時止めのキャロル〜かつての邪神はいま、少女となって魔をふるう〜   作:陸そうと

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53.歓迎と迂闊

「一名様ごあんな〜い」

 

 長い廊下に並んでいる規則性のない扉。そのなかのひとつ、白い扉の前で立ち止まったリップルは背後から覆い被さるようなかたちでキャロルを抱き寄せながらドアノブを回した。

 

「……これは」

 

 部屋のなかに入った途端、無意識に違和感を拾ったキャロルが疑うような半目になる。

 等間隔に並んでいた扉のことを考慮すると明らかに不可解な広さ————ちょっとした演習場ほどのワンルームがそこにあった。

 空間を操る魔術……おそらく邪神教の教皇が使っていたものと同じ力だ。早くも手に入れたかった情報の片鱗が見えて背筋が伸びる。

 

 ほかの工房はどうなっているのだろうか。

 ここだけの仕様というのなら部屋の主であるリップルを問いただせばいいが、もしほかの部屋もこのように拡張されているというのなら、キャロルが知りたい情報を持っている魔術師は魔導学府を造った運営側に潜んでいることになる。

 

「……広いですね」

「ん~そう? どこもこんなもんだと思うよ」

 

 どうやら後者らしい。調べる手間が省けた。

 しかし疑問がひとつ晴れるのと同時に、キャロルは別の違和感を肌で感じ取っていた。

 

「ほぅらこっちこっち」

「ん……」

 

 大きなソファーがあるほうへ手を引かれながら改めて部屋を見渡す。

 床、壁、天井はすべてが白い。

 広さのわりに置かれているものはベッドやテーブルといった最低限の生活家具だけで、魔術工房らしい雰囲気はまるでない。そんなクリーンな印象を押しつけてくるような空気感が逆に胡散臭かった。

 なによりこの部屋に入ってからキャロルは胸をしめつけられるような窮屈感を覚えるとともに、自分は現在()()()()()()()()()()()()にあることを察していた。

 

「はい、ここにあるものぜんぶ食べていいよ~」

「おお~……」

 

 案内された位置へつくと目の前にアフタヌーンティーの用意がなされていて、つい目を輝かせる。移動中に本格的なスイーツなど食べられなかったので心からの素直な反応だった。

 リップルに後ろから腕を回された状態のまま腰を下ろしてしまったが、構わずいちばん近くにあった皿の上からクッキーを手に取って口へ放り投げる。

 あまくておいしい。

 

(サドゴワラの「吸収」魔術の応用かな。他者の魔術を封殺する魔術……「石化」も「糸」も機能してない。たぶん部屋から出ないかぎりずっと)

 

 それはそれとしてしっかりと状況分析は続ける。

 わかっていたがバッチリ罠である。それも極めて初歩的な。

 

(まあいっか)

 

 しかし焦ることもない。

 このリップルという魔術師がキャロルの魔術を封じてなにを企んでいるのかは知らないが、タダでお菓子を食べさせてくれるうちはいいヒトという判定でよかろう。というか罠とかどうでもいいから今はとにかく甘味が欲しい。

 キャロルは引き続き黙々とスイーツがあるテーブルと口元の間で手を往復させた。

 

 魔力操作さえ機能していれば魔術を封じられたところで大抵の相手は身体強化で蹴り倒せるので。

 

(——ムフフ)

 

 一方、魔術師リップルは内心しめしめとほくそ笑んでいた。

 邪神サドゴワラの魔術を宿す彼女の魔術工房には固定化された魔術が施されており、侵入した者の魔力を分散させまともな魔術起動を不可能にする。

 さらに「吸収」魔術の基本である魔力を吸い上げる特性も健在であるため、彼女の工房に入り込んだ時点で対象は徐々に体内の魔力を失っていき、やがては完全に無力化されてしまう。

 最終的にその無力化した実験体を工房に監禁し用済みになるまで研究に利用する……それが()()()()()()()リップルの思惑だった。

 

(魔導学府の門を叩いて早一年……。まわりは近づけばソッコー殺されそうな猛者ばかりでずっと足踏みする日々だったけど、ようやく私よりよわっちそうな子を引っかけられてよかったよぉ~)

 

 腕のなかにいる警戒心の欠片もない白い少女の頭に頬ずりしながらリップルは達成感を噛みしめていた。さながら自ら勝ち取った優勝カップを愛でるアスリートのよう。

 

 相手はちんちくりんな外見とは裏腹に魔力総量は存外多いようで、なかなか吸いきれない。

 リップル自身も自らの「吸収」魔術を用いて少女の魔力を吸い取りながら、縛り上げる機をうかがう。

 

(あーあー無防備にお菓子にパクついちゃって、かわいいね〜……いやほんとにかわいいな。どこかのお嬢様なのかな〜? これは先輩として魔術師の世界の怖さを教えてあげなくちゃね~。…………にしてもエラいかわいいなこの子)

 

 動くたびに水晶の糸みたいな長髪から天然モノのおひさまの香りを漂わせながら、少女は依然幸せそうにテーブル上のスイーツを静かに召し上がっている。

 呑気に餌付けされていられるのも今のうちだ。

 完全に魔力を吸いとったあとは手始めに逃げられないよう手足を縛ってアレやコレ……じゃなくて、とりあえずいつでも魔力を抽出できるサーバーにでも改造して……。

 

「…………………………おいし〜?」

「おいひいです」

「よかった〜」

「…………」

「…………………………………………」

 

 ————あれ? ぜんぜん魔力なくならないな……。

 徐々にリップルの表情から余裕が消え失せる。

 部屋に固定された魔術に加えてリップルからも吸収魔術を受け続けているのにもかかわらず、白い少女から感じる魔力総量はぴくりとも揺れ動いていない様子だった。

 

 一瞬吸収魔術が正常に機能していない可能性がよぎるも、キャロという少女から吸収した魔力がリップル自身と部屋の両方に満ちていっている感覚は確かにある。胸焼けしてしまいそうなほどリップルの体内は吸いとった魔力でタプタプだ。

 

 例えるなら世界を覆う大海の水をちっぽけな桶へせっせと移し替えようとしているような、そんな不毛極まりないイメージがリップルの脳内に浮上してくる。

 

(これだけ吸ってもまったく魔力の底が見えないとかあり得るかなぁ……? あり得ないよねぇ……? あり得てたまるか!)

 

 なにか不条理に巻き込まれていることを悟り、リップルは静かに冷や汗を流した。

 あくまで仮定だが、事実に基づいて分析するとこの小さくて初々しい少女魔術師はとてつもない魔力量の持ち主で、リップルが仕組んだ吸収魔術だけではとても無力化しきれないどころか吸いとった過剰な魔力が体内に滞留してリップルのほうが体調を崩しかねない。そんな状況なのでは。

 

 それに「とてつもない魔力」と称したが、実際少女が宿している魔力総量はそんな言い回しで表現できるほど常識的な範疇ではなかった。

 もはや海や大地を超えて世界そのもの。彼女のなかで新たな生態系が作れてしまうのではないかと思うほどに、白い少女の体は規格外のエネルギーに満ちていた。

 

 あれ? もしかして自分はただこの子にひっつかせてもらってお菓子をご馳走してあげただけで終わるのでは——?と、そんな不安がリップルのなかでみるみる膨れ上がっていく。

 思い悩むこと三十秒。

 

「————どりゃあっ‼︎」

「うん?」

 

 リップルは自分の膝上に座っていた少女の手首を掴むとそのままソファーへと押し倒した。

 前触れもなく奇行に走った人間を少女はきょとんとした顔で見上げている。

 

「はい、今から動いちゃダメだからね。動くとこわ~いことしちゃうよ~?」

「こわいことって、なんですか?」

 

 ——動じていない……だとぉ……⁉︎

 またしても予想外の反応が返ってきて、リップルの焦燥が加速する。

 まるで緊張感のない立ち振る舞いから人間としても魔術師としても未成熟な子どもだと思っていたのに、なんだこの余裕は。

 最初とぜんぜん雰囲気ちがうし。

 

「なんか……落ち着いてるね?」

「こういうの初めてじゃないので」

 

 押し倒された体勢で空いてるほうの手に持っていたカップケーキを頬張りながら、少女は涼しい顔で答える。

 ——最近の子ってすげえ~。

 いや感心してる場合じゃなくて、ここからどうしよう。

 とりあえずどうにかして怖がらせて主導権を握ろうと思ったけど、微塵も効いてる様子がない。

 

「……ごちそうさまでした」

 

 カップケーキを食べ終えた少女がそう口にすると同時に、彼女が発する魔力を徐々に増やしていくのがわかった。

 

「一息ついたし、そろそろまじめに働かないとね」

「へ?」

 

 直後、掴まれたままの手首がとてつもない力でリップルの全身を押し返してきた。

 

「あれ? あれ、あれあれあれ~~~~…………?」

 

 抵抗しようとリップルも両手を添え直して力を込めるも、巨岩と押し相撲でもしているのかと思うほど少女の体はビクともしない。

 おかしい。先ほどたっぷりと吸収し溜め込んだ魔力もフル回転させて迎え撃っているはずなのだが、それでもなお発揮されている筋力は白い少女とリップルで邪神と赤子ほどの差が生まれていた。

 すぐに押し返されるかたちで少女とリップルの上下が逆転する。

 

 リップルを見下ろす黄金の瞳は肉食獣とも異なる、生物的にはるか上位に位置する別次元の存在を思わせる静謐な覇気を宿していた。

 

「お菓子がとても美味しかったから、罠にはめようとしたことは水に流してあげる」

「き、気づいてたの……⁉︎ ていうかキミ、新参者です〜みたいなナリして相当な実力者でしょ⁉︎ この猫被りめぇ! かわいい顔してかわいくない!」

「あばれないで」

「はひっ?」

 

 バタバタと四肢を振り乱して跳ね除けようとするリップルの首元へ、見習い魔術師キャロ——もといキャロルは冷えた指先を優しく添えた。

 小さなナイフでも突きつけるように。

 

「それとわたしからも伝えておく。いまから聞く質問に正直に答えなかった場合、あなたはとても恐ろしい目をみることになる」

「お、恐ろしい目って……?」

「具体的に言うと………………」

 

 押し黙ったキャロルがそのまま使い手を失った人形のように動かなくなる。

 なにも考えてなかったんかい——とツッコミを入れたいところであるが、畏怖のほうが勝っていたリップルもまた息を呑むことしかできずにいた。

 仕切り直すように息をついた後、キャロルは再度口をひらく。

 

「……とにかく答えて。この施設に邪神教の人間は——————」

 

 刹那、リップルのものとは別の魔力が爆発的に解放される気配を察知し、キャロルは咄嗟に入り口のほうへと視線を飛ばした。

 部屋のなかにぎりぎり入らない廊下からの魔術起動。そこに何者かの人影を捉えるのとほぼ同時にキャロルの視界を覆ったのは、荒波のように押し寄せてくる大質量の()()だった。

 

 キャロルの上半身に向かって吸い寄せられていくかのような正確な軌道を描いて飛来したそれは、ちょうど彼女が腰を下ろしていた位置、それもリップルを巻き込まない範囲に調整されながら炸裂し結晶の華を咲かせた。

 

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