時止めのキャロル〜かつての邪神はいま、少女となって魔をふるう〜   作:陸そうと

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35.辛酸と死の気配

 模擬戦を経て程よい空腹感を覚えるなか、キャロルはクラウディアやリベルタ隊のメンバーとともに食堂へやって来ていた。

 なんでも賭けの言い出しっぺであるリコットがお気に入りだという、異国の郷土料理が食べられる店とのこと。

 

「いや〜負けた負けた!」

 

 適当に注文を済ませた後、テーブルを挟んだ向かいの席で底抜けに明るくリコットが笑った。

 

「二等星までなら()ったことあるけど、やっぱ一等星ともなると別格だね〜アーサーの妹」

「キャロルです」

「ああごめんごめん、キャロル」

 

 端の席に座るキャロルの横には緊張した様子のクラウディアが縮こまっていて、そのさらに横にはアーサー。

 対面の席にはリコットをはじめとした他のリベルタメンバー四人が腰かけている。

 模擬戦に参加しなかったロバートという眼鏡の男性は当初そっけない印象があったが、こうして食事の場に参ずる点を見るに隊に馴染めていないというわけではないらしい。

 

 各々隊長であるアーサーとの距離感も近い。

 対邪神教専門部隊と聞いたときはもっと殺伐としたものを想定していたが……彼らの周囲には常に和やかな雰囲気がついて回っていた。

 

「ところでキャロルさぁ、『石化』の遺物なんてどこで手に入れたの? アタシたち聖騎士も長いこと探し回って、手がかりすら見つからなかった幻の魔術なのに」

「ひみつ」

「んなこと言わずにさぁ〜お姉さんに教えてよ〜うりうり」

「リコットさん、キャロルさんが嫌がっています」

「ちぇ〜」

 

 キャロルの頬にぐりぐりと指を押しつけて戯れていたリコットがアザレアに言われて座り直す。

 どことなく軽いノリが出会ったばかりの頃のデビルーナに似ているかもしれない。

 

「キャロルがどこで魔術を手に入れたのか、俺も気になるところだけどな……」

 

 なにか問いたげにちらちらとキャロルへ視線を向けるアーサー。

 内情を探られるのは相手が兄でもいい気分はしない。

 こういうときに返す最適な言葉が暇なときに事務所で読んだ小説にあったはず…………と、キャロルは口寂しさで飲んでいた水のグラスをテーブルへ置きつつ、

 

「…………えっち」

「え⁉︎ なにがだ⁉︎」

「あまり女性に踏み込んだ質問をするものではありませんよ、隊長殿」

「あ〜あ、やっちゃったね〜隊長、やらしー」

「いや、俺はただ魔術の……ていうかリコットも同じことを聞いてただろ!」

 

 慌てふためくアーサーを横目に「ふ」とキャロルが薄く笑う。

 思ったとおり、兄はからかうと面白い反応を見せてくれる。

 

「皆さん仲がよろしいですのね。アコルドの人たちは物静かな方が多かったので……なんだか新鮮ですわ」

「そうか、クラウディアちゃんはもともとロイドの預かりなんだっけ」

 

 そういえばアーサーとロイド——クラウディアの兄には面識があったのだった。

 何気なく返したアーサーの言葉に反応したリコットが渋い表情で足を組む。

 

「あんな陰気な連中と一緒にしてもらっちゃあたまんないわよ」

「あそこは政府直属の騎士団だからな。所属している聖騎士たちも、治安総局の指示に従うだけって考えのヤツが多い。要はお堅い連中の集まりなのさ」

「おかたい……?」

 

 ライセンスを取って間もない頃に遭遇した事件のことを思い返す。

 ロイドはそのなかでも好き勝手——というか聖騎士の在り方そのものが揺らぐほど危険な動きをしていたはずだが…………ここにいる彼らにもそれは伝わってはいないらしい。

 改めてクルトルフ家の情報操作、恐るべし。

 

「政府直轄なのはあなたたちも同じじゃないの?」

 

 それはそれとしてグランの話に首を傾けたキャロルへ、おしゃべりなリコットが答えを用意して割り込んだ。

 

「まあカタチとしてはそうなんだけど——アタシたちの上司はプロさんだからね」

「ぷろさん?」

「キャビンテッド王国の最高戦力、プロキオンさんですわね」

「そうそう、聖騎士序列一位の」

 

 クラウディアとリコットのやりとりへ目を流しつつぼんやりと聞き耳を立てる。

 

 聖騎士は世界中の国家にある役職だが、組織内で用いられる聖騎士たちの「序列」は国ごとに定められている。

 序列はその時点での個人による任務の功績や政府への貢献度で決まり、上位になればそれだけ待遇も良くなっていく。

 プロキオンとはキャビンテッド王国における頂点・序列第一位の聖騎士の男のことだった。

 

「プロさんは強すぎて政府からその影響力が正式に認められててね、任務を行ううえでの裁量もかなり大きいらしいよ。人呼んで『現代最強の聖騎士』」

「邪神教への対抗策としてリベルタを設立したのもあの人だと聞くな」

「でもぶっちゃけこき使える人員が欲しかっただけじゃね?」

「お忙しい方ではありますからね」

 

 ロバート、グラン、リコット、アザレアが口々に語るなか、キャロルは天井のほうを見た。

 

(……そういやサバトくんがそんな名前言ってたっけ)

 

 聖騎士の組織図にはあまり興味がないが、以前依頼人の口からその名前を聞いたことを遅れて思い出した。

 難しい話は聞きたくもないけど、いちばん強い聖騎士というのなら……力比べをしてみたい気持ちはすこしある。

 

「クーちゃんクーちゃん」

「はい?」

「そのプロキオンってヒトとわたし、どっちが強いと思う?」

「ええっ? それは、その……どうでしょう? わたくしも彼を実際に見たわけではありませんし……」

「ふうん…………わたしって言ってくれないんだ」

「いや、ち、ちがいますわ! 決してキャロルさんの能力を疑っているというわけではありませんの……!」

 

 ほんのり不満げに水とともに口へ流し込んでいた氷を噛み砕くキャロル。

 事実がどうであれクラウディアのなかの天秤がキャロルのほうに傾かず、判断に迷う瞬間がすこしでも存在したということが少しだけ気に入らなかった。

 

 八つ当たりに頭突きをする勢いでクラウディアの肩に頭を乗せつつ、キャロルはふてぶてしく言った。

 

「でもまあ……相手がヒトであるなら、わたしが負ける道理はないと思う」

「オイオイ、アタシたちに勝ったのは認めるけど、そりゃちょっと舐めすぎってもんだよちびっこ」

「キャロルです」

「アタシも一度闘ったことあるけどさ、アレはやばい。ちょっとした邪神並みだね。人間やめちゃってるよ」

「わたしより弱いヒトに言われてもな……」

「よ〜しちょっとおしり出そうかキミ————」

 

 腕まくりをして再び身を乗り出したリコットがキャロルの眼前で突然動きを止める。

 きょとんとしているキャロルの顔をまじまじと観察した彼女は、やがて「ああ!」と声を上げて自分の懐を探り始めた。

 

「なに……?」

「どっかで見たことあると思ったらあなた、()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 そう叫んだリコットが見せてきたのは————見覚えのある顔が並んで写っている写真。

 いちばん手前にはカメラのレンズを内側に向けて撮影しているであろうララ。最近よく事務所に出入りするようになった女の子だ。

 その奥にはクラウディアと……ネコミミにランジェリー姿のキャロルがピースサインをしていた。

 

「ブゥーーーーッ‼︎」

「うわきたなっ⁉︎ なにしてんのアーサー⁉︎」

「宴会芸の練習ですか?」

「ゴホッ! ゴホッ……! そ、それは……!」

 

 リコットの取り出したものを見るなり突如口に含んでいた水を吹き出すアーサー。

 彼が写真を指さすと、再度そちらへ皆の視線が戻っていく。

 

 リコットの口ぶりから怪訝な表情を浮かべたキャロルが小首を傾げながら尋ねた。

 

「ララちゃんを知ってるの?」

「アタシの従姉妹だよ。『仲良くなったお姉ちゃんがいる』っつって手紙と写真くれたの。そうだ、確かに『キャロル』って書いてた気がするわ。世話になってるみたいだね」

「なんだこの格好……」

「アーサーお前妹にどんな教育をしてるんだ?」

「リコットさん、そのお写真言い値で売っていただけませんか?」

「クソッ……! もう忘れようかと思ってたのに……!」

 

 観念するように歯を食いしばったアーサーは、クラウディアを挟んで奥に座っているキャロルに細めた眼を向けた。

 

「こうなったら言わせてもらうけどなキャロル! あの写真は一体なんだ⁉︎ あんな破廉恥な格好を人に見せようだなんて俺は許さないぞ断じて‼︎」

「写真を撮るのになんで兄さまの許可が必要なの?」

「ていうかクラウディアちゃんまで! 一緒にいたならどうして止めてくれなかったんだ⁉︎」

「えっ⁉︎ それは、その〜…………出来心と言いますか、なんというか……ごにょごにょですの」

 

 なにを取り乱しているのか理解不能だったが、どうにも兄は写真に写っている自分の格好にご立腹なのだとキャロルはうっすらと気づいた。

 服なんて出して犯罪になる部分が隠れていればいいものだろうと考えていたので、完全に寝耳に水である。

 やはりヒトの価値観は未だ不明点が多い。せっかくかわいい衣装なのに。

 

「にしてもそっかぁ、ララの顔見知りだったか~。あの子元気してる?」

「すごく元気」

「とっても可愛らしい子ですわ。わたくしともよく気が合って、この前も一緒にキャロルさんの撮影会を……」

「すみません、そのときのお話を詳しくお聞かせ願えませんか?」

「お聞かせ願うな! よこせリコット、その写真は没収して燃やす……!」

「はあ!? ちょっとやめてよ! セクハラセクハラ! 聖騎士さんこの人ですー!」

「お前たち、騒ぐとほかの客に迷惑だろうが」

「おなかすいた……」

 

 一瞬で目の前の話題に興味をなくしたキャロルがテーブルへ突っ伏しながら腹部をさする。先ほどから空腹を知らせる鳴き声がとまらなかった。

 

 だいたい「パフェのおいしい店」とオーダーを出したはずだが、今いる店内の雰囲気はどう見てもパーラーやカフェとはかけ離れた定食屋の類である。

 そもそも東洋の料理がメインだと言っていたし……。正直目の前にいるリコットという聖騎士には現状あまり信頼を寄せていないので、キャロルの期待に応える甘味が出てくるのか最初から疑わしいところはあった。

 

「お待たせしました~」

「お、きたきた」

「……!」

 

 不意に通路側から現れた給仕に反応してキャロルが飛び起きる。

 トレイに載せられて運ばれてきたのは…………かるく幼子くらいの大きさはあるのではないかというグラスに詰め込まれたクリームと、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「激辛煉獄デスパルフェ。これが美味いんだ。この店でしか食べられない限定メニューなんだよね~」

「正気なのか……?」

「これがあとふたつ来るから。七人もいんだし余裕だよね?」

「正気なのか!?」

「僕らも食べるのかこれ……」

 

 戸惑う男性陣とは正反対に、キャロルは初めて見る様相のスイーツ(?)にきらきらと瞳を輝かせてすでにスプーンを構えている。

 もともと色白な肌をさらに蒼白させたクラウディアは困惑した顔でキャロルとパフェを交互に見た。

 

「き、キャロルさん……これはさすがにやめておいたほうが……。すご~く辛いやつだと思いますわよ……?」

「なんだかよくわからないけど、相手がパフェであるならわたしが負ける道理はない」

「この子なに言ってんの?」

「空腹で正常な思考ができていないようですね。そんなキャロルさんも可愛らしいです」

「いただきます」

「おーたくさん食え食え。約束どおりアタシの奢りだからさ」

「ああっ……」

 

 クラウディアの制止をくぐって致死量に匹敵する紅いソースと調味料が最悪の調和をしているてっぺんから口へ運んでいくキャロル。

 彼女が食べた箇所を見てみると内側のほうもただのソフトクリームではなく、やたらと紅い。なにか練り込まれているのだろうか。

 

 一口食べてしばらく味わっていたキャロルがぴたりと硬直する。

 見てて不安になるほどの汗がぶわりと噴き出るのと同時に、彼女の透き通った肌がみるみると尋常ではない深紅に染まっていくのがわかった。

 

「————〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっ‼︎‼︎‼︎‼︎」

「言わんこっちゃないですわ!」

「キャロルさん、お水をどうぞ」

「見たことない笑顔してるぞアザレア」

「悶絶するほど気に入ったなんて、奢りがいがあるなぁ〜」

 

 声にならない叫びを上げるキャロルの向かい側で平然とデスパルフェをつついていくリコット。

 アザレアからもらった水をがぶ飲みしてもなお治らない炎上するような口内の痛みに表情を歪ませながら、キャロルは上目遣いで前を睨んだ。

 

「ごふっ……う……けふっ……ぐすっ。あなた…………舌おかしいんじゃないの……」

「あれ? ダメだった? 一等星の魔術師でもお子さまじゃこの美味しさはわからないかぁ……」

「こんなのパフェじゃない……」

「キャロルさんが泣いているところ、初めて見ましたわ……」

「ハハハ……俺、ちょっとお手洗い行ってくるよ」

 

 賑やかな空気を背にしてアーサーが逃げるように席を立った。

 ふと振り返ると、家にいたときでは見たことのなかった表情が目立つキャロルの横顔が視界の中心にくる。

 

 妹が隊の仲間と仲睦まじく過ごしている。それ自体は好ましい光景だ。

 だがアーサーのなかで引っかかる棘のようなものが常にあった。

 

 キャロルには聖騎士になって欲しかった。だがその裏にあるのはもっと単純な願い。

 本当は聖騎士にこだわる意味などなく、ただ家族としてそばにいてくれればそれでよかった。

 兄と妹の関係でいてくれれば、それでよかったのだ。

 

 けれどその願いはもう過ぎ去ってしまった。

 キャロルはアーサーの知らないところでキャロルだけの感情を獲得し、いつの間にかアーサーの知らない彼女が増えていく。

 

 キャロルにとって、どんどん自分が必要のないものになっていく。

 そう考えると形容しがたい喪失感に襲われてしまう自分にもまた嫌悪がわいてくる。

 

(なんて情けない……)

 

 深くため息をついた後、改めて店のトイレを目指す。

 なにはともあれキャロルが笑顔でいてくれるのはいいことだ。いまはとにかく楽しい空気に水を差すような態度が出てしまわないよう気をつけなければ。

 

「……ん?」

 

 そんなことを思い悩みながら店の奥へと歩いていく途中、妙な雰囲気の人物とすれ違った。

 ぶつぶつとなにかを口にしながら怪しい足取りで移動する黒いフードを深く被った青年。

 

「————星の呼び声の導くままに」

 

 直後に感じたのは身の毛がよだつような禍々しい魔力の波動。

 

「なっ……⁉︎」

 

 瞬間、爆炎とともに膨れ上がった凄まじい衝撃波が店内に拡散した。

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