時止めのキャロル〜かつての邪神はいま、少女となって魔をふるう〜 作:陸そうと
「いまのは————」
自分が動くまでもなく砕け散った光の砲弾を見て呆然としていると、キャロルの目の前に降り立つ人影があった。
キャビンテッド王国の聖騎士服に身を包んだ、青い短髪の青年。
触れれば凍傷になってしまいそうな鋭い静けさを漂わせている彼は、キャロルだけでなくその隣にいるクラウディアにも馴染みのある人物だった。
「ロイドお兄さま⁉︎」
クラウディアの一声に驚いたようにこちらを振り返った青年——ロイドは剣を腰へ納めながら歩み寄ってくる。
ほとんど睨むような怪訝な目がふたりに注がれた。
「……ここでなにをしている?」
「お兄さまこそどうしてこんなところに……?」
「俺は任務を済ませて王都へ帰還するところだ。たまたま正体不明の砲撃に曝されていた集団を目視で確認した故、独断で助太刀をした」
「助かりました〜クーちゃんのお兄さま」
一度殺し合った仲ということでへらへらと軽口を叩いてみるキャロルだったが、露骨に嫌そうな視線を向けられてしまう。
すこし馴れ馴れしくしすぎただろうか。人付き合いというのは加減が難しい。
それにしても「任務」と言っていたが、普段から単独で……それも徒歩で移動しているのだろうか。
まあ彼の能力を思い返すと妥当ではあるが。
「状況を報告しろ。誰が指揮をとっている?」
背後に控えていた聖騎士たちへ視線を向けるロイド。
集団のなかからひとり出てきたのは、アーサーより指揮権を委譲されたアザレアだった。
「邪神教幹部を捕える任務の最中に教団が正体不明の怪物を呼び出し、王都へ放ちました。目標である幹部は拘束しましたが、怪物は依然王都へ向けて移動中。精度の高い遠距離攻撃を持っているので、追いかけようにも馬車での移動ができず足止めをくらってます」
「邪神教……? つまり相手は魔物か?」
「それが……」
情報の補足を求めるように、アザレアがキャロルへ目配せする。
キャロルはロイドの視界に入るようにその前へ移動しつつ、手短に伝えた。
「邪神教の長……教皇と呼ばれる人間は空間を操る魔術を行使していました。ヤツはそれを使って、別世界から怪物を呼び寄せたんです。魔力を持たない、不死の怪物を」
「魔力を持たない……」
なにか思うところがあったのか、キャロルの言葉を反復しながらロイドが一瞬黙る。
かと思いきや、すぐ仕事モードに戻って鋭い目でキャロルを捉えた。
「……その教皇はどうした?」
「たぶんわたしが始末しました」
「『たぶん』とは? 情報は正確に、確実なものだけを伝えろ。血痕などの痕跡は? 確かに仕留めたと断定できる状況を確認したのか? 死体はどこにある?」
「………………」
「確認していないんだな? であれば、邪神教教皇の生死は不明として扱う。……知った顔ぶれだな、リベルタの管轄か? あとで調査しておけ」
「は、はい」
呆れた表情をキャロルに向けながら、ロイドはさらりとアザレアへ指示を飛ばした。
当のアザレアはそもそもキャロルが単独行動中に遭遇した状況を把握していなかったので、寝耳に水といった顔。
……アザレアさんたちはあなたの部下じゃないでしょうに。
よく考えると至極真っ当な指摘しかされてないのだが、一方的に言われ続けるのはなんかムカつくのですこし言い返してみようと思った。
「死体も残らないくらい、吹き飛ばしちゃったのかも」
「それならそれで阿呆であることに変わりはない。事実はともかく、報告にはもっとまともな情報を使えという話だ、アーサーの妹」
「なんかわたしに当たりキツくないですか? 前にボコボコにされたのを根に持ってるんですか? クーちゃんの前だからムキになるのもわかりますけど、ちょっと大人気ないと思います」
「なに……?」
「す、ストップ! ストップですわー!」
火花が散りかけている両者の間にクラウディアが慌てて割り込んだ。
「いまは言い争っている場合じゃないでしょう⁉︎ ご自身の務めを果たしてください、お兄さま!」
「お前に言われなくとも……そのつもりだ」
「ふ、怒られてやんの」
「キャロルさんもですわ!」
「はい」
静かになったのを見届けてクラウディアは引っ込んでいった。
ここぞというときに主張が強くなる特性も彼女のいいところである。まとめて叱られたことには釈然としないが。
気を取り直して現場に意識を戻したロイドだが、すぐにまた降ってきた疑問に眉をひそめる。
「……それよりアーサーはどうした。リベルタ隊はヤツが取り仕切っているはずだろう」
「兄さまならさっき一人で目標へ飛び出して行きました。高そうな乗り物で」
「アルゴスティールか。……なるほど」
思考するように口を閉じ、横転した馬車とアザレアたち聖騎士を交互に見てロイドが言う。
「この場に聖騎士序列九位以上の者はいるか?」
「いえ……指揮を任されているのは三十四位の私ですが」
「いちばん高いのはアタシだねー、ちな二十六位」
「ではここからは序列十位のロイド=バハト=クルトルフが指示を出そう。隊列の立て直しを急げ、間に合わんだろうが敵を追うぞ。砲撃は俺が
「承知しました」
「把握〜」
基本的に聖騎士はその場にいる最も序列が高い者に指揮権が与えられる。
独立部隊であるリベルタ隊には本来その規則に従う義務はないが、能力を鑑みてロイドの指示を仰ぐことが最善と判断したアザレアたちは何も言わず馬車のほうへと戻って行った。
「兄さまが何を考えているか、わかるんですか?」
それを横で眺めていたキャロルがロイドの背中へ疑問を投げる。
詳細を明かさないまま単独で飛び出したアーサー、その思惑を彼は把握しているような雰囲気だ。
「アルゴスティールなら砲撃を回避しながら馬車よりも確実に早く標的へ追いつける。ヤツは馬鹿だが筋は通っている男だ、やり遂げる算段もないまま行動に移すとは思えん」
「……兄さまなら、ひとりで不死の怪物を倒すことができると?」
「その生物の性質にもよるが断言はしない。だが選択肢としては存在する。
ロイドがさらりと口にした言葉に、キャロルとクラウディアは揃って瞳を見開いた。
「……どういうことですか」
「君は一度体験しているだろう、世界法則を利用すればいい。ヤツの剣技なら俺と同じことができる可能性もなくはないからな」
白くなりかけた頭で思い出す。
魔力を持たない、生物として別次元の域にあるロイドが扱う盤外の技……すなわち「臨界絶技」だ。
世界のパワーバランスを維持する法則である
「自分はこんなことができますよ」という思い込みを世界に信じ込ませ、それを現実にする裏技中の裏技だ。
「臨界絶技とは意志の力で願いを実現する技術だ。君が言ったことに倣えば『自信があればなんでもできる』というやつか。魔力に頼らない進化した肉体……“人真力”を有するクルトルフの人間はほかよりもそれを引き出しやすいが、なにも魔力のある人間には不可能、なんて話はない。相応の意志があれば、アーサーもまた世界法則を誤認させ、実力以上の火力を繰り出すことは可能だろう」
「あれって……聖騎士の世界じゃ常識だったりするんですか?」
「まさか。そもそも人真力や絶技の詳細を知る者は限られている。そこらの聖騎士の間では都市伝説にもならん、せいぜいが与太話だ。……だが候補生時代、俺はアーサーにしつこく技の仕組みを問いただされたことがあってな」
その光景は容易に想像できた。
剣術大好き人間のアーサーがロイドのでたらめ剣技を見ればその正体を知りたくならないはずがない。
「教えたんですか? 兄さまにあの技を?」
「俺は理屈を伝えたまでだ。俺と同じ現象を引き起こせるかは、あくまでアーサーがどれだけ自己陶酔できるかによる」
皮肉のつもりだろうけど自分にも刺さってることに気づいているのだろうか。すこし天然なところがあるかもしれない、この人。
横で話を聞いていたクラウディアが首を倒しながら言った。
「わたくしも初めて聞くお話で戸惑っていますが……でも、それがどうしてアーサー様が命を落とすかもしれないという話になりますの?」
「俺が絶技の仕組みを話したとき、過去の事例も交えてヤツに伝えたからな。触発された可能性は十分にある」
「過去の事例、とは?」
ここまで話を聞いて薄々答えが浮かびながらも、キャロルはその予想が的外れであることを願うように尋ねる。
そしてその願いに反して、ロイドの返答は予測どおりのものだった。
「アーサーは十二ある基本の剣術をすべて習得しているが、なかでも多用しているのは煌獅子流と呼ばれる……魔力を過剰に注いで攻撃・防御を大幅に強化する流派の剣技だ」
「魔力で刃を延長して間合いを広げたり……ってやつですね。兄さま、そこそこ魔力多いみたいですし」
「そうだ。そして過去、ヤツと同じ煌獅子流の使い手が“臨界絶技”を用いて自らの命と引き換えに魔物を討ち取った記録がある」
横にいたクラウディアも察したのか、言葉を失ったまま不安げにキャロルの横顔を見た。
「煌獅子流最大の利点は放てる攻撃の威力に限界がないことだ。あれは極めれば体内の魔力だけでなく、大地や周囲の空間に満ちる魔力をかき集めて自らの力とすることができる。絶技との噛み合いがあまりに良すぎるんだ」
邪神が滅びたあとの時代において、当然ながら魔力が広がったのは人間社会だけではない。
遺物が眠る大地など、自然界もまた魔力を宿している。ヒトのそれとはまた性質が異なるが、利用しようと思えばできなくもない。
アーサー=ベルスーズが行使しようとしている「臨界絶技」とはつまり……。
「……自分の魔力だけじゃない、外部から取り入れた莫大な魔力をひとつに束ねて標的へぶつけるつもりですのね、アーサー様は。それこそ肉体が自壊してしまうほどの、超高密度の魔力を……」
事態を理解したクラウディアが曇り眼でこぼす。
「それ以外あるまい」
「でも、敵の弱点は特定の手段を用いないと傷ひとつ付けられないようにできてる。だからわたしが『石化』を使って、その法則性を探ろうって話だったのに————」
「それこそヤツの意志力次第だろう」
キャロルが付け加えた情報に対し、ロイドはすぐに論じてきた。
「破壊する手段が限られた弱点、か。たとえばの話だが……仮に俺がその怪物に対して絶技を発動した場合、おそらく殺しきることは難しい。俺の剣技は魔物を含め、大抵の生物は切り刻めば死ぬという常識の上に組まれた公式に過ぎないからだ」
「あなたの常識に当てはまらないものに関しては正常に機能しない……ということですか?」
そういえばキャロルが迷宮を展開して絶技を使い物にならなくさせたことも同じ理屈である。
「その認識も間違いではないが、この場合機能しないわけではない。俺が望んだとおり、対象の体を細切れにすることは可能だろう。——だが、それではダメだったんじゃないか?」
キャロルへ視線が流れる。
すでに彼女が同様のことを試した前提で話しているのだろう。
ロイドがお察しのとおり、怪物の肉体を一瞬で消し飛ばすという火力に頼り切った行為はキャロルがすでに試した。
だが四つ足の心臓を破壊するまでには至らなかった。ロイドの煮え切らない答えはそれを懸念しているのだろう。
「でも……それでダメなら、兄さまだって、いくら大きな魔力をぶつけても結果は同じじゃないですか?」
「ただぶつけただけならな。だがさっきも話したとおり、ヤツはおそらく
「……あ」
重要な部分を見逃していたことに気がつき、キャロルは絶句した。
臨界絶技の力は当人の意志力によって変動する。
重要なのは威力じゃない。発動者である人間が、
「『アーサー=ベルスーズという聖騎士が命を投げ出してまで放つ一撃に耐えられる存在はいない』……ヤツが世界法則の天秤に賭ける意志は、そんなところだろう。別世界の怪物だろうが、不死の存在だろうが、この世界に存在する以上
「……まったく、あのヒトは」
そもそもの順番がちがっていた。
四つ足を殺すための一撃、それを放つためにアーサーが犠牲になるのではない。
その行いでアーサーが死ぬという結果。定められた破滅の運命そのものを代償として四つ足を道連れにする。
それが彼のやろうとしている「臨界絶技」。
「……許さない。そんな馬鹿げた行いでわたしの一部が失われるなんて、絶対にさせない」
これが怒りなのか。噴き上がる炎のような感情が腹の底からわいてくるのがはっきりと感じられる。
「馬車のほうはあなたに任せます、ロイドさん」
「さっきも同じようなことを口にした気がするが、君に言われるまでもない。好きに動くといい。所詮部外者だからな、君は」
「じゃあちょっと行ってくるね、クーちゃん」
「は、はいっ!」
青い兄妹へそう告げたあと、キャロルはその場を離れると「石化」を連続させながらの移動を始めた。
——させない。四つ足ごときに兄の命はあげない。
アーサー=ベルスーズは、こんなところで命を落とす人間じゃない。
「兄さまはもう……わたしのものなんだから」
年内最後の更新になりそうです。
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