時止めのキャロル〜かつての邪神はいま、少女となって魔をふるう〜 作:陸そうと
聖騎士が用いる剣技には基本となる十二の流派が存在する。
高い突破力を持つ
巨大な武具で手堅い戦法を得意とする
二人以上での連携を前提に構築された
盾を持ち守護に特化した
魔力で剣術を拡張させる
必要最低限の動きを重視する持続力に長けた
二振りの剣で調和のとれた攻防を実現する
暗殺や諜報の術が織り交ぜられた
魔力による遠距離攻撃や投擲術を取り入れた
地形を活かした実戦的な戦い方を得意とする
仲間の補助を目的に開発・発展を続けてきた
相手や状況に応じて臨機応変に立ち回りを変える柔軟な
候補生たちは聖騎士として育てられる過程のなかで一通り学ぶことにはなるが、最終的には各々の適性に合った流派を極める道が推奨される。
「だいたい最初に勧められるのは破角流、天審流、幻鱗流あたりかな……あとは聖浄剣もまちまち。そのあとでサブに補助系の水奉流や巨殻流を学ぶケースが多いんだ。リコットなんかは、あれでいて聖騎士としては王道コースなんだよ。逆にアザレアみたいに役割を特化させて強みを獲得したうえで個人としての総合力も上げるってやり方もある。あ、ちなみに俺は候補生時代に空いた時間に独学でぜんぶ習得したんだ。ここまで聞いて、なんとなく気になる流派はあったかな?」
「ごめん、あんまり聞いてなかった」
ある日の朝、商業都市ドリスの外れにある自然公園。
饒舌に語る兄の言葉を自分の髪をいじりながら聞き流していたキャロルが若干うんざり気味に返した。
「わたしが兄さまから聞きたかったのは煌獅子流のノウハウだけなんだけど……」
「せっかくの機会なんだし、ほかの剣技のことも理解したほうがお得だろ? もしかしたら興味がわくかもしれないんだし」
「それはないかな」
本日午前中であればアーサーも予定が空いているとのことだったので好機と思い、邪神教が呼び出した怪物を討伐する際に彼が見せた「徒手の状態での剣技」の極意を聞き出そうと早朝から呼びつけてみたものの、この剣術オタクは隙あらば嬉々として脱線した講義を始めるのでなかなか求める情報が引き出せずにいた。
昔のことなので忘れていると思われているのか、単に改めて解説しているだけなのか知らないが、そもそも各流派の基本的な戦い方については幼少期に教え込まれていたのですでにキャロルも大体は把握している。
「わたしが聞きたいのはこの前やってた……」
「わかってるよ、魔力の刃を素手で扱うやり方だろ?」
「そうそう」
「実を言うと、あれは正式に認められた技じゃなくて俺が独自に編み出した我流技法なんだ。安全性が立証されてるわけじゃないから、候補生時代には教官からも『それはあまりやるな』って言われたものだよ」
「ふうん。なんでもいいからそれ教えてよ」
「いやぁ、それなんだがな……」
頬をかいたアーサーが躊躇うように苦笑する。
「あれは本来それ専用に強度を高めて造られた剣へ魔力を注ぎ込む煌獅子流を、人体で再現する危険な技術なんだ。キャロルも見てたと思うけど、加減を誤ると腕が自分の魔力に焼かれて使い物にならなくなる。……キャロルには、あまりそういう手段をとって欲しくないんだ」
「そんなことは承知のうえで兄さまに手紙を送ったのだけど。了承してくれたから今日こうして来てくれたんじゃないの?」
「了承したわけじゃない。半分はいまの話を聞いて欲しかったのと…………もう半分は、単純にキャロルの顔を見たかったからだな」
「ふ~ん」
「あ、『どうでもいい』って顔してるな?」
人差し指に銀髪を巻きつけながらそっけなく返すキャロル。
実のところどうでもいいなんて思っていない……いや部分的に思ってはいるが、自分に会いたくてわざわざやって来たという点は素直に嬉しいものである。言ったら調子に乗りそうなので口にしないだけ。
「手がズタボロになるくらいどうってことないから。そもそもわたしは石化魔術で手足の再生には慣れてるんだから、むしろその技術と相性がいいと言える」
「暴論だよそれは」
「ね、おねがい兄さま。わたしを信じてくれるんでしょ? ひとりの魔術師として認めてくれたんでしょ?」
「それを言われると弱いけど……」
「おねがい、おねがい」
とはいえ簡単に引き下がるキャロルではなかった。
幼少期の記憶、そして友達であるララの行動を思い起こしつつ、アーサーにまとわりつきながら上目遣いの視線を向ける。
当初は唸るばかりであったアーサーだったが、ちらりと開けた目が光り輝く黄金色の瞳とかち合った瞬間に決着はついた。
「…………しかたないな。でも教えるからには徹底的にだ。体を傷つけなくても済む魔力出力の加減を完璧に身につけるまでは、俺がいない場での使用は禁止だからな」
「やったぁ」
その言葉を引き出してしまえばこっちのものである。
アーサーが四つ足の攻撃を防いだときに両手を負傷したのは余裕のない特殊な状況であったからだということは理解している。元よりそんな無茶な運用を常態化させるつもりはない。
邪神の認識能力を持つキャロルが通常の魔力操作技術ごときで遅れをとるはずがないのだ。習得するのにそう時間はかからないだろう。
「じゃあ早速だけど、魔力を固形物として出力するコツを教えてほしい。魔力を砲弾みたいに飛ばすことは簡単だけど、腕に剣を生やすとなると、ちょっとイメージしにくくて」
「それは反復練習しかないな。ほらっ」
傍らの芝生に置いていた木剣をキャロルへと投げ渡した後、アーサーは脇に抱えていたもう一本の木剣を構えながら言った。
「剣を振る感覚、打ち合う感覚を体で覚えることができれば、おのずと魔力で実体のない剣を形成するイメージも組み上がる。いちばん効果的なのはやっぱり人と斬り合うことだよ」
「それ、兄さまがわたしと稽古したいとか、そういう私情で言ってるわけじゃないよね?」
「……………………もちろんだ!」
「いまの間はなに?」
渡された木剣へ半目を落としつつ、キャロルは浅く息をつく。
アーサーの言い分は一応筋は通っているように聞こえる。
石化魔術とは別にキャロルが宿している邪神アトラの「糸」は遺物を取り込んだ時点で魔力を糸状に変換する方法が自然に理解できた。これはあくまで糸魔術の大本であるアトラの世界を取り入れたことで起きた現象。
だが「魔力で造った剣を操る」ような魔術であるのならともかく、遺物の助けも借りずに魔力で刃のようなものを構築するなんて芸当はかなり難易度が高い。
やってることだけを切り取れば、アーサーは遺物なしで独自の魔術を編み出し、操っているに等しい。
そこに関してはシンプルに感心できた。ヒトの身でよくやったものだと思う。
「さあ、時間は有限だ。さっそく模擬戦形式でやってみよう!」
「やれやれ」
待ちきれないと言わんばかりに木剣を構えたアーサーの前に立って、キャロルも自分の手に握られた馴染みのない得物に目を落とした。
あまり興を削ぐことをしすぎるのも気の毒だと思うので、しばらくは真面目に付き合ってあげようと思う。
魔術は使わない。魔力による純粋な身体強化と剣術だけでどれほど戦いが成立するのか、確かめてやろうじゃないか。
「じゃあわたしから」
息を整えるように一拍置いたあと、爆ぜるような脚力を発揮したキャロルが瞬時にアーサーへと肉薄する。
四つ足にトドメを刺したときを除けば久しぶりの剣。
幼少期のキャロルは剣術に対するモチベーションがまったくと言っていいほどなかったので、型の基礎すらろくに身についていないデタラメな振りである。
しかしながら底なしの魔力によって強化されたその速さと力はアーサーの想定をはるかに凌駕するものだった。
紙一重で木剣による防御を間に合わせたアーサーがキャロルの攻撃をぎりぎりで受け止める。
「……いいんだぞ、本気出して!」
「すぐに終わったら意味ないでしょ?」
そのまま何度か打ち合ったあと、互いに距離をとって隙をうかがう。
ベルスーズ家を出るときに交えた剣は、片や本調子ではなく、片や本気ではなかった。
兄妹でこうして正面から純粋に剣をぶつけ合うのは両者とも初めてのこと。
「
腰を低くし、木剣を引いて構えたアーサーが目で照準を定める。
「
お返しと言わんばかりに力強い踏み込みでキャロルへ接近しながら突き技を解放。
いちばん使い慣れた煌獅子流を使わないのは木剣がアーサーの魔力に耐えられないからだろう。
豪速で迫りくる牡羊の刺突を目視で捉え、キャロルは身を翻しながら手首のスナップと木剣を器用に連動させて背後へと攻撃を受け流した。
キャロルは勢いをそのままに、通り過ぎた背中に向けて回転斬りを放つ。
しかしながら木剣を振り抜いた先にアーサーの姿はなかった。
さすがに考えなしに直線的な突き技を出してきたわけではない。読まれていた。
目で追う暇はないがさらに姿勢を下げた位置、死角にアーサーはいる。即座にそう読み返したキャロルは瞬時に顎を引き、宙返りで下から襲ってきた一撃を回避した。
「ここ————!」
キャロルが着地するよりも先に、再度木剣を後方へ構えたアーサーが手先で魔力を爆発させる。
直後に一閃される光の刃。
当初のキャロルの予測に反して、アーサーは魔力で木剣が崩壊してしまうのを構わずに煌獅子流を使用してきた。
地面に触れようとする足元が狙われる。
反射的に手にしていた木剣を先に地面へ突き立て、キャロルはわずかの間だけ足をつけずに宙に留まった。
魔力の刃がキャロルの木剣と衝突し、後者が砕け散る。
だが同時にアーサーの持つ木剣も彼自身の過剰な魔力に耐えきれず崩壊し、一瞬にして両者とも丸腰の状態となった。
ここからアーサーがとる手段はひとつ。徒手へ魔力を流し実体のない刃を形成させる。
彼が慣れた早さでそれを実現する一方、キャロルもまた四肢へ大量の魔力を奔らせた。
「バン」
改めて地面に降り立ったのも束の間、キャロルは魔力が帯びた左右の拳と脚で虚空を殴り、おまけに蹴り上げる。
魔力の塊を相手へ射出する単純な攻撃。しかし例によって桁違いのエネルギーが圧縮されたそれは巨大な鉄球が飛来してくるような威圧感をアーサーに与えた。
「ぐっ……⁉︎」
受けきれないと判断し、アーサーが選んだ行動は回避。
三発の魔力の塊を避けつつ、続いて迫ったキャロルが振り下ろした手刀へと意識を向ける。
鋭く象られた小さな手には魔力が込められているが、まだ刃が形成されているわけではない。
しかしこと魔力に関して、キャロルの学習能力は並外れているということはアーサーも理解している。
わずかな時間のなかで感覚を掴んだのだろう。次の打ち合いで「魔力の刃」を身につけるつもりだ。
「末恐ろしい奴だよ……!」
手から伸ばした刃を構え、キャロルの手刀と鍔迫り合いになるアーサー。
今度は互いに離れることなく、ここで勝負を決めると言わんばかりにゼロ距離での攻防が連続した。
アーサーの攻撃を捌くごとにキャロルの手元から発せられている魔力が一層洗練されていき、やがて少しずつ
「っ⁉︎」
不意に真下で起こる地雷のような衝撃と音。
眼球だけを動かして地面のほうを見ると、キャロルがクレーターを咲かせる勢いで大地を踏みつけて周辺の空間ごとアーサーを震撼させ、その体勢を崩したことに気づく。
「隙あり」
アーサーの視線が下を向いた一瞬を狙い、キャロルが跳躍する。
飛びかかったキャロルがアーサーの上体に両脚を絡ませ、跨る体勢のまま崩れた地面へと倒れ込んだ。
ぼんやりと揺らめく光の刃がアーサーの眉間に突きつけられる。
いつの間にかキャロルの手刀からは完璧に形成された魔力の刃が伸びていた。
「ありがとう。コツは掴めたみたい」
「あんまり教えたって感じはしないけどな。……どいてくれるか?」
「ん」
伸ばしていた魔力の刃を消しながらアーサーの上から立ち上がるキャロル。わかりにくいがその表情はどこか満足げである。
「しかし……こうもあっさりやられちゃったら聖騎士として仲間に顔向けできないな。俺もまだまだ精進しないと」
体を払いながら起きたアーサーが肩をすくめながら言ったのを、キャロルは静かに見つめていた。
本人は自覚があるのかわからないけど、アーサーは模擬戦では全力を出しきれないタイプの人間だ。実際の戦場では先ほどのようにあっさりとやられることもないだろう。
必死にならざるを得ない状況……それこそ命のやり取りが発生する場でなければ、本当の実力を発揮できない。いたずらに力を振るうことが健全ではないことを無意識に知っているからだ。
剣術なんかが好きなくせに、根っこの部分では争い事を誰よりも忌避している。
そういった規範の鎖を壊す瞬間に喜びを感じるキャロルとは真逆。やはり彼は生粋の人間なのだと思い知らされる。
キャロル自身、自分の生き方には満たされているつもりだが、血を分けた兄とこうも性質が違うものなのかと考えるとすこしだけ寂しく感じた。
同時に胸を突いてくるのは、かつて邪神教教皇に言われた言葉。
「さて……ちょっと早いけどお昼にしよう。なにか食べたいものとか————」
「わたしって、どう見えるかな?」
唐突に割り込まれた問いかけに「え?」と目を丸くするアーサー。
キャロルは目線を外したまま、返答を待つように地面に散乱していた木剣の破片をただ眺めている。
おかしい。わざわざこんなことを尋ねるつもりなんてなかったのに。
兄と自分とのギャップを目の当たりにして、ふと以前対峙した男が口にしたことが脳裏によぎってしまった。
自分がヒトと乖離していることを指摘されたような言葉を。
「どうって……?」
「ごめんなさい、やっぱりなんでもない」
そう言って粉々になっていた木剣を拾い始めたキャロルを見て、アーサーは戸惑いながらも慌てて同じように腰を曲げた。
「……キャロルが聞きたいことが何かはわからないけど」
黙々と木剣の破片を回収する小さな背中に向けてアーサーが語りかける。
「かわいい妹。それ以外は、ちょっと浮かばないな」
————そこは魔術師であることについても言及して欲しかった。
五十点と言いたいところだが、いちばん欲しい言葉はもらえた気がするので今回は勘弁してやるとする。
「さすが、わかってるね」
木剣の破片を抱えながら立ったキャロルが振り返る。
魔力の刃を習得したときよりもずっと満足げな笑顔がそこにあった。