時止めのキャロル〜かつての邪神はいま、少女となって魔をふるう〜 作:陸そうと
騎士団アコルドが保有する施設の規模は一般的な騎士団事務所と比較して軽く五倍はある。
王国政府直属の騎士団に所属する聖騎士たちは、その人数に加えて任務の系統も国内最多。魔物の討伐、人間の犯罪者への対応、諜報活動など……各分野において優れた実力を有する人材が集まっている。
敷地内にある多様な訓練施設のなかでも特に利用者の多い演習場に関しては第一〜第三まで複数設けられており、現在キャロルはいちばん広い第一演習場の中心に立っていた。
青空の下、衆人環視に囲まれながらキャロルが対峙しているのは、双剣を構えた小柄な女聖騎士リコット。
一等星級魔術師とリベルタの切り込み隊長による模擬戦。
後学のために、単純な興味、キャロルの容姿に惹かれて……などの理由で戦いを見物にやってきた聖騎士たちの視線がふたりへ集中する。
どこか楽しげな表情で体を伸ばしたリコットは、わずかに渋い顔で自分を見つめているキャロルに明るい声とともに笑いかけた。
「せっかくだからなにか賭けようか。勝ったらなにが欲しい?」
「……じゃあ、おいしいごはん」
「オッケー、任せな。アタシが勝ったら任務中アタシの言うことには絶対服従ね」
「いいですよ」
リスクが釣り合っていませんわ——とやりとりを見守っていたクラウディアが不安そうに拳を握った。
その隣でアーサーは胃が痛そうな顔で立ち尽くしている。
日常的に邪神教を相手にしているリベルタ隊ではターゲットの扱う魔術に応じて外部から有利な力を持つ魔術師を雇うことも珍しくない。
その度にリコットが「必要な儀式」と称してトラウマを刻む勢いでその魔術師を打ちのめすのだが……それが原因で魔術連合との溝が深まってもいいことはないので程々にしてもらいたい。
等級の高い魔術師ほど得体の知れない者が多く、手懐けておく必要があるのは理解しているが。
「一応聞くけど、なにか武器使う?」
「ん……いらない」
空の両手を見て一瞬考えたあとでキャロルが返答した。
幼い頃はクラウディアと一緒にアーサーから剣術を教わったこともあるが、言ってしまえば自分には適さないやり方だとキャロルは考えていた。
大抵の相手は「石化」ひとつでどうにかなってしまう。
邪神ゾアであった前世では無数の触手による「石化」の連射で爆撃を連鎖させ瞬時に広範囲を制圧する戦い方を多用しており、キャロルとしての肉体でその感覚にいちばん近いのが脚を使った魔術行使だ。全身と連動させてしなる動きを作れる点が触手に似ているため、戦闘でも脚技を用いることが多い。
邪神アトラの「糸」を獲得してからは接近されたときなど、即席の手数が欲しい状況でそれを使うようにしている。魔力で編まれた糸は重さがないうえに強度も申し分ない。
そうでなくとも単純な魔力強化を施して適当に殴る蹴るを繰り返していれば、魔力量の暴力でだいたいはなんとかなってしまう。
結論、わざわざ剣を持ち歩く必要も使うことが想定される状況も完全になくなったと言える。
だからこの先も自分から剣を取ることはないだろう。
(双剣……
対するリコットの構えを観察し、キャロルは過去にアーサーから学んだ知識を思い起こす。
天審流は攻防一体のバランス型。
左右の剣を用いて天秤のように調和のとれた動きをとる立ち回りに隙のない型だが、決め手に欠けるという欠点もあるため、こちらの様子をうかがいつつ決定打を狙うための剣技ないし我流の必殺技などを別で習得していると予測していいだろう。
「いつでもどうぞ」
まあ、あとは始まってから考えればいい。
軽くつま先を地面に打ちつけた後、キャロルは落ち着いた調子でリコットへ誘いの言葉を口にした。
「じゃあ遠慮なく」
緊張感など微塵も感じさせない晴れやかな笑顔のまま地面を蹴ったリコットが低い姿勢を維持したまま突貫してくる。
風を切る速度を帯びる彼女を目で追いながら、キャロルはこの戦いの意味を再確認した。
聖騎士たちの本拠地とも呼べる「アコルド」の事務所内においては、そこにいる人間のほとんどが魔術師に対して少なからず不信感を抱いているはず。
日々魔物や魔術犯罪者たちに立ち向かい、時には仲間も失う職務だ。そういったマイナス感情を抱くのも無理はない話。
だがリコットのあっけらかんとした振る舞いからはそういった感情は読み取れなかった。
おそらく面倒見のいいことに、彼女は自分なりにエリート組としてほかの聖騎士の顔を立てようとしているのだろう。
魔術師……それも外見だけみればひ弱な小娘に聖騎士最高峰とも言える者たちが協力を求めようというのだ。それも「一等星」という全貌が定かではない存在に。
なぜこんなヤツの力を借りる……なんて疑念が芽生えないとも限らない。
だから彼女はキャロルに
(……ちょっと付き合ってあげるか)
迷宮内を除いて現在のキャロルが身体的負荷を考慮しノーリスクで発動できる「石化」の限界時間は範囲ごとにそれぞれ、
世界そのものを止めるのに二秒、
街ひとつ分で五秒、
建物ひとつほどなら八秒、といったところか。
前世と比べればひどい劣化だが、たとえ一秒に満たない一瞬だとしても停止させられる瞬間があるのなら、反動で体が壊れない程度に力を調整してそこを叩き、周囲の空間ごと消し飛ばすことはできる。
しかし悠長なことを言っていられない実戦であればともかく、いま行うべきはそれではない。
キャロルの立場で考えるとリコットの意図を汲んで周囲の聖騎士たちの
これは今後のためにも必要な戦いだ。
故に「石化」は最小限に、あくまで攻撃手段のひとつとして使用するに留める。
「天審技法」
瞬く間に肉薄したリコットが左右から挟みこむようにして双剣を内側へと絞る。
魔力のキレが半端じゃない。並の人間なら動きに反応しきれずこの一撃で勝負がつくだろう。
「
魔力を流したつま先で軽やかに跳躍し、両サイドから迫った刃を回避する。
空中で一回転。
リコットの背後へ降りる軌道だが読まれている。
すぐに追撃がくるだろうと踏んでわざと着地のタイミングを遅らせたキャロルは、予想通り繰り出された回転切りの刃の側面をつま先で弾き、さらに遠くへと跳んだ。
「アッハ! 器用ね!」
心底楽しそうな笑顔で振り返るリコットが逆さまに見える。
いろいろ考えていたけど、この人本当はただ戦いたいだけなんじゃないだろうか。
さて、やる気がないと思われても嫌なのでこちらからも攻撃しなければいけない。
ひとまず挨拶がわりに前方十メルー先の空間一帯の時間を「石化」させ、右足に宿したほどほどの魔力を蹴りとともにぶち込む。
先ほどの身のこなしを見るにリコットが回避できない攻撃ではないだろう。
「うわっ……⁉︎」
滞空するキャロルの正面から地上のリコットにかけて空間が歪み、巻き起こる広範囲の爆縮。
即座にその場を退避したリコットが一秒前にいた地面が大きく抉られる。
「……? どうしたの?」
すぐ反撃してくると思ったが、リコットは半壊した演習場を見て唖然とするばかりで易々とキャロルの着地を許した。
なかなか動き出さない彼女に首を傾ける。
ふと耳をすましてみると、驚愕しているのはリコットだけではなかった。
「あれがそうなのか……?」
「本当に『石化』だ……」
「なんて力……」
戦いを見物しにきた周囲の聖騎士たちからもざわつきが上がったところで、気を張りなおすようにリコットが咳払いする。
そういえばキャロルが一等星になるついこの間まで「石化」は未発見ということになっていたのだった。
「これが一等星……。噂には聞いてたけど、まさかここまで規格外とはね」
「これを見るためにわたしを誘ったんでしょう? 望みを叶えてあげたつもりなのだけど」
「ああうん、お気遣いどうも。間違ってないよ」
冷や汗を拭いながら双剣を構え直すリコット。
彼女の実力は一連の攻防でなんとなく理解した。
おそらく魔力総量はそこまで多くないが、瞬間的に魔力を燃やすことで桁違いのパワーとスピードを解放する短期決戦タイプだ。
単独ではそこまで脅威にはならないが、実戦では仲間と連携することで継戦能力のなさをカバーしているわけか。
そうなるとすこし話が変わってくる。
このまま一方的に屠るのは簡単だが、それではあまり面白くない。
余裕がある分いまキャロルがしているのは戦いを通したコミュニケーションに近い。だがリコットひとりを転がしたところで、互いの理解は深まらない。
任務でリベルタの隊員たちと行動を共にすることを考えると———もっと効率的な方法があった。
「あの、全員でかかってきていいですよ」
「え?」
「あなただけだと、あまり意味がないので」
観衆に混ざって模擬戦を見守っていたリベルタのメンバー……アザレア、グラン、ロバート、そしてアーサーへそれぞれ視線を送る。
どのみち共闘を見据えた関係なのだ。何ができて何ができないのか、この場で把握しておくのも悪くはないだろう。
「言ってくれるじゃない……」
「ハハ、面白そうじゃないか。一等星の魔術師と手合わせできるなんて滅多にない」
「勝ったら私も、その……キャロルさんにお願いをしてよろしいのでしょうか」
「僕は遠慮しておくよ。体を動かす気分でもないし」
すぐに前へ出てきたのはアザレアとグランのふたりだった。
一言添えながら傍観を選んだロバートを除けば、あとはアーサーだが……先ほどから俯き加減で黙り込んでいる。
「兄さまはどうするの?」
「俺は………………………………いい!」
「ノリわるっ」
遠巻きに宣言したアーサーにリコットが悪態をつく。
キャロルとしても改めてアーサーと魔術と剣で語り合いたいところだったのですこし残念である。
だがまあ、彼の判断は正解だ。
キャロルの底知れなさはベルスーズ家を出て行く彼女を引き留めようとしたときに嫌というほど痛感しているはず。
面子を保つためにも大勢の聖騎士たちの前でリベルタの隊長が敗北する姿を晒すのは避けなければならない。
「さっきの身のこなしは見ただろ? 相当動けるぜあの子」
「うん、マジやばいよアーサーの妹」
「ええ、少々心苦しいですが……私も全力でいかせていただきます」
周囲に待機していた下級の聖騎士たちから愛用の武器を受け取りつつ、アザレアとグランがリコットの左右に並んだ。
アザレアが携えているのは柄の両端にそれぞれ大振りの刃が付いた大剣。
グランは体をすっぽりと覆うほどの大きさの盾を左手に、右手にシンプルな片手剣を握っている。
アザレアに関してはクラウディアが事務所で話していた通り豪牛流と巨殻流がメインと考えてよさそうだが、グランという男性のほうは巨殻流のみだろうか?
「長引くのもあれかと思うので、ひとつハンデをあげましょう」
「あ? ハンデ?」
ちょっぴり興が乗ってきたキャロルが穏やかに言いながらリコットたちへ見せつけるように人差し指を立てる。
「これからわたしは『石化』の魔術を一切使いません。がんばって一撃でもわたしに入れることができたら、あなたたちの勝ちにしてあげます」
「うーわ、完全に舐められてるよアタシたち。どうするよおふたりさん?」
「まあこれで負けたらダサいわな」
「自信満々なキャロルさんもかわいいですね」
約一名からこの場に似つかわしくない感情を向けられている気がするのが微妙に気になるが、ひとまず受け流す。
「舐めてない。圧倒的な力の差がある以上、わたしはコレを戦いと認識することはできない。だからコレは戦いじゃなくて対話……相互理解を深めるコミュニケーション。対話はできるだけ対等な条件下で交わされなければ意味がない。だからわたしは自分の力を抑える、あなたたちがすぐに倒れてしまわないように」
「凄まじいな。舐めてる自覚がないぞこの子」
「おしり百叩きコース確定かなこりゃ……」
「無自覚に傲慢なキャロルさんもかわいいですね」
いい感じに場の空気が熱を帯びてきたところで、キャロルは突き出した右手の指先を曲げた。
「きて」
爆発的な跳躍から疾駆したリコットが一直線にキャロルへと迫る。
同時にその背後で大剣を掲げる巨大な影。
「豪牛技法」
岩石を思わせる荘厳な覇気を放ちながら、アザレアが大剣の側面を地へと打ちつけた。
「
前方へ押し出されるような衝撃波となって物理的な破壊力を宿した地鳴り。
それを背負いながらリコットは走る速度を上げていく。刹那、彼女の両手から双剣が消えていることに気がついた。
すばやく左右それぞれに視線をやると、投擲された双剣がキャロルを挟み込むようにして高速回転しながら迫ってくるのが見える。
武器を投げる戦い方…………どうやら彼女は遠距離戦に秀でた
前方からの衝撃波に加えて左右からの斬撃。
必然的に回避ルートが上空へと絞られる。
「どうよお嬢さん!」
キャロルが真上に跳躍したのと同時にリコットもそれを追い、瞬時に接近してみせた。
胸ぐらを掴まれかける。掴まれたらそのまま組み伏せられて終わりだ。
片腕を振るって魔力を放出し、強引に軌道を変えて回避する。
「はや!?」
リコットの横を通り過ぎつつ眼下にいる標的の位置を確認したキャロルは、地面へ到達するタイミングに合わせて鬣のような金色に向けて落下の勢いを乗せたかかと落としを放った。
まずは要となっている者を仕留める……つもりだったが、アザレアの前に立ちふさがったグランが盾でしっかりといまの一撃を受け止めている。
キャロルの蹴りの衝撃が彼を貫通し、真下に巨大な亀裂が咲いた。
「重っ……!?」
「びっくり。防がれちゃった」
盾を蹴飛ばしてすぐに距離をとるキャロル。
前方には得物を構え直して前進してくるアザレアとグラン、背後からはリコットの気配が近づいてくる。
三方向——いや、リコットは二本の剣を持っているから四方向からの同時攻撃だ。今度は上にも逃げ場がない。
「石化」を使わなければ避けきれない。
だから避けずに打ち破る。
大量の魔力をつぎ込んで練り上げた「糸」の魔術で両の拳を覆い即席の強化グローブとし、まずは脇腹あたりを挟もうと迫るリコットの双剣を殴り折る。
そして流れるようにその場で短く跳び、半回転。正面から振り下ろされるアザレアの大剣をグランの片手剣もろとも蹴り飛ばしてその軌道を変えた。
「——ぜんぶ凌いだッ⁉︎」
「てか今のアトラの魔術……!」
「『石化』以外を使わないとは言ってません」
驚愕で呆けた顔のリコットの頭をノック。
続けて大きくバランスを崩したグランとアザレアの腹部をそれぞれ拳でかるく突き飛ばして転ばせてやる。
頭蓋粉砕と腹部貫通。それぞれ魔力で強化して本気で殴れば命を刈り取れる一撃だ。
決着を知らせる静寂がその場を満たす。
唖然とした顔で起き上がってこない三人へ視線を巡らせた後、再度リコットへ向き直ったキャロルが嬉しそうに微笑んだ。
「パフェのおいしいお店に連れて行ってください」