時止めのキャロル〜かつての邪神はいま、少女となって魔をふるう〜 作:陸そうと
正式に魔術師となるためには魔術連合が実施する認定試験に合格し、ライセンスを発行する必要がある。
ライセンスは単に当人を魔術師として示すものであるほか、様々なケースにおいて身分証明書として利用することもできる。
これは約五十年前——と、比較的最近できた制度だ。
邪神の使徒だの異端だの言われている割に魔術師にとって便利なシステムが整備されているのだな、なんて思うかもしれないが、ライセンスの発行には「各国が魔術師たちの情報を管理しやすくする」という裏の目的がある。
誰がどのような、どの程度の魔術を使うことができるのか。それを把握しておくことで常に該当する魔術師に対する対策を練ることができるという理屈だ。
上位の魔術師になればなるほど聖騎士からの警戒は強まっていく。
あまりに危険度が高いと判断された者に関しては政府から直々に暗殺者を送り込まれる場合も……なんて話も聞く。
昔よりはマシになったとはいえ、それだけ邪神や魔術に対する恐怖は根強く残っているということなのだろう。
もっとも、邪神が滅びた後でも「魔物」やら「迷宮」やらが人々の生活を脅かしているという事実も嫌悪を煽る理由だろうが。
ベルスーズ家の領地を離れて二週間が経過した頃。
キャロルは魔術師ライセンス取得試験の手続きをするために、王都を訪れていた。
「身元保証人……」
魔術連合への窓口となる役所。
その受付で試験を受けるにあたっての説明をひと通り聞いた後、申請書類に必要事項を記入していたときだった。
身元保証人の情報を記載する項目で、ペンを持つキャロルの手が止まってしまった。
「あの、ここの……身元保証人のところなんですけど……。空欄じゃダメですよね?」
「それは、はい……。必須事項ですので」
「ですよね……」
尋ねられた受付嬢のほうも同様の質問をされるのに慣れているのか、あまり驚いた様子はなかった。
魔術師を目指す者にワケありの人間はそう珍しくない。
親がいない者、親族と絶縁状態にある者……パターンは様々だが、受付窓口の人間からしてみればありふれたやり取りだった。
「親族の方でなくとも保証人となることは可能ですよ。たとえば魔術の師匠となる方がいらっしゃいましたら、ご一緒に来ていただければその方のお名前で通すことができます」
書類を見つめたまま困り果てた顔で黙り込んでしまったキャロルを可哀想と思ったのか、受付嬢はそう付け足してきた。
「師匠、ですか。……わかりました、日を改めてうかがいます」
親族以外の当てなど何一つないのだが、受付カウンター前で立ち続けるのも悪いので一旦出直すことにする。
(……さて、どうしよう)
打開策が見つからないままふらふらと王都の街道を歩く。
半ば勢いで飛び出したことは自覚しているが、こうも早い段階で躓くとは思っていなかった。
「……おなかすいた」
おまけに…………今朝から空腹がひどい。
家を飛び出した際に持ってきていた所持金が早くも底をついたため、正確には三日ほど何も食べていない状態なのだが。
人間の肉体にとって食事がこれほど重要なものだとは思わなかった。
最悪大気中の魔力を取り込んで命を繋ぐことはできるが、効率が悪すぎる。何よりお腹が溜まらないので空腹が一向におさまらないというのは不快だ。
アーサーが今のキャロルを見たら「だから言ったじゃないか」と憤ること間違いなしだ。
でも仕方ないじゃないか。前世は食事なんて生命維持に必要なかったんだから。
——ぐぅ、と腹の底で虫が鳴いている。
街行く人々の流れから離脱し、ふと建物の壁際で立ち止まったキャロルは、ずるずると脱力するかたちで尻餅をついた。
適当な人間を路地裏に連れ込んでカツアゲ————実行に移すことに抵抗感はないが、長い目で見ると犯罪者として聖騎士に目をつけられるデメリットのほうが大きい。
日雇いの仕事————いちばん順当であるかもしれないが、十四歳の少女を雇ってくれる場所が王都にあるだろうか。探し回っているうちに行き倒れてしまうかもしれない。そうなれば誰かが気づいて手を差し伸べてくれるかもしれないが、他人頼りが過ぎる。
どこかで都合よくなにか食べさせてくれる人間がいたりしないだろうか。
——ぐぅ。
「はぁ……」
「ねえキミ」
「…………?」
何者かの意識が自分に向けられていることを魔力の流れで察知し、キャロルは膝に埋めていた顔を上げた。
若い。ショートというには少し長めの黒髪。
どこか都会っぽいというか、
年齢で言うとおそらくキャロルより三つほど離れている。
「お、かわいいね。こんなところで蹲ってどうしたの?」
——魔術師だ。
ひと目みた瞬間にそうわかった。
どれだけ卓越した魔術師であっても、魔力を完全に遮断することはできない。物理的に近づけば近づくほど、人体から漂うわずかな魔力を感じ取りやすくなる。
その詳細までは読み取ることはできないが……ベルスーズ家の人間が宿していた純粋な魔力とは違い、何者かの「自我」が混ざった嫌な魔力だった。
それが意味することはつまり、目の前にいる少女が何らかの邪神の遺物を取り込み「魔術」を扱えるようになった正真正銘の「魔術師」であるということ。
久々に覚えた不快感に思わず眉間にしわを寄せたキャロルを見て警戒されたと勘違いしたのか、少女は慌てた様子で両手を上げながら早口で言った。
「ああっ怪しくない、怪しくない! 具合悪そうだったから声かけただけ!」
「そう……」
空腹すぎてそこから返す言葉も思いつかない。
明らかに体調が悪そうなキャロルと目線を合わせようと少女が膝を折ったそのとき、キャロルの腹部から「ぐぅぅうう」と長く低い、特大の唸り声が漏れた。
「あたしデビルーナ=ナイトゴーン。先に言っておくと、三等星級の魔術師ね」
「キャロル=ベルスーズ……」
落ち着いた雰囲気の喫茶店。
目の前で名乗った彼女——デビルーナには目もくれず、キャロルは運ばれてきたフルーツパフェを黙々とぱくついていた。
人間の少女に生まれ変わってから不便は多いが、飲食物を摂取することで得られる幸福感は邪神であった頃にはなかった数少ない優位性である。
特に菓子の類から獲得できる「甘い」という味覚は、幼少期よりキャロルが好んでいたものだった。
「キャロルね。おなか空きすぎて死にかけるなんて本当にあるんだね。王都には何しに来たの?」
「……魔術師の認定試験を……受けに」
「ああ! どうりで見ない顔だ。ていうかすっごく若いよね? いくつ?」
「あの」
機関銃のようなテンポで語りかけてくるデビルーナを短く遮った後、ようやくキャロルはパフェから目を離して彼女と視線を交わした。
「とりあえず……パフェを食べるのに、集中していい?」
「えっ? あ……ゴメンネ」
調子よくにこやかに話していたデビルーナの笑顔に戸惑いの色が混ざる。
さらにはそれに気にする素振りもなく再びパフェに集中しだしたキャロルを見て、彼女は珍妙な小動物を発見したかのような浮ついた微笑を浮かべた。
「おもしろい子見つけちゃった」
ひっそりとこぼした一言は、スプーンで必死にパフェをつついているキャロルの耳には届かなかった。
「……なくなっちゃった」
「そりゃキミが食べたからね」
キャロルがパフェを完食するのを待つこと五分。
中身が綺麗に平らげられ空になったグラスを虚しそうに見つめているキャロルに吹き出しそうになるのを堪えながら、デビルーナは気を取り直して口を開いた。
「そんでキャロル、キミはいくつなわけ?」
「わたしは十四歳」
「やっぱ若いねぇ。魔術の試験を受けに来たって言ってたけど、なんで道端で蹲ってたの? 道に迷っちゃった?」
ぐいぐいと距離を詰めるように問いかけてくるデビルーナに、キャロルは内心困惑していた。
なんというか……これほど馴れ馴れしく近づいてくる人間には初めて遭遇するので、どう対処していいのかわからない。
「保証人が……いなくて」
「え?」
目の前にいる彼女がなにを考えているのかイマイチわからないが、誤魔化す理由は特にないのでキャロルはここに来るまでの経緯と魔術連合の窓口であった出来事をそのまま話した。
魔術師になるために家を飛び出してきたこと。
身元保証人の当てがないこと。
それらを話し終える頃、楽しそうな顔で聞きに徹していたデビルーナはあっけらかんとした様子で言った。
「その歳で家を出てくるなんて根性あるね。それとも出ないといけない理由があったのかな?」
「まあ……そんなところ」
「あたしがなってあげようか?」
「……え?」
あまりにさらりと口にするので、キャロルは彼女の言葉を飲み込むのに数秒要した。
「だから、あたしがなってあげようかって。保証人」
「ほっ……本当に?」
「ほんとほんと」
「どうしてそこまで……?」
「キミがかわいいから、なんか余計なお世話焼きたくなっちゃった」
思わぬ転機が訪れ、キャロルの瞳にわかりやすく光が差す。
昔から薄々気づいてはいたが、やっぱり「かわいい」って得なんだ————と、またひとつ人間の価値観について学びを深めるキャロルだった。
……となれば、もうひと声いけないだろうか。
「あの……」
「うん?」
「パフェ……もうひとつ、頼んでもいいかな」
おそるおそる、キャロルは上目遣いでそう尋ねた。
活動に要するエネルギーは補給できる時にとことん補給する。
デビルーナが言った「かわいい」が通貨の代わりになるのなら、懐がすっからかんのキャロルに利用しない手はなかった。
「プフッ……ははっ……アハハ! いいよ、好きなだけ頼みなよ」
「……! ありがとう」
「どういたしまして」
結局ひとつだけには留まらず、その後キャロルは五つのパフェを完食した。
デビルーナ=ナイトゴーン————名前は覚えた。
食べ物をくれる、とてもいいヒト。
「おっ……?」
ごつん、と後頭部にぶつかる小さな衝撃でキャロルの頭が揺れた。
「チッ……邪魔だな」
「魔術師がこんなところに居座ってんじゃねえよ」
知らない男のヒト、二人組だった。
屈強な体格に加えて俗っぽさと気品が同居する出で立ち。そして身につけている制服からして間違いなく聖騎士の人間だろう。
通路を歩く際に誤ってキャロルに肘をぶつけてしまった……そんなところだろうか。
こちらを「魔術師」と判断したのはデビルーナを見てのことだろう。
キャロルも出会い頭に彼女から漏出する魔力を感じて瞬時に魔術師だと判断したが、他の人間でも慣れれば純粋な魔力と邪神の魂が宿った魔力の差を読み取ることができるようだ。
キャロルの場合は極限まで魔力を抑えているので、魔術師か否かの見分けはつきづらいはずだが……そこはまあ、「魔術師は魔術師とつるむもの」という風潮から同類であると考えたのだろう。
「ちょっと、この子に謝んなよ」
そんなことを呑気に思っていると、何食わぬ顔で近くの席に腰を下ろした男たちにデビルーナが勢いよく立ち上がる。
その行動にふたりの男だけでなくキャロルも面食らった。
「あ? なんだお前?」
「肘ぶつけたでしょ今。なにも言わないまま通り過ぎるなんて、アンタらそれでも治安を守る聖騎士様? フッ……堕ちたものね」
「ほう、やるかガキ」
面白そうな玩具を見つけた。そう言わんばかりに男たちが席を立とうとする。
現代社会において、聖騎士と魔術師では基本的に前者のほうが社会的地位は上である。
どのような理由であれ、魔術師が聖騎士に危害を加えたとなれば——当事者たちの知らぬ間に、魔術師側が一方的に悪いことにされるケースも珍しくない。
争い事になれば不利になるのはこちらだ。デビルーナもそれを理解しているはずだが……。
(わたしのために怒ってくれたというのなら……悪い気はしないかな)
自分で仕返しするタイミングが奪われたのは少々がっかりだが、この状況でなにもしないわけにもいくまい。
黄金色の双眸に光が灯る。
キャロルは席に近づいてくる二人組の男に対し、視線に沿うように指向性を持った魔力を放出した。
彼らの脳髄へ、ダイレクトにそれが伝わるよう強く意識して。
「————う」
男たちの顔色がみるみると悪くなっていく。
魔力に当てられてやがて立つことすらままならなくなった彼らは、ふと自分たちを見つめているキャロルの存在に気づいた。
息を呑むほど美しい少女の顔。
しかしその奥に内包された底なしの魔力の渦が、男たちの心に深く恐怖を植えつけた。
「いや〜傑作だったねアイツら。あたしにビビって声も出せてなかった」
「そうだね。デビルーナ、すごかった」
喫茶店を出た後、キャロルはデビルーナを身元保証人として改めて魔術連合の役所へと足を運んだ。
デビルーナが本当に師匠なのかどうか……という事実確認の類はされなかったところを考慮すると、魔術連合にとってはとにかく魔術師の数を増やしたいという意図が見て取れる。
各国政府の規則に従う体制はとりつつも、やはり連合は魔術師がマイノリティな現状に少なからず危機感を抱いているというわけだろうか。
そもそも母数が少ないこともあり、魔術師の認定試験は受付した当日にすぐ受けることができた。
「試験」と称されてはいるものの、実際は当人がどれほど魔力を扱うことができるのかを調査する身体検査に近い形式でそれは進められた。
魔術師の等級は六段階に分類される。
六等星級……身体強化など、体内で完結する基本的な魔力操作が可能な者。
五等星級……魔力を弾丸として射撃に用いたり、体外に排出した魔力を自在に操ることが可能な者。
以上のふたつが基本的な魔力操作を会得している人間に与えられる称号だ。
邪神の遺物を必要としない純粋な「魔力」のみで済む範囲なので、この程度であれば聖騎士のなかにも該当する人間が多く存在する。
キャロルの兄・アーサーも実力的に言えばおそらくは「五等星級」に分類されるはずだ。
この世界において「魔術師」と呼ばれる人間は、基本的にそれらよりも上——「四等星級」以上の技能を有している者である。
四等星級……取り込んだ邪神の遺物に則した「魔術」を行使することができる者。
三等星級……「魔術」を用いて複数の事象を引き起こすことができる者。
四と三の違いは、言い換えると単純に応用が利かせられるかどうか——で判断される。
そしてそれらと一線を画すのがさらに上の等級。
二等星級……より高度な「魔術」を行使することができる者。
一等星級……各邪神の「魔術」を極め、その「魔術」への理解を最も深めた者。
「二等星級」ともなれば、その術の規模は「三等星」以下とは比べものにならない。
「一等星級」に関しては文字通りの規格外。各魔術系統において頂点に位置する者ただひとり、最も「邪神」に近い存在に与えられる称号だ。その特性上、極端に数が少ない。
かつて実在した邪神たち——彼らが用いる「魔術」という神秘は、主に破壊活動のなかでその力が振るわれた。
そこから派生して生まれた人間が使うことのできる神秘もまた、破壊行為を前提とした「魔術」がほとんどである。
単独で軍隊や国と戦える実力を備えた「二等星」「一等星」の魔術師は政府への影響力も強いが、当然その分周囲からの警戒も強力なものになっていく。
生活が豊かになることに興味のない魔術師からすれば、敢えてライセンスを取得しないか、あるいは実力よりも低く見積もった等級のライセンスをとる者も少なくない。
無論、然るべきところに露見すれば相応の処分が降りかかるリスクはあるが。
キャロルの場合は後者だった。
実際の力を鑑みれば、現時点で「二等星」以上の力は確実に備わっている。条件を考えれば「一等星」だって十分狙える実力だろう。
だが現状未発見のはずの「石化」の魔術が使えることが露見するといろいろと面倒そうなので、ひとまず「五等星」の魔術師として登録を済ませた。
「ライセンス取得おめでとう。これでキミも魔術師だ」
「うん。ありがとう」
自分の顔写真が焼印されたライセンス手帳を天に掲げながら、キャロルはわずかに口角を上げた。
正式な魔術師として認定されたからには、「仕事」をこなすことで魔術連合から報酬を受け取ることが可能となる。
ひとりで稼ぎ、ひとりで生きていくための力。
キャロルが求める「自由」への第一歩が、いま手の中にある。
「ところでキャロル、今夜泊まる宿は決まってるの?」
「ううん」
「だよね。じゃああたしのとってる宿に来る?」
「……デビルーナのところに?」
ライセンスから視線を離してデビルーナのほうを振り向いたキャロルの目が見るからに丸くなる。
「いいの?」
「いいよ〜、仮にもあたしはキャロルの師匠ってことになってるんだし。それにキミみたいなかわいい子をこのまま放っておくのも心配だからね」
「ほらこっちだよ」と指で示した方向へ向き直ったデビルーナが手を引いてくる。
至れり尽くせりな待遇に戸惑うキャロルはまたしても思った。
——かわいいって、すごい。
「デビルーナって、いいヒトだね」
「あはは、どうだろうね?」
後ろを振り向かないままデビルーナはそう応じた。
彼女が振り撒くその笑顔が作り物であったことを察するには、キャロルはまだ人間社会における経験が浅かった。