時止めのキャロル〜かつての邪神はいま、少女となって魔をふるう〜   作:陸そうと

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52.仮初めと欲望

「………………入れ」

 

 渾身の自己紹介を放ったもののびっくりするくらい希薄な反応が門番から返ってきて、白い少女——もといキャロルはしばしその場に無言で固まっていた。

 

 魔術師たちの研究機関である魔導学府。

 自分の魔術について別段解き明かしたいことなど持ち合わせていない彼女が、名前と立ち振る舞いを偽りながらこの場に現れたのにはもちろんワケがあった。

 

 

 

 

「魔導学府……? あの魔術が学べるって噂の?」

「うん。ちょっとそこに潜入してみようかなって」

 

 遡ること一週間ほど前。

 キャロル=ベルスーズの事務所にて夕食前のひと時に、突然切り出したキャロルへ職員ふたりの視線が集まった。

 

「あんたは魔術よりも一般教養を学ぶべきでしょ。生活態度赤ちゃんなんだから」

「わたくしは甘え上手なキャロルさんのままで一向にかまいませんわ」

「わたしをなんだと思ってるの」

 

 片やソファーで夕食が出来上がるのを待ちながら、片や台所でエプロンを翻しながら返した少女たちへ不服そうに瞼を細めながらキャロルが言った。

 

「このわたしが今さら誰かに魔術の教えを乞うわけないでしょう」

「じゃやっぱ初等教育からやり直す? それとも家庭教師がいいかしら?」

「おこるよ」

「お夕食が出来ましたわ〜」

 

 煮立ったシチューがなみなみ入った大鍋を抱えてクラウディアが台所から登場すると、キャロルはしかめっ面のままお行儀よくテーブルにつく。

 食べ物が隣にあると自動で動く絡繰り人形なのかコイツは……とデビルーナが怪訝そうに眉をひそめる横で、クラウディアがエプロンの紐を解きながら口を開いた。

 

「邪神教となにか関係がありますの?」

「さすがクーちゃん、あたりだよ。といっても明確に求めるものがあるわけじゃないんだけど」

 

 いつの間にかご機嫌な顔つきで空いた皿を手に取り、キャロルはシチューをよそい始める。

 

 魔術師としての活動を通して時折その影を見せる邪神教————その殲滅へ本格的に動き出すにあたって、依頼を待つだけでなく自分たちからも行動を起こそうとキャロルは考えていた。

 以前リベルタに助力した仕事で確信した。各地に散らばっている拠点を叩いたところでイタチごっこにしかならない。

 探りを入れるのならやはり本拠地を直接、が一番。

 

「そういう情報が集まる場所といったら、魔導学府くらいかなって…………魔術連の人が言ってた。わたしはよく知らないんだけど、ふたりは詳しかったりする?」

「人並みには、ですけど……」

「ちょっと本気で言ってる? あんた一等星のくせにほんとになんにも知らないのね」

 

 呆れた様子で口にしたデビルーナにむっと唇を結ぶ。

 生物として比較対象が存在しないキャロルにとって、人間社会にあるコミュニティ——すなわち群生にまつわる仕組みのほとんどは「なくてもいい」が基本なのだ。

 最初から視界に入っていないものに興味を持ったり疑問を抱くのは無理があるだろうという話である。

 まあ、その事実すらふたりは知る由もないのだが。

 

「『魔術師が最後に行き着く場所』なんて言われてる掃き溜めよ。魔術師として人生をかけて成し遂げたいものがある……世捨て人みたいな奴しか集まらないところ」

「けれどその実態を把握してる人は誰もいないというお話もお聞ききしますわ」

「おお、まさしくって感じの場所じゃない」

 

 深みのある茶色のシチューを口へ運びながら、キャロルは以前ちょっかいをかけてきた邪神ケイオスの件を思い出していた。

 

 一等星級魔術師ラブーマンを名乗って邪神ケイオスが運営していた“幻夢街(ドリームシティ)”は彼女が作り出した迷宮であり、実際には噂の域を出ない不確かな存在であった。

 今回名前が挙げられた“魔導学府”もそれに近い印象を抱く場所だが、こちらは実在が確認されている研究施設。

 それも魔術に取り憑かれた者たちが集う場所だ。調べない手はない。

 

 それに————キャロル自身にも、個人的に蓄えておきたい知識と情報があった。

 

 魔術師メイリーンが口にし、そして邪神教教皇が信仰しているとされる「アザフォース」という邪神。これはキャロルも把握していない異常(イレギュラー)だった。

 自身の存在が危ぶまれるほど強大なものが大戦時に残っていたのなら、キャロル(ゾア)が感知できないはずがない。

 つまりアザフォースという存在が本当に邪神であるのなら、それはゾアを含めすべての邪神が滅びたあと新たに誕生した邪神と見るのが自然である。

 

 だがメイリーンはこうも言っていた。「邪神には親が存在する」と。

 正確には教皇の言葉を借りているのだったか。なんにせよそれはキャロルにとっては看過できない、自身を取り巻く世界すべてが揺らぐ発言だった。

 

 自分たちがこの世に生まれ落ちた過程を、邪神たちは知らない。

 だがもしも……その「アザフォース」が、本当に教皇が言うようなすべての邪神の大本となる存在であるとしたら。

 

(わたしがこの世に生まれた意味にも……触れることができるかもしれない)

 

 それは邪神ゾアであった頃にはあり得ない、他を認める感情。

 キャロル=ベルスーズとしての生を受けた今だからこそ湧き上がる、原点を追い求める欲求だった。

 

 仲間への義理だけじゃない。

 アザフォースとは何なのか————それをはっきりさせるためにも、キャロルが邪神教へ関心を向けるのは必然だった。

 

「なにはともあれ、来週にはそこでいろいろと調べてみることにしたの。ふたりにはその間のお留守番を頼んでおきたくて」

「ひとりで行くの?」

「かなり危険なところって話だし、みんな出かけちゃったら事務所が回らないでしょ?」

「それはそうですが……」

 

 突然のことで戸惑うデビルーナとクラウディアに構わず、キャロルは平然と大鍋に手を伸ばしてシチューのおかわりをしていく。

 

「クーちゃんが言ってた“声”のことも、ついでに調べてきてあげるよ」

 

 キャロルが何気なく投げかけたその言葉に、クラウディアは微かに表情を曇らせた。

 以前起きた邪神教との戦い以降、疑問の種が芽生えたのはキャロルだけではなかった。

 

 簡潔に説明すると、現在クラウディアは寝不足に悩まされている。

 原因は睡眠時に見る妙な夢。

 暗がりのなかで雑音のような何かがしきりに聞こえてくるという光景を、不自然なほど繰り返し見るのだという。

 なぜそうと認識しているのかは自分でもわからないと話していたが、夢のなかのクラウディアは暗闇のなかから聞こえてくるそれを何者かの「声」だと感じているのだとか。

 

「やはり疲労からくる幻聴……のような、単純な疾患ではないのでしょうか」

「わたしをぎゅっとしても同じ夢を見るって言ってたものね。なんか悔しいなぁ」

「ええ。以前ならそれで寝覚めもスッキリだったのですけど……」

「逆にいっつも同じベッドで密着してるのが原因なんじゃないの? あたしソファーでもいいから一回ひとりで寝てみなさいよ」

「や、それは大丈夫ですわ」

「なんだこいつ……」

 

 ともかく魔導学府へ赴き情報収集をすることはキャロルたちの共通目的。

 本当は聖騎士であるアーサーの知見も聞きたいところだったが、あまり頻繁にアコルドの事務所へ通い過ぎても変に目をつけられそうなので、ひとまずそれは後回しでいいだろう。

 

 かくしてキャロル=ベルスーズは「アザフォースという邪神」「クラウディアの悪夢」「邪神教」という三人それぞれが求める情報を取得しに魔導学府へと向かう決意を固めた。

 もちろん邪神教の教皇が「落とし子」や「声」といった単語を語っていたこと、そしてクラウディアが四つ足との戦いの最中に何者かの「声」を聞いて攻撃を事前察知できたという事実も念頭に置いて、だ。

 不確定要素が多すぎるためクラウディア本人には伝えていないが、すべて直近で起こった出来事であることからこれらには関連性があると思わずにはいられなかった。

 

「というわけで……わたしがいない間、事務所のことよろしくね」

「ふん……ほんとはあたしも足を運びたいところだけど、クラ子だけじゃここは成り立たないだろうし仕方ないか」

「ぐぬ……否定はできませんわ。今のうちにキャロルさん成分をたくさん摂取しておきますの」

「わたしも今のうちにたくさん甘やかされないと」

「やっぱ赤ちゃんじゃねえか」

 

 

 

 

 そんなこんなで現地に訪れたわけだが、魔導学府がある区域までの道のりはキャロルにとって思っていたよりも過酷なものだった。

 ほかの街との交通網など発展しているわけもなく、当然ながら鉄道なんて通っているわけがない。

 おまけに人が寄りつかない最北端付近に位置しているため、いちばん近い国————グラッセ帝国という寒冷国があるのだが、そこを経由しても魔導学府までは五十キルー以上ある。

 馬車も走っていないので魔物が出現する可能性のある区域を徒歩で移動しなければならないのだが、これがまたしんどかった。

 

 移動は魔力量にものを言わせた脚力があるので体力面では問題なかったが、同じような景色が続くなかで孤独に走り続けなければならないのが想定よりも精神の負荷が大きかった。端的に言うと寂しいのである。

 極めつけに料理の経験がないキャロルはこの期間において味気ない保存食をメインに栄養を摂らなければならなかったので、かなり早い段階で旅の楽しみというものを失っていた。

 

 ————クーちゃんの手料理が食べたい……。デビルーナにだる絡みしたい……。どっちでもいいからなにも考えずその胸に埋もれたまま眠りにつきたい……。

 そんな欲求に頭のなかを支配され続けた結果、魔導学府に到着する頃には何故かハイになってしまっていたのである。

 

「はじめまして! わたしは可愛くてチャーミングで可憐で愛くるしい、見習い魔術師のキャロっていいます! どうぞよろしくお願いしまーすっ!」

 

 もともと魔導学府へ潜入するにあたって、身分や名前は偽る必要があるとキャロルは考えていた。

 キャビンテッド王国にて一等星級魔術師として登録されライセンスも発行されているキャロルは、危険分子となり得る存在を監視するという意味でその情報が魔術連合を通して他国へも共有されるようになっている。

 だが国家という枠組みには含まれない魔導学府では、おそらく詳細な情報は降りていない。

 

 教皇や一部の教徒と接触したことがあるキャロルのことはある程度知られている可能性もあるが、仲間意識の低い邪神教内部では容姿や能力など、細かな要素まで広く把握されていることはないだろう。

 邪神教の情報を探りにきているこの状況で教団の人間にそれを察知されるような事態は避けたいこともあり、故にキャロルは「見習い魔術師キャロ」という架空の存在を演じることを決めたのだ。

 精神的疲労からテンションがおかしくなってしまったが、目的を考慮すると逆によかったかもしれない。

 

 ちなみにささやかな変装の意を込めて、身につけている服は普段のお気に入りではなくキャビンテッド王国王立学校の制服である。

 以前撮影会をしたときに調達したコスプレのなかにちょうどいいものがあって助かった。

 

 

「研究の妨げになる行為以外は、基本的に()()は干渉しない。あとは好きにしろ」

「……それだけ?」

 

“学舎”と呼ばれる城の前まで案内してもらったあと、キャロルの問いには答えないまま門番は周囲に広がる森の暗闇に姿を消してしまった。

 ひとり残されたキャロルは釈然としないまま城のなかへと入っていく。

 

 遺跡じみた古い造りの建造物のなかは、外観から抱くイメージと同じ光景が広がっていた。

 古めかしい……それも歴史を感じるというよりは、滅びを迎えた国の廃墟と化した王城を再利用しているような、そんな雰囲気だ。

 恐ろしく広いエントランスから分岐していくように廊下がいくつも伸びており、その壁にはずらりと個室らしき扉が並んでいるのが見える。

 

 その部屋から総じて異なる魔力の気配を感じとったキャロルは、猛烈な不快感から思わず眉間にしわを寄せた。

 

(……これ、ひとつひとつが魔術工房なのか)

 

 漏れ出ている魔力にはどれも少なからず邪神の自我が内包されている。これらすべてに主である魔術師がおり、各々の魔術研究に取り組んでいるというわけか。

 これくらいは想像していた————想像していたが、想像以上におぞましい。

 

 邪神の魂をそのまま引き継いで生まれてきたキャロルにとって、ほかの邪神の影響力に満ちたこの空間はいますぐ破壊し尽くしたくなるほどに不愉快だった。

 

 

「——あれ、キミもしかして新入りさん?」

 

 

 ふと、真横から声がかかる。

 いつの間にかエントランスの壁際には十代後半……背格好からしてデビルーナに近い年齢と思しき少女が寄りかかってキャロルのほうを見ていた。

 眠たそうな垂れ目に寝癖のようにあちこちがハネた長髪。魔術師なのだろうが、あまりそうは感じさせない緩い空気をまとっている。

 

「はい、今日ここに来たばかりです」

 

 今のわたしは見習い魔術師キャロ————そう何度か頭のなかで復唱しながら、キャロルは人当たりのいい微笑みとともに言った。

 

「なにちゃんって言うの?」

「キャ……キャロです」

「キャロちゃんかぁ〜。や〜んちっちゃくてかわいい〜。私リップル、よろしくね〜」

「どうも……」

「ここまで来るのに疲れたでしょ〜。お菓子たべる〜? 私の工房すぐ近くだから、そこでちょっと休んでいきなよ〜」

 

 少女————リップルがベタベタと遠慮なくまとわりついてくると、彼女が漂わせる甘ったるい匂いがキャロルの鼻腔をくすぐった。

 なんというか、こう…………既視感というか、懐かしい感じというか。デビルーナと初めて会ったときのことを思い出して反射的に魔力を起こしそうになった。

 だがまあ、いまはこの世界に慣れていない初々しい見習い魔術師という設定なので、とりあえず身を委ねてみることにする。

 ……それに、

 

「や〜かわいい、ほんとにかわいいね〜。お肌すべすべだし髪もさらさらでおまけにいい匂い。抱き枕に欲しい感じ〜」

「…………………………」

 

 もうしばらくはこの褒め言葉の詰め合わせを堪能していたかった。孤独な旅の影響は甚大である。

 というかもう誰でもいいし目の前の彼女でもいいから飛びついてそのままどっぷり熟睡したい気分だった。

 

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