時止めのキャロル〜かつての邪神はいま、少女となって魔をふるう〜   作:陸そうと

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36.悪趣味と勧誘

 辛味で舌を焼かれながらも、キャロルは爆発的に高まる魔力の波を感知していた。

 同時に肌を刺した強烈な害意に対して反射的に「石化」の魔術が起動する。

 

 忌々しい……と表現するのが適切だろうか。

 魔力の波動に乗ってまとわりついてくる魔術の炎には、やはり別の邪神の自我がたっぷりと宿っているようだった。

 元同類であるキャロルにとってはこの上なく不快な事象。

 

 いや……この場においてはそれよりもなお、明白に許されざることが行われた。

 

 止まった時のなかでひとり店内を歩き出したキャロルは、全身から爆炎を放出してテロ行為を図った男の前で立ち止まると煩わしそうに目を細める。

 

「食事中なんだけど」

 

 うんざりした口調で一言吐き出した後、男の顎めがけてキャロルは右脚を一直線に振り上げた。

 天井を突き破った男が外へ放り出された直後、時が動き出すのと同時に放出された爆炎が上空で球体を形成する様子が見えた。

 

 誰であっても食事という安らぎを阻害ことは許されない。

 たとえそれが食べ物かも疑わしい激辛のパフェであっても、好んで摂取する者がいるのならそれは紛れもなく「食事」。ヒトが心を落ち着かせられる憩いの場だ。

 誰かに邪魔されていいものではない。

 

「なんだいまの⁉︎」

「——爆発⁉︎」

 

 キャロルの「石化」が解かれ、遅れて異常事態に気がついた客たちの視線が一斉に風穴の空いた天井へと吸い寄せられる。

 スカートの裾にわずかに付着していた煤を払いつつ、キャロルは眼前で唖然としていたアーサーへと向き直った。

 

「他のヒトたちを外に」

「あ……ああ」

 

 簡潔に伝えたあと、魔力強化した脚力でキャロルも天井の穴から外へ飛び出す。

 屋根の上に散らばっているのは真っ黒な煤のみで、打ち上げた人間は跡形もなく消滅している。

 目的はよくわからなかったが先ほどの爆発は完全な自爆攻撃だったらしい。

 

(グアトゥガの自我を宿しているみたいだけど……暴走気味だったな。あんな状態じゃまともな魔術行使なんてできないだろうに)

 

 先ほど文字どおり爆発した人間は邪神グアトゥガの魔術である「炎」を放出していたが、指向性もなくただ力任せにエネルギーを発散するだけでまるで制御できていなかった。

 一般的に魔術師と呼ばれる者の最低ラインである四等星級にも満たない()()()といった印象だ。

 街中でのテロ行為を図ったということは……邪神教徒だろうか。

 

「それがたくさんいるわけね」

 

 猛烈なスピードで迫ってくる複数の魔力の塊を感知し、キャロルは周囲の屋根へ意識を巡らせた。

 どこに潜んでいたのか、蹴り上げた男と同様に暗い色のローブを羽織った人間が十人ほどキャロルを取り囲んでいる。

 同じく「炎」の兆しを見せながら、それらは襲いかかってきた。

 

 後退するキャロルを追って押し寄せた人体の波がひび割れ、不快な自我を帯びた炎の光が溢れ出る光景。

 

 屋根から屋根へ、開けた場所を目指しながら連鎖する爆撃を跳躍で避けていたキャロルは、広場へ降り立つとその範囲を丸ごと「石化」させた。

 

 動きを止めた邪神教徒たちを次々と上へ蹴り飛ばすとともに魔術を解除。

 停止した時間のなかで知らぬ間に打ち上げられた花火に辺りの市民たちが戸惑いの表情で釘付けになる。

 

 (……気持ち悪い)

 

 相手が生きた人間だろうと容赦するつもりは毛頭なかったが、先ほど葬った輩はすでに全員ヒトとは呼べないものになっていた。

 まるで動く死体を相手にしたかのような手応えのなさ。

 おそらくは何者かによって人体……具体的にいえば脳をいじられている。

 

「邪神教徒は人でなしばかりってよく聞くけど、本当にそうみたい」

 

 背後にある建物の陰からキャロルの様子をうかがっていた者に対して投げかける。

 数秒待っても姿を現さないので周囲の空間ごと吹き飛ばそうかと身構えたそのとき、

 

「はぁい待って待って、私の負け。びっくりしたわぁ、完璧に気配を消したつもりなのだけれど」

 

 張り付いたような笑みを浮かべた女が両手を挙げながら軽い足取りで広場に出てきた。

 

 深いスリットの入った漆黒のドレスを身にまとった、死神のような女。

 一定の距離を保ちながら立ち止まる彼女の顔を見て、キャロルは冷たく言う。

 

「邪神教幹部のメイリーンね」

「あら、私のことご存知? 嬉しいわぁ、一等星の魔術師さんに顔を覚えてもらえてたなんて」

「あなたにはなんの興味もない。わたしが蹂躙する側で、あなたはされる側。ただそれだけの関係」

 

 冷めた顔でキャロルが吐き捨てる。

 どうしてキャロルを狙うのかはわからないが、ろくでもないことを企んでいることは確かだろう。

 

「まぁこわい。獲物にがっついてるようじゃ、大人の女性にはなれませんよ?」

「わたしは十分、大人」

 

 明らかに小柄な体を揶揄した物言いをしてきたメイリーンにすこしだけ苛立つ。

 知り合いの知り合いということでリコットに「小さい」と言われたときは我慢したが、相手が邪神教徒なら遠慮はいらないよね?と魔力を流す手足に力が入った。

 

「慌てないで、お嬢さん」

 

 囁くように言ったメイリーンの足元が蠢く。

 彼女が接地している地面が波打つように揺れ、たちまちその現象が波及していったかと思えば、次の瞬間に広場は地獄絵図と化していた。

 

 異変に気づいた民衆が悲鳴を上げながら一目散に逃げていく。

 

 ただの石畳だったはずの地面が肉の床に変貌し、現実を侵食する。

 目玉の形成からはじまり腕や口、生物的な器官と思しきものがメイリーンを中心として伝播するように次々と生えてきた。

 

「……これは」

 

 咄嗟にその場を跳び上がり付近の街灯へ乗ったキャロルは、グロテスクな景色に変わっていく広場を見て不快げに眉をひそめる。

 

「広場が……()()()()()()()()?」

「そう」

 

 メイリーンが歩みを進めるたびにその範囲も移動し、気色悪い世界が広がっていく。

 

「私が扱う魔術は邪神ニグラートの『深化』……生物、無生物にかかわらず接触した対象を邪神に近い性質のものに変える。要は眷属を増やす力ね」

「そんな生やさしい表現で済まないと思うけど」

 

 足場にしていた街灯も根本から魔術に侵食されたのを確認し、完全に肉の塊になる前に離脱。

 メイリーンの魔術効果がおよぶ範囲から外れた位置に着地しつつ、キャロルは改めてその能力を観察した。

 ……その力に見覚えはあった。

 

 邪神ニグラート————その名は人類の古い歴史のなかに恐怖とともに刻まれている。

 邪神大戦時にニグラートが行ったことは単純明快かつ極めて邪神らしいものだ。

 いまでこそ魔術の名称は主に「深化」と呼ばれているが、あらゆるものを自らの世界へ呑み込み同質のものへと変貌させるその力は「同化」という表現のほうが適している。

 

 有無を言わさず、触れたものを化け物へと変え自分の一部としてしまう個の災厄。

 邪神ゾアの魔術を「拒絶」や「孤独」とするなら、ニグラートは自分以外の存在を完全に「否定」しすべてを「同一」のものとする、疑いようもない自我を押しつける怪異。

 

 最終的にニグラートは人類の活動領域の三割を侵食した後にゾアと交戦し、「石化」で一掃されるかたちで葬られた。

 

(ニグラートの遺物は性質上、少量でも取り込んだ人間は自我が崩壊して魔物になってしまうはず。正気を保てたとしても、普通の人間じゃ魔術行使なんてとても無理。使った途端に内側から『世界』に侵食される)

 

 だが目の前にいる彼女はいとも容易くニグラートの魔術を使いこなしている。

 それはすなわち精神が正常なものとは言い難い、遺物の影響を差し引いても強烈な自己意識を宿す破綻した人格の持ち主であることを意味していた。

 

 しかし先ほど襲いかかってきた邪神教徒たちのことを考えると、それも納得である。

 

「あなた、仲間の体を作り変えたでしょう。それでグアトゥガの遺物を取り込ませて、わたしを襲わせた」

「あら、そこまでわかるの。綺麗な顔してるのに、なんだか可愛げがないわぁ」

 

 食堂からこの広場に来るまでにキャロルを攻撃してきた人間たちは皆、頭のなかを改造されて生きているとは言えない状態になっていた。

 おそらくはニグラートの「深化」によって眷属に————与えられた命令を忠実に実行できるように調整されている。

 

 恐怖も痛みも感じないよう自意識を捻じ曲げられたあと、「炎」の魔術を司るグアトゥガの遺物を摂取させて人間爆弾として運用したのだ。

 

 穏やかな表情のまま、メイリーンは目を伏せて続けた。

 

「彼らの命はここで消える……けれどその信念は教団のなかで生き続けるわ。私たちはひとつの意志の下に動いているんだもの」

 

 メイリーンの真横の地面から突き出してきた巨腕がキャロルへと伸びる。

 回避し、特大の拳が後方の建物を崩壊——そして拳が触れた瓦礫が瞬く間に肉塊へと変わり、そこから折れ曲がった腕が再びキャロルのほうへ殺到した。

 

 避けることは簡単だ。消耗は激しいが魔力で防御すれば魔物化の作用から肉体を守ることもできる。だが後退すればその分街への被害が拡大し、新たに魔物の体が生成されていく。

 これが二等星相当の実力。確かに他の人間たちから警戒されて然るべき魔術だ。

 

「誰が死のうがお構いなし、目覚めは平等にやってくる。いつか訪れるその日まで、私たちは踊り続けるの」

 

 魔物化した地面や建物から無数に伸びる手のひら。

 それが空中へ退避したキャロルを取り囲み一斉に押し潰さんとする。

 

「————星の呼び声の、導くままに」

 

 十数本の腕が空中の一点で集束し、衝突。

 寒気がするような水音が辺りに響いた。

 

「案外大したことなかったわね」

 

 しばしの間、大量の腕たちは獲物を念入りにすり潰すような動きを見せていた。

 その真下までメイリーンが歩み寄り、余裕に満ちた顔で対象の生死を確認しようとする。

 

 だが重なっていた手のひらを引き剥がした内側からひらひらと落ちてきたのは、スカートの切れ端だった。

 

「は————」

 

 仕留め損ねた。そう理解した刹那、重力を感じるほどのプレッシャーを放つ莫大な魔力が後方に()()したことを察知し、メイリーンの全身から冷たい汗が噴き出る。

 

 白く美しい脚が残像を描きながら振るわれる光景がかすかに見える。

 考えるよりも先にメイリーンは自分とキャロルの間の地面から肉の壁を生成し、一秒後にくるであろう爆撃のような蹴りに備え体を強張らせた。

 

 瞬間的に空間が歪み、割れる。

 停止した時空がキャロルの魔力により破壊されたことで起こる爆縮現象。

 

 キャロルは防御されることを想定し、相殺しきれない衝撃波が発生するよう少しばかり()()()ミドルキックを打ち込んだ。

 

 肉の地面を抉り、吹き飛ばしながらメイリーンの体が砲弾のように建造物の壁へと突き刺さる。

 

「ごぼ……っ……!」

「わたしの魔術のこと、知らずにケンカを売ってきたの?」

 

 内臓までダメージが到達したか。血を吐き散らしながら項垂れているメイリーンの前に、瓦礫を踏み潰しながらキャロルが現れた。

 広場からかなりの距離があったので、逃走されないよう念のため「石化」で時間を止めながら移動してきた。

 

「これが噂の『石化』魔術……思ってたよりずっと……デタラメな力ね」

 

 うわごとのように呟くメイリーンを見下ろし、キャロルは考え込むように腕を組む。

 

 目の前で死に体になっているのはリベルタ隊と協力して捕らえる予定だった邪神教の幹部。

 任務の行方には興味がない。彼女を始末するのも生け捕りにするのも、キャロルにとってはいつでもできる些事だ。だから心底どうでもいい。

 

 普通に考えれば生け捕りということになるのだろうが、このまま聖騎士に身柄を引き渡してしまうとおそらくは彼女と会うことは難しくなる。

 そうなれば聞きたいことも引き出せなくなるだろう。

 

 ……このメイリーンという魔術師はデビルーナの知り合いらしい、ということはなんとなく把握している。

 彼女がどうなろうと心が揺れ動くことはないが、「デビルーナとはどういう関係なのか」というぼんやりと頭に残っていた疑問の答えだけは知りたい。

 

 

「最初から敵うとは思ってなかったわぁ。しっかり保険をかけさせてもらったから、私を殺すのは待ったほうがいいわよ」

 

 痛みで表情を歪めながらも薄ら笑いを浮かべたメイリーンが言った。

 

「王都中に()()()()()()()()()を忍ばせてあるわ。私が遠隔で指令を出すだけで、あちこちでドカンよ。あなたのお友達も無事じゃ済まないかも」

「ふうん……でも命令を出すより先に、あなたの頭を潰せば解決するんじゃないかな」

「試してみる?」

 

 沈黙が充満する。

 お互いに膠着状態であることはわかっている。——いや、話の主導権はややメイリーンにあった。

 

 冷静な顔つきのまま黙っているキャロルを見て交渉の場に引き込むことはできたと判断したのか、一息つきながらメイリーンは続けた。

 

「一緒に来てもらうわぁ、キャロル=ベルスーズ。私たちのボスが、あなたに会いたがっているから」

 

 そうきたか、とキャロルは意外そうに閉じかけていた瞳を見開いた。

 

 もう数分もすればアーサーやほかの聖騎士たちが駆けつけてくるであろうこの状況とメイリーンの交渉を天秤にかけ、十秒ほど考えた末にキャロルは口をひらく。

 

「いいよ。おもてなしのお菓子は、期待できなそうだけど」

 

 背後に回した小さな手には、いつの間にか指先でつまめるほどの赤い髪の毛の束があった。

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