時止めのキャロル〜かつての邪神はいま、少女となって魔をふるう〜   作:陸そうと

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47.硝子と中身

 キャロルは昔から危うい気質があった。

 

 外出の際、使用人たちとともに目を光らせていても必ずどこかで姿をくらませ、厄介ごとに巻き込まれたことも一度や二度じゃない。

 自分の世界に入ってぼんやりしているだけならまだよかったが、どうにもキャロルは意図的に自分たちのもとから離れたがっている節がある。そのことに気がつくのに六年はかかった。

 

 家庭環境が気に入らない……というわけではない。

 独り立ちしたいという無鉄砲な願望が人一倍強い……というのも、たぶんちがう。

 

 物心ついたあたりから目指すべき場所、未来の自分の姿を明確に見据えていて、先へ進むためにベルスーズ家という箱庭から出ることがキャロルにとって必要だった。

 早い段階でその過程を終えることは最初から定められていたかのように、キャロルは危惧していたとおり軽やかにアーサーを打ち倒して涼しい顔で家を出て行った。

 

 キャロルは自分と他人のできること、できないことをよく理解している。

 幼い頃に多かった無茶は、本人からしてみれば……いかに周りの目を盗んで年相応の規範から脱出できるかという、等身大の自分を保つ自己形成のための行動だったのかもしれない。

 

 実力を正しく認識できる者は全体の状況判断における要であり、独裁が生まれる予兆でもある。

 自分よりも強大な存在の力を正確に測ることに限界がある以上、最終的には強い者の意見だけが残り、その他はおとなしく従うほかなくなる。

 たとえその言葉に穴があることが明白でも、だ。

 

 

「……! あれか」

 

 森林地帯を出た先。

 鉄の馬に跨り風を抜き去る速度で平野を移動するアーサーは、遠巻きに四つ足のものと思われる天を突くような長い首を捉え、加速した。

 

 直後、四つ足の背中にある無数の突起から噴火のごとき輝きが解き放たれる。

 意思を持っているかのようにアーサーを追尾する光の砲弾。アルゴスティールへ注ぐ魔力を絶やさないよう注意しつつ、二輪を蛇行させてそれを回避する。

 

(大丈夫だ、避けきれないほどじゃない……! このまま接近する!)

 

 引き抜いた剣を逆手に持ち替えつつハンドルを支える。

 四つ足のさらに奥の夜闇には王都の街並みがかすかに見え始めている。これ以上の侵攻を許すわけにはいかない。

 

 異変に気づいた政府が増援を遣わせてくれればよいのだが、まだ希望的観測の域を出ない。この場では自分だけでなんとかするしかない。

 

 

 ————『わたしがちょっと頑張るだけでほかのヒトは一切傷つかずに敵を倒せるんだよ?』

 

 

 妹の言葉が頭のなかで再生され、アーサーは奥歯を噛んだ。

 心配する側の気も知らないで。昔からなにも変わっちゃいない。

 

 石化魔術で弱点の破壊方法を探る? 死にかけるだけで済む? そんなのは正解が見つかったときの話だ。

 たしかにキャロルの作戦がうまくいけば何もかもが解決する。

 だがどれだけ時間をかけようとも、四つ足の弱点が必ず破壊できるという保証はどこにもない。破壊手段を見つけられずに王都へ到達させてしまうかもしれないし、その前に消耗したキャロルが返り討ちに遭うかもしれない。限界を超えた魔術行使で自滅する可能性だってある。

 

 キャロルの言葉に安堵する要素はどこにもない。

 妹の命が失われる余地がすこしでもあるのなら、それはアーサー=ベルスーズにとっては愚策でしかない。

 

 不確かな不安も、キャロルが失われる可能性もいらない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。求めているのはただひとつの答えだ。

 

 均衡維持機構(バックバランサー)————それを利用した人の身で許される奇跡、「臨界絶技」。

 揺るぎない意志をもって自他へ「確定した死」を与える。

 それしかない。キャロルを助け、街を救い、四つ足を確実に葬るにはその方法しかない。

 

煌獅子技法(こうじしぎほう)

 

 光の雨が降り注ぐなか、車体の上で中腰になったアーサーが逆手に構えた剣を背面へ引きしぼる。

 四つ足はすぐ目の前。

 さらに距離が縮まる。

 幼い頃に旅行先で見た港町の灯台よりも高く、強靭な四つ足のシルエットの真下をくぐるのと同時に魔力を解放。構えた刃を起点として外へ放出させた。

 

日輪鬣(ソル・カイデン)‼︎」

 

 柱のように大地へ突き立てられている四つ足。腹の下で車体ごと回転したアーサーは魔力によって拡張された光の刃を振るい、描いた円でそれらすべてを一瞬にして焼き切る。

 黒い装甲ごと四肢を切断された四つ足はだるま落としのように地表へと巨体を打ちつけた。

 

 臨界絶技を引き出すための攻撃にはアーサーが両者の死を確信するほどの魔力が必要。

 まずは足を止める。そのあとは追撃を捌きながら周囲の魔力を取り込み、体内へ蓄積させるのだ。()()()()()()()()()()()

 

「……!」

 

 四つ足の背にある突起が妖しく煌めき、アーサーただひとりを狙って幾筋もの光の砲弾が吐き出される。

 先ほどの一撃で彼を最優先殲滅対象としたのか、ここへ来るまでの移動中に遭遇した遠距離攻撃のどれもが比べものにならないほどに弾幕は激化していた。

 

「クソッ!」

 

 ハンドルを切り、アルゴスティールを急発進させて一秒先の生存を稼ぐ。

 まさに絨毯爆撃。

 四つ足の殺意が形となった光が着弾した爆発の熱を背中に感じながら、アーサーは文字通り決死の覚悟で巨躯の周辺を疾駆した。

 

 予想はしていたがひとりでは決定打へ持っていくことも困難だ。

 

 邪神教がけしかけたと思われる、魔力を持たない怪物……。詳しい情報は聞きそびれたが、やりづらいことこの上ない。

 

「……⁉︎ まさか、嘘だろ……⁉︎」

 

 走行を続け降り注ぐ光と爆風をしのぎながら四つ足へ目をやると、先ほど切断したばかりの四肢がすでに再生しかかっていることに気がつく。

 再生能力が脅威であることはキャロルの報告から予想できたため、魔力で断面を焼きながら斬ったつもりだが、まさかそれをものともしないとは。

 

 魔力もなしにそんなことが可能なのか?

 いや、それは愚問か。常に情報を更新しろ。事実を受け入れる速度を上げなければこちらの死が早まるだけ。

 

 豪雨のような砲撃を回避し、自分の魔力を高め、周囲の魔力を取り込み、「臨界絶技」を成立させられる意志を構築。

 これらをすべて同時に行う。四つ足を仕留めるにはそれしかない。

 

 光が、目の前を覆い尽くす。

 

 

『————さあアーサー、あなたの妹よ』

 

 記憶のなかの母は常に溌剌としていた。

 出産を終えてそう日も経っていないというのに、やけに元気が有り余っているような弾んだ調子で語りかけてくる母をよく覚えている。

 本人がそんな様子だったせいもあってか、大仕事を終えた母への労いよりも先に、アーサーはその胸に抱かれている生まれたばかりの命に意識が向いていた。それはもう、釘付けである。

 

 全部が、小さい。魂というものが可視化できるとしたら、この生き物のそれは指先ほどしかないのではと漠然と感じた。

 

 母の胸元で寝息を立てている小動物におそるおそる触れようとする。

 近づけた人差し指に対して頼りない握力で力いっぱいに握り返されたそのとき、この子は自分の妹なのだと理解した。

 

 まだ会話もできない妹の世話をしていくうちに、徐々にアーサーの意識も完成していく。

 父と母が自分を育んでくれたように、自分もまたその側へ回ったのだと幼くして自覚する。

 妹を、キャロルを守らなければならない。守るためには相応の強さと地位が要る。

 聖騎士の家に男として生まれた以上は自分もその道に進むことになるのだろうとイメージはしていたが、妹と触れ合うなかでよりアーサーの意思が固まっていった。

 

『それはそうでしょう、あの人の子だもの。でもあなたは幸運だわ、だってわたしの子どもでもあるから』

 

 あるとき聖騎士になる、と改めて決意表明するアーサーに、母はそんなことを言った。

 母も魔力量が常人より多かったので、その資質が受け継がれたアーサーは強くなれると伝えたかったのだろうか。

 

 母は魔術師のライセンスを所持しているが、その等級は五等星。

 体内・体外における単純な魔力操作技術を有していれば与えられる、下位の資格。

 おそらく父と婚姻した理由もそこに関係しているのだろう。母は邪神の遺物を摂取しておらず、()()()()()()()()()()だったのだ。でもほかの人間や対峙する魔物と比べて実力が劣っているというわけではない。

 

 母は単純な魔力操作技術だけで二等星案件の魔物を葬ることができるほどの存在だった。

 邪神の遺物だって好きなだけ手に入っただろうに、なぜ魔術を習得しようとしないのか。その答えは母曰く「お目当ての子がいるから☆」らしい。

 

 他人の手を借りずともどこへでも飛び立っていける母。

 まだまだその姿を見て育ちたかったのに、そんな風だからどこかへ行ってしまった。

 

 欠けてしまう、自分を構成するものが。

 人を構成する要素の九割は他人なのだから。割れた心を必死にかき集めて元通りにしようとしても代わりはない。

 

 自分以外のすべてが壊れてほしくない。家族も仲間も、これ以上失いたくない。

 だから、

 

 

「——————は」

 

 いつの間にか閉じていた瞼を開けると、遠くで爆発のような騒音が鳴り響いていた。

 仰向けになっている。顎を上げると、逆さまの景色の奥に王都を囲む城壁が見えた。

 

「目が覚めた?」

 

 気配よりも早く声がその存在を知らせる。

 横になっている傍らで、屈んだ姿勢のキャロルがアーサーの顔を覗き込んでいた。

 

「……なにが、起こって」

「砲撃を避けきれずに乗り物ごと吹き飛ばされたみたい。助けに来たけどぎりぎり間に合わなかった。あの機械仕掛けの馬、粉々だよ。……力、入る? これ、握れる?」

 

 おもむろに差し出された細い指をぼんやりとした頭のまま軽く握り返す。

 助けを借りてゆっくりと上体を起こすと、視界が回っていた。

 全身を打ったのかあちこちが痛むが五体満足。キャロルが回収してくれたのか、愛剣もそばで鞘に納められていた。

 

「わたしになにか、言うことがあるんじゃない?」

 

 得意げな笑みとともに、妹がそう言った。

 




あけましておめでとうございます。
改めて今作をよろしくお願いします!

思ったより長くなりましたがもうすぐ三章終わる……はず……。
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