時止めのキャロル〜かつての邪神はいま、少女となって魔をふるう〜   作:陸そうと

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安らげない安らぎ

 王都に構えられている騎士団アコルドの本部には、聖騎士たちが日頃訓練に利用する演習場が存在する。

 対邪神教部隊であるリベルタのメンバーは正確にはアコルドに属さない聖騎士たちだが、彼らも鍛錬の際には自由にこの演習場を使ってもいいことになっている。

 

「——参りました」

 

 建築に用いる木材と見紛う大振りの木剣を携えた女性の前に、尻餅をついた男性聖騎士が絞り出すように言った。

 二メルー近くある上背の女性——アザレア=クロービスは手にしていた大剣を地面へ突き立てながら、降参の意を示した後輩騎士へ「お疲れさまでした」と声をかける。

 

「想定外の反撃を受けてからの動きが遅いですね。反射神経を鍛える訓練を重点的に行い、それを実戦で活かせられるまで動きをつくって体に覚えさせてください」

「は……はい!」

「以前指摘した箇所は直っていました、よく頑張りましたね。この調子で積み上げていきましょう」

「はいっ!」

 

 満足げな男性の表情を見届けたあと、微笑みで返しながらアザレアは演習場を出る。

 

 リベルタのメンバーは任務のない日に演習場に呼ばれて新人聖騎士へ直接指導を頼まれる機会がよくある。

 なかでもアザレアは養成所にて臨時教官を務めていた経験があることから指導方法もこなれていて評判がよく、指名される頻度も他メンバーと比べて多い傾向にあった。

 

 指導を受けた聖騎士たち曰く「気づきにくい改善点も的確に指摘してくれる」「言い方に最大限気を配ってくれているのがわかる」「包容力を感じる」「クールだけど優しい」「お嫁に行きたい」など、明らかに鍛錬と関連性のない内容とともに多数の好感が日々彼女に寄せられていた。

 ちなみにいちばん人気がないのはリコットで、反応としては「こわい」「死ぬかと思うくらいしばかれる」「ずっと笑顔でぜんぜん息を乱さないまま半日ぶっ通しで襲ってくる」「もう勘弁してください」などなど。

 

 

「こんにちは、クロービスです。注文していた品は揃っていますか?」

「ああ、クロービス様。いつもありがとうございます」

 

 三階建ての煌びやかな建物に入ってすぐ、顔見知りの女性店員をつかまえてアザレアは尋ねた。

 仲間たちの間で模範的聖騎士としてもよく知られている彼女だが、定期的に商業都市ドリスの玩具店でぬいぐるみや積み木等、子ども向けの商品を大量に購入する。

 それらの資金はリベルタ隊のメンバーたちで出し合っており、すべてキャビンテッド王国内にある孤児院……つまりは身寄りのない子どもたちへの贈り物だった。

 

「こちらで全てになります」

「……はい、確かに」

 

 店の奥にある倉庫へ通され、棚に並べられた大量のぬいぐるみや模型類を見上げてアザレアは薄く笑った。

 

 寄付を始めたのは隊が結成されて間もなくの頃。

「誰が品物の調達を担当するか」という議論のなかで「子どもが喜ぶものを選ぶセンスがある者は誰か」という論点へ移ったとき、自ら名乗りを上げたのがアーサーとアザレアだった。

 最終的に消去法で手空きになる機会が多いほうが選ばれ、以来アザレアが孤児院へ贈る玩具の選定を担当している。

 

 なぜ子どもの玩具に詳しいのか?というのは愚問である。

 毎シーズン新たに発売されるぬいぐるみやかわいい雑貨をチェックする際に目を通すカタログでは少年少女問わずあらゆる層へのアプローチがなされるため、自然とそういったものの知識が蓄えられていったのだ。

 あともともと個人的に各地にある玩具店を巡る習慣があったので、単純に前知識が備わっていたというのもある。

 

「——む……すみません、あちらの商品は?」

「え? ああ……ふふ、さすがクロービス様、お目が高いです」

 

 注文した商品が並べられている棚の隣。

 別の棚の一角に収まっていたぬいぐるみの存在に気づいて、アザレアは瞬時に目つきを鋭くさせた。

 店員が小走りで戻ってくると、彼女が棚から取り出したぬいぐるみ——鮮やかな青で色味を統一されたパッチワーク風味のクマに視線が釘付けになる。

 首元に添えられたリボンには大手玩具メーカーである「ワンダ社」のロゴが縫われていた。

 

「ワンダの新作ですよ。カラバリは全部で六種類ですけど、柄はそれぞれの色でまったく違うものが使われていてとっても綺麗なんです」

「新作のコーナーではお見かけしませんでしたが、まだ発売日をお迎えしていない子たちなのでしょうか?」

「あっそこまで見てたんですね……感服です」

 

 アザレアの相変わらずずば抜けた観察眼と抜け目のなさに戸惑いつつも、店員はすぐ笑顔を取り戻して言った。

 

「実はまだ試験販売の段階にある商品でして、カタログには記載されていないんですよ。各店舗の入荷数もごくわずかで、現在お得意様にのみお声がけしておりまして……」

「買います。全種類ください」

「はいっ! 六種類すべてご自宅用ですね! お買い上げありがとうございまーす!」

 

 指定した施設へ注文したものを送る手続きを済ませてから、アザレアは予定になかった買い物袋を両脇に抱えて店を出た。

 新作の色は赤、青、黄、緑、桃、白。

 趣味の物品にしてはなかなかいい値段をしていたが、色の種類が豊富なものはコンプリートすると決めている。

 

 部屋のどこに配置するかを考えているだけで楽しくてたまらない。

 アザレアが微かに口角を上げ、そんなことを思いながら駅のある方へ歩いていると、街行く人々のなかに見覚えのある後ろ姿を見つけた。

 

 特徴的な水晶の繊維で編まれたような白銀の頭髪。

 見間違えるわけがない。

 以前リベルタで請け負った邪神教幹部捕縛の任務にて協力者となってくれた一等星級魔術師・キャロル=ベルスーズだった。

 

(おひとりでショッピング…………でしょうか。なにを買われるのでしょう)

 

 無意識に物陰に身を隠してキャロルの観察を始めていた自分に気がつき、アザレアはハッと姿勢を正す。

 

 ——いけない、つい。

 顔見知りとはいえ、本人の与り知らぬところでこのように付け狙うような真似はいただけない。聖騎士として、規範の下にあるべき大人として相応しくない行為だ。

 

(いや、しかし………………気になる)

 

 だが頭では理解していても、アザレアは自らを制御することができなかった。

 休日だからと浮かれているのだろうか。一生ものの不覚である。

 

(暗めの出で立ちなのはいつもと変わりありませんが、本日は市民の方に一層溶け込む町娘スタイルといいますか、素朴ながらも高級感あふれる雰囲気を漂わせていてキャロルさん自身の神秘的な存在感を逆に際立たせています。端的に言って……常軌を逸した愛らしさです)

 

 自分の意思に反して頭のなかで早口が止まらない。

 アザレアはそこらの成人男性よりも身長があるので街では特に目立つ。

 二十メルー程度の距離を保ちつつ、引き続き妖精のようにふらふらとマイペースに歩いているキャロルの観察へと興じた。

 

 最初にキャロルが立ち止まったのは飴玉を売っている移動式の屋台。

 展示されている瓶のなかには宝石かと思うほど煌びやかで透き通った美しい球体が詰め込まれている。

 様々な色が揃った飴玉たちをじっくりと吟味してから、キャロルは青と……片隅にひっそりと置いてあった、あまり人気がなさそうな黒色のものを購入したようだった。

 青はなんとなく想像つくが、黒い飴はどのような味がするのか見ていたアザレアも気になってしまう。

 

(あ、そのまま飴玉を口へ……。歩きながらとはお行儀がよろしくないですね、ふふ)

 

 次にキャロルが向かったのは揚げ物の露店。

 どうやら食べ歩きの最中らしいと気づいた瞬間、先ほどまで残っていた理性が消し飛んで彼女の尾行を心に決める。

 これを見逃すなんてのは馬鹿の所業だ。

 

 大きめのコロッケを頬張りながら再び移動を始めるキャロル。

 表情が見たい、とさらに欲が出てアザレアはぎりぎりキャロルの死角になる真横まで小走りで駆ける。

 

 常に物事を達観しているような最初の印象とはかけ離れた、少女らしい笑顔で揚げ物にパクついている彼女の姿がそこにあった。

 

(あ、あのようなお顔もするのですね……。新発見、してしまいました)

「キャロルお姉ちゃーん!」

 

 貴重な光景に興奮を覚えていた矢先、キャロルの名前を呼びながら眼前を通りすぎた女の子にびくりと肩を震わせる。

 アザレアが慌てて物陰に引っ込んでいると、キャロルのすぐそばまで駆け寄った女の子ががっしりとその手をつかまえた。

 よくよく見てみるとその子は以前アザレアがキャロルの事務所を訪ねたときに居た女の子である。名前はたしか「ララ」。

 

「ララちゃんこんにちは」

「こんにちは! ねえなにしてるの?」

「食べ歩き」

「えーまたー? 太っちゃうよ? ていうか一口ちょうだ……ってぁあー⁉︎ ぜんぶ食べた⁉︎ けちぃ〜」

「ほっほっほ」

 

 ————「また」?

 ララが口にした言葉にアザレアは目を見開く。

 キャロルの食べ歩きなんて重大イベントが定期的に起こっていたということか。それも自分の知らぬ間に。

 なんだかキャロルの知らない一面が存在するという現状が悔しくてたまらなくなってきた。

 

「……あれ? あそこにいるの、この前の聖騎士さんじゃない?」

「ん?」

「うぐっ」

 

 惜しい気持ちを押し殺すことに必死で注意を怠った。

 思いがけず離れた物陰に佇んでいたアザレアに気がついたララが指で示した方向へ、キャロルも振り返る。

 しかし気が抜けていたとはいえ、一度しか会っていないはずの自分を見つけるとは凄まじい勘のよさ。

 

「——こんにちは。その節はありがとうございました」

 

 観念してたまたま通りかかった風を装ってキャロルたちのもとへ歩み寄っていく。

 

「こんにちは!」

「アザレアさんだ。こんにちは」

 

 こちらを見上げて挨拶を返してくる様子を見ていると無意識に二人まとめて抱きしめてしまいそうになる。

 やはり良い、小さな女の子は。

 まあアザレアからしてみれば大抵の女性は自分より小さく映るのだが。

 

「いつもリコ姉がお世話になってます」

「ああ……そういえば、ララさんはリコットさんの親戚だとおっしゃっていましたね。本人からお聞きしました」

「従姉妹でーす!」

 

 かわいい————両手のピースとともに眩しさすら覚える笑顔を見せてくれたララに思わず正直な言葉が口から出そうになる。

 そこでふと、両者を眺めてぼんやりしていたアザレアが抱えている大きな紙袋にキャロルの視線が向いた。

 

「アザレアさんはお買い物?」

「ええ、そんなところです」

 

 おそらくキャロルが想像しているものとは違うだろうが。

 

「アザレアお姉ちゃんはなに買ったの?」

「私ですか? ……そうだ」

 

 続いて質問してくるララに対して、アザレアは思いついたように袋の中身を漁り出した。

 六種類あったぬいぐるみのうち、赤色のものをララへと手渡す。

 

「えっ、ぬいぐるみ? きれ〜」

「よろしければ差し上げますよ」

「本当⁉︎ やったぁ! ぜったい大切にします!」

 

 愛おしそうに抱きしめた赤いクマに頬擦りまでするララ。

 アザレアのなかで雷のような衝撃が走る。

 

「か、かわっ……」

「え、どうかしました?」

「いえなにも」

「よかったねララちゃん」

 

 感情を腹の底へと押し込めるように閉じていた瞼をハッと開かせ、アザレアは隣で微笑ましげにしていたキャロルにも白い子を選んで差し出した。

 

「キャロルさんもどうぞ」

「わたしにも……? アザレアさんが買ったものじゃ……」

「後からでも購入できるので問題ありません。それよりもいまは、あなたにこの子をプレゼントしてあげたいという気持ちのほうが強いのです」

 

 勝手に観察させてもらった代わりに、というと少々不健全だが……。

 

「そういうことなら……」

「はい、ぜひ」

 

 すこしばかり戸惑うようにゆっくりと手を伸ばしたキャロルが白いクマのぬいぐるみをアザレアから受け取り、抱き寄せる。

 彼女の表情にはあまり変化がないが、うっすらと扱いに困っているようにも見える。

 こういう贈り物は経験がないのか、数秒固まったままだった。

 食べ物のほうが喜んでくれただろうか————なんて打算的な考えも浮かんでしまいかけたそのとき、

 

「ん」

 

 静かに目を閉じたキャロルが、そっとぬいぐるみの鼻先にキスを施した。

 

「ッ——————⁉︎⁉︎‼⁇⁉︎」

 

 雷を通り越して大災害級の衝撃がアザレアの脳天を貫く。いや破壊し尽くす。

 かわいいを超越したなにか。愛らしさのさらに先。

 扇情的というか背徳的というか…………いや、なにを考えている。

 

 崩壊しかけた理性を無理やり繋ぎ止めながら、夢か幻の類ではないことの確認を含めてアザレアがさりげなく尋ねてみる。

 

「なかなか……情熱的なご挨拶ですね」

「え? ああ……いまのですか」

 

 妙に色を帯びた表情でぬいぐるみを見つめたままキャロルは答えた。

 

「ヒトは特別なものに口づけをするでしょう? アザレアさんからもらった……それだけでこの子は、わたしにとっては特別だから。普通に買うだけじゃ、こんなに嬉しい気持ちにはなれなかったでしょうし」

「そ、そ、そ、そうですか……。なにか、前提がおかしいような気もしますが、喜んでいただけたならよかったです、はい……」

「なんかアザレアお姉ちゃんからものすごい熱気が……」

 

 湯気を出しながら俯く様子のおかしいアザレアに首を傾げつつ、キャロルもまた名案を思いついたような笑みを浮かべた。

 

「もしよければ、このあと事務所に来ませんか? お茶をご馳走しますよ、クーちゃんが」

「え」

「ぬいぐるみのお礼もしたいですし」

「ご迷惑でなければお願いします」

 

 すでにお釣りがドバドバ出せるくらい返礼はいただいた気分だが、ここまで来たらとことん欲張ってみたい気持ちが出てきてアザレアは即答する。

 

「ねー、ララも行っていい?」

「もちろん」

「やた!」

「人が多いから手を繋いで歩こう。あ……アザレアさんも手、片方どうぞ。袋持つので」

「はわわわわわ……」

 

 自然な流れで荷物を引き受けながらララとアザレアの手をとって歩き出すキャロル。

 

 白く小さな少女の手にはなぜだか頼りない印象はまったくなく、むしろ有無を言わせない支配・強制力のようなものまで感じた。

 

(——隊長殿、あなたの妹君は恐ろしい子です……)

 




アザレア視点だったので補足する余地がなかったのですが、邪神の感覚を持つキャロルからすればララもアザレアも等しく赤子みたいに脆い存在なので手繋ぎを提案しました。
大抵の女性が自分よりか弱い存在に見えるというアザレアが逆に子供扱いされてる感じですね。
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