時止めのキャロル〜かつての邪神はいま、少女となって魔をふるう〜 作:陸そうと
「邪神教の本拠地がわかったって本当なの?」
騎士団アコルド事務所内にある会議室。
リベルタ隊の面々が集結して、全員が席についてもいない開口一番にリコットが緊張感のない声で尋ねた。
それを始まりとして世間話を切り上げた他のメンバーたちが各々椅子を引き始め、最後に残ったアーサーが立ったまま手元の資料へと目を落とす。
「わかったというか、消去法で絞り込んだと言うのが正しいな。といっても、以前から予測されていた通りなんだけど」
「教団本丸の捜索は各国政府と連携しながら長い間調査されてきた重要案件だ。世界中の聖騎士が世界中を探っても、今まで座標の特定には至らなかったが……」
決して多くはない文を読み進めながらグランが眉間にしわを寄せた。
資料に記されているのはキャビンテッド王国外のとある区域の情報。
「『世界中』というのは少し語弊があるな。……ひとつだけ、まだ調査されていない場所があるだろ?」
彼が言い淀んだ内容をロバートが代弁する。
それはこの場にいるアーサーたちだけじゃない、邪神教に関する情報を持つ上層部や、序列上位の聖騎士たちがすでに予感していたことだった。
「そうだ。拘束中のメイリーンの証言によると、邪神教は本拠地とされる場所以外は臨時の拠点しか持たず、その本拠地も一部の人間にしか位置情報が与えられないらしい。これまでの捜索も踏まえ、上層部もついに“魔導学府”に目を向けるしかなくなったというわけだ」
「まあ……悪質な魔術師が身を潜めるにはうってつけの場所ですからね」
アーサーとリコットのやり取りを横目にアザレアがつぶやいた。
魔導学府とはその名の通り魔術の研究機関。
噂の領域をでない一等星級魔術師ラブーマンの“幻夢街”とはちがい、実際に存在が確認されている魔術師たちによる大規模コミュニティだ。
中立とはいえどこの国にも所属していない魔術師の集団など本来は到底看過できない、それこそあらゆる国から剣を向けられてもおかしくない施設だが、各国政府は学府の存在が明るみになってからもそれを取り締まることができずにいた。
その理由は単純に「戦力が未知数」だからである。
魔導学府に身を置いている者は、どこの国からもライセンスを発行していない野良魔術師が大半とされている。
登録されていない魔術師のなかには等級換算で二等星以上の実力を持つ者も複数いると考えられ、正面から衝突した際の損害は計り知れない。
基本的には外部に不干渉な集団であることも相まって、先陣を切る国も現れずこれまで放置されてきた。
「んで、上はなんだって?」
「まだなんとも……。潜入するにしても、どれほどの規模の部隊編成にするか決めるのにも時間がかかりそうだからな」
「…………となると、次に打てる手段は限られますね」
聖騎士がすぐ動けない状況となった際、大抵は外部から雇われた魔術師の手を借りることになる。
そしてキャビンテッド王国のなかで最も強力で、最も聖騎士に馴染みのある魔術師といえば……。
全員が同じ少女の顔を思い浮かべた直後、喉奥で唸るような低い声でアーサーが無差別に問いかけた。
「現在協力を要請できる一等星級魔術師は……?」
「……実在が証明されているラブーマン、アンスピーク=ビアスは現在行方不明。残るはキャロルさんだけですね」
「ほんと、魔術師ってのは高い等級のヤツほど気まぐれで敵わないわね」
端的に発せられたアザレアの回答に浅く息をつくリコット。
邪神に最も近い存在と定義される一等星級魔術師は基本的にまともな精神構造を持ち合わせておらず、キャロルを除いて協力を要請できた前例がない。
軍隊級の力を持つとされるひとつ下の二等星も同じ。故に聖騎士が制御でき、任務へ同行させるうえで安全が確保できるのは三等星までと相場が決まっている。
魔導学府と正面からぶつかるのなら二等星以上の魔術師の協力は必須。それも一人や二人じゃない。
しかしへたに彼らを編成に加えたとして、現場で反逆などされたら聖騎士側はひとたまりもない。
いままでならここで振り出しに戻っていただろうが、邪神教の本拠地が隠されている可能性がほぼ確定的になったこの状況ではそうもいかない。
……まあ仮にまたキャロルへ協力を要請するにしても、だ。
「やるなら聖騎士をメインに大規模編成しかないと思うけど……。アタシらみたいな上澄みばかり駆り出すわけにもいかないよねー」
「どうあっても国が手薄になるな。それに人々にとって脅威となるのは邪神教だけじゃない。魔物被害やほかの魔術犯罪にも目を光らせておかなくちゃいけないし……」
「んじゃほかの国と協力すれば? いままでもそうしてきたんでしょ?」
「どの国も人手に余裕があるわけではありません。まして標的は魔導学府……。積極的に協力してくれるところは少ないと思います」
また深い沈黙が訪れる。
もともと今日は上層部からおりた情報の共有が目的だったのでこの場で作戦会議をするつもりはなかったのだが、やはり皆も同じ不安を抱えているようだった。
以前飲食店で遭遇したテロ行為のような事件が今この瞬間にもどこかで起きているかもしれない。家族や友人が巻き込まれている可能性だってある。
前回のメイリーンによる襲撃はキャロルのおかげで最小限の被害に留められたが、これから先も都合よく事が運ぶと思っている者はこの場に誰ひとりいなかった。
「……みんなからは何か、ほかに話しておきたいことはあるか?」
しかし現状、自分たちだけでは動けないことも事実。
最後に「上の判断を待とう」と一言伝えて、今日のところは解散の号令をかけようとアーサーが口を開きかけたそのとき、
「——その心配は無用だ、諸君ッ‼︎」
まさにテロリストでも入り込んできたかと思うほど、部屋の扉が勢いよく開かれて隣の壁に叩きつけられた。
入室してきたのはアザレアに迫るほど上背のある————外見だけで言えば青年という年頃の男。
「ヒトの数も、未知の戦力も恐れるに値しないッ! なぜなら君たちには————おれが付いているからだッ!」
黒と金の入り交じった奇抜な髪色を持つ彼は、リベルタの面々の前までやってくると物理的な熱すら覚える声量でそう言い放った。
「……プロさん⁉︎」
「し、司令⁉︎ 帰ってきてたんですか⁉︎」
「ああッ! ちょうど今朝、任を終えてこの事務所に帰還したぞッ!」
線は細いが、瞳から光線でも出せるのではないかと思うほど力強い目力を宿すこの男こそリベルタ隊の創設者であり最強の聖騎士と謳われるプロキオン。
その実力も相まって、邪神が健在だった太古の時代から飛んできたのではないかとも揶揄されるほど、彼はどこに居てもなんとなく浮いた存在感がある。
「すこし見ないうちに皆ずいぶんたくましくなったなッ! アーサーもよく隊長の務めを果たしてくれているッ! 溜まりに溜まった感謝をここで述べておこうッ!」
「き、恐縮です……。それで『おれが付いている』というのはどういう意味ですか?」
「無論ッ、魔導学府へ赴く際はおれも同行するということだッ!」
「えっ、マジ⁉︎」
「というか作戦自体は決定事項なんだな……」
突飛な物言いで共有された情報に思わずリコットとロバートが驚嘆を漏らした。
プロキオンが最強と言われる所以は二十年ほど前にキャビンテッド王国で起きた出来事にある。
当時キャビンテッド王国において一等星級に登録されていた魔術師・フェンリー=ティンダロスが暴走し、王都に甚大な被害をもたらす事件があった。
邪神に最も近い領域へ踏み込んだとされる一等星級魔術師の精神崩壊。それは内包された魔術が人間の制御を離れ、邪神そのものが引き起こす「現象」として周囲に撒き散らされることを意味する。
早い話が強大な力を持った魔術師が理性を失い見境なく魔術を振るうだけの怪物と化すのだ。
街は崩れ、聖騎士も魔術師も塵のように引き裂かれていく絶望的な状況のなか、出撃したプロキオンは単独で目標を討ち取り事態を収束させた。
その彼が作戦に参加する…………ほかの聖騎士たちにとって、これほど安心できるものはない。
「そういうことなら安心じゃんね」
リコットがどこか拍子抜けしたように肩をすくめる横で、未だ張り詰めた顔のアーサーがプロキオンへと向き直った。
「……ひとつ確認したいことが」
「なにかなッ?」
「その作戦、魔術師や魔術連合への協力は要請するのですか?」
胸を撫で下ろすのも束の間、アーサーは内心気がかりだったことを尋ねる。
政府からすれば最小限のリスクで利用することができる唯一の一等星級魔術師・キャロル=ベルスーズに助力を求めるのか、という疑問を投げかける遠回しな質問だった。
魔術師として妹を信頼する————そう心に決めたのはいいものの、やはり今後も味を占めた上層部から危険な任務ばかりがキャロルへ依頼される状況は避けたい意思がアーサーのなかにあった。
単に事務的な依頼であればキャロルも突っぱねる判断をすることもあるだろうが、アーサーが関わる案件となれば……彼女はおそらく断らない。
世間一般で言う「魔術師」のイメージとは裏腹に、基本的にキャロルはキャロルなりの善意の下で魔術師として活動している。
上がそのことに気づいているかは知らないが、仮に身内の誰かが人質にとられるようなことがあれば、キャロルが国のいいように使われるだけの傀儡にされる可能性だってある。
そういった事態の種はできるだけ、極力、徹底的に排除したかった。
だから今回も、協力を要請するのであれば慎重な立ち回りをしなければ————。
「いや、今のところ予定はないなッ」
しかし予想外にも抱えていた不安はあっさりと解消された。
「えっ?」
「攻め込むにしてもまずは少数精鋭で潜入し内部情勢を探り、一度引き返したうえで改めて作戦を立てることになるだろうが……上もかなり慎重になっていてなッ、攻勢に出るまでにタイムラグがあるのを気にしているらしいッ。こちらが策を練っている間、内通者に情報を流されてはたまったものではないからなッ!」
「じゃあ俺たち……聖騎士だけで事を進めると?」
「そのとおりだッ!」
呆気にとられながらもアーサーは納得する。
魔術師を作戦に組み込まないことで情報が漏れるリスクを極限までカットしようという考え————それだけなら普段より戦力の低下は避けられない。が、だからこそ
そこらの魔術師を数多く募るよりも、彼ひとりが加わったほうが何倍も戦力になる。
魔導学府内部に一等星に匹敵する魔術師が潜んでいたとしても、プロキオンがいれば打倒できると上層部は判断——いや、賭けたのだ。
「しばらく君たちに助けられる局面も多くあることだろうッ。リベルタの司令として頼りにしているッ。長きにわたる邪神教との戦いを、この作戦で終わらせようじゃないかッ!」
「なんか盛り上がってきたじゃん!」
「司令殿がついているのなら、心配することはありませんね」
「うむッ! 詳細はまた後日伝えようッ!」
終始熱気を漂わせていた笑顔をそのままに、プロキオンはアーサーの横を通り過ぎて退室する。
「……邪神教の本拠地、か」
まだ確定してはいないものの、そう思い浮かべるとアーサーの胸は緊張で忙しなく鼓動を鳴らしていた。
今回の作戦が上手くいけば、この先の魔術犯罪を格段に減らすことができるはず。
そうなればきっと、キャロルに迷惑をかけることもなくなる。
「……よしっ」
力強く拳を握り、アーサーはささやかな決意を固めた。
他ならぬ妹の平穏のために。
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おとぎ話に出てくる魔王の住処————それを思わせる巨大な城が、魔導学府において「学舎」と呼ばれる研究施設である。
その周囲を囲むようにして「居住区」が広がっているが、これはあくまで通称であり、管理人である“プロフェッサー”たちがほかの魔術師のために住居を提供している……なんて気遣いあふれるシステムが成り立っているわけではない。
実態はゴーストタウンとなっている廃墟に野良魔術師たちが住み着いているだけ。いわば不法侵入者の溜まり場である。
居住区をうろつく分にはなにも問題ないが、学舎へ足を踏み入れる際は門番の役割を担う“プロフェッサー”に顔と名前を覚えてもらう必要があった。
「“入学希望者”か?」
夜の暗闇から音もなく学舎の入り口前に現れたローブの男は、同じく突如として姿を見せた白い少女へ尋ねる。
どこぞの貴族学校の制服じみた高貴な装いだがすこし視線を下にやればやたらと短いスカートが視界に入り、途端に俗っぽい印象を受ける少女だ。
「はじめまして! わたしは可愛くてチャーミングで可憐で愛くるしい、見習い魔術師の
魔術師の研究施設には似つかわしくない雰囲気の彼女は、門番のプロフェッサーを前にしてとびきりの、はじけるような笑顔とともに自らの情報を開示した。
ばっちりきめたウインクと、その横にピースも添えて。