時止めのキャロル〜かつての邪神はいま、少女となって魔をふるう〜   作:陸そうと

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49.雑と色

 キャロルがアーサーを追って隊列から離脱してからニ十分は経過しているだろうか。

 指揮権がロイドへ渡った部隊のほうも猛スピードでこちらへ向かってきているだろうが、未だその姿は見えない。

 ロイドが先頭で砲撃を弾きながら四つ足の気を引いてくれているようだが、不測の事態を考慮してそれ以上の助力は期待しない。

 まずはキャロルとアーサー、ふたりだけで四つ足を仕留めることを考える。

 

「まずはわたしから」

「ああ」

 

 最後にアーサーと一度だけ視線を交わしてから「石化」を発動すると、キャロルは一気に四つ足のもとまで転移する。

 数刻前、キャロルの分身体が肉体を吹き飛ばしたときに弱点である心臓は頭のすこし下辺り————喉元にあることは割り出し済み。

 無駄な魔力の消費を抑えるため、四つ足の頭部周辺だけが石化範囲に収まるよう魔術の出力を調整する。

 

 刹那、轟音とともに空間が割れた。

 目にも留まらぬ速度で振り抜かれたキャロルの脚が停止した世界を破壊し、修正力による爆縮が四つ足の頭部とその真下にある喉を吹き飛ばす。

 

(あった)

 

 半壊した黒い装甲から露出した歪な宝石を捉え、キャロルは即座に石化範囲を拡張。

 先ほどと同じ要領で足元の空間を小さく爆裂させ上昇しつつ、アーサーから預かった剣を眼下に見えた心臓に向けて構える。

 

 問題はここからだ。

 四つ足の心臓を破壊する条件はおそらく「音」が絡んでいる。

 いまからキャロルはヤツの心臓を剣で叩き、その内部に音色を響かせることで内側からの破壊を試みる。

 

 単純な攻撃を浴びせただけでは効果はないだろう。

 キャロルの推測が正しければさながら知恵の輪のように、四つ足の心臓を破壊するための音色には法則性が存在しているはずだ。

 決められた角度、決められた回数の打撃を正確に叩きこむことでようやく傷がつく。そういう生物であるに違いない、コレは。

 

 不死の怪物などそう居はしない。

 ヒトも邪神もそうであるように、生き物には必ず死のルールが存在する。

 その法則を解き明かし、壊す。

 

「できるだけ早くしんでね」

 

 一撃目。

 振り下ろした刃と心臓が衝突しカァン!と小気味よい音色が響き渡るも、かすり傷ひとつ刻まれた様子はない。

 落下しながら体勢を立て直し、四つ足の背中へ着地。そして再び心臓へ向けて跳躍する。

 石化魔術の限界時間がくる前に与える連撃の回数や角度を変えながら、この工程をできるだけ多く繰り返す。

 何度も、何度も刃を打ち付け、有効打になり得る攻撃の法則を探す。

 気が遠くなる、果てしなくつまらない作業だ。だがこうしてる間にもキャロルの肉体には強力な魔術行使による反動が蓄積されていく。

 

 二連撃、三連撃、四連撃、五連撃。型を変えて次々と試していく。

 止まった時のなかでもまったく時間が足りる気がしない。

 

 やがて体の中心からめぐる魔力に燃えるような熱さを感じて、キャロルはようやく四つ足から離脱した。

 

「う、ぷ」

 

 石化魔術が解かれ、四つ足の再生が始まると同時に着地したキャロルの口元から少量の血が流れ落ちる。

 初回から時間をかけ過ぎた。いきなり予定の許容量をすこしだけ超えてしまった。

 全身の血管と筋肉ははち切れそうだし、骨は軋んでいる。小さな爆発が起きたみたいに内臓が痛い。

 

「キャロル!」

「バトンタッチ、つぎ、兄さま」

 

 こちらに駆け寄ろうとしたアーサーを目で追い返す。

 奥歯を砕くような表情を見せつつも、アーサーは両腕に魔力の光を宿しながら入れ替わるように四つ足へと向かって行った。

 

 四つ足の意識はキャロルとアーサー、両方に向けられている。

 前衛が入れ替わったところで、ふたりとも砲撃の射程内にいることに変わりはない。

 

「煌獅子、技法——!」

 

 四つ足の背中から容赦のない花火が打ち上げられ、空中で折れ曲がった光の軌跡が雨となってキャロルとアーサーへ殺到する。

 一撃でもまともに受ければ即死。

 そう確信させる威力を秘めた砲撃の群と対峙したアーサーは、渾身の魔力を解放した両腕でそれを迎え撃った。

 

「おおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼‼」

 

 自分と、背後で体を休めている妹。それを射線上に置いている砲弾だけを見極めながら魔力の刃で迎撃する。

 脳も目も腕も精一杯だ。すこしでも気を緩めれば終わる。だがこの状況は長くは保てない。

 

 煌獅子流は魔力を剣へ過剰に注ぎ込むことで爆発的な威力と間合いの攻撃を可能にする。

 そして本来専用に鍛え上げられた剣へ用いる魔力という燃料を、アーサーは素手に投入することで技を再現している。

 それが意味することはつまり、

 

「ぐっ……!」

 

 血飛沫が跳ねる。

 キャロル同様、安全に運用できる許容量をはるかに超えた魔力にアーサーの両腕が内部から物理的に崩壊していく。

 入れ替わるタイミングで剣を返してもらうべきだったか、と一瞬よぎるが、そうしたところであまり意味はないだろう。

 回避を交えるならともかく、キャロルを守るための壁役を張るのなら剣を振ったところでいずれ刃の耐久度が限界を迎えていた。そうなれば四つ足の心臓を破壊するための道具も失われることになる。

 

 丸腰の状態で耐えるしかない。耐えろ。キャロルが回復するまで。

 そして信じるんだ。自分たちの勝利を。

 

「ありがと」

 

 アーサーの耳元でそんな囁きが聞こえた直後、再び世界が「石化」した。

 

 魔力で壊れ、魔力で修復した肉体を突き動かして停止した世界を移動し、キャロルが再び四つ足の頭部周辺を連続蹴りで木っ端微塵にする。

 

(一度心臓を切り離してから行動に移すべきだったな)

 

 心臓を摘出した状態で再生が始まれば、全身を再生させるまでの時間は稼ぐことができるはず。

 肉体から分離した心臓を蹴り飛ばし、また宙で静止したそれに剣による打撃を浴びせていく。

 

 六連撃、七連撃、八連撃と叩き込んでいくなかで、九連撃を叩き込んだ瞬間、剣から手のひらへ伝播した感覚に変化があったことに気づく。

 

「チッ」

 

 しかし直後にキャロルの体内に刺すような痛みが駆け抜け、すぐに「石化」を解除。

 魔力で体内を修復しながらアーサーのもとまで後退した。

 

「大丈夫か⁉︎」

「いまのところは」

 

 他人の心配ばかりしているが、耐久力でいえばあなたのほうが不安要素は大きいんだぞ————と視線でアーサーに訴える。

 アーサーの魔力は多いと言ってもあくまでヒトの範疇。高度な魔力の操作・変換技術と大量消費が求められる肉体の治癒にも限界がある。

 キャロル自身は即死でもしない限りいくらでもやりようはあるが、いつまでも彼に壁役を張らせるわけにはいかない。

 一刻もはやく、できるだけ迅速に四つ足の弱点を探り当てなければ。

 

 空中に漂う黒い塊(しんぞう)を見上げながら、アーサーは苦い顔を浮かべた。

 

「何度も体を吹き飛ばしてるのに……。コイツ、本当に生き物なのか?」

「ほんと、頭潰したんだから死ねよって感じだよね」

 

 生物としての強さで言えば、この四つ足を超える存在はこの世界にいくらでもいるだろう。現にキャロルは幾度も四つ足の肉体を粉砕している。

 だが何度も痛感しているように、()()()()()()となると話はべつ。

「簡単に死なない」という特性は終わらない戦い、あるいは決着の保留を強制される。かつて邪神ケイオスがキャロルにそうしたように、単純な破壊力では解決できない相手がいちばん厄介だ。

 

 時間をかけた先で殺す方法を見つけても、その過程で背後に広がっている王都が崩壊してしまえばそれはキャロルたちの負けを意味する。

 

 ああ、改めて考えてもめんどくさい。

 四つ足が元いた世界ではコレが当たり前なのだろうか。

 もし四つ足以外にも同じような性質の怪物が複数いて、それぞれで弱点の破壊方法が異なるとしたら……? やってられないな。

 

「でも進展はあった。たぶん心臓のなかに特定の角度から特定の強さの刺激を九回————」

 

 先ほどの攻撃で得た情報をアーサーへ共有しようとしたそのとき、想定外の事態を察知してキャロルは目を剥いた。

 

 心臓が摘出されたはずの四つ足の体が駆動。

 頭部が消し飛ばされた首からは触手が伸び始め、そばで浮遊していた心臓を絡めとるとそれを再び体内へと引き戻したのだ。

 

「気持ちわるっ」

「——————!」

 

 そのまま再生を再開した四つ足の背中から再び光の砲弾が射出され、鬼気迫る表情でアーサーが前へ出る。

 

 体を残した状態で心臓だけを切り離してもすぐに活動を再開してしまうとは。

 予想の外、と驚きたいところだが自身への呆れが先にくる。桁外れの再生力を散々見たというのに、その可能性を予測できなかったのは紛れもない凡ミスだ。

 時間を稼ぐには、やはり分身体が最初に与えた一撃と同じく一瞬で肉体を消すしかない。

 

(……でもそんな火力、兄さまがそばにいる状況で何度も撃つわけには)

 

 そもそもキャロルはアーサーの聖騎士としての実力を把握しきれていない。ここにきてコミュニケーションを怠ってきた過去の負債がのしかかってくる。

 いや————先の鉄の馬が健在であったならいざ知らず、生身の状態で、かつ間近で放たれるキャロルの高火力を断続的に回避し続けるのは、可能だとしてもさすがに無駄に体力を削らせてしまうか。

 

 もどかしい。

 とにかく手数が足りていない。

 

 またしても発射された光の砲弾を見上げ、アーサーが踏み込む。

 

 

空弧技法(くうこぎほう)!」

 

 

 しかしこちらへ向かってくる流星群は、思いがけない横槍によって打ち消されていった。

 飛ぶ斬撃となって四つ足の砲弾を撃ち落としたのはどこか好戦的な気質を孕んだ魔力。

 ハッと息を呑んだアーサーが視線を曲げると、その奥には複数の馬車が固まって停車している様子が見える。

 

「——リコット!」

「バカちんがぁーーーーッ‼︎」

「ぐおあっ⁉︎」

 

 馬車のある方向からひとり飛び出してきた聖騎士——リコットはアーサーへ飛びかかり美しいフォームの正拳突きを顔面にお見舞いする。

 

「なんだいきなり⁉︎」

「なんだはこっちのセリフでしょうが! ひとりで飛び出すとかあり得ないし! 隊長だからってなんでもかんでも問題行動にならないと思ったら大間違いなんだからな⁉︎」

「酔う、酔う酔う……!」

 

 倒れかけた体をぎりぎりで繋ぎ止めて喚くアーサーの襟を握り、リコットは彼の頭部を揺らした。

 そうしているうちに四つ足が放ってきた追撃を蹴り落としつつ、キャロルはひと通り仕置きを終えたリコットとアーサーを脇に抱えてその場から離脱する。

 

「キャロルさん!」

「よかった、間に合ったんだね」

 

 馬車を囲んで聖騎士たちが待機している場所まで跳んで行くと、すぐにクラウディアが出迎えてくれる。

 本来は邪神教のアジトを叩くために編成された、リベルタを含む特別部隊が再集結した。

 

「お前たちの損害は? それと追加の情報があれば話せ」

 

 抜き身の剣を手にしたまま、先頭に立っていたロイドがキャロルとアーサーへ語りかける。

 

「ロイド⁉︎ なんでお前がいるんだ⁉︎」

「たまたまだ、何度も説明させるな。さっさと知っていることを話せ」

 

 戸惑いから言葉を失うアーサーに対してぴくりともしない表情のまま言い放つロイド。

 代わりにキャロルが横から簡潔に伝えた。

 

「わたしたちに大きなダメージはなし。四つ足の心臓は九度の打撃で破壊できそうというところまではわかりました。あとはどのような角度から、どのような強さでその刺激を加えるのかを探る必要があります」

「なんだ、消化試合か。拍子抜けだな」

「簡単に言ってくれるじゃん……」

 

 さりげなく悪態をつくリコットを一瞥し、ロイドは不思議そうに眉をひそめた。

 

「序列十位の俺に加え、フルメンバーのリベルタ隊、あとは仮にも選りすぐりの聖騎士たちがいるんだ。あの程度の化け物、討ち取れなくてどうする」

「そりゃそうだけどさぁ……」

 

 咳払いの後、待機していたアザレアたちへ調子を取り戻したアーサーが向き直る。

 

「空弧流の心得がある者は遠距離からの援護を頼む。ロバートは引き続き怪我人の治療を。アザレアとグラン、ほかの聖騎士たちもここに残って馬車を守ってくれ。一箇所に固まっていれば砲撃も防げるだろう?」

「ああ」

「そうですね。私もできるだけ小回りがきく方が前線に出たほうがいいと思います」

「いつも通りの仕事をしろってことだろ? じゃあなにも問題ないよ」

 

 眼鏡の位置を直しながら、ロバートが馬車のほうへ帰っていく。

 移動しながらの守護となると流石に難しかったが、四つ足の位置と砲撃が向かってくる方向がはっきりしている今ならアザレアたちに任せても問題ないはず。

 

「それにしてもロイドがいるなんて心強いな。なんだか急にやれそうな気がしてきたぞ」

「浮かれるな。序列が上がっても頭のめでたさは変わらないようだな、お前は」

「兄さまたちって仲いいの?」

「もちろん」

「気色の悪いことを聞くな」

 

 片やにこやかに、片や煙たげに返答した兄たちを見て首をひねる。

 よくわからないヒトたちだ。

 

「ああ、そうそうクーちゃん、剣かーして」

「え、剣ですの? もちろんよろしいですけど……」

 

 訝しみながらも鞘から剣を抜いたクラウディアがそれをキャロルへと手渡す。

 アーサーのものよりも軽いが、用途を考えればこちらのほうがいまキャロルが振るうのに適しているかもしれない。

 もともと手にしていた剣をアーサーへ返しつつ、細身の刃を観察する。

 手入れも行き届いていて、使用に問題はなさそうだ。

 

「ありがとうね」

「武器をお貸しすることくらいしか役立てそうにありませんけど……」

「クーちゃんは近くにいてくれるだけで助かってるよ」

 

 はにかむクラウディアの横顔を見つめながら、キャロルの言葉に同意するように瞼を閉じた青年がいた。

 

「いくぞ」

 

 気を取り直して先陣を切った青年、ロイドの後ろについてアーサーとリコット、そしてキャロルが動き出す。

 助力は十分。あと二回も「石化」を発動する頃には四つ足の命に手が届いているだろう。

 

「天審技法!」

「煌獅子技法」

「臨界絶技」

 

 放たれた流星を百の斬撃が切り刻み、生まれた隙をかいくぐって距離を詰めたリコットとアーサーが柱のような四本の脚を両断する。

 気を引いてくれる人間が三人もいるこの状況であればキャロルも楽に役割を果たせる。

 

「————————」

 

 瞳を凝らし、範囲を調節して時間を止める。

 もう慣れたものだ。流れるような身のこなしで四つ足の頭部を破壊し、心臓を放り出す。

 

 与える刺激は九回。

 その情報を基に角度や叩く強さだけを変え、様々な型を経てすこしずつ理想系へと近づけていく。

 

 停止した世界を認識できない外の人間にとっては一瞬の出来事だが、その一瞬のなかでキャロルは実に数千にもおよぶ打撃パターンを試行している。

 

 あれもダメ、これもダメ、ああじゃない、こうじゃない。

 淡々と、冷静に四つ足の心臓へ打撃を打ち込む様はその道の職人のよう。

 

 やがて「石化」による反動がくる寸前、刃が心臓を打つ音色の響きが再び変化したことを察した。

 

「みぃつけた」

 

 歓喜の表情に見えるが、その実たしかな苛立ちも含んでいた。手間をかけさせやがって、という。

 今回はほんのすこし力の加減を誤ったようだが、次は必ず成功させる。

 同時に巻き起こるのは慟哭にも似た怪物の咆哮。

 四つ足に感情というものがあるかは知らないが、自分を滅する方法を看破したキャロルに対して割くべき殺意のリソースをすべてベットしたことは明らかだった。

 

 正常な時間を取り戻した空間で一旦アーサーたちのもとまで後退したキャロルは、手短に話を済ませる。

 

「正解の手順を見つけた。次で殺す」

「では足止めは終わりだ。背中の砲身を刈り取ることに全戦力を注ぐ」

「了解」

「頼んだぞ、キャロル!」

 

 キャロルが跳躍し、「石化」を用いて宙の空間を割りながらの三段ジャンプを披露する下で、三人の聖騎士たちは四つ足の背中にある無数の突起へ斬撃を浴びせていく。

 

 四つ足から生えている砲身の照準が例外なくキャロルへと突きつけられ、まばゆい光を吐き出した。

 しかしながらこの一息の間に聖騎士たちの手によってすでに器官の六割は切断されており、キャロルへ発射された砲撃の数は実に心許ないものだった。

 

 星空のなかを空中散歩するように、白い少女が落下する。

 

「じゃあね、名も知らぬ怪物。あなたの居場所は、ここじゃない」

 

 流星群をくぐり抜けると、笑顔がこぼれた。

 銀色の刃を構え、徐々に目の前へ迫ってくる黒い塊を睨みながら、キャロルはこの数時間で習得した九連撃を振るった。

 

 カカァ——————ン!と壮大なオーケストラの締めを思わせる音色が鳴り響く。

 

 わずかな静寂のあと、漆黒の装甲に覆われていた四つ足の体はステンドグラスのように鮮やかな色彩を帯び、ガラス細工となって崩れ落ちていった。

 

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