一方で密かに気にしている低身長について正面から触れられたキャロルは、内心落雷が直撃したようなショックで胸をつかれていた。

 

 対するリコットはというと、キャロルとあまり変わらないか、すこし上くらいの身長である。

 唐突なダブルスタンダードに目を剥く。

 

「あなたもあまり変わらないように見えるけど」

「リコットよ、よろしく。……それにしてもあなたの顔、どっかで見たことあるのよね」

 

 ささやかな抗議の言葉も完全にスルーされ、キャロルのなかで不満が爆発しそうになる。

 「ま、いいや」と覗き込んできた顔を離したリコットをじっと睨む。こっちはなにもよくないのだが。

 

「ねえアーサー、いつものアレ、いいわよね?」

「え? あぁ……いや、キャロルは……」

「ねえキャロル、アタシと一緒にちょっと演習場に行きましょうか」

「……演習場?」

 

 なにやら躊躇いの表情を見せたアーサーを尻目にリコットが笑う。

 

「ウチの隊では魔術師に協力を依頼するとき、上下関係をはっきりさせるためにアタシがソイツをボコボコにするって決まりがあるんだけど……」

「いや決まりっていうかリコットが勝手にやってるだけで」

「ま、要するに——」

 

 これからいたずらを始める子どものような微笑を浮かべたリコットが再びずい、と顔を寄せてくる。

 

「模擬戦しましょうってこと。あなたの実力、アタシたちに見せてみて」




これまで魔術師や邪神側の能力解説が多かったですが、ようやく聖騎士側にもスポットライトが当てられそうです。
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