時止めのキャロル〜かつての邪神はいま、少女となって魔をふるう〜   作:陸そうと

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45.勇気と無謀

 幼少期よりキャロルが兄に叱られることは度々あった。

 

 父の書斎から魔術の本を盗み出そうとしたことの他に、好奇心から単独行動を繰り返し街で迷子になったことも幾度かある。(本人は迷子である自覚はないが)

 現在と変わらずマイペースな子どもだったキャロルは一見おとなしい印象を覚えるも、ふとした瞬間にアーサーの肝を冷やす行動をとり彼を存分に振り回した。

 若輩でありながら危機管理能力と統率力に優れ、実直な聖騎士であるアーサーの精神が築かれていくうえで間違いなく一役買っている存在だと言えるだろう。

 

 なぜアーサーがいつも口うるさく付きまとってくるのか、当時のキャロルはかつて母親を失ったことによる虚無感を埋め合わせるためであると推測していた。

 そして後にアーサーの行動が愛情という感情から発露したものだと思うようになり、「兄」とは「妹」を守る生き物であることを悟るに至った。

 

 どれだけの怒りを見せたとしても愛からくる感情である時点でキャロルの心は動かない。アーサーに自分を害する気など微塵もなく、怒られたところでキャロルが失うものはなにも無いことを理解しているからだ。

 険しい表情と無害な感情のギャップはあれど、幼少期のキャロルはアーサーが叱ってくる際、真剣に彼の言葉を受け取った記憶はほとんどなかった。

 

 ただおぼろげな思い出のなかで一度だけ、強く心を揺さぶられた出来事がある。

 

 

 あれは「石化」の訓練を開始して間もなくの頃。

 魔力の出力超過による身体への負担を克服するため、日常的に家族や使用人の目を盗んでは様々なもので「石化」を試し撃ちしていたキャロルは、あるとき()()()()を試みようとした。

 

 兄や大人たちの目をかいくぐってキャロルが向かったのは、大抵の街には設置されている魔術連合の役所。

 そこでキャロルは掲示板に張り出されていた顕現型魔物の討伐依頼書を盗み見て、その現場に向かいほかの聖騎士や魔術師よりも先に魔物を倒すという行為を半ば遊び感覚で繰り返していた。

 

 そんなことを続けていると、稀に想定外のやらかしというものが起こる。

 あるときキャロルは標的の魔物と対峙し、いざ蹴散らそうとした矢先に依頼を請け負ってやって来たであろう聖騎士と魔術師に鉢合わせしてしまったのだ。

 

 向こうから見たら魔物がうろついている領域に迷い込んだ幼い少女。

 それはもうお姫様扱いなんてものではないほど丁重にキャロルを保護してくれちゃった聖騎士たちは、「お嬢さんを事務所で預かっていますよ」という旨をベルスーズ家に直接取り次ぐという余計な世話を焼いてくれちゃったのである。

 

 事務所の椅子に腰かけながら思う。

 すぐにアーサーがすっ飛んできて、またいつものありがたいお言葉をうんざりするほど聞かされるのだろう。

「お兄さん、来たよ」

 

 女性の聖騎士にそう言われて立ち上がる。

 建物を出るとベルスーズ家の馬車が停まっていて、その傍らにひとりの使用人とアーサーが佇んでいるのが見えた。

 

 いままでにも何度か似たようなシチュエーションはあったが、魔物の活動領域に侵入したところを捕まえられたのは初。

 どんな詰められ方をするだろう、何時間説教されるだろうという辟易の念がキャロルの頭を満たしていると、やはり先んじてアーサーが駆け寄ってきた。

 

 そういえば言い訳を考えていない。

 正直に魔術の鍛錬です、と言うのは論外。とはいえ単に興味本位の行動ですなんて言ったらさすがの兄でも平手打ちが飛んでくるだろうか。

 

「ごきげんよう兄さま、そんなに慌ててどうしたの?」

 

 とりあえずショックによる記憶喪失を装うなどしてしらばっくれよう、と笑顔で迎えようとした直後、キャロルの体を予想外のぬくもりが包んだ。

 

「………………兄さま?」

「……ぐ……うっ……」

 

 なにも言わないまま、アーサーはしばらくの間キャロルを力強く抱きしめていた。

 

「……えっと……」

 

 会話が返ってこず、どうしていいかわからず言葉が詰まる。

 兄は泣いていた。伝わってくる感情の波は悲しみではなく、心からの安心。

 

「よかった」

「え?」

「無事で、よかった」

 

 その日に兄が口にした言葉はそれが最後だった。

 

 帰りの馬車に揺られ、正面の席に座る目元を赤くしたアーサーの寝顔を観察しながら思う。

 かつてないほどに純度の高い感情が伝わってきた。

 聖騎士になるよう育て上げたいとか、魔術を取り上げたいとか、そんな雑念は一切なく、ただ自分の無事を喜ぶ透き通った兄の心にキャロルは戸惑っていた。

 

 そして胸に残るとげのような感覚。

 自分がとった行動で他者が傷つくことへの嫌悪。

 ヒトで言うところの罪悪感というものが、キャロルのなかに染みていく。

 

「………………ごめんなさい」

 

 その場しのぎの誤魔化しではない心からの言葉。

 安心した顔で寝息を立てている兄へ、まだその本質を理解していないキャロルの口からそれがこぼれていた。

 

 以降、キャロルは家を飛び出しての魔物狩りといった過激な行動は無意識に控えるようになった。

「石化」を自由に操れるようになり、魔術師になる第一歩を踏み出すあの日までは。

 

 

 

 

「……?」

「クーちゃん、どうかした?」

「いま……また、なにか聞こえたような気がしまして」

 

 予測される四つ足の進行方向をたどっての移動中、クラウディアは荷台を覆う布の外側へ不意に意識を向けた。

 キャロルは念のため魔力を薄く広げて探知を図るも、周囲に敵の魔力らしきものは感じない。

 しかし状況が状況だからか、クラウディアの言葉をただの気のせいだと片付けることに抵抗感を覚えていた。

 

「……『また』って?」

「実は先ほどからすこし……幻聴のようなものが度々聞こえてくるのですわ。戦場の緊迫感に疲れてしまったのかしら……情けないですわ」

 

 

 ————『少なくとも“落とし子”ではないな。声も聞こえてはいないだろう』

 

 

 戯言だと歯牙にもかけなかった男の言葉が脳裏をよぎる。

 

 肩を落としながら語るクラウディアを横目に、妙な胸騒ぎを感じたキャロルは荷台の端まで四つん這いのまま移動すると布から顔を出して外を確認。

 

 やはり魔物や邪神教徒と思しき魔力は探知できない。

 しかしながらふと見上げた夜空の星々のなかに、こちらへ迫る流星の存在を視認し即座に石化魔術を起動させた。

 

「ッ!」

 

 ほかの人間が反応できない豪速で馬車の隊列へと飛来してきた流星。その数およそ十発。

 魔力とは異なるエネルギーで構成された光弾と隊列、そのすべてを効果範囲に収まるよう「石化」を発動させたキャロルは、馬車の荷台から跳躍するとひとつずつ脚で迎撃していく。

 

 魔力で構成されていない攻撃。それも本体が目視で確認できないほどの遠距離から。

 魔力を感知することに長けた聖騎士や魔術師は不意打ちをされてもぎりぎり対応できるが、魔力を帯びていない攻撃となると事前に察知することはほぼ不可能だ。

 魔力の有無ではなく、ヒトとして生来より備わっている五感で捉えるしかない。

 

(クーちゃんが教えてくれなかったらやばかったかも)

 

 隊列の真上に落ちようとしている光弾を蹴り、軌道を変える。

 しかし間に合ったものの、タイミングがあまりにギリギリすぎた。着弾場所を左右へずらすことはできても炸裂時の衝撃までは殺せない。

 

「石化」を解除し、隊列を挟むようにして落下した光弾はキャロルの予想通り強烈な音、光、風圧を拡散させ馬車を横転させた。

 すぐさま時を止め直し、宙へ投げ出されたデビル―ナとメイリーンを抱える。

 

「————なんだ!?」

「敵襲!?」

 

 すぐに飛び出して状況を確認したのはリベルタ隊の面々。

 追撃がきていないことを注視しつつ、キャロルは脇に抱えたふたりの少女を地面へ寝かせるとひっくり返ったクラウディアのもとへ駆け寄った。

 

「大丈夫?」

「な……なにが起きたんですの……?」

「超遠距離からの爆撃。どういうカラクリか知らないけど、向こうはわたしたちの位置を把握してるみたいだね」

 

 分身体を介して得た四つ足の性能(スペック)を思い起こす。

 キャロルが攻撃しようとするまで、アレは意識を別の方向へと向けていた。

 

 四つ足がこちらに関心を示したのは二回だけ。ひとつは分身のキャロルが動き出す直前、もうひとつは今この瞬間。

 どちらも少なからず四つ足に対して最優先で「処理すべき」という意識が向けられたときだ。

 

 推し量るに四つ足はなんらかの感覚器官を用いて周囲の害意を検知している。それが一定以上に達したとき、本能に基づいて迎撃行動に移っているとみた。

 そして獣のような外見を持ってはいるが、目のようなものはどこにも確認できない。

 光を必要としない世界で、アレは排除すべき存在を感知している。

 

 匂い————可能性はなくはない。しかし視認できないほどの遠距離から一方的にこちらを探知し射撃してくるほどの感覚機能といえば、最有力候補は別にある。

 

(……音か)

 

 四つ足が周囲の環境を感知している手段はおそらく聴覚。

 生命から発せられる音という世界の変化を感じ取り、それを殲滅するために行動するだけの怪物。

 基本的にはよりヒトが生息する場所——すなわち街から街へ。自分以外のすべてを雑音として、それを排斥するために動く災厄の獣。

 

 別の世界から呼び寄せたという話だったが、こんなもの……どんな世界(環境)に生まれようが爪弾きにされるだろうに。なんと不憫な。

 

 まあ、それは邪神も同じことか。

 

 ともかく四つ足のことと邪神教の教皇が口にした言葉、そしてクラウディアの直感がどう結びつくかは現段階ではわからないが、いま解決すべき問題はそこではない。

 

「さてどうしようか? に・い・さ・ま」

 

 キャロルはどこか期待に満ちた眼差しで、リベルタの隊員と佇んでいたアーサーのほうを見た。

 

「たぶん四つ足は超越的な聴覚でわたしたちの位置を把握してる。捕捉された以上このまま馬車で移動するのは自殺行為。ここは相手に認識されずに距離を詰められるわたしを先行させたほうが確実だと思うのだけれど」

「情報提供、感謝する。だがお前が出る必要はない」

 

 躊躇いもなく切り捨てられ、またしてもキャロルの顔に不機嫌が露出した。

 妹の膨れっ面を横目に、アーサーは横転していた馬車のひとつから引っ張り出してきたであろう巨大な荷物に手をかけると、被されてあった布を勢いよく取り払った。

 

 中にあったものは大きな車輪がふたつ付いた、鉄の馬とも表現できる奇妙な乗り物。

 

「…………なにそれ」

「“鋼鉄馬アルゴスティール”——魔力を燃料に駆動する二輪車だ。一部の聖騎士にのみ貸し出しが許されている。本来は不測の事態における連絡手段として運用を申請していたが……状況が状況だ。これを使って、先に俺がヤツのもとへ向かう」

 

 その発言の直後に目を剥いたのはキャロルだけではなかった。

 背後に控えていたリベルタ隊メンバーのうち、リコットとアザレアが慌てて切り出す。

 

「いや、ちょっと待ってよ。そういうことなら話は変わってくるんじゃない?」

「我々が連携して敵の足止めをする想定では?」

「魔力強化を施したとしても俺たちの足では間に合わない。モタモタしていると四つ足が王都に到達してしまう」

 

 ——もはや見るに堪えない。

 呆れ切った顔でアーサーを睨んだキャロルが低い声を投げつけた。

 

「すこし思い上がりが過ぎるんじゃありませんか? 兄さまじゃあの怪物を殺しきれない。それとも自分が発揮できる力を過大評価してるのかな? そうでなきゃ無力なことを理解していながら無駄死にしに行くようなものだもの」

「それなりに勝算はあるつもりだ。希望的観測でなく、さまざまな判断材料を並べたうえでね」

「もし本当にこの玩具に乗って単身死地へ赴くと言うのなら、わたしはありとあらゆる言葉を用いてあなたを罵倒し軽蔑する」

「ここの指揮はアザレアに任せるが、しばらくは待機していろ。下手に移動すればまた追撃がくるかもしれない」

「ばか、あほ、まぬけ、頭でっかち、おたんこなす、剣術オタク————」

「ちょっと待ってよアーサー!」

 

 直前でリコットが制止しようとするも、鋼鉄馬に跨ったアーサーはすぐに魔力でエンジンを唸らせ、瞬く間に走り去ってしまった。

 

「アーサー様……」

「……わけわかんない」

 

 おろおろとするクラウディアの横でキャロルは目を伏せた。

 

 兄とは妹を守る生き物。それは兄が妹よりも強者の立ち位置にいる場合に適用される関係性だとキャロルは考えていた。

 だからキャロルが強さを示したいま、その身を投げ出してまでアーサーがキャロルを守ろうとする意味はないのだと。

 

 だが彼はキャロルの予想に反することばかり行う。

 ひとり家を飛び出し、一等星級魔術師の称号を得て、目の前で模擬戦を披露して実力を見せつけ実感させてあげたというのに、まだ彼はなにも理解していないのか?

 

「……! キャロルさん!」

 

 クラウディアの呼びかけで顔を上げたキャロルの視界に、またしてもいくつもの流星が煌めいた。

 四つ足による超遠距離砲撃。

 これを防ぐ手段を持つ人間はおそらくキャロルを除いてこの場にいない。

 

 すぐにでも兄を追いかけたい心持ちだったが、キャロルがここに残らなければクラウディアやデビルーナ、ほかの聖騎士たちがなす術なく焼き払われる。

 アーサーに限らず、どのみち四つ足の討伐はほかの人間に委ねるしかなかったのだろうか。

 

(なんて、不自由)

 

 もどかしい気持ちを押し込め、石化魔術を起こそうとしたそのとき、

 

 

「————臨界、絶技」

 

 

 馬車の上に落下しようとしていた光弾は、()()()()()()()()()()()夜空の塵となった。

 

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