時止めのキャロル〜かつての邪神はいま、少女となって魔をふるう〜   作:陸そうと

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1章と2章の間くらいのお話です。


Extra
憧れラララ:前編


 魔術師キャロルの事務所は設立から間もない時点で一定数依頼が舞い込んでくる程度には盛況ぶりを見せていた。

 ただでさえ数が少ない一等星級のなかでも実在が確認されている魔術師。その肩書きを前面に押し出して宣伝して回ったのだから、それもそのはずの結果である。

 

 問題を挙げるとすれば比較的王都——つまりは最大級の騎士団であるアコルドの事務所が位置する地域からさして遠くない商業都市ドリスに拠点を構えたせいで、手頃な魔物討伐の依頼などがほとんど流れてこないという点だろうか。

 絶対的余裕があるわけではないが、明日の生活も危ういというほど困窮しているわけでもない。それが彼女の事務所……正式名称「キャロル魔術相談所」の経営状況だった。

 

「あのさぁ……もうやめない?こういうの」

「こういうの、って?」

「気を削ぐような言葉は慎んでくださいまし、デビルーナさん」

 

 商店街の一角で新たに看板を上げた道具屋。それもそこそこの大きさ。

 従業員が確保できるまでの間、店を手伝って欲しいという店主からの依頼を受け、キャロル魔術相談所に所属する三人の魔術師が制服に身を包み待機していた。

 

「事務所開いてからこんなんばっかじゃん、この前の草むしりよりはマシだけどさ。あたしたち魔術師でしょ? なんで店番なんかしなくちゃいけないわけ?」

「でも可愛いよ、この服」

 

 洒落た飲食店の店員が着ているようなフリル付きのスカートを翻して、入り口付近に立っていたキャロルが一回転してみせる。

 デビルーナは半目のまま引き続きぼやいた。

 

「報酬だって高いわけじゃないし、一般の学生にでも任せとけばいいじゃんこんなの」

「実際学生人気を見込んで始めた商売みたいだし、すぐに従業員は確保できるんじゃないかな。わたしたちはあくまでその繋ぎだよ」

「でも開店日に間に合ってないじゃん」

「それはまあ、ほかのヒトたちからしたら、ちょっと入るのに勇気が必要そうなのは確かだし……」

 

 ふと周囲にある棚に並べられている商品に目を向ける。

 なんの変哲もないインテリア雑貨類も多く見られるが、明らかに魔術的加工が施されたローブが壁にかけてあったり、杖のようなものも展示されていたりと、魔道具の類も取り扱っているようだった。

 

 おそらくは魔術師のライセンスを持つ店主が手作りしたもの。遺物が眠る地で濃度の高い魔力を浴びた木々など、特殊な自然物を材料に製作したのだろう。

 とはいえ漂っている魔力は極めて密度が低く、実用性はほぼ皆無。当然ながらなんの邪神の自我も感じられず、術も刻まれていないはず。

 杖のアイテムとか、たぶん子どものおもちゃにあるような空気砲程度の威力の魔力を飛ばすことくらいしかできない。ちょっと割高なジョークグッズといったところか。

 

「ただ魔術師になる気はないけど、ちょっと火遊びしたい……みたいなヒトには需要あるんじゃないかな」

「ど〜でもいいのよそんなこと。あたしが言いたいのはもっと取る仕事を選びなさいって話。魔術師としてイケてない。一等星なんだから、キャロ坊ならそれくらい思いのままでしょ? 魔術連行けば引く手数多だろうし、もっと稼ごうよ」

「そういうお話でしたら、事務所を立ち上げた時点でキャロルさんがお伝えしたでしょう?」

 

 はたきで商品棚の埃を落としていたクラウディアが振り返りながら言う。

 正真正銘のお嬢様である彼女だが、メイド服じみたいまの服装も様になっているな、とキャロルは密かに目の保養をしていた。

 

「『手の届く範囲でできるだけ請け負う』……ノブレス・オブリージュに則った素晴らしいお考えですわ。所長であるキャロルさんの方針がお気に召さないと言うのであれば、デビルーナさんだけ今すぐ立ち去ってはいかが?」

「うるさ。すけべクラ子のくせに」

「すけっ……なっ……! はあっ!?!?」

「あんたはキャロ坊とふたりきりになりたいだけでしょ。さっきから視線がおやじ臭いのよ。あたし知ってんだからね? クラ子がキャロ坊の洗濯物————」

「わあーーーー‼ わあ----‼」

「ふたりとも店内ではお静かに」

 

 背後の騒がしさを聞き流していたところ、キャロルはじっと見張っていた入口の扉の前にヒトの気配が立ったことを察知して姿勢を正した。

 ゆっくりと開く扉の小窓にはなにも見えない。

 客が入ってきた瞬間に「いらっしゃいませ」の一言を口にすることを楽しみにしていたキャロルだが、全開になった扉の先に誰の姿もないのを見て言葉に詰まった。

 

「あ、あの〜……」

 

 入り口のほうを見つめながら三人で硬直していると、遅れて萎んだ声が聞こえる。

 扉の陰から顔を出してきた声の主は小柄な……まだ十歳ほどと思しき幼い女の子だった。

 

「いらっしゃいませ」

 

 客の姿が見えた途端に待ってましたと言わんばかりにキャロルが小走りで近づいていく。

 

「なにかお探しですか?」

「あ……」

 

 女の子はキャロルを一目見るとはっきりしない眼差しのまま固まった。

 蛇に睨まれた蛙というのはすこし違う。彼女の目に宿るのはどちらかというと羨望に近かった。

 

「……綺麗」

「ん?」

「あっ…………あの! ここって『キャロル魔術相談所』で合ってますか⁉︎」

 

 思いがけない問いに三人が同時に顔を見合わせる。

 瞬時に偶然の巡り合わせを察知したキャロルは、んーんーと悩むように視線を上でうろうろさせた後で答えた。

 

「ちょっとだけ、待てる?」

 

 

 

 

「わぁ……」

「好きなところにかけてね」

 

 道具屋での依頼を終えた昼下がり。

 キャロルの事務所に足を踏み入れた女の子は宝島にでもやってきたかのような興奮ぶりを見せた。

 向かい合ってソファーに腰かけた彼女は、店にいたときと同じキラキラした瞳で正面のキャロルを捉える。

 

「わたしたちを訪ねてきてくれたんだね」

「新しく事務所ができたって聞いて訪ねようとしたんですけど……場所、間違えてたみたい……」

「勘違いするのも仕方ありませんわ。わたくしたちもあのお店も、出来たタイミングでいえばそう変わりはありませんからね」

「ね、あの仕事受けてよかったでしょ? こうして依頼人も舞い込んできたことだし」

「単なる偶然でしょうが」

 

 口をへの字に曲げながら後方のデスクで落ち着いたデビルーナから女の子へ向き直りつつ、改めてキャロルは問いかける。

 

「じゃあ、えっと……とりあえずお名前とか、教えてくれるかな」

「あ、はい……ララ=ルーティっていいます。好きな食べ物は甘いものからピリッとくるものまで全部。嫌いな食べ物がないのが自慢です、野菜も大好き。特技はお裁縫です」

「おお、すごい教えてくれる」

「好き嫌いがないのは素晴らしいことですわ」

「九割いらない情報でしょ」

 

 キャロルが面接官だったら勢いで合格を出してしまうほどハキハキした受け答えに感心する。もちろんそんな機会は予定にないが。

 

「そうじゃなくて身元を証明できる書類とか、どこに住んでるのかとか、確認すべき事項がほかにあるでしょ。ましてや子どもが相手なんだから、親とか」

「………………」

 

 呆れ顔で小さく息をついたデビルーナが何気なく発した言葉を受け、女の子——ララの表情が浮かないものになったのをキャロルは見逃さなかった。

 見るからに訳ありな雰囲気である。できることなら詳しい素性を明かしたくないといったところだろうか。

 

「まあまあ、とりあえずキャロルお姉ちゃんに頼み事を話してみて。お友達と話すときみたいに、気軽に、落ち着いてね」

「んじゃ時間計っとくわね。こっちも慈善事業じゃないし相談料もきっちり取らないとね〜————むぐっ?」

「お口チャックですわ、デビルーナさん」

 

 デビルーナの口を塞ぎながら後ろで見守るキャロルの姿が、クラウディアにはどこか楽しげに見えた。

 自分を「キャロルお姉ちゃん」と称したところから思うに、妹や弟がいない身であるがゆえに年下の子の世話を焼くことを新鮮に感じているのだろうか。

 かくいうクラウディアも、ララを見ていると同じ気持ちが芽生えてくる。

 

「今日はどんな頼み事をしにきたのかな」

「えと、その……ララの……ララの友達を、助けて欲しいんです!」

 

 詰まりそうになった息を整えながら打ち明けたララの言葉を聞いて、なぜかキャロルは面食らったように口を結ぶ。

 しかしすぐにいつもの冷静な顔つきに戻り、ララの話の続きに耳を傾けた。

 

「今朝、ララのお友達が……“眠りの森”で迷子になっちゃって……」

「……そこってたしか」

「立ち入り禁止区域、ですわね」

 

“眠りの森”とは王都付近に広がる森林地帯————その端のほう。限りなくドリス側に位置している一区画を指す名だ。

 数十年前にもなるが邪神の遺物が発見された記録があり、以降は周辺を含め立ち入り禁止区域となっていた場所。

 

「普段から、植物とか虫とか……そういうのを観察するのが好きな子で、今朝はララも誘われて一緒に森に入ったんです。ちょっとだけなら、奥のほうに行かなければ安全だって、思ったんだけど……。帰ってこれたのは、ララだけだった」

「どこかの騎士団(ギルド)には言ったの?」

「……言ってないです」

「どうして騎士団じゃなくて魔術師事務所(ウチ)に? こういうとき最初にくる場所じゃないと思うけど」

 

 ただの迷子でも同じだろうが、邪神の遺物が眠っているかもしれない土地——すなわち魔物と遭遇する可能性がある事件はまず騎士団を頼ると相場が決まっている。

 騎士団は治安維持組織である一方、魔術師たちはヒトを守る義務など背負っていない便利屋でしかないからだ。

 つまるところ聖騎士に知られたくない、あるいは公にしたくない理由があるのだろう。

 まあ、状況的に予想はつくが。

 

「禁止区域に入るのは……すごく悪いことだって、知ってます。もし入ったことが聖騎士の人たちにバレたら……もうその子、大人になっても夢を叶えられなくなっちゃう」

「夢?」

「動植物の観察……環境調査員でしょうか?」

 

 クラウディアの問いに沈んだ表情のまま頷くララ。話に上がったのはおそらく政府お抱えの役職だろう。

 子どもであろうと法を越えて行動する者には相応の処罰が下される。

 禁止区域に故意に侵入したことが明るみになれば、将来的にそれらに準じた職に就けなくなることもあり得なくはない。

 

「えーっと、じゃあわたしたちへの依頼は……聖騎士にこの話が伝わる前にお友達を助けて欲しいってこと? それもお父さんやお母さんたちにも内密にってことだよね?」

「……うん」

「はぁ、くだんないわね」

 

 頬杖をつきながらやり取りを眺めていたデビルーナが肩をすくめながら言った。

 

「そんなのルールを守らなかったあんたたちの自業自得でしょ? 命か将来、選ぶ権利があるだけでも幸運だったと思うことね」

「うぅ……」

「デビルーナ」

「どうしてわざわざ追い詰めるようなことを仰るんですの?」

「いやいや大事なことでしょうよ、魔術師ども。ま、反省してるならいいわよ」

 

 最後になにかを付け加えようとするが、躊躇うようにデビルーナが言葉を呑む。

 おそらくはキャロルも同じことを考えた。「もうその子死んでるかもしれないけどね」と、彼女は言いかけたのだ。

 

「そんで、お客さんいくら払えるの?」

 

 話を飛ばしてデビルーナが投げかける。

 戸惑いながら、ララは小さく返した。

 

「えっと……その、お金も、あんまり……用意できなくて」

「おいおいそりゃねーでしょお嬢さん。タダ働きさせる気〜?」

「で、でもっ! すぐには無理でも、かならず払うようにします!」

「どう信用しろっての」

 

 こういうときのデビルーナはどんどんみみっちくなるので早めに切り上げておくとする。

 

「受けるよ、その話」

「本当ですか⁉︎」

「はあっ⁉︎」

「キャロルさん?」

「報酬もいらないや」

 

 さらりと口にしたキャロルに背後にいたふたりの視線が集まった。

 デビルーナは当然のごとく驚愕の表情。

 クラウディアのほうも口を挟みこそしなかったものの、さすがにキャロルも無償での取り引きを行うとは思わなかったのだろう。これでもかと目を丸くさせていた。

 

「ちょっとキャロ坊、なに言ってんの⁉︎ 報酬なしなんてダメに決まってるでしょ!」

「キャロルさん、この先のことを考えると……あまり極端な例外を作るのは……」

「うん、わかってる。だから依頼としては受けない」

「は?」

「え?」

 

 左右から迫る抗議の声に怯む様子もなく、キャロルはほのかに笑みを浮かべながら言った。

 

「ララちゃんのこの頼みは、魔術師としてじゃなく……キャロル=ベルスーズ個人として聞き入れる。デビルーナもクーちゃんも今回は手伝わなくていい。……それなら、文句ないでしょ?」

 

 それはふたりの意見を封じるこの上ないカウンターだった。

 

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